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魔法少女のプロデューサー  作者: 立花KEN太郎
第1章 結成の前奏曲 Prelude of formation
18/55

第1章幕間 『置き去りにした自己、受け継がれた意志』

 あのライオン頭との戦いから一夜明け、今日は日曜日。午前のテニス部の練習を終え、昼食のミートソーススパゲッティを腹に詰め込んで、現在午後1時。


 満腹から来る眠気は練習の疲れも相まって俺を心地良い休息へと誘い、リビングルームのソファの上で惰眠を貪るに至らせる。これこそ至高の休日。これこそ安寧の象徴。素晴らしき哉、人生。


「流星、ボクはお前と出会ってから今までで一番幸せそうな顔を見ている気がするね」

「そうだなリス。睡眠は人間を最も幸せに感じさせる行為の一つだ。ウザったいヤツの顔を見なくても済むし」

「なるほど、じゃあボクも寝させてもらうよ」

「声も聞こえなくなれば尚良いんだけどな」


目を閉じながらレンタと言葉を交わすと、頭の辺りににわかに重量感が生じた。せめて俺から出来るだけ離れて寝てくれ。頭を思いっきり降ってソファから突き落としてやろうか。


「――流星、何をぶつぶつ言っているの?」


 などと考えていると、俺がこの世で最も聞き慣れた女性の声、母さんの声がした。一応、レンタとの会話は小声でしていたつもりだったが、聞かれてしまったのだろうか?


「……ん、母さん、何?俺に何か用?」


 目を開けて、俺は白を切ることを決断した。さっきのは寝言だったと勘違いして欲しい。


「あら、さっきのは寝言?でも、それにしては眠りに落ちるのが早すぎる気が……」


 ただ、母さんは勘が良い。俺が何か不都合があってそれを誤魔化そうとすると、いつも見透かしているような言動をとる。


「……あっ、こっちの話だから。大丈夫よ、流星は気にしなくて良いからね?」


 ――そして、いつもあちらが譲歩するように俺の誤魔化しに乗ってくるのだ。俺の秘密を守ってくれる。息子に都合の良い、優しい母親で、俺はそんな母さんが大好きで――申し訳が無くなってくる。ずっと3年前の()()()を気にして、俺に遠慮しているのだ。


「ママ、リュウ兄はどうせ、エロい夢でも見てたのよ。リュウ兄の好きな巨乳美女の夢をね」

「……ちっ、違うから!別に夢とか見てないから!百歩譲って普段見ているとして、今のは違うから!」


 歳不相応にワイドショーを見ていたはずのキララの不意の参加に動揺し、あまりに下手くそな言い訳を展開してしまう。寝言誤魔化し作戦が裏目に出てしまった。つまらない悪ノリをしてくる父さんは休日出勤でいないのがせめてもの救いか。


 ひどく気まずい空気から強引に抜け出すため、俺は再び目を閉じてソファに横になる。追撃の声が聞こえてこないので、キララは早くも兄をイジるのに飽きたようだ。恥ずかしい思いをしなくて済むのは幸いだが、天使の声をもっと聞いていたいというちっぽけな思いと相反する。


「――キララ、もう1時よ?シラスイ(白木スイミングスクール)に行かなくて良いの?」

「ちゃんと覚えてるから。心配しないで。忘れるわけないじゃない」


 そんな天使の声がまたもや聞こえてきたので俺は目を開けると、キララがスッと立ち上がってスイミングスクールのバッグのある2階の自室へと向かうのが見えた。口調が落ち着き払っているだけで、誤魔化しが下手なのは先ほどの俺と大差ない。ただ違うのは、こういった必死な動作一つをとっても、この上なく可愛らしいということだ。


 数十秒後、キララがバッグを背負った状態でリビングのドア前に姿を表す。


「じゃ、行ってきます」


 特に情緒も無い、ルーティンのようにこなすだけの、出発の挨拶を投げかけるキララ。だがそれも良い。


「行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい。悪い男に引っかからないように気を付けろよ」

「リュウ兄を基準にすれば、少なくともシラスイの男子達はみんな良い男だから大丈夫」


 俺が暫時天を仰いでいると、玄関ドアが開いて閉まる一連の音が妹の外出を告げた。確かに俺という男には悪いところがいくつかあるかもしれないが、俺が言っていたのはそういう点じゃない。キララのことをいやらしい好奇の目で見てくるとか。ちゃんとそこらへんの詳細も発言に追加するべきだったな。


