??とサンドイッチ後編
妖精さんの力は凄かった。
最初の浮遊感は、あくまで私に気付いて欲しくてやっていたのだろう。
今度はあっという間に上昇していった。ファンタジーだ。魔法だ。
私、飛んでる…!
妖精さんが私の願いを叶えようとしているならば分かっていそうだが、改めてお願いする。
「すごいすごい! ねえ、あの窓から外に出たいんだけど、届くかな?」
頭上の窓を指差すと、そのまま体は上昇し、窓の目の前まできた。よかった。
窓には内側から鍵がかけてあった。鍵と言っても、ただ棒を差し込んでいるだけなので手で簡単に開けられる。
扉のように鍵が必要なタイプじゃなくて助かった。
「よいしょ」と窓を押し上げ、開いた隙間に腕と頭を突っ込む。
自分で言うのもなんだが、自分の体を引き上げるのも精一杯なくらい非力だ。
でも恐らく妖精さんが窓と体を上手く支えてくれていたので、難なく外へ出られた。
開いたままの窓からバスケットも出てきて、私の隣に並んだ。
傾斜のある屋根に座っているが落ちそうではない。
浮遊感はなくなった。自分の足とお尻で座っている。
埃っぽさもない。よく晴れた空が眩しい。本当に出られたんだ。
「やったー! ありがとう! 助かりました!」
目には見えないけど、宙に向かってお礼を言った。
するとそよ風が頬を掠めて「ふふ、くすぐったい」と思わず笑うと、気を良くしたのか風が強くなった。
暫くは避けても顔や髪に吹き付ける風を楽しんでいたが、一向に止まらないので「もういいよ、ありがとう!」と言うとやっと止まった。
髪が変な形になっていそう。整えたいが、掌は真っ黒なまま。
太陽光のもとで見ても殆ど黒色になるほどの埃だ。本当に長らく使われていない部屋だったんだろう。
出られてよかった。
ふと周囲に視線を向けて、まだ残っている問題に気付いた。
とても良い眺めだ。
見上げていた窓の高さ。自分が上がってきた高さ。それを思えば、今いる屋根の上がどれだけ高いか容易にわかる。
「あ、でもこれ、降りられないや」
屋根から下を見下ろすのも怖い。飛び降りたら足を骨折しそうな高さだ。
どうしよう。ここから大声を出せば誰か助けにきてくれるかな。
でもこれがバレたら絶対「一体何をしたらそのようなところに行けるのですか?!」と怒られる。
知らない人に閉じ込められて、妖精さんに助けられて、いまここです。って、本当のことを言っても誰も私の証言を裏付けてくれる人がいない。
何を言っているんだと思われてもしょうがない状況だ。
もうあの男子生徒の顔もぼんやりとしか覚えていない。
悩んでいると体が再びフワッと浮き上がった。
「え?」と驚くのも一瞬で、上がるよりも下がる方は早かった。
妖精さんが屋根から降ろしてくれたようだ。
最後は私が地に足をつけるのを待ってくれて、何の痛みもなく、地面に立つことが出来た。
バスケットが遅れて私の腕のなかにふわりと落ちてくる。
「ありがとう! ねえ、ついでにだけど、この埃や汚れを落とせたりも出来ないかな?」
ダメもとで聞いてみたら、シュルシュルと体を小さな竜巻のような風が包み、それが消えると掌も服も綺麗になっていた。素晴らしいことに、服も髪の毛もぐちゃぐちゃになっていない。少し風が残っているのかふわふわしているので、綺麗になった手で叩くように服を整え、髪の毛は手櫛で軽くとく。
「すごいすごい! 本当にありがとう! …あ、もう風はいいからね?」
せっかく髪もといているのに、また風で変な癖がついたら大変だ。証拠隠滅は念入りにしなくては。
それから、私ひとりでは絶対にどうにもならなかった。証拠隠滅どころか私が消されていたかもしれない。
すべて妖精さんのおかげだ。
