第16話 『Won't run, will be with you』
「……ちょっ、やめっ、やめなさいよ!そんなとこ……」
「き、気持ち悪いです〜……どうすれば、ほどけるのでしょうか?」
「うええええん、うええええん!!!」
「くっ、不覚!背後からとは卑怯……」
「うっ、テメエ……はぁ、はぁ……」
……………………。
こいつらは信頼できる、そう考えていた時期が俺にもありました。
触手モンスター、デヴィルなんちゃらは『ミリス』の5人にわらわらと群がっていて、小道に出てきた俺とレンタのことには目もくれていないが、そういう習性でもあるのだろう。俺は5人に『通信器』越しで無く直に言いたいことがあるので、好都合なことだが。
左肩の黄色いリスと見つめ合うと、俺の表情を鏡に映したかのように呆れ顔というか、諦念の具現化のような顔をしていた。俺はそのまま顔を引きつらせながら笑うと、レンタは見事にスムーズな笑顔を浮かべてみせた。内心の穏やかでは無い様がバッチリ現れながら。
気持ち悪い笑顔を浮かべた2人の男達は、触手に絡まれて脱出出来なくなっている5人の女子達に向かって歩き出した。俺たちの顔を見たハルカが「ひっ」と怯えたような声を出したが、聞こえてないことにした。
「――ははは、言ったじゃないか。囲まれたらマズイって。まあ、どれだけマズイかは、今現在身を持って感じているだろうけど」
「……え、えーっと、流星、怒ってるの?」
「見りゃ分かるだろ」
「ご、ごめんなさい!」
「ハルカ、ボクは流星やみんなより年上だから懐は広いけど、少し堪忍袋に燃えるゴミが溜まったかな」
俺もレンタも、なるべく温和な口調で話そうとしているのだが、喉の奥の震えがモロに声に影響してしまっている。こいつらには、声を荒げずに諭す方が効果的だと思ったのだが。
「で、でもでも、最初は倒せてたのよ!いつの間にかこいつらが群がってきちゃって……キャッ、なーにしてんのよ、離しなさい!」
口角が、痙攣してきた。
「いつの間にか、か。お前ら、突撃するのはいいが、何で群れの中に入っていったんだ?そっちの方が倒すのがめんどくさくなくて良いと思ったのか?自分から囲まれていったように見えたな、俺には。ゆかりがそうなのは知ってたが、お前ら、みんなドMだったんだな。だったら、今度から上履きの中に納豆詰めてやる、喜べよ」
「す、すみません先輩、それだけはあ……」
カエデ、冗談だよ。今のところはな。
「後、個別に言いたいことはある。ハルカ、柔らかくて物理攻撃が効きにくかったり、粘液まみれで炎が効きにくいのは災難だったな。しかし割と早い段階に相性の悪さは分かるはずだし、そこで一旦引くべきだったんじゃないのか?少なくとも、そのまま四方の敵を迎え撃とうとするのはバカだ。『ハルカ』から『ル』を抜いて、1コ濁点を付けて、『バカ』だ」
「そ、そこまで言わなくてもいいじゃない……」
「次。カエデ、お前最速で動けるんだから、お前だけは捕まらないんじゃないかと思ってたよ。何で『固有魔法』が攻撃向けじゃないのに敵陣地に突っ込むかなあ?囲まれたら逃げられんって。風で触手の怪物が全然吹き飛ばなくて、それで上空に逃げようとしたところを、身長の低いお前の頭上に触手を出されて、捕まりましたとさ。お前より触手の化け物達の方が頭が良いことが証明されたな」
「……ぐうの音も出ません……」
「次、キナコ。……聞いてる?ちょっと泣くの我慢して聞いてくれ。うん、お前さ、電気で何とかなると思ってただろ。それで突っ込んだところで、もしかして他のみんなを巻き込むんじゃないか、って気づいたろ。それで動きが止まったな。普段から考えてないから気づくのが遅いんだよ。というか、気づかない方が良かったんじゃないかな」
「……うぅ、だってぇ……ううぅ……」
「次、スイレン。敵を水の刀で、切りにくそうだったけど切れたのは俺も嬉しかったよ。でもな、お前もどんどん突っ込んでいったら、背中に回り込まれるのは分かってたはずだろ。……もしかして、分かってなかった?これは剣道の試合じゃない。敵が、それも知能の低いはずの怪物どもが、騎士道精神やらを守ってくれるとは思うなよ」
「……すまない……」
「以上だ」
「……オレは、無視かよッ……くっふうっ……!」
「楽しそうだな。お前、完全にやられにいったよね?ああ、お前もう手遅れだわ」
引きつった笑顔を保ち続け、少し顔の筋肉が疲れてきたが、何とか全員?への説教を終えて、後ろに方向転換して真顔に戻った。そして、ゆっくりと足を前へと進める。
「帰るか、リス」
「帰ろう、流星」
2人だけ、冗談が一致した。
「ああっ、ちょっとちょっと!私達を置き去りにするなんてひどいじゃない!……待って、置いてかないでよおおおおおおおお!!!悪かったわよおおおおおおおお!!!」