「――私も買い物に行ってくるから、お留守番お願いね」

「うん、分かったよ、母さん」


 そう言って母さんも、折り畳まれたエコバッグを入れた手提げ鞄を右肩に、家を出て行った。――これで家に一人きりか。何だか久しぶりな感覚だ。毎週水曜日はテニス部の午後練が無いのでいつもは家に一人でゆっくり出来るのだが、4日前の水曜日は放課後に『サタンガルド』の襲撃があって……いや違うな。水曜日は放課後じゃなくて昼休みに戦いがあったはずだ。放課後には色々と疲れた体をなんとか家まで動かして自室のベッドで寝てたな。だが、どうにも一人の気がしない……


「……ちょ、ちょっ……と……苦しい、苦しい……」


 手の甲に柔らかく小さい物体がペチペチと叩きつけられる音と感触、そして狭いところから絞り出すようなかすれ声を聞いて初めて、俺は右手でソファの上で寝ているレンタを右手で押さえて、体重の4分の1ほどをかけているのに気づいた。急いでその手を離してやると、赤みがかっていたレンタの顔は胴体の色と同じ黄色に戻った。


「……はあ、はあ……ついにやったな、流星。いくら戦闘能力無いのに戦いに巻き込まれているのをお前が理不尽だと思っているからって……」

「……いや、これは事故だ、ごめんな。さすがに俺はそこまで外道じゃない」


 憤怒で再び顔を赤く染めようとするレンタに対し、俺は素早く謝罪と弁明の言葉を述べたが、淡々としすぎたのかレンタは尚も疑いの眼差しを向けてくる。


 ――コイツと『契約』している限り、俺が一人きりになることはないんだな。確かにコイツとの契約が無くなれば俺やハルカ達は戦わなくて済むかもしれないが、それでコイツの殺害に至るほど俺はサイコパスじゃないぞ。……それに、『サタンガルド』のことを知ってしまった以上、もう見て見ぬフリは出来ねえ。


「……全く、一瞬父さんが『こっち来んな』って手を×(バッテン)しているのが見えたぞ」


 俺のしたことがわざとでは無いと納得したレンタが吐息を漏らす。『アトマ』にも三途の川みたいな文化があるのだろうか。


「――そういえば、お前母親はいるのか?」

「いるよ。当たり前だろ。……ああ、そういう意味か。今も元気に生きてるよ。父さんが死んじゃった後、女手一つでボクを育ててくれたのさ」


 俺としては『アトマは有性生殖なのか』という意義の質問だったが、結果的にアトマも男と女の区別があるらしいことが分かった。さらに、レンタの話ぶりから、レンタの母親がなかなかに立派な人、いやアトマであることも分かった。――こっちの家庭の様子ばっかりレンタに見られてしゃくだから、あっちのことも話して欲しいものだ。


「――そうだ、流星に聞きたいことがあったんだ。流星のお母さんの年齢はいくつ?」

「……どうした?まあいいや、俺の母さんはな……39歳だ、9日後には40歳になるがな」


 年齢?そんなもの聞いて何になるんだ?俺の脳内に?マークが消えないまま、レンタが次の口を開く。


「じゃあ、40歳として……40ー26=14……14か……」

「何だ、何の計算だ?26って何だ?何で26を引く……まさか!?」


 26、この数字をレンタから聞いたことがある。()()年前、『サタンガルド』は地球に侵攻していた。その時もアトマ達は少女達と契約し、『ミリス』が誕生して戦場へと駆けて行った。


 つまり、母さんの26年前の年齢は、13、14歳だ。そして、これもレンタから聞いたこと――『ミリス』の資格、『ミリム』保有量が多いこと、そして保有量は14歳頃がピークとなる、即ち……


「母さんが……『ミリス』だって……そう言いたいのか?」


 黄毛のリスは、無言の肯定を示した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 暫時、自ら発したはずの言葉が脳内を反芻する。同時に、身体中の全精力が考察をするための頭に注ぎ込まれ、身体全体がソファに縛り付けられているような感覚を享受した。


