??とサンドイッチ中編
知らない場所へ連れて行かれたとは言え、まだ学園の中だった。外には出ていない。
それに、聞き間違いでなければ、彼は「あとで開けてあげる」と言っていた。
人攫いというよりは、これは──
「いじめ?」
平民の血が流れてるくせに~って言ういじめかな。
可愛い転校生が虐められるって少女漫画みたい。
いじめなら私が狙われるのもわかる。
この学園に庶子は私だけ。
それに私は凄く可愛い。
どの程度知られているかはわからないけど滅多にいない光属性で魔力量も多い。まだ使えないけど。
さらに、伯爵家である。
王族や公爵なら敵無しかもしれないが、伯爵は貴族では中位だ。
「はあ…どうしよう」
外へ助けを求めるのは一旦諦めて、改めて部屋の中を見渡す。
暗い。目が慣れて先程よりよく見えるが、それでも印象は変わらない。
長らく使われていない空き部屋だ。何も置いていない。落ちているのは私が持っていたバスケットだけ。
そして出口はひとつ。先ほど鍵を閉められた扉だ。
それから、私ならぎりぎり通れなくもない小さめの窓。
これは位置が高すぎて届かない。踏み台にするものも何もない。踏み台があったとして、何をどれだけ積めば届くのか。
──詰んでる。積んでないし積むものないけど。
「あとで」がいつになるのか分からないが、それまでここで過ごすしかないのか。
別に埃っぽいのも暗いのもじめじめしてるのも無理ではないけど、制服が汚れたら困るな。
そう思った時に、さっき尻餅をついたことを思い出した。
「あー! 汚れてる…怒られる!」
「一体何をしたらこのように汚すのですか?!」と怒るお義姉様が容易に想像できた。
掌が真っ黒だ。そして、スカートのお尻部分と、ブレザーの裾も埃まみれだった。
手で叩いても、そもそもその手が汚れているし、汚れが落ちることはなかった。
「不可抗力なんです! ごめんなさい」
居もしない幻のお義姉様に向かって謝っても意味がない。
助けに来てくれないかな…来ないよね。
ひとりで食べますって言ったもんね。
もしかしたら異変に気付いてくれるかもしれないが、それは午後の授業が始まってからだろう。
お昼休みは長い。中庭をうろついていたが、まだまだ時間はある。
ぐぅ、とお腹の音もなったので、ひとまずご飯にしよう。
幸いバスケットの中身はほとんど無事だった。
拾い上げて、明かりの差す場所まで行き座った。
もうお尻部分は汚れているので、諦める。
だけど真っ黒に汚れた手でサンドイッチを直接掴むのは躊躇する。
バスケットの上にかけてあったハンカチを使ってサンドイッチを食べた。
真っ白いハンカチを汚してごめんなさい。ここから出られたら洗って返します。
サンドイッチを食べながら、これからのことを考える。
以前として周囲に人の気配はない。
軽いいじめだったら、午後の授業に出られなくする、くらいかな。
貴族令嬢ならこんな場所でご飯食べたりできないだろうし、暇を潰す娯楽も、もちろんトイレもない。閉じ込められただけで病んじゃうかも。
私もこんな埃っぽいところは嫌だ。でも食べるくらいは平気。サンドイッチは美味しかった。
できれば晴天の下、中庭のベンチで食べたかった。
うーん、ひとりになれて嬉しい筈なのにそんなに嬉しくない。
そして彼が扉を開けに来たとして、何もなく解放されるかわからない。
今度こそ、襲われたり、怪我させられたりするかもしれない。
悪質ないじめならそれも有り得る。
万が一傷物になったら伯爵令嬢としての価値が下がってしまう。
政略結婚の駒として使えないと判断されたら、どうなるかわかったもんじゃない。
訳ありのところに嫁がされるか、結婚できず延々と光魔法を使う奴隷にされるかも!それは困る。
となれば、まだ午後の授業まで時間もあることだし、やることはひとつ。
脱出に挑戦するしかない。
一番に考えられるのは窓だが、位置が高すぎて私には届かない。
部屋の中に物はなく、踏み台にできるものは何もない。
あとは扉を壊すか。それも使えるものが何もない。
非力な自分の体を使えば私の方が先に壊れる。
脱出できても傷物になったら本末転倒である。それも治せればやってみる価値はあるのだが。
そもそも私はまだ魔法がまったく使えない。
こういうとき、魔法が使えたら、と切に思う。
この世界の魔法は、前世の私が想像するような、瞬間移動や扉をすり抜けるとかの便利な魔法はない。
人が持つ魔力には火、水、風、地、それから稀な光、闇の6属性がある。
その属性のどれにも属していなさそうな魔法は存在しないと思っていい。
平民のときは魔法については漠然としか知らず、詳しいことは家庭教師の勉強で知った。
魔力の大小によるが、物理的にその属性のものを発生させられる。
火力を小さく調整したり、そもそも魔力量の少ない人達が魔法を使うと、焚き火を起こしたり、容器に水を溜めたり、風で洗濯物を乾かしたり、土壁を盛ったり、日常で使える魔法になる。
平民で魔法が使える人は魔力量が少ないことが多いので、その能力を生かして仕事につく。
魔力量が多い人が使うと、ファンタジーのバトルのように、火柱が上がったり、川もないのに洪水が起きたり、竜巻や土砂崩れのようなことが起きる…らしい。大規模なものは辺境での魔物討伐や戦争にしか使われないらしい──その辺で使われたら危険過ぎる──ので、この世界でもお伽噺のような扱いだ。