冗談が通じない女が何やら触手に四肢を縛られながら喚いているが、もちろん見捨てるつもりは無い。少しばかり、反省して欲しいと思っただけだ。
「それで、どうしようあいつら」
俺は、左肩に乗っているレンタと、触手に捕まった5人を解放するための話し合いを始める。
「あの触手の魔物どもに、十分に打撃を加えられるとは思えないから、やっぱり『固有魔法』を使うしか無いだろうね」
「しかし、ハルカの炎は効かねえし、スイレンの水の刀も、あの体勢では切れなさそうだし、ゆかりの毒も、粘液で中和されてしまいそうだし……というか、ゆかりの毒は『攻撃を受けた分』だから、触手に捕まってるだけで生成できるか微妙……」
「となると……確実に奴らを倒せるのは……」
「……キナコの電気だな。ただ、他のメンバーを巻き込んでしまうことも確実なんだよなあ。濡れてるし、電気は通りやすいだろうが、かえってあいつらも危険になる」
「じゃあ、どうするんだ?」
「うーむ……」
「――あっ、待ってくれ流星!」
議論の途中で、レンタが俺の言葉を遮って、難しそうな表情を見せている。この一週間でよく見た顔であり、何が起こったのか大体想像が付いてしまう。
考えうる中で、最悪の想像を。
「……奴が、来るのか?」
「……みたいだね。今まで移動しっぱなしだったから分からなかったが、どうやらこの施設を中心とした半径100メートルの円周の一部を移動していたようなんだ。さっきは北へ逃げたけど、今はボク達の東側にいる」
「校庭と反対の方向だな。くそ!今すぐ戦えるヤツを呼んで……」
俺とレンタは5人の方向を見る。すぐに目を逸らす。何か甲高い喚き声が聞こえたが、多分気のせいだろう。
――ああ、奴はこれを狙っていたのか。狙っていたというより、本当の意味で逃げていなかったということか。奴は100メートル離れて俺たちを監視していたのだ。たとえ5人が触手モンスターを全滅させたとしても、100メートルあれば逃げ切れるし、5人が動けなくなれば楽に俺達に勝つことが出来るもんな……
「奴との距離、約80メートル!」
現在自由に動ける俺とレンタでは、奴を倒すことは不可能だ。逃げることさえ難しい。……奴が動けない5人に向かって行けば?……『固有魔法』で迎え撃つことが出来るかもしれない。しかし……そんな甘い話は無い、奴は真っ先に俺を狙ってくる、そう確信する。
「60メートル!!」
奴に勝つには……奴に『固有魔法』を当てることだ。特にハルカの炎が有効打になる可能性が一番高いだろう。――はっきり言って、奴も近づかないよう警戒するだろうし、非常に難しいことだ。
……待てよ、もしこんな配置なら、アレで行けるんじゃないか!?
「40メートル!!!どうしよう流星!!」
「大丈夫だリス、今策を思いついた!!俺に付いて来てくれるか!?」
俺がそう言うと、左肩のリスは動揺の表情を消して、腹を括った表情で――
「お前とボクは一蓮托生、嫌でも付いていくさ!!」
「よし、じゃあ秒読みみたいに奴との距離を教えてくれ!!」
「35メートル…………30メートル…………25…………20…………15…………」
「今だ!!」
そうして俺は、5人や触手の怪物達がいる方向とは逆――裏門の方向に向かって走り出した。奴はかなりのスピードだ、急には曲がれまい。
秒読みから0メートルになると推定されるタイミングで、背中から轟音と空気の衝撃、そして砂埃が襲う。少し走りの体勢を崩されたが踏みとどまって、立ち止まる。
心臓が忙しなく動く。俺は口元を引き締めて、目つきを鋭くして、ゆっくりと振り返る。――筋肉質の巨漢。威圧的なたてがみを持つ獅子の頭。肉を引き裂く牙と爪。
――暴虐が、そこに立っていた。
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「ゲヘへ……まさか、こんなに都合の良い状況になるとは思わなかったぜ、ゲッヘン」
ライオネルが不細工な歯並びを見せながら、勝利を完全に確信した態度で俺の方を向いた。
「そう、思うだろうな。あの時から……お前の狙いは、俺だったもんな」
「そうだ。テメエは、こそこそと隠れたり逃げるだけしか能が無い人間を偽ってはいたが、――思い出したんだよ。テメエがあの赤い女に指示していたことをな、ゲッヘン」
ライオネルにクイと親指を向けられた後ろの赤い女は、俺への心配とライオネルへの悔念がごちゃ混ぜになったような表情をしている。あれでバレるのは仕方ない、あそこでは俺が助言するしか無かったんだ。
「しかし、他のヤツらにとどめを刺したのはテメエじゃない、『ミリス』達だ、ゲッヘン。その間、テメエが直接戦闘に参加したという話も無い」
