第1話 『Boy meets boy, boy meets boy』
二度寝。
それは、神聖にして侵すべからざる領域である。
カーテンから朝日の光が漏れるなか、夢ともうつつともわからないおぼろげな意識の中で眠りにつくのは、何と素晴らしいことであろうか。
それに、夢ですっごい巨乳の美人が、祈りを捧げているのを見たのだ。確か、「どうか……お願いします……」とか言ってたな。何をお願いしてたんだっけ。まあ、夢で見たことなんて起きたらほとんど忘れるのだ。もしかして、「私と結婚してください!」とかじゃないだろうか。いや、そんな妄想は流石に、自分でもキモいと
ピピピピピピピピピピピピピピ!!!!!!!
侵すべからざる領域を侵した目覚まし時計に、俺はめちゃくちゃ大きな舌打ちをした。と言っても、起きたらすぐ時計を見て、7時まで後10分しかないとわかって、あんなゲスな妄想に走っていたのだから、仕方のない部分はある。
俺は目やにのついた目をこすって、朝食をとるために階段を降りて行った。
2021年5月10日の朝である。
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長谷川家の朝が始まっていた。
「流星、おはよう。遅かったじゃない。もうご飯できてるわよ」
「おはよう、母さん。――いや、今日は7時に起きるって言ったじゃないか。確かに、いつもは朝練があるから6時半だけどさ」
俺の母親、長谷川美鈴の口元が微かに緩んだので、これはいつもの冗談なのだろう。傍目から見れば四十路の割に小じわが全然見えなくて、目元がパッチリした二重のロングヘアーの、スタイル抜群美人である。俺はと言えば、童顔でイケメンともブサメンとも言えない三白眼。普通の顔であるのは別に良いのだが、もう少しだけ顔の良さが遺伝しても良いじゃないか、神様。
「おはよう流星、今日からお前は14歳だな!」
「父さん、毎度の事ながらなんで朝からテンション高いんだ……」
コーヒーを片手に新聞を読んでいる平成スタイルの父親、長谷川星長は仕事では真面目にやっている敏腕サラリーマンらしいが、家ではお酒を吐くまで飲んだり、わざと俺に向けておならをかましたりするダメ親父だ。まあ、虐待をする親よりは遥かにマシであり、父さんと母さんの両方とも、息子である俺のことを大切に思ってくれているのだろう。多分。
「ーーあれ、輝星は?」
「まだ起きてないわね。ま、いつもの事だけど。流星、ちょっと起こしてきて」
「了解」
妹、長谷川輝星が寝坊した時に起こすのは俺の役割だが、世界で1番可愛い妹の無防備な寝顔を見る大義名分ができるので、この役割を面倒だと思った事は1度も無い。部屋に入ると、キララは薄着1枚をはだけさせ、乱れに乱れた髪型をして寝ていた。少し口元を開けながら、母と同じくぱっちりした眼を閉じて眠っている姿は天使だ。
――いかん、鼻血が出るかも。
俺は即座に自分の鼻にティッシュを詰め、キララを起こした。そばには人間の眠りを即死させる目覚まし時計が、時を刻む以外の機能を喪失していた。フッ、俺の眠りを妨げる事はできても、この天使の眠りを妨げる事は
「ん、リュウ兄?おはよう……」
「な、なんだよキララ、起きてたのか。とっくに起きる時間は過ぎてるぞ。俺は眠りの世界に囚われたお前を救いにきた王子様だ」
「キモい、出てって」
俺はこの世の終わりのような表情をしながら、今年の10月で11歳になる妹の部屋から飛び出して行った。下の階のリビングへと戻ると、こうなることを見透かしたかのような両親の表情が目に飛び込んだ。そして、次の父さんの一言で、俺の決まりの悪さはピークに達した。
「おい流星、鼻の詰め物が赤く染まっているから、そろそろ換えた方が良いんじゃないか」
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「やっぱり月曜日の朝って憂鬱。日曜日の朝のほうが100倍楽しいわ」
「キララは日曜日の朝、決まって『ハートウォーミング プリセラ』を見てるもんな。女子小学生らしくて良いと思うぜ。」
「何よ、リュウ兄、その言い草!私が子供っぽいとでも言いたいの?リュウ兄だって、13歳で子どもじゃないの!」
「おい妹よ、寝ぼけて兄貴の誕生日を忘れちまったのか?俺は今日から14歳、少年法によって無罪にならない歳、責任のある大人に近づいた歳だ」
「1つ歳が変わっただけなのに、そんな鬼の首をとったような言い方して!!」
「うちの子供たちは朝から元気だなあ」
上から目線で俺たちを評価する父さんだが、どの口が言ってんだ。父さんは無視して、早く『朝』をこなそう。
