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魔法少女のプロデューサー  作者: 立花KEN太郎
第1章 結成の前奏曲 Prelude of formation
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第6話 『Against for you, follow for us』

「――おいリス、敵の場所が具体的にわかるか!?」

「ボクらから見て真西100メートル!近づいてきている!」

「よし、ハルカ、カエデ、学校に戻るぞ!敵から逃げつつ、こっちに有利な地理で戦うんだ!」


 そう言って、俺は肩にレンタを乗せながら通学路を逆走していった。2人には了承を求めない。こう言う即断即決が求められる時は、有無を言わさず引っ張るべきなのは明らかだ。そんな思惑通り、ハルカとカエデは急に走り出した俺に必死で食らいついてきた。


 ただ、ハルカは運動神経がよく、俺の50メートル7秒5の速さにもついて来れているが、カエデは少し遅れてしまっている。これは、運動部と文化部の不可避の差が出てしまったのだろうか。


「ハルカ、カエデの手を引っ張ってやれ!」

「分かったわ、さあカエデ、引きずってでも引っ張ってやるわよ!」

「うう、すいません、足を、いや手を引っ張ってしまって……」

「お前は手を引っ張られる方だから、足を引っ張るで合ってるぞ!」

「そんなこと言ってる場合じゃない!どんどん近づいてくる!」


 レンタの緊張感に満ちた警告で、俺は走りながら後ろを振り返る。しかし、走ってきた道にいるのは手を繋いでいるハルカとカエデだけで、他には誰もいない。このオルタナ界には一般人は存在しないはずなので、俺達を追いかけている影があれば、そいつが敵だと断言できるのだが。


「くそっ、いねえぞ、100メートル以内なら、見つけられそうなもんだが……」


 ――すると、辺りをキョロキョロしていたレンタが敵の位置に気づく。


「流星、100メートルというのは、上空視点から2次元で考えた時の距離だ!奴は、上空にいる!」


 校門をくぐり抜けたところで、レンタの新たな警告を受けて空を見上げると、鳥の影が一つ浮かんでいるのが見えた。そいつは見事なフォルムで天空を飛翔しており、思わず足を止めて見惚れてしまいそうだった。


 ――その黒い影の大きさが、目視している距離に比べてはるかに大きいことを除けば。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「鳥だ、逃げろ逃げろおおおおおおおお!!」

「うわ、ちょっとちょっと、なーによあの大きさは!?ありえない!!」

「あれは、コンドルとどちらが大きいのでしょう!?」


 直後、巨大な鳥の影は高度を落としてくる。明らかに、こちらを攻撃しようとしている。俺は、全て閉まっている昇降口の青モノクロの強化ガラス扉を開け、中に入る。


 奴が、急降下で迫ってくる。ハルカとカエデが扉を通り抜け、俺は扉を閉める。


 奴はスピードを落とさない、そのまま突っ込んでくる!


「下駄箱の後ろに隠れろおおおおおおおお!!」

「「きゃああああああああ!!!」」


 3人と1匹が下駄箱の後ろに到達した直後、耳をつんざくほど高音の爆音が響き渡る。衝撃波が下駄箱の壁から背中に伝わり、小刻みに震えた。そして、両脇後ろから数え切れないほどのガラス片が飛び出してきた。


 もしこのガラス片が直撃していたら、致命的な負傷になっていたかもしれない。俺は安堵すると同時に、紙一重の結果に冷や汗を流させる。


 恐る恐る扉の方を覗き見ると、漆黒の体に赤いトサカの、鷹が何十倍も大きくなったような鳥の怪物が、割れた強化ガラスに挟まって動けなくなっている。その胸には赤いナイフのような刃物のバッジ――『サタンガルド』だ。


「ああくそ、突き破れると思ったんだが、これじゃ逃げられちまう、クルケン」


 そんな風に怪物が悪態をついていると、突如俺の隣のカエデが目を輝かせて興奮する。


 やめろ馬鹿おい!――しかし、制止するのが一瞬遅く、カエデは奴の目に見える位置まで出てきてしまう。


「しゃ、喋るリスに続いて、喋る鳥!すみません鳥さん、どうやって言葉を発しているのですか!?私、気になります!」

「ああ!?なんだヒトの女、クルケン?……さては、お前が『感知器(ロレンツ)』で感知したアトマの契約者だな!オマエはサタン様のために、このホーキグル様が始末してやる、クルケン!」


