魔法使いと遭遇
今日は待ちに待った魔法の個人練習の日。
やっと、私にも魔法が使えるようになるかもしれない。
光属性とわかってから、魔法の勉強も使う練習も色々やった。
ただ私はこれまで全く魔法を見る機会もなく育ったからか、魔力を感じることが出来なかった。
他の属性の魔力を送られても、全く分からなかった。
先日妖精さんに助けて貰ったあとも試したが結果は変わらなかった。
魔力を感じられない。それは自分の魔力にも当てはまる。つまり使い方がサッパリな状態だった。
お義姉様達や家庭教師、それから屋敷にいる魔力を持つ使用人達、色んな人に魔力を送って貰って試したがダメだった。
そして先日、駄目押しで先生から教えてもらってもダメだった。
同じ光属性ならあるいはと早い段階で考えられたが、そもそも使える人が少ない。
光属性と言えば聖女様がいるらしいが、とーっても忙しい方なので、なかなか会えない。
しかしその数少ない光属性の人が学園内にいるらしく、先生が今日その人を紹介してくれるのだ。
放課後、演習場で待っていると、先生が連れてきたのは黒髪の男子生徒だった。
この世界?この国?では黒髪は珍しいが、前世の記憶がある私には少し親近感がもてた。
前髪が長くて、前見えてる?って感じの、雰囲気も陰鬱な人だった。
怪しげな液体の入った壺をかき混ぜていそう。
黒髪で肩まで無造作に伸ばした髪は女性にも見えて、それこそ物語に出てくる悪い魔女のよう。
私も着けているが、彼も魔法実習用のローブを着けている。
腰あたりまでの長さだが、それがまた雰囲気を醸し出していた。
杖を持っていたら完璧に魔法使いなんだけど。この世界では魔法を使うのに杖は必要ない。
彼はローブを正面でしっかり閉じているためネクタイの色が見えない。
少し猫背気味なのに背がとても高くて、同じクラスでもないから、きっと上級生だろうなと思った。
私はローブの一番上だけを留めて、「魔法使いのコスプレだ~」なんて思っていたのだが、全部留めた方が良かったのかな。
不安になったが、彼にも先生にも特に注意されることはなかった。
彼と私の自己紹介を仲介した後に先生は「それでは宜しくお願いします」と彼に頭を下げすぐに去ってしまった。
先生も忙しいだろうに、色々な人に迷惑をかけて申し訳ない。
はやく魔法が使えるようにならなきゃ。
やる気満々の私と対象的に、彼は暗い雰囲気のまま静かだった。
気難しい、ね。
先日のウィル様の言葉を思い出す。
確かに、どうやって何にもぶつからずに歩いてるんだろうって少し驚いたけど、怖くはない。
単純に視線を集めたりするのが嫌な人なんだろう。
光属性を使えるなら注目されるだろうし、何より彼は全属性を使えるらしい。
後にお義姉様から聞いた追加情報だ。
珍しいどころじゃない。既に魔法師団に属していて、魔法では最強らしい。
今日までなかなか時間がとれなかったのも、彼はまだ学生なのに、あっちにこっちに魔物討伐の遠征に引っ張りだこらしい。
休んでて試験は大丈夫なのかな。
そんなに忙しいのに申し訳ない。
聖女様とどっちが忙しいのか気になるが、彼なら学園に来ているときもあるから放課後に会いやすいということかな。
忙しいはずなのに一向に言葉を発しない彼に痺れをきらし、私から話しかけた。
「ギル様と呼んでいいですか? 私のことはクリスと呼んでください」
自己紹介の声が小さすぎてギルまでしかはっきりと聞こえなかった。
確かウィル様もギルと呼んでいたし、たぶん名前はギルなんだろう。
オブライエン侯爵のご子息様、と先生もお義姉様も呼んでいたが、長くて呼べたもんじゃない。
確か、名乗りを聞いたら名前で呼んで良い筈だ。ギルが名前だと、そう思い込んでいた。
「…っ! 別に、いいよ」
前髪を長くするくらいに恥ずかしがり屋さんなんだから、女性も苦手なんだろう。
彼の少し照れたような驚いた反応をみて、私が美少女だからだと、そう勝手に思い込んでしまった。
それとも今の一瞬で立って寝てたのかな。そりゃ恥ずかしいよね。
恥ずかしいのかわたわたしていたギル様は咳払いをして気を取り直すと「まずは、眠っている状態の魔力回路を起こそう」と、言ったのだと思う。
声が小さくて聞こえないですなんて言ったら不味いかな。
そして、彼はたぶん魔法を発動させると、続けて言った。
たぶんと言うのは、最初、私には何も見えなかったのだ。
「これを、触ってくれる?」
「…こうですか?」
彼が右掌を上に向けた状態で私の方に差し出した。
エスコートして貰うときに似ている。
それで「触って」と言うから、ちょっと戸惑ったけど手を握ったら、めちゃめちゃ動揺された。
大きな声出せるじゃん。
「違っ! 僕じゃなくて、光の方…っ!」
「え?」
後から聞いたら、掌の上に光魔法を出していたらしく、その光る球を触って欲しかったらしい。
太陽光と被って見えなかった。
勘違いして悪かったけど、ギル様も言葉足らずと言うか。そもそも声が小さくてよく聞こえない。
それにコリガン家で他の人から魔力を送られたときも手を繋いでた。
だから、そんな照れないでよ。
こっちまで恥ずかしいじゃない。
「ごめ…ん、わっ!」