俺は朝食を済ませ、昨日のうちに準備をしておいた学校のカバンを背負って、家を出て行った。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
俺が登校へと向かう毎朝、こうやって玄関の前にサンダルで立って見送る母さんは母親の鑑だ。今日も、いつもと変わらずの挨拶という儀式を成し、変わらずの登校ルートを歩く。
――変わらない日常。面白味のない日常。だがそれが良い。
俺は、人類史に名を刻むとかそういう大それた事はしたくなく、望みは普通に通学して、普通の高校に進学して、普通の大学に進学して、普通の会社に就職して、普通の人と結婚して……というと簡単なことに感じるが、むしろ、難しいであると心の底から思っている。世の中にはそんな普通さえ享受できない人たちがたくさんいることがなんとなく分かる。だから、俺は必死に『普通』を掴み取る。
それに、妹が見ている魔法少女アニメ、『プリセラ』のようなヒーロー・ヒロインの存在を、俺は否定する。というより、自分がなれるかもしれないという可能性を否定する。幼い頃は、俺も『仮面サイバー』のような男子向けヒーロー番組を見ていて、憧れていたものだが……そんな幻想はあの日に崩れ去った。
もしヒーローが存在していたのなら、良平は死なずに済んだのだから。俺は不確かなヒーローの幻想を見るのをやめ、普通を志すことを決意したのだ。
――いかん、ただでさえ暗くなる月曜日の朝なのに、さらに暗くなってどうする。よし、こういう時は今やっているアニメの展開の予想でもしていこう。……ダメだ、今俺が見ているどのアニメも鬱展開に入っていて、明るい気持ちになれない。
勝手に堂々巡りになっている自分の頭に耐えかねて、俺は人気のない小道でふと空を見上げた。
俺にとって、空は日常の象徴だ。雲の量によって天気が変わるとは言え、決まった時間に太陽が昇り、決まった時間に青くなり、決まった時間に赤くなって太陽が沈んでいく。夜には星々が北極星を中心として周期的に回っている。まるで、運命のレールの上を回っているように。
少し空を見て、俺は気分がちょっぴり晴れた。今日も普通に過ごそう。そう思えてくる。俺は空へ感謝する意味で、もう一度空を見上げた。
すると、何か影が見えた。鳥かな?何か鳴き声をあげている。
その影は、どんどん大きく、いや近づいてきて……!!
「あああああああああああぶッ!」
「ぶべらッ!!」
空から落ちてきた何かが顔面に直撃し、俺は思わず鼻を抑えた。家で鼻血を出し、せっかく今は止まっているのにまた出たらどうしよう。……よかった、血は出てない。今落ちてきた物が、柔らかい物だったということだ。
周囲を見渡すと、黄色いリスのような小動物が倒れていた。どうしよう、助けるべきか。……というか、なんで空から?竜巻によって魚が巻き上げられ、街に落ちてくるという話は聞いたことがあるが、生憎今日も昨日も快晴だ。
そんなことを考えていると、その生き物が自力で立ち上がり、俺と同じく周囲を見渡していた。やがて、そいつは俺の目線に気付き、青い瞳から俺に目線を向けてくる。俺はあまり初対面の人と顔を合わせるのが得意ではないので、さっと目を逸らした。相手はどう見ても人ではないが。
「&’$()’*>_*』``@_@。!?」
「…………?」
リスっぽい何かが言葉を発しているように見えたが、おそらく勘違いだろう。リスが喋れるわけがない。……つーか、リスってもうちょっと小さくなかったっけ?というか、黄色いリスなんて見たことも聞いたことも……
――などと首を傾げていると、あちらも何か不穏な表情をしているようだった。そして、何やらボソボソ鳴き声?を発した後、再度俺の方に視線を向け、怪訝な表情で口を開いた。
「お、お前……もしかして、ボクのことが見えるのか?」
「ギャアアアシャベッタアアアアアアアアアアアア!!!!!」
日常から、異常が降ってきた。
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「ボクの名前はレンタ!モルクから来た、『ミリスシステム』資格者の一人だ!」
「すまん、初めて聞く固有名詞が多過ぎて、何が何だかわからん」
得意げに話すこの黄色いリスのような生物は、レンタというらしい。もっともこれは「俺の名前は長谷川流星」というのと同じで、こいつだけの名前だろう。「私の名前は人間だ」という人はいない。織田信長は自分の子供の一人に「人」と名付けたらしいが。
「んで、お前の生物名は?俺は人間で、名前は長谷川流星だ」
「生物名?……ああ、『人間』は『ヒト』の別名だったね。じゃあ、ボクはアトマだ」
「アトマか。……後、『モルク』ってなんだ?」
「モルクって言うのは、ボクらの住む世界のことだよ。君たちもこの世界のことを『地球』と呼ぶだろう?」