 マズイ、奴は割れたガラスに挟まっているとはいえ、今にも扉ごと破壊して、こちらに襲いかかってきそうだ。今すぐにもカエデを連れて逃げたいところだが、俺が出ていくと、俺が標的にされてしまう。ここは、あの怖いもの知らずの女に任せよう。うん。我ながらナイス作戦だ。


 俺は目配せで、ハルカにカエデを回収して来るように伝えた。ハルカは先ほどから心配そうに俺を見つめていたので、俺からのメッセージを受け取ると、親指を突き立てて微笑んだ。


そうして、ハルカはカエデが出て行った場所へと飛び出した。やはり小学生の頃から、やや不本意ながらずっと一緒にいる付き合いだ。言葉なんてなくとも、伝わるもn


「出たわね、ハト野郎!今からこの私が、あんたをけちょんけちょんにしてやるわ!」


 違あああああああああう!!!なんでお前まで悠長にあの化け物とお話してんだよ!あとどう見てもハトじゃねえし!


 やっぱ言葉にしないと、あのバカには伝わらねえ。


「何だ、『ミリス』はあのチビじゃねえのか、まあ良い、まとめて始末するまでだ、クルケン」

「わ、私のこと、チビと言いましたね!私だってもうすぐ大人なんですよ!取り消して下さい!」


 黙れチビ!ああもう、ここでやるしかねえ!


 俺は心の中で念じて、左腕に『起動器(デモクリト)』を顕現させる。その神秘の機器に付随している5つの玉のうち、赤い光沢を帯びているものに触れる。


 すると、ハルカの体が薄赤い光に包まれる。近くにいるカエデと、ホーキグルと名乗る鳥の怪物は、目を細めて驚いている。


 光が弾け、現れたのは赤を基調としたアイドルのような姿の戦士。昨日、ハルカが変身した姿そのままだ。


「す、すごい!これが『ミリス』ですか、とてもカッコイイです!!あの、変身した感触はどんな感じなのでしょうか?」

「あいつをコテンパンにした後で、好きなだけ話してあげるから、今は私の大活躍を見てなさい!」


 ハルカの方が相対的にマトモな発言をする日がくるとは思わなかった。


「やはりオマエか、クルケン!片腕がオシャカになってたライオネルの言っていた、赤い『ミリス』だな、クルケン!」

「アンタも、あのライオン頭と同じ目に合わせてやるわ!くらえ、ハルカパンチ!」


 ホーキグルに向かって飛びかかったハルカは、奴がガラスの拘束から抜け出すよりも一瞬早く、奴の顔面に渾身の一撃を叩き込んだ。奴の巨体はガラスごと、数十メートル後方へと吹っ飛んでいき、昇降口前の広場へと投げ出された。


「こ、これが『ミリス』の力ですか……すごいです、尊敬します、ハルカ先輩!」

「ありがとう!もっと褒めて褒めて!」

「お前は、前回の戦いから何も学習していないな!」


 こちらを振り向いているハルカの後ろには、大ダメージを食らった様子だが拘束から解かれたホーキグルの姿が。自分に背中を見せる赤い少女戦士を鋭い目付きで睨みつけると、そのまま立ち上がり、ハルカに向かって再度突撃……はせず、俺達から離れるようにその場から離れていった。翼を羽ばたかせる音を聞いたハルカは振り返ったが、既に奴は30メートルほど上空に飛んでいるようだ。


「あっ、ちょっとちょっと、アンタも逃げる気!?来なさい、臆病者!」


 逃げる、か。本当に逃げてくれれば良いのだが。


 あの目は昨日のライオン頭のような、不利を悟って退散を選択するような目じゃなかった。まだ何かあるに違いない。


 俺とカエデは昇降口の扉付近、建物の内側で戦況を見ていた。扉と言っても、巨大鳥の突撃やハルカの渾身のパンチによって、完膚なきまでに破壊されているが。


 ――先ほどは興奮していたカエデだったが、膝が震え、脇を締めながら両手を胸の前で握りしめている。やはり、根っこの部分では怖がっているのか。無理もない、日常生活ではほとんど味わう機会のない衝撃が、立て続けに起こったのだから。