彼の手を握っていると温かい何かを感じた。
それが形になるように、手の上に光が見えた。
これが魔力。そして光魔法か。
ふと、周りにもいくつか似た光があることに気付く。
それは魔法の光と違い、ふわふわと動いていた。黄緑色がふたつと青色がひとつ。
それを追って視線を動かすと、今度は静電気だろうか、ふわふわと髪が浮き始めた。
私だけでなくギル様の髪も浮いている。
ギル様はわたわたしているが、何かつかめそうなので、もう少し我慢して欲しい。
やっと魔力がわかったのだ。
忙しいだろうから、早く練習を終えるためにも協力して欲しい。
周りを動く光は尾を引きとても綺麗で、感嘆の声が漏れた。
暗いところで見たらもっと綺麗なんだろうな。
とても綺麗だった。思わず口に出してしまうほど。
「綺麗…」
「……っ!」
彼の長い前髪が浮いて、揺れて、顔が見えていた。
隙間から除く人間離れした赤い瞳は、確かに綺麗だった。
だけど私は動く光を視線で追いかけていて言葉が漏れたのだが、その時丁度ギル様と目があった。
ギル様に対して言ったみたいで、勘違いさせちゃったかな。
彼は驚きと恥ずかしさからだろうか、目を見開いて赤面したように見えた。
それも一瞬で、私の手を振り払い、両手で目を隠した。
「ごめんなさい!」
咄嗟に謝った。
あれだけ長い前髪だ。目を見られるのが嫌いだったのかもしれない。
よく見えなかったと慰めてもいいけど、目を見て綺麗だと言ってしまっているので、言い訳がましい。
私は髪がふわふわしているのは放置しているが、彼は必死で前髪を押さえて顔を背けている。
余程見られたくなかったのかも。
それでもなんとか、絞り出すように、彼は「大丈夫」と言った。
とても申し訳ない。
近付くとまた目を見てしまっては可哀想だから、私は彼から一歩離れた。
繋いでいた手を離してもまだ光と静電気は残っていた。
髪の毛は黄緑色の光の動きに合わせてふわふわ浮いているようだ。
ここまでくると静電気というより風かな。
ふと、彼の方の静電気だか風だかが弱まっていることに気付く。
もしかしたらこの黄緑色の光が原因なのかも。
一歩、二歩と彼から離れると、案の定さらに弱まっている。
ここまでくれば大丈夫。
でもこの光はどこまで私についてくるのだろうか。
私は気になって、くるりと回りながら下がってみた。
黄緑色の光が私の動きに合わせてついてくる。
光が尾を引き、とても綺麗だ。
くるりと回ったのが楽しかったのか、私が止まっても光はくるくると何周もしている。
もしかしてこれ──
「妖精さん?」
光に尋ねると、さらに気を良くしたのか周回スピードがあがった。
やっぱり、妖精さんだったんだ。見えるようになったんだ。
魔力がわかるようになったおかげかな。
私は嬉しくなって、光の輪のようになった妖精さんが飛んだ跡を暫く眺めていた。
すると、ギル様がまた大きな声を出した。
「なななななっ何してるの?!」
「え? 何って…」
妖精さんを見ているんです。綺麗ですよね。なんて返すつもりが、自分の体の異変に気付いた。
妖精さんが下から上に回っているせいで、髪とローブは浮き上がり、スカートは完全にめくれ上がっていた。下着が丸見えだ。
物理法則を完全に無視したスカートを、呆然と見つめるギル様と私。
「~~~~っ!」
慌ててスカートを押さえつけるが、もう遅い。
絶対に見られた。
制服の下着はドレスの時につけるドロワーズではない。
前世のものに似てるが、ゴムがないのか両脇を紐で結ぶやつで、なんというかエロい下着なのだ。
しかも今日は黒を履いていた。尚更エロい。
紐パンは変わらないのだが、色や刺繍に種類があって、せっかく美少女なんだしと黒に挑戦してしまったのが悪かった。
もう絶対に黒は履かないと誓う。
スカートの前を押さえているのに、何故か両サイドが浮いている。後ろもだめそうだ。
まるで地下から吹き上げる風。
前世で有名な写真を思い出す。
金髪美女の白いスカートが地下から吹き上げる風でめくれあがる。映画のワンシーンだ。
映画は見たことがなくても、その頃に生まれてなくても、何故か見たことがあるその写真。
私も彼女みたいに上手に隠せてるかな。
私が止まらない仮想地下鉄の風と格闘していると、ギル様がローブを脱いで渡してくれた。
「こ、これ…!」
慌てて両手で差し出してきたので、押さえていた前髪が再び浮き上がっている。
気を遣って顔はなるべくこちらを見ないように反らしていたが、綺麗な赤色が見えた。
「ありがとう!」
片手で受け取ったローブを腰に巻こうとすると、すっと風がおさまった。
ふわふわ浮いていた髪やローブもストンと落ち着く。
「「………」」
ふたりで唖然とする。
そもそもスカートが捲れてるのに上から同じ布素材のローブを巻いたところで意味はない。
分かりそうなもんだが、ふたりとも慌て過ぎていたな、と思った。
それに、止めてと一言、言えば良かったのかもしれない。
これはきっと妖精のイタズラだ。
やっぱりあの光は妖精さんで間違いない。
辺りを見渡すと、もう光は見えなかった。
居なくなったのか、見えなくなっただけなのか。わからない。