「……ど、どうし……お前、どうしてそう思うんだ……」


 俺はレンタにこう尋ねてはみたものの、心当たりが無いわけでは無く、実質的に確認の意味合いを含んでいる。ただ、この後発展するべき『論』が、俺にとっては何か耐えがたいものになるかもしれない、と『恐怖』しているのだ。だから、予想から外れてくれと天にお祈りする、のだが……


「――可能性の話さ。流星達の親世代はその可能性が0では無いということだ。……ただ、流星のお母さんが、『ミリス』である可能性は、同世代の他のヒトのそれより高い。()()()()が、あるのだから」

「状況、証拠……」

「流星、お前は……ヒトの男性なのに、ミリム保有量が高いだろう。ミリムは、喜びや楽しみといった感情で増幅するが――平時に内在する量には個人差がある。そしてその量は、一般的に――殆ど()()で決まるんだよ」


 予想通りの、そして考えられる限り最悪の答えが返ってきた。


「そして、さらに言えば、ミリム保有量が多ければ、必然的にボク達アトマの目に止まる確率は跳ね上がる。流星のように詳しく測れないほどなら、尚更……」

「――詳しく、測れないだって……?それは、初めて聞いたぞ、どういうことだ?」

「ボクが、お前と契約してから今まで、一度もお前のミリム保有量を詳しく測ろうとしたことが無いと思うかい?元々、お前が『フォロウ界』でもボクの姿が見えることが気になってお前についてきたんだ。だから、測ろうとはしたんだが……()()()()、詳しい量が分からなかった。ハルカ達のように基準値の10倍などという生やさしいものじゃ無い。軽く、1000倍は超えている」

「せッ、1000……!?」


 俺が桁違いの数値に驚いていると、レンタが何やら興奮と好奇、そして緊張の色を帯びて話を続ける。


「詳しく測ることが出来ずとも、『途方も無く多い』ということなら『資格者』なら絶対に分かることだ。そして、そのヒトと『ミリス』契約を交わすだろう……」

「おい、リス、落ち着けよ……」


 レンタが徐々に剣幕を露わにしてきて、俺はたじろいで止めようとするが、簡単には止まらない。


「基準値の1000倍、最低でもその位、それでも他の『ミリス』とは比べ物にならない、想像も出来ないような強さの『ミリス』!か、かッ、可能性の、話だが、お前のお母さんは……!!」

「やめろ!!!


  ――やめろ、よ……もういいよ、その先は、言わなくても分かる……」

「……ごめん、少し熱くなりすぎた……」


 強引にレンタの熱弁を止めた後、俺は現実逃避するかのようにうなだれる。レンタの言葉のその先は、言わなくても分かる、分かるが……


 ――俺の母さんは、レンタのお父さんと契約した『ミリス』、通称『ゴールド』。


 ありえるのか、そんな偶然が。神の悪戯が過ぎる。もしそうなら、もはや俺とレンタが出会ったことすら神でない何者かが操作している方が不自然じゃない。


 俺がレンタと出会って、命の危険のある戦いに巻き込まれているのは――母さんのせい?


「――うぷ」


 胸がムカムカし、頭が締め付けられ、吐き気が催される。俺は苦しみに耐えるため、両手を口に押し当てて、うずくまってさらに(こうべ)を垂れる。


「……大丈夫か、流星……」

「……ああ、問題ない。少し動揺しちまっただけだ」


 徐々に不快感は収まってきたが、俺の母さんに対する疑念が頭から離れない。取り除こうとすると、疑念を閉じ込めている薄いビニール袋が破れてまた胃の方に広がってしまいそうだ。


「……レンタ」


 一人で抱えるモヤモヤを解消させる方法の一つ。他人に打ち明けることだ。あまり好きなことでは無いのだが。


「ボクの名前を呼ぶなんて珍しいね。それで?」

「俺……俺は……ハルカ達と一緒に戦う、って決意したは良いが、やっぱり……何で俺が一歩間違えば死ぬような戦いに巻き込まれなければならないんだ、って思いが消えねえ。何て理不尽な運命だ、って。――いや、運命を恨むことになる方がまだマシだ。だってさ……」


 腹の中から熱いものが込み上げてきそうで、レンタになんか見せられない、とぐっと強引に押さえつけて……


「……俺は、キララの次に、母さんが好きだ。家族だからな」

「流星、ボクに珍しく優しいところを見せるね。お前に降りかかる災難の数々を、理不尽な運命を――お母さんのせいにしたくないんだろ?」

「……ああ」


 珍しくレンタが優しい声を投げかけてきて、込み上げてくる熱いものが目まで到達しそうで、俺はまたもや目を伏せる。


 ――どうしたら良い?