つい、もう風はいらないと言ったが、本当に感謝している。
「妖精さんにお礼をしたいけど、何ももっていないの…また会えるかな?」
もしまた会えるなら、食堂でお菓子を貰ってきたら、食べてくれるかな。
そう考えていると、バスケットのハンカチだけが宙に浮いた。
そして、中から、埃が沢山ついてしまったサンドイッチの端を残していたものがこれまた宙に浮いた。
最初はふわふわ浮いていたのに、サンドイッチはひゅーんと空高く飛んで行ってしまった。
あまりの勢いで、具が分裂しないか心配なくらいだった。
すぐに見えなくなったのでサンドイッチの無事はわからない。
ハンカチだけが、ふわりと再びバスケットに戻る。
ハンカチも綺麗にしてくれていたんだ。助かる。
「えっと…妖精さんも一緒に行っちゃったのかな?」
暫く立ち尽くしていたが、それ以降何も起きなかった。
妖精さんはサンドイッチが欲しかったのかな。
でもあれはかなり汚れた部分だけ避けたものだ。
食べ物についた埃も綺麗に落とせて関係ないのかな。
しかも食べ掛けで、申し訳ない。
また会えるか答えはなかったけど、もし会えたら今度は綺麗なサンドイッチを貰って欲しい。
クッキーはどうかな。甘いものが好きという噂は本当なんだろうか。
食堂のサンドイッチはとても美味しかった。きっとクッキーも美味しい。
適当に他の建物の方へと歩いてみて、そこから人が多い方へと歩いて行けば、教室のある建物に辿り着いた。よかった。
そこから一旦、食堂に向かいバスケットを返却した。
トイレに行く時間もあった。
いじめなんだろうけど、結局、何ともなかったから、拍子抜けだ。
本当にいじめだったのかな?本当にあれは妖精さんだったのかな?
午後の授業が始まるまで予習をしようと準備をしていたら、お義姉様が教室に戻ってきた。
「貴方、無事に食事はとれましたの?」
「はい。サンドイッチを食べました。美味しかったです」
「そう…では問題ありませんね」
そう言ってお義姉様は席に着いた。
問題がなかったわけではないが。
閉じ込められたとか、制服を汚したとか、怒られるようなことは言わないことにしている。
前回は隠そうとして結局バレたが、今回は目撃者もいないし大丈夫なはずだ。
もし連れて行かれたところを見られていたとしても、何もなかったと言えば大丈夫。
実際に閉じ込められた時は周りに人がいなかったし、彼しか知らないはずだ。
脱出したときも周囲に人はいなかった。
だからお義姉様にバレることはない。
あ、でも、脱出したことがわかったら彼はどうするんだろう。
また何かされるかな。うーん。あんまり顔を覚えていない。名前もわからない。
まあ次から気を付けよう。問題ない、大丈夫だ。
フラグじゃないよ。
その日の放課後は家庭教師が来る日だったので、すぐに屋敷に戻った。
翌日はまたいつも通りお義姉様と登校して授業を受けて。お昼休みはひとり。
食堂で昨日と同じようにサンドイッチを頼むと、同じようにバスケットに入ったものが渡された。今日はクッキーも頼んでみた。
昨日の今日で妖精さんに会えるかわからないが、もし会えたときのために。
少しはやめに行けばベンチが空いてるかなと思ったが、どこも埋まっていた。はやい。
ベンチのひとつには昨日見た印象的な赤毛の男子生徒がいた。
今日もイチャイチャしてる。ただ隣の女性は違う人だった。
浮気か。もしくは遊び人というやつか。
イチャイチャは少し羨ましいけど、私は浮気は嫌いだ。
ひとりの人と、素敵な恋をして素敵な家庭を築けたらそれが一番いい。
それが無理でもせめてふつうの結婚が出来たらなあ。
「外で食べたかったけど、座るところがないし、諦めよう」