 ならば、怖がるカエデを無理に『ミリス』として戦わせることはない。怖がっていては、すぐにやられてしまう。ハルカぐらい好戦的でなければ、奴らとは戦えないだろう。


 などと考えていると、突然硬くて大きい質量弾が、喚き続けていたハルカ目掛けて空から降ってきた。質量弾の正体は大岩で、直径が2メートルはある。幸いハルカは上空のホーキグルに視線を固定していたので、素早く飛び退いて避けることができたが、大岩の質量弾は忙しなく降り注いでいる。見上げると、ホーキグルが自身の足の所に虚空から岩を生成し、単純に落とし続けている。これも『ガルム』の力なのだろうか。シンプルだが、効果的な戦術だ。


「ちょっと!そんな高いところからの攻撃なんてずるいわよ!卑怯よ卑怯!」

「フッ、やはりこの戦法に限る、クルケン。そしてライオネルの話が正しければ、あの『ミリス』の固有魔法の炎は当たらん。となるとヤツはこちらへ跳躍してくるだろうな、しかしこの高さまで届くとは思えんな。まあ跳んできたら、自由の効かない空中で、俺のクチバシで串刺しにしてやるがな、クルケン」


 ――一方的だ。こっちは奴に攻撃する手段を持っていないが、奴はあの大岩を落とすだけでいくらでも攻撃できる。ハルカは避け続けてはいるが、このままではいつスタミナが切れるかわからない。それに、また別の問題がある。


 俺は、決して奴のところまでジャンプしないように忠告した。奴があのライオン頭から話を聞いているのなら、ハルカの炎の射程距離も教えてもらったはず。それを頭に入れて、あのような上空にいるのだ。すると接近戦しか有効な攻撃手段のないハルカは、奴との距離を詰めるために跳躍するはずだが、それを奴が考慮しないはずはない。あの空中での飛翔の速さは先ほどこの目で確認した。つまり跳べば、自由の効かない空中で奴の格好の的になることは確実だ。故にこちらは我慢をしなければならないのだが、ハルカのことだ、いつ痺れを切らすか分からない。


 広場に丸い岩が積み重なる。昨日はここでライオン頭を追い詰めたが、今回はここで鳥野郎に追い詰められている。このままでは、ハルカが岩に当たるか、空中で攻撃を食らってしまう。あの岩に当たれば『ミリス』でもただでは済まないだろうし、防御力が高くないらしいハルカでは尚更だ。


 どうする、何かないのか、この状況を打開できるような策は。どうする、どうする、どうする――


「あの、リュウ先輩、もしかして、ハルカ先輩、ピンチなんですか?死んじゃうんですか?」

「……え?」


 突然、俺にカエデが話しかけてきた。岩という岩が地面に衝突して轟音が響き渡る中、カエデの心配そうに俺に問いかける声だけが俺の脳に反響するように聞こえていた。


「……い、いや、大丈夫だ。俺が何とかする。心配するな」

「……だって、ハルカ先輩、すごく困っていらっしゃるように見えるんです……」


 そんなことは、言われなくてもわかっている。だから、俺が何とかしなきゃ……


「私、何とかしたいんです!私が『ミリス』になって、ハルカ先輩を助けます!『ミリス』には『固有能力(ファンデル・ワールス)』というものがあるって、そこのレンタさんから聞きました!それで、この状況を打破することが出来れば……」

「「……それは」」


 それは、博打だ。俺とレンタの回答が一致する。昨日の大博打の失敗から、もう打つ勇気が無い。でも、カエデのあまりに真っ直ぐな目に、思わず言葉が詰まる。もしカエデの能力でもこの状況を打破できなかったら、ハルカが死ぬどころか、カエデまで死の危険に晒されてしまう。それに……