 もし、母さんが本当に『ミリス』だったとしたら、逆に『サタンガルド』と戦うためのアドバイスになる、とチャンスと捉えられるかもしれない。だが……母さんは心配する。母さんの息子だから、家族だから分かる。ともすれば……俺が戦いに巻き込まれた原因が自分にあると責を感じてしまうかもしれない。――そんなの、嫌に決まってるだろ。


 母さんには、悟られたくない。しかし、このまま疑惑を放置しておくわけにもいかない。放置してしまえば、家で母さんを見かけるたびに頭に疑念がウジ虫のように湧いてくる。もはや、愛しの我が家が休息の地では無くなってしまうだろう。俺の目指す『普通』の生活とは、程遠い。


「――やっぱり、はっきりさせておくべきか」

「はっきり、って……ボクの仮説が真か偽かってこと?」

「ああ、そして間違っていたなら――俺のミリム保有量の件は……()()()()と説明できる」


 この地球の生物学的有史上、単なる環境適応による緩やかな進化だけでなく、突然変異によって生物の枠組みが変わることも多い。主に、DNAの変異を原因として。それが、俺にも起こったのではないかということだ。


「突然変異……確かにその可能性も否定できないが……その確率は低いと思う……」


 レンタの言うとおり、その確率は10円玉の山から1つテキトーに取り出し、それが昭和64年製造のものである確率よりも低い。だが、0でないのなら。――それに、突然変異でなくたっていい。『母さん』が原因でなかったのなら、それで。


「先祖帰りとか、隔世遺伝とかもあるが……とにかく、『母さんからの遺伝』説は否定される。俺は肉親を恨むなどという世界中のあらゆる宗教の教義の対極の行為を回避することができる。もちろん、俺の信条もな」

「……」


 俺の悲壮な希望的観測を受け、レンタは黙りこくってしまった。元々俺は楽観主義者ではないし、根拠の無い希望で自分に自己暗示をかけることなど出来やしない。どうしても、悲観的な自分が俺の表情を2割程度曇らせるのだ。


 根拠が有れば。根拠が欲しい。


「問題は、どうやってはっきりさせるのかということだ。――レンタ、お前の測定で何か分からないか?」

「残念だけど、ヒトのミリム保有量は30代後半にはほぼ0になるというデータがあるんだ。『ゴールド』が現役の時に莫大なミリムを持っていたとしても、今ではその痕跡は残らないだろうね。それに、ボクもこの1週間の間に流星の母親と妹のミリム保有量を、夜ご飯の間に測定しておいたんだ。結果は、基準値の10分の1にも満たなかったよ」

「キララの方は嬉しいが……そうか……」


 愛しの妹が戦いに参加するという悲しい展開は避けられそうだが、現在の議題の解決には至らない。物的証拠でも、状況証拠でもいい。母さんが『ミリス』で無かったと、その根拠を得なければ。


「――直接、聞くしかないか」

「えっ、でもそれは……」

「まあ待て、要は俺が関わっていないと偽装すればいいんだ。つまり、『ミリス』という単語をハルカから聞いて、俺はその意味が分からずに母さんに尋ねる。そういう筋書きだ」

「なるほど。もしお前の母親が『ミリス』だとしても、お前がそれを知っている原因をハルカに帰着させることができるのか。中々こずるい手だな」

「まあな」


 ハルカを選んだ理由は、やはり長い付き合いだし、ハルカなら『何も知らない俺』にもうっかり漏らしそうだから、ということである。知ってしまった時点でも母さんは俺を心配する可能性があるが、まあ俺が直接関わっていると感づかれるよりはマシだろう。


