黒百合に溺るるは
まるで黒百合の様だと思った。
きっとあの頃から、私は呪いにかかっていたのだ。
久しぶりに会った彼女は
あの頃と変わらず
いや、それ以上に
美しく妖艶になっていた
「子どもをおろしてからね、夫を受け入れられないの」
「そう。私と逆ね、私は夫に拒まれているわ」
高嶺の花だと思っていたのだ。
彼女の小指に光る私と揃いの指輪を見ても
それでも尚、貴女は雲の上に居るようで。
「あの頃の貴女は、可愛らしい格好をしていたわ」
「流石にもう……私、二人も子どもがいるのよ?」
「そう。勿体無いわね」
「私は、また見たいわ」
どくん
心があの頃に引き戻される。
パニエで膨らんだスカート、
黒いリボンをあしらったミニハット、
レースをふんだんに使ったブラウス……
もう袖を通す事はあるまいと、
そう、思っていたのに。
「可愛いわ」
「嘘」
「本当よ」
「こんな姿、子どもには見せられない……」
「今は、家族の話はしないで」
彼女から香る甘いヴァニラと白檀に
頭の芯がくらくらする。
あの頃、ただ憧れるだけだった彼女の瞳。
深い憂いを湛えるその色はしかし
深い波に飲まれて何もわからなくなった。
「じゃあ、またね」
知っている。
次に会える確証などは無いことを。
それでも。
「ええ……また」
そう口にした私のくちびるは、
ちゃんと笑顔になっていただろうか。
まるで黒百合のような女。
底の無いようなその呪いに
きっとあの頃から、囚われていたのだ。
了