「震えてたじゃないか。俺の目はごまかせないぞ。『ミリス』になって身体能力は上がっても、心の強さは変わらないんだ。怖がるお前を、俺は行かせられない」


 俺は、カエデのために諭したつもりだった。しかし、カエデは俺の考えを否定し、意を決したように、


「……死んだら」

「……ん?」

「死んだら、もう何も知ることができなくなるじゃないですか。それはきっと、私だけじゃなくハルカ先輩にだって、悲しいことのはずです」


 ――死は、物事を知る機会を奪う。


 それが、彼女の「死の恐怖」の答えか。


「それに、私、このまま指を咥えて見ているわけにはいかないんです。怯えたままでいる訳にはいかないんです。だって、私、もっともっと、先輩方と一緒にいて、もっともっと色んなことを知りたいと思いましたから!」

「…………!」

「私じゃダメですか、私じゃ頼りないですか、私も13歳、もうすぐ大人です!できます、戦えます!私、先輩を救います!私を、頼ってください、リュウ先輩!」


 ――バカだ俺は。後輩にこんなことを言わせるなんて。俺は、実にはこいつの事を全く頼っていなかった。こいつは確かに、知りたがりで何も考えず人のプライバシーにズンズン入ってくる無神経なヤツであるし、人智を超えた戦いに怯えるヤツでもある。でも、こいつには今、覚悟がある。死地に飛び込む覚悟が。未来を掴み取るための覚悟が。その覚悟に応えなくてどうする。


 俺は左肩にいるレンタと顔を見合わせる。レンタも、俺と同じような気持ちのようだ。俺は何も言わずに左拳を突き出した。覚悟の決まっている者に、余計な言葉はいらない。カエデも全てを了承したように、右手を握り拳にして精一杯伸ばした。


 二つの手が触れ合う。心が、通じ合った。


 触れ合った所から、眩い光が顕現した。その光は、鮮やかなエメラルドグリーンに収束して、5つある横並びの玉の左手側から2番目に収まった。


 覚悟の決まった少女が凛々しい双眸を以て、昇降口の外へと躍り出た。俺は『起動器(デモクリト)』ごと左腕を掲げる。


「行くぞ、カエデ!準備は良いか!」

「はい、私、準備万端です!お願いします!」


 緑色の光が収束した玉に、俺は右手で心を込める。その感情が、目の前の少女へと伝わり、光となって少女を包み込んだ。数秒後、その緑色の光が弾け、少女は覚悟が表層に現れたかのような姿をした。


 白の下地に緑が秩序だって塗り立てられた色彩。ヒラヒラのスカート。両手と両足を彩るようなブーツとブレスレット。くびれを際立たせるような上着には胸に緑のリボンとクリスタルが輝く。髪は緑色になり、ハルカとはまた異なった派手さを、ややショートながらも主張していた。右頭全方には緑の花が髪留めのようなアクセントとして付けられていた。


 ――カエデは、緑の『ミリス』になった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ホーキグルのシンプルな落石攻撃を避け続けるハルカ。その顔には、次第に疲れと苛立ちの色が見え始めている。意外にも、ハルカは自分に迫ってくる大岩を迎撃したりはしない。大質量に落下スピードの加わった攻撃が、打ち砕けるか不安を覚えているのだろうか。とにかく、俺はその感覚で良いと思うのだが、このままではきっと奴の思い通り、ハルカは自分に不利な行動選択をしていただろう。このままであれば。


「はあ、はあ、……。ああもう、イライラするわね!あのムカつく顔面を滅茶苦茶に殴ってやりたいわ!」

「そろそろだな、クルケン。ここで俺が大岩の投擲を一瞬止めれば、ヤツは勝機と見てこちらに跳んで来るはず、クルケン」


 ホーキグルが絶え間なく等間隔で行っていた落石攻撃を中断する。これはおそらく、ハルカを空中に引きずり出すための作戦だ。俺の予想通り、ハルカはグッと空中を睨みつけて、両脚に力をこめる。