「それに、もし母さんが『ミリス』の単語を知らないのだとすれば、母さんのミリム保有量が多かった、ということも否定される。保有量が俺に遺伝したというのなら、母さんもそれなりにあったはずだ。つまり、26年前のアトマ達がそれに気がつかないはずがない。必ず契約しに来る。承諾したにせよ拒否したにせよ、『ミリス』のことを知ってしまうはずだからな」


 もし母さんが知らなければ、それは起こらなかったことになる。つまり、『母さんからの遺伝』説は否定できるのだ。


「――それは、言えないんじゃないかな」

「……どうしてだ?」

「流星の保有量を、正確には測れなかったと言ったね。きっと、他のアトマじゃお前の特異性に気が付きすらしないだろう」

「どういうことだ?」

「ボク達アトマの感知できるミリム保有量には限りがある。基準値の1000倍とかにもなると、普通のアトマには大きすぎて感知が出来なくなるのさ。ボクは父親譲りの感知力で何とか分かったけどね。――つまり、お前の母親が『ミリス』を知らなかったとしても、父さん以外はその保有量に気付けやしない。流星のお母さん=『ゴールド』説は否定出来ても、『遺伝』説は否定できない」


 我ながら確実な論証だと思ったが、解説リスによる新たな情報提供によって否定された。結局、26年前にタイムスリップでもしない限り、母さんの正体の全貌を掴むことはできないということか。『固有魔法(ファンデル・ワールス)』の一種にはもしかしたら時間遡行能力があるのかもしれないが、ここにいるのはただの凡人とポンコツリスのみである。考古学的な方法でしか、過去のことを知る術は無い。


「……最悪、母さんに心配されなければ良いんだ。母さんの答えがどちらだとしても、それは回避できる。それに、母さんが何も事情を知らないのなら、俺は母さんが悪いと思うことは無い。実際何も悪くないし、身に覚えの無いことを責めるのは筋違いだからだ。よし、腹は決まった!」

「空元気だね。最悪、自分が傷ついても良いのか。自己犠牲の精神といったところか」

「何を言ってるんだ、俺ほど我が身が可愛いと思う人間はいないぜ?それに、この1週間何度も敵に追い詰められ、味方に振り回されて、十分傷ついてる」

「出会って1番のポジティブさだね」


 出会って1週間のリスに腹の内を見透かされたような気分だが、俺の決意は変わらない。こういったことは、早めに処理しなければならないんだ。物語でよくある『終盤で実は〜』とかは、もっと早く知っていれば楽に問題が解決できたという展開が多い。


 はっきりさせなければならない。昨日も生き残るためには逃げてはならない場面だったが、これも逃げちゃいけない場面なのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「――ただいまー」

「おかえり」


 時計は午後2時近辺を指している。母さんが食料品でパンパンの買い物袋を両手に持ち、ほとほと疲れたという顔をしながらリビングのドアを開けてやってきた。


 俺はソファに座り、テレビに恋愛ドラマの再放送を映している。本来ならこの時間帯、俺は自室でスマホを起動させ、動画サイトを閲覧したりしているところなのだが、今日は母さんに質問があるのだ。大事な、必要な質問が。その不自然さを埋めるため、1ミリも興味のないドラマを垂れ流しにしている。


「……それ、『あすなろの消しゴム』ね。懐かしいわ。流星もこういうの見るのね」


 すると、母さんがドラマに食いついてくる。込み入った話になると、あまり見ていなかったことがバレるので、先手を打っておく。


「まあね。でもベタすぎて、あまり面白くないかも。ヒロイン2人いるんだけどさ、どっちとくっつくか教えてくんない?」

「……えーと、ね……やっぱり秘密!」

「――へ?」

「ふふ、流星、そのドラマね、結末が衝撃的なのよ。だから結果はドラマをちゃーんと確認して見た方が良いわよ」

「ええ……」


 こっちがはぐらかしたつもりが、逆にはぐらかされた気持ちになる。そんなこと言われたら、本当に興味が湧いてくるじゃん。母さんと話すときはいつも、一歩先を行かれる感覚を覚える。


 母さんは冷蔵庫の野菜室を開け、買い物袋の中の野菜を仕舞い始める。しっかり者の母さんだが、野菜室の深いところにはいつ買ったかも分からないトマトやジャガイモがあるらしい。