うろうろして昨日のようなことがあっては大変だ。
やっぱり食堂で食べよう。感じの良い人と相席になれば友達になってくれるかな。
食堂へ向かって歩いていたはずが、気付けばいつの間にか森のようなところにきていた。
少し先の開けたところにある大きな切り株が目に入る。
近くに行き触れてみると乾いていた。座れそうだ。
「ここで食べちゃおうかな」
眩しいほどに明るい太陽。森のいい匂い。
ちょうど良い高さの乾いた切り株。
誰にも邪魔されない、ひとりの空間。
すごい穴場だ。
もしかしたらまた妖精のイタズラかもしれない。
宙に何度か「妖精さん、どこかにいるの? 一緒にサンドイッチ食べない?」と話しかけたが反応はなかった。
ということはたまたまたどり着いただけか。
明日からもここで食べたい。帰りは道を覚えて帰らないとね。
そう考えていたのに、帰り道がなかった。
サンドイッチを食べ終えて辺りを見渡した時に気付いた。
草のはえていない道を通ってきた筈が、周囲はどこも草木に囲まれて、道らしき道がなかった。
そんなはずない。こんな草木のあるところを通ったら制服が汚れるかもしれない。
そんな道は通るはずがない。通った記憶もない。
やっぱり妖精のイタズラだろうか。
昨日の妖精さんとは別なのかしら。例えば、恥ずかしがりやさんだとか。
私は目を積むって、両手を会わせ、見えない妖精さんを拝んだ。
「妖精さん、制服が汚れると嫌なので、帰り道を教えてくれないでしょうか」
目を開けると、さっきまではなかった道があった。
「やっぱり…妖精さんありがとう! そうだ、良かったらクッキー食べてね」
切り株の上にクッキーを広げて置いて行くことにした。
あれだけ汚れていたサンドイッチが平気だったからこれも大丈夫だろう。
クッキーなら、もし妖精さんじゃなくても鳥が食べたりするかも。
そこは人ひとりが通れる細い一本道だった。木々や草花は綺麗に道を避けていて、獣道というのだろうか。
まっすぐ進むと中庭の見たことのある場所に出てきた。
どこがどう繋がっているのかさっぱりわからなくて、来た道をもう一度振り返ると、もう道はなかった。
なにこれ…トト○?
誰かに話したくてしょうがないが、前世の物語を知っている人がいるわけがないので、少し残念だ。
翌日も食堂でサンドイッチとクッキーを受け取り、中庭に向かった。
今日もベンチは埋まっている。もう全部確かめる必要もない。
「あれ、またあの人…?」
男子生徒は赤い髪で昨日と同じ人だった。が、女子生徒は昨日とも一昨日とも違う人だった。
遊び人だ!
絶対に関わらないでおこう。私ってば可愛いから。変に絡まれたら大変だ。
その場を離れ、森の方へ歩く。
周囲に人気のないことを確認して、森に繋がる道なき道の前で手を合わせてみる。
一か八か神頼み──いや、妖精さん頼みだ。
「昨日の切り株のところでご飯を食べたいの。お願い、通して」
道なき道に入るとすぐにそこは道になった。
そして開けたところに昨日の切り株があった。
「凄い…やっぱりトト○…違う、妖精さんだ」
切り株の上にクッキーはなかったが、葉っぱが一枚乗っていた。
拾い上げるとなにか文字が書いてある。
”クッキーは1枚でいい”
確か昨日はクッキーを4枚置いていった。多すぎたのかな。
クッキーを沢山頬張り、ほっぺが変形しているトト○が思い浮かんで笑ってしまった。
でも1枚は欲しいんだ。かわいいなあ。今日もクッキーをもってきて良かった。
私はひとりでゆっくり出来る場所と、姿の見えない可愛い友達を知ることができた。
お昼休みはここへ来て、聞いているのかはわからないが妖精さんに話しかけるのが日課になった。