 だがそれと同時に、ハルカは側で緑色の光が眩しく輝くのを目撃し、跳躍を中止した。正直、危なかった。


「あっ、この光、もしかして、カエデ……!?」

「こ、この光は、バカな、あり得ない、クルケン!?」


 そしてカエデを取り巻く緑色の光が弾け、カエデが『ミリス』の姿となって現れると、『ミリス』の2人はお互いに距離を縮めるように駆け合った。


「カエデ、『ミリス』になれたのね、おめでとう!とっても似合ってるわ!」

「ありがとうございます!私、ハルカ先輩と一緒に戦えるようになって嬉しいです!さあ、2人であの鳥の怪人を倒しましょう!」


 和気あいあいと喜び合っている2人とは対照的に、上空を飛んでいる鳥野郎は、こちらからは表情や発言もよく分からないのに焦りを感じているのがわかるほど、動揺が飛翔に表れて不安定になっている。


「ま、まさか、『ミリス』が2体、クルケン!!?『感知器(ロレンツ)』では、アトマは1匹しか感知できなかったが……こいつは精度も良くないから、実は2匹いたということか……?ええい、ここへはどうせ攻撃できんだろう、まとめて消し去ってやる、クルケン!」


 カエデが、胸の『精石(ハパール)』に手を当て、その後大きく頷いた。どうやら、自分の『固有魔法(ファンデル・ワールス)』がわかったようだ。すると、カエデは胸の前に両手を持ってきて、両掌の間にエネルギーを込めた。見ると、彼女のまな板の前の空気が勢いよく渦巻いているのが見える。


 ……カエデの『固有魔法(ファンデル・ワールス)』は、おそらく風だ!これなら、飛んでいる敵を吹き飛ばせるかも知れない。「賭け」に勝った。……いや、まだ風の射程距離がどれほどか分からないから、そう考えるのはまだ早い。


「カエデ!その風、飛ばせるのか!?飛ばせるとして、どれほど遠くだ!?」

「はい、飛ばせます!どこまで飛ばせるかは分かりませんが、あの鳥さんにはギリギリ届くと思います!」


 ギリギリか。もっと余裕が欲しい。そこで、俺はハルカを使うことにした。


「ハルカ!奴に向かってジャンプしろ!」

「なーに言ってんのよ、ジャンプするなって言ったのはあんたじゃない!」

「状況が変わったんだよ、いいから跳べ!」


 不満を顔にあらわにしながら、ハルカは脚に力をいれる。さらに、両手の炎が燃え上がった。ハルカは、ここで決着をつける気のようだ。それならそれで良いが、カエデの『風』を加える事で、あの鳥の怪物の討伐は確実なものとなるだろう。


 ハルカが空を舞うホーキグル目掛けて思い切り跳躍した。ぐんぐん高度を上げ、奴の高みまで届かんとする。


「何っ、ここまで来るか、クルケン!?」

「くらえ、『炎の一撃(バーニング・バースト)』!」


 ハルカが、魂を込めた一撃をホーキグルに放つーーが、あと一歩のところで届かず、空振りしてしまう。そのままハルカは地球の重力に引かれて自由落下を始めた。


「ああっ、届いてないわ!惜しい〜っ!」

「少しヒヤリとしたが、やはり届かなかったようだな。では死ね、クルケン!」


 勝利を確信した様子のホーキグルが、一瞬旋回した後ハルカに向かい、嘴を突き立てんとする。俺の思惑通りに。奴は落ちるハルカに近づいている、即ち地面にいるカエデに近づいているということだ。これでカエデの『固有魔法(ファンデル・ワールス)』が届く。奴は向かい風を受けて速度が減衰し、ハルカは背中から風を受けて奴に近づくことができる。一発逆転の大作戦だ。


「今だ、やれカエデ!」

「行きます、『立ち向かう風(スタンド・ストーム)』!」


 そうカエデが叫ぶと、突如として暴風が吹き荒れ、鳥野郎やハルカだけでなく、カエデや俺とレンタも空気の一方向の圧力にさらされた。


 奴の方から、カエデに向かって。……あれ?


 ――一体いつから、風魔法が「術者」から吹き()()と錯覚していた?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ハルカとホーキグルは、落下するスピードを早めた。これはマズイ。ハルカがやられる!