 ――冷蔵庫の作業が終わったら、話を切り出そう。先ほど質問をはぐらかされたが、ソファにどっかり座りながら目も合わせずに発した質問への解答なんぞそんなもんだ。肝腎要の質問は、立ち上がって、真剣な表情で、真剣な目で投げかけるんだ。


 買い物袋の残りがわずかになる。あと数十秒で終わりそうなので、俺はソファに下ろしていた腰を上げる。ソファ上で寝転がっていたリスが、慌てたように俺の背中から左肩に這い登った。


 体全体を母さんの方に向ける。背筋を正し、式典に臨む姿勢をわずかに崩した形にする。顎を引き、身長170cmの母さんの両目の来る予定位置に自らの目線を固定する。準備完了だ。母さんが、冷蔵庫の全ての扉を閉め終わったのを確認して――


「母さん」


 少々唇が震えただろうか、俺は精一杯口調を厳かにして自らの母親を呼んだ。


「何?」


 対照的なほど軽い口調で応対しながら、母さんが立ち上がってこちらの方に振り返る。母さんの目には、予想に反していつになく真剣な様子の息子の姿が映っているはずだ。


「……あらあら、どうしたのよ、改まっちゃって」


 その口に笑みを浮かべながら続ける母さんだが、双眸は真剣そのものだ。真剣な話をすることが滅多にないので、どうして笑ってくれるのかは良く分からないが、俺の真剣さを汲み取ってくれているのは分かる。


 勝負だ。俺が質問を投げかけて、どのような答えをするか。――いや、どのような反応をするか。あまり考えたくはないが、息子には秘密にしておくのかもしれない。目線、間、言葉の震えや詰まり。あらゆる身体的反応を見逃してはならない――。


「……『ミリス』って、知ってる……?」







「……さあ、知らないわねえ」


 果たして、その反応は最良のものだった。


 俺の質問を受け取ってから、記憶の回廊を駆け上がるように刹那天を見上げ、そしてそこに該当の単語が存在しないと分かると、即座に知らない旨を告げる。不自然さの見当たらない、虚飾の余地のないしぐさだ。


 暖簾(のれん)に腕押し。(ぬか)に釘。俺の投げかけた、日常では決して出会うことのない言葉は、母さんの心にいかなる種類の動揺も与えなかったようだ。いや、腕で押せば暖簾はたなびくし、釘を刺せば糠はその分押しのけられる。母さんの精神は、風速1mの風に動じない鉄筋コンクリートのようだった。


「ごめんね、知らなくて」

「……い、いや、別に良いんだ」

「私に聞くより、スマホで調べた方が確実じゃない?」

「いやあ、調べたんだけどさ、全く引っ掛からなくって。ほ、ほら、ハルカが、何回か口にしてたんだよ。最初の方は俺も、知らない単語だなって聞き流してたんだけどさ、あまりにもアイツが言ってくるから」

「なるほど、ハルカちゃんね……ふふ、そうね」


 嬉しさのあまり動揺し、危うく不自然さが露出してしまうところだったが、事前に用意した言い訳をすると、母さんは多いに納得した様子で、俺はほっとした。あの残念女に関しては、人の良い母さんでさえそんな認識なのだ。


「……あっ、やべ。宿題が残ってたのを忘れてた」


 俺はそう言って、母さんから目線を切り、階段へと体を向ける。ちなみに今のは嘘ではない。ただ宿題は95%ほど、昨日の夜に終わっているが。


「流星、ドラマの続き見なくて良いの?」


 少々不自然にフェードアウトする俺を、母さんは予想外の引き止め方をする。ドラマのくだりは、終わったんじゃなかったのか。


「結末は、スマホで調べるよ」

「少し、もったいないと思うけど」


 母さんの返答に意を介さず、俺はドアを開けて、リビングから退出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 階段を駆け上がり、自室のドアを勢いよく開けて、俺はベッドに飛び込んだ。うつ伏せになり、両手で掛け布団を掴んで、喜びを噛み締める。


「……ウフフフフ」

「気味が悪いよ、流星」


 レンタが浮かれる俺に対してツッコミを入れるが、ちょっと冷静になってから、俺も同じ意見だと感じるようになった。


 気持ち悪いと言われるのはいつものことだから気にしないとして、ともかく得られた結果は、母さんが俺の巻き込まれた非日常とは無関係であるということだ。キララはまだ10歳だし、父さんは男だから関係なさそうだしで、俺の家族が関係している線は消えたのだ。


 これは、俺の戦いだ。日常を取り戻すための、俺の()()()戦いなんだ。


「……これで、流星の母親が『ミリス』でなかったということは分かったけど……」

「――ああ、そうだな。嬉しい限りだ」

「……」


 レンタがまた何か論を展開しようとしているが、何故か言葉が詰まってしまっている。言いにくいことでもあるのだろうか?