俺には入手手段の分からない、死んだ仲間からの情報を話すライオネル。どうやって話を聞いたのかはさておき、次に奴が言いたいこと――辿りついた結論というのは容易に想像出来る。
「つまりだ――テメエは、ただの人間。雑魚だ。戦う力が無え、少なくとも俺様達の『サタンガルド』とはマトモに戦えないほどにな、ゲッヘン」
そうだ、だからお前はそこにいる。その位置にいる。
「今はどうだ?『ミリス』が5人、デヴィルテンタクルに捕まって動けねえ。『固有魔法』も俺様に当たり、有効打となるものは無え。即ちテメエは今、俺に狩られるのが確定しているんだよ、ゲッヘン!」
そうか、お前はそう思うのか。
「ゲハハ、無様だなア、テメエが今まで頼りにして来た者はもう役に立たねえ。もっとも、俺様の安っぽい挑発に乗せられて、そのまま捕まるポンコツな『ミリス』には、いずれ役に立たなくなっていただろうがな、ゲッヘン!さあ誰も助けてくれないぜえ、テメエの目ん玉くり抜いてモリーシャにするのが楽しみだ、ゲッヘン!」
絶望。ライオネルの後方の5人の心を塗りつぶす。自分達の不注意が、この俺を命の危険に晒すことになる。俺のことを仲間と認めてくれた。だから、助けたい、守りたいと思っているのかもしれない。でも無力。高い身体能力と、理外の魔法を手に入れても、目の前の少年を守ることが出来ない。そう思ってるのかもしれない。こんな想像、俺のエゴか?いや、奴の俺への侮辱を怒ってくれたから、きっと俺の想像は正しいに違いない。
「……あっ!もしかして、流星……!」
レンタが、俺の考えた策に気づく。
「そうだ、レンタ。無謀だと思うか?」
「無謀と言うか……怖くないのかい?」
「……『怖い』、に、決まってるさ。でも、俺は生きるために逃げるし、生きるために逃げない。今は逃げない時だ」
「……ふふふ、流星は、自分のことを過小評価しすぎなんじゃないか?」
なかなかに意表を突かれた言葉をくらい、俺は少し頬が緩む。状況に全くそぐわないように見える俺達の態度を、面白く思わないライオンがいた。
「テメエら、状況分かってんのか、ゲッヘン?絶望で、頭がおかしくなっちまったか」
的外れなことを言うライオネルに対し、俺とレンタは同時に右腕を伸ばし、人差し指を奴に突きつける。
「「0点」」
「……はア?」
「聞こえなかったか?0点だと言ってるんだよ、1000点満点中な。お前の答案は、途中まで正しかったが、最後の最後で全てが台無しになった。そう、『俺達を簡単に倒せる』と勝ち誇ってるところがな。奥にいる5人も、よく俺の言うことを聞いておけ。俺が、このまま死ぬ男に見えるか?俺がお前らを信じるように、お前らも俺を信じてくれ」
俺から見て、左からハルカ、キナコ、カエデ、ゆかり、スイレン。全員が俺の方を向いていて、顔には笑顔のえの字も浮かんでない。それでも、俺を信頼しようとしているのが見える。打ちのめされて、自信を無くしても、俺やレンタがいることが、支えであれば嬉しい。
お前らが、俺を守ってくれるなら――俺は、お前らの笑顔を守りたい。
「なぜなら、俺は――
『ミリスターズ』の『プロデューサー』だからだ!」
「本当に頭がおかしくなっちまったみてえだなア、ゲッヘン!」
ライオネルが嘲笑というよりは激昂の色を見せる。こんな状況で笑みを浮かべる俺が『怖い』のか。今はそれで良い。俺の作戦に全く気づいていないのだから。
俺とレンタ以外の誰もが、俺が逃げ回ると思っている。しかし、逃げる先に未来は無い。俺は、向かって行った先の未来を掴む男だ。
右足をゆっくりと前に出す。その右足が地面に接触した瞬間、一気にスピードを加速させて、目の前のライオン頭の右半身に向かって疾走する。5人はもちろん、奴も動揺の色を隠せない。
「何言っても無駄だなア、自分から死にに来る奴にはな、ゲッヘン!」
「流星ッ――!」
ライオネルが、義腕を後ろに引いて構え、俺が到達するのを待つ。ハルカの、悲痛な叫びがこだまする。大丈夫だ、ハルカ。
全員――俺の方を向いてくれているからな。
「カエデ、やれええええええええ!!!」
「……あっ、はい!『立ち向かう風』!」
俺は奴に到達する直前で、カエデに風を起こす指示を出す。その風は――俺にとって追い風、奴にとっては向かい風だ。
「ゲッ、何イイイイイイイイ!!?」
突風に耐えきれず、ライオネルの体が浮き上がる。奴は自らの後方に――俺から遠ざかる方向に飛んでいくが、俺の方が明らかに体重が軽い、すなわち俺の方が早い!
「これでも食らえええええええええ!!!」
「効くと思うなああああああああ!!!」
俺は右脚で、奴の右半身に向けて蹴りを繰り出す。当然効くとは思ってない。しかし……奴の飛