 ――だが、突如としてホーキグルはハルカの下を通過し、岩が積まれた広場へと落下した。ハルカも同様に落ちてくるが、魔法を中止したカエデがキャッチしてなんとか衝撃を和らげた。


「おい、大丈夫か、ハルカ!」

「大丈夫よ、カエデがキャッチしてくれたから。でも惜しかった、もうちょっとであいつの顔面をボコボコにしてやれたのに」

「そんなことより、一つカエデに言いたいことがある。……なんで逆なんだよ!!?」

「知りませんよ、そんなこと!……もしかしたら、私の知りたいとか聞きたいとか言う欲求が、風に表れたのかも知れません!」


 ちくしょう、こいつらのダメなところが2日連続で足を引っ張ってやがる。しかし、『吹き飛ばす』風ならば何も考えずとも強力だが、『吹き入れる』風は何も考えないとただ相手に加速度を与える結果になってしまう。カエデには、あまり『固有魔法(ファンデル・ワールス)』を乱発させないようにしよう。


 すると、体全体を所々角ばった岩に打ち付けて倒れていたホーキグルが動き出した。それを見るや否や、俺は全速力で昇降口の中へ隠れた。『ミリス』の2人と肩のレンタが俺をゴミを見るような目で見ていた気がするが、そんなことはどうでも良い。


 それにしても、なぜ奴の軌道が下に逸れたのか。


 ……もしかして、揚力か。奴が向かい風から翼に生じる揚力をコントロールしてハルカに向かっていたとすると、カエデの風で向かい風が相殺されて揚力が弱まり、奴の軌道のコントロールが狂った、と考えるべきか。それなら、カエデにとっての向かい風は、俺たちにとって追い風になったと言うことになる。偶然だけどな。


 ホーキグルが立ち上がろうとする前に、ハルカが両拳を燃やして飛び出し、奴の両翼の付け根に大きな衝撃を与えた。絶叫する鳥の怪物。ハルカが再度構え、追撃を与えようとしている。


「ぐああああああああっ、バカな、クルケン!!!」

「今までよくもコケにしてくれたわね!いっぱいくらいなさい、『炎の連撃(バーニング・バルカン)』!」


 目で見えないような速さでハルカが燃え上がる拳を繰り出す。一発一発打ち込む度に、奴の顔面はどんどん破壊されていき、ついには羽毛に覆われた体が燃え上がり始めた。


「これで、トドメよっ!!」

「ちくしょおおおおおおおお、オマエは殺してやる――」


 ハルカが最後の一撃を入れ、ホーキグルを吹っ飛ばす。その直後、奴の体が爆発した。炎が何かに引火したのか、それとも道連れ覚悟の自爆か。どちらにせよ、遠く吹っ飛んだところで爆発したので、ハルカへのダメージが0だったのが幸いだ。


「やったわ、ブイブイ!今度は逃さなかったわよ!」

「流石です、ハルカ先輩!とってもカッコ良かったです!」

「これで2人目、これからボク達はどんどん『ミリス』を増やしていって、どんどん強くなるだろうね!」

「それはどうだろうか」


 レンタは希望的観測をしているようだが、俺は何故か不安な気持ちでいっぱいだった。さすがに、この2人以上の変なヤツが『ミリス』になったりはしないだろうが……


 とはいえ、今日も生き延びることが出来た。素直に喜んでいいことだろう。ここまで日々生きていくことが出来るのに感謝したことはない。


 願わくば、明日は平和な日でありますように……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「――どうだカエデ、『ミリス』になった感想は?聞くよりも体験することの方がより多くのことを知ることができると思うんだが」

「はい、最高でした!……でも、少しだけ不満が……」


 そう言って、カエデは胸の『精石(ハパール)』をチラッと見る。


「……まあ確かに、お前の『固有魔法(ファンデル・ワールス)』は使いづらいもんな」

「ち、違います、向かい風になってしまう私の魔法のことではなくて……」


 そう言って、カエデはまた胸の『精石(ハパール)』を見る。と言うより、『精石(ハパール)』が付いている場所を見る。


「――髪が伸びて膨らんだからといって、まな板がかまぼこになる訳ないだろ」


 風が吹くように素早いビンタだった。

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