魔法師団という、貴族の中でも魔力量が特に多い人達が所属する騎士団の特殊部隊のようなものがある。魔法師団の人達がそういう魔法を使えるらしい。
そして光と闇はちょっと違う。使い手がそもそも少ないのであまり解明もされていない。
光は、光源を発生させるのは勿論、大きな魔力を必要とする癒しの光というのがあり、その光には生き物を癒す力がある。不思議だ。
闇は、王族や高位貴族のお抱えになるらしく、秘匿されている情報が多い。授業でも光より稀で扱いが難しい、としか触れられなかった。有名なのは気配を消すことだが、本当かどうかもわからない。これもお伽噺のようなものだ。
それから魔力があると、魔道具も使える。
魔道具は誰でも使えるものじゃなく、少なからず魔力を消費するのだ。
それから魔道具はどうやって作るか分かっていない。古代文明の遺産らしい。
存在自体も稀で、使える人も多くないので普及しないというわけ。
魔法があっても生活様式が中世レベルなことにも納得できる。
この世界の人にとって基本的に魔法は魔物と戦うため、魔道具は貴族のとっておき、なのだ。魔力が少なければ日常生活に少し役立てるが、生活の根本に魔法を組み込みはしない。魔道具もまたしかり。
もっと気軽に日常で魔法や魔道具を使えばいいのに、と思うのは私の魔力量が多いと言われたからか。平民だったからか。前世の記憶のせいか。
もし私が水魔法が使えたら今お水が飲めたのかな。
風魔法が使えたら空も飛べるんじゃないかな。そしたら窓から脱出できるかも。
火魔法が使えたら扉を燃やせるけど、消すのに水魔法も必要だし、万が一延焼したら怒られるどころじゃない。
地魔法も後始末が大変だ。
どこでもドアみたいな便利な魔道具もないのかなあ。
魔法も魔道具も、どちらにせよここにはない。
サンドイッチも食べ終えたことだ。
そろそろ動こう。
「あ~あ、風魔法が使えたらあの窓からひょいっと出られたのにな~」
自分の声だけが部屋に響く。
相変わらず周囲に人がいる気配はない。窓の外からもそれらしき音は聞こえなかった。
助けを呼んでも無駄だろうが、自力で脱出できないなら、それしかない。
大声を出せば誰か気付いてくれないかな、と立ち上がった時だった。
浮遊感が体を包んだ。
フワッと浮いたような気がした。
立ち眩みかとも思ったが違う。
足元を見れば実際に足が床から離れて、浮いていた。
「えっもしかして本当に魔法?」
始めは本当に床から数センチのところだったのが、少しずつ浮き上がっていく。
足に体重が乗っていないので、手足をゆっくり動かすと、宙に座っているような体制にもなれた。
制服と髪の毛もふんわり体から浮いているような感覚がする。無重力空間の宇宙飛行士みたいだ。
「なにこれ凄い! もしかして私、魔法使えた?!」
願っただけで魔法が使えるなんて。天才かも。それに実は光属性じゃなくて風属性だったんだ。
このまま窓まで上がって脱出できるかも。
きゃあきゃあ喜んでいると、フッと浮遊感がなくなり、床に落ちた。
調子に乗って完全に体を宙に預けていたので、突然のことに再び尻餅をつく。
「きゃ! 痛た…集中力が切れたから? いやそもそも本当に私の魔法?」
お尻が痛い。でもまたしても腰は無事。ありがとう私のお尻。
うーん、とお尻を擦りながら悩んでいると今度はバスケットがフワフワ浮き始めた。そんなことは考えていない。
魔法の暴走?そんな話は聞いたことがない。
似たような現象で聞いたことがあるものと言えば──
「妖精さん?」
妖精のイタズラ。
突風が吹いたり、局所的に雨が降ったり、乾燥した夜に突然火事になったり、道に凸凹が出来たり、前世の記憶で言えば何かしらの科学的な理由がありそうな気もするが、この世界の人達はそれを妖精のイタズラと呼んだ。
妖精も魔法と同じように四属性いると言われている。光と闇は聞いたことがない。
四属性にはっきりわかれるものだけなら、誰かの魔法や科学的な理由のある現象じゃないかと言えるが、そうではない。
食べ物や飲み物が無くなったり、作りかけのものが完成していたり、まるで見えない小さな生き物がいるような現象もあるのだ。
これは私も体験したことがある。泥棒ではなく、ほんとに少しだけ、パンや果物がなくなることがあるのだ。
それは妖精のイタズラだと、私も思っていた。
誰もいないのに、自分が使える筈のない魔法としか言えないような現象がおきた。
となれば、それは誰の力なのか。
妖精じゃないだろうか。
私の言葉に対して、まるでうんうんと頷くようにバスケットが上下した。
「すごい…! 妖精さんって本当にいるんだ! もしかして、私を助け出してくれたりする?」
応えるように、再び私の体がフワッと浮き始めた。先程よりもどんどん高く上がっていく。
ここから落ちたら流石にお尻が痛いだけでは済まないぞ。
私の言葉も通じている。イタズラではなく、私の願いを叶えてくれていると信じたい。
もう落とされませんように。
魔法世界と一口に言っても色々ありますね。鑑定や創造魔法もない世界にしました。どこまで説明を省略して良いかさじ加減が難しい…