「……どうした?何か言いたげだが」

「……正直に言うよ。ボクは、『ゴールド』を探したい。父さんと共に戦ったヒトを、この目で見てみたいんだ」


 そうか。レンタは、俺の母さん=『ゴールド』と疑っていたのだったな。その線が潰えたのは、レンタにとっては面白くないことだろう。昨日の会話から、死んだ父親のことを想っていた様子だったし。


「――でもなあ、正直手がかりも何もないし、悪いけど見つけたところでメリットも……」

「……生前、父さんがボクと母さんにしてくれた話の中にこんなものがある。


 ――『レンタ、父さんはね、相棒(パートナー)の『ゴールド』と一緒に、()()()()()()()()()()()()んだよ。その時のことは、あまり覚えてないけどね』


  ――だから、流星にも、ひいては今サタンガルドと戦っている全員にもメリットがあることなんだ」

「それが、どうし……まさか!?」

「そう、父さんは忘れっぽかったから覚えてなかったけど――『ゴールド』は……サタンの戦い方や弱点を、覚えていると思うんだ」

「そうか、それが分かれば、断然有利になる、か」


 俺が難色を示すのを見越すかのように、レンタは効果的なメリットを提示する。それは俺を承諾に導くのに十分だったが、ふと絶望が頭をもたげる。


「――だけど、お前の父さんの話じゃ、『ゴールド』はめちゃくちゃ強かったんだろ?それを退けるなんて、『サタン』って奴は……」

「……それでも、ボクらがやるしかないんだ。200年程前も、26年前も、サタンを封印まで漕ぎ着けた。だが、それじゃダメだ。後の世代に禍根を残さないためにも、完全に倒すしかないんだ。だから……」


 目の前の黄色いリスが、その絶望を払拭せんとする決意を見せる。そして、俺に同意を呼びかけるのだ。俺は、初めてレンタに対して年上らしい、かっこいいと感じて――。


「――ああ、分かった。『ゴールド』を探そう」

「ありがとう、ボクの相棒(パートナー)


 また一つ、新たな『契約』が結ばれた。


「――とは言え、俺は人探しなんて得意じゃないんだけどな」

「まあ、積極的に行動しなくたって良い。地道に手がかりを拾って行けば良いんだ。これはボクのエゴだし、ボクとお前が契約したのはそのためじゃないから」


 俺が折角首を縦に振ったというのに、いきなり億劫になるレンタ。俺にモノを頼んだのを、レンタのプライド的に後悔でもしたのだろうか。


 ――俺にも気持ちは分かる。()()()には対抗意識があって、頼み事がしづらい関係だった。今なら、アイツの方が俺より数段デキるヤツだと分かるので、気兼ねなく頼み事が出来るのに。


そうだ。アイツなら、俺も今の困難を頼れるかもしれない。打ち明けて、力になってくれるかもしれない。そんなヤツだった。


 今となっては、ただの夢物語だが。


「――良平が、いてくれたらな……」

「リョウヘイ?誰のことだ?」

「……聞こえた?」

「うん。はっきりと」


 ふと漏らしたかつての親友の名前が、レンタに拾われてしまったようで少し恥ずかしい。まあ、いつかは話そうと思っていたことだ、少しその予定が早まっただけだ。


「んーとな、ちょっと待ってくれな」


 俺は自分の机のファイル棚に挟まっているアルバムを取り出し、小学4年生頃の写真のページを開く。


 数枚の写真が貼られている中で、一枚だけ他より一際大きい写真。そこには、2人の少年と1人の少女が、笑顔で肩を並べてピースサインをしていた。俺はこの写真を指差し、レンタに見せる。


「これは……」

「俺が小学4年生の頃の写真で……つまり4年前だ。真ん中で出しゃばっているのが俺でさ、左の女子が……」

「ハルカだろう。面影あるよ」

「分かるか。あの頃は良かった。いや、今とあんまり変わらないが、小学生の行動の範疇だった。むしろ、中学生になったのに小学生みてーなテンションで行動している現状が問題で――」

「流星。ハルカについて話すために、その本を開いたんじゃないでしょ」

「あ」


 またもレンタからツッコミを入れられ、バツが悪く感じてしまう。全く、こんなことを繰り返しているから、クラスメイトにも俺とハルカの関係をあらぬ方向に邪推されてしまうんじゃないか。反省しなければ。


「そう、そうだったな。俺の右にいるのが……俺の親友、谷岡(たにおか)良平(りょうへい)だ。クールなヤツでさ、昔の俺が考えなしに突っ込んで行ったのを、よく制止していたのさ」

「流星が、ね。今じゃ考えられないな」

「そうだな」


 写真を見直す。俺とハルカと良平が、幸せそうに肩を並べた光景。懐かしく感じると共に、当時の俺の愚かさを考えると胸がムカムカする気持ちだ。


「それで、このリョウヘイってヒトは……今は、お前と会えないところにいるのかい?」


 レンタが悲しげな顔をして俺に尋ねる。俺の言い草から、良平に何かが起こったことを察したようだ。


「3年前、2月のことだ。俺の家族は、良平の家族と一緒に旅行に行ったんだ。家族ぐるみの付き合いってやつさ」

「そうか。ボクには縁の無い言葉だ」

「帰り道、俺とキララは良平の家の車に載せてもらったんだ。そしたら……事故だったんだ。俺とキララは奇跡的に助かったが、アイツとアイツの両親は、3人とも――」

「そんなことがあったのか。リョウヘイがお前にとって親友だったのなら、きっとお前は辛い思いをしたんだろうな」

「ああ……辛かったよ。立ち直るのに数ヶ月……いやもっとかかったか」


 良平のことを思い出すと、いつも暗い気持ちになる。身体中の筋肉がだるくなり、変な汗が出る気分だ。だけど、良平を忘れることなんて出来ない。人が死ぬのは他人に忘れられた時と漫画で読んだことがある。俺は、良平を忘れたくない。


「その立ち直る年月で、俺は変わった。普通の日常を、落ち着いた日常を送るためのすべを考え抜いて……アイツに止められなくたって、大丈夫だって言えるように」


「いろんな人に嫌われまくっている今のお前を見たら、お前の親友はどう思うだろうね」

「うるさい黙れ」


 レンタの余計な一言をかき消すように、俺は即座にアルバムを片付け、宿題の残りを机に広げ、筆箱からシャーペンを取り出す。


 良平……俺は、お前を忘れない。特に、お前の、()()()()()は。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「――な、んで……、――――んだよ……おま、えは、――――ねえ……よ、


  ――――い」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕飯。


 今日は唐揚げだ。


 昼ご飯でスパゲッティを盛るのに使われた大皿が、その痕跡を一切残すことなく、今や唐揚げを盛り付けるのに使われている。


 クイズ番組を見ながらの夕食。


 先に正解が分かっていても、キララが答えるまで正解を言わないでおく。


 空気を読まず答える父さん。


 「父さん!」「パパ!」と父親を怒る声が重なる俺とキララ。


 笑う母さん。


 幸せな光景だ。


 唐揚げによだれを垂らすリスが気にならない位だ。


 もし『サタンガルド』が、この幸せな日常を脅かすと言うのなら。


 奴らは絶対に。


 俺が倒す。

予告


 『ミリスターズ』を結成した流星達。しかし、『サタンガルド』の脅威が次々と流星達に襲いかかる。

 侵食されていく日常。脅かされていく周囲の人達。

 自らの日常を取り戻すこと、仲間の意志を尊重すること、危機に陥った生徒達・先生達を守ること、『悪』を振りかざす『サタンガルド』を義憤のままに殲滅すること――欲求と義務感が流星の中でせめぎ合い、流星は苦悩の闇に飲まれていく。


次章

団結の協奏曲(コンチェルト)


さあて、この次も、プロデュースプロデュースゥ!

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