なるほど、まあ『モルク』から「来た」と言う時点で薄々感づいてはいたが。しかし、『ミリスシステム』と言うのがわからない。このまま聞いても、また訳のわからない固有名詞が増えそうなので、聞き方を変えてみる。
「じゃあ、単刀直入に聞くが、お前はどうして地球に来たんだ?」
「それは、『サタンガルド』の活動を阻止し、世界の安寧を守る為だよ」
新しい固有名詞、増えたやんけ。文脈的に、「悪の組織」だろうと言う事は分かるが。
「なるほど、つまりお前達がその『サタンガルド』と戦って、地球や『モルク』の平和を守るってわけか」
「惜しい、800点」
「高いな!……もしかして、1000点満点か!?それでも高得点だけど。それで、どこが違うんだ?テストは、間違えたところを反省しなきゃ意味がねえ」
「うん、1000点満点で合ってるよ。で、違うところは、ボクたちアトマだけが戦うんじゃないと言うところだ」
すごく嫌な予感がするので、俺はこの場を去ろうとすると、レンタが体にしがみついてきた。重くはないが、ざっとピ○チュウみたいな大きさで、鬱陶しいことこの上ない。
「まってよ!ボク、君に興味があるんだよお!」
「俺は異種姦に興味はねえよ!離せ!何か俺が危ない目に遭いそうな気がする!」
「イシュカンってなんだよ!頼むから話だけでも!」
異種姦が伝わらなかった事はさておき、話を聞かないと進まない強制イベントのようなので、俺は黄色いリスを左肩に乗っけ、右肩で学校のカバンを背負いながら、通学路を進むことにした。
「はあ、ったく……こんなの連れて学校に行ったら、みんなの笑い者だぜ。お前、学校では絶対喋んなよ」
「流星、だったかな。ボクは普通の人間には見えないよ」
「……はあ?」
「ボクらアトマが見えるのは、『ミリス』になれるほどミリム保有量が多い人だけだよ。この『フォロウ界』なら、尚更だ」
不用意な発言で、また固有名詞が増えてしまった。とりあえず、新しいキーワードが増えないことを祈りながら、一つずつ聞いていくしかないだろう。
「頼む、分かるように説明してくれ。『ミリム』ってなんだ?」
「ミリムはね、全ての生物に宿るエネルギーで、ボクたちアトマはそれを使うことができるんだ。ただ保有量には個体差がある」
「よし、知らないワードが一個も出なかった!じゃあ次、『ミリス』について教えてくれ。名称が似ているし、『ミリム』と関係があるんだろ?」
「先にミリムのことを聞いたのは正解だと思うよ。『ミリスシステム』とは、ミリム保有量の多いヒトと契約して、そのヒトに戦う力を与えるんだ。戦う力を与えられた戦士を、『ミリス』と呼ぶんだ」
「わかりやすい説明ありがとう。変身ヒーローみたいなもんかな。ヒーローなんていないと思っていたが……俺もその『ミリス』になれるのか!?」
先ほどヒーローの存在を否定していた事は忘れ、俺は自分の可能性に目を輝かせた。
なれるものならなりたい。自らが無力でないと思いたい。
「うん、なれるよ。それも、ボクがフォロウ界で見える位、ミリム保有量が多いから、最強の『ミリス』になれるよ!――いやあしかし、君はどう見ても男なのに、まさか女だったとはね」
いよっしゃあ!……あ、……あ、……あ?女?
「おい待て、俺は男だ。――信じられないって顔してんな、ならば今ここで男の証拠を見せても良いんだぞ」
「えっ、待って、ありえない、ヒトは普通ミリムの大部分が女性器に宿るから、男性は女性に比べてミリム保有量が著しく低いはず……」
「知らんがな。それで、男だとどうなんだ」
「男は、『ミリス』にはなれない」
レンタにはっきりと断言され、体の熱がすっと引いていった。顔を青くするほどではなく、ただただ冷静になって感情が収まっていった。
「そっか、じゃあ俺に用はないな。頑張って女の子探ししろよな!」
「ま、ま、待って!どうして男なのにそんなにミリムを持っているのか知りたいんだ!」
「こっちだってな、まだ未消化の固有名詞があるんだよ!『フォロウ界』ってなんだ!」
「『フォロウ界』って言うのは、この世界の反対側、『オルタナ界』に対するこちらの世界のことで……」
「また固有名詞が増えたああああああああ!!」
なんだか頭がパンクしそうで、苦しさを紛らわすため俺は学校へと駆け出していった。
今までの日常が崩れ去った音が聞こえる。だがそれは、崩壊の始まりに過ぎなかった。
わたくし、立花KEN太郎の初連載作品となります。
「面白い」とか「続きが読みたい」などと思ったら、下にある☆☆☆☆☆から応援をお願いします。
「これは神作!伝説の始まりや!」
→ ☆5
「は?文章力ゴミだし、キャラに魅力無いし読む気失せるわ」
→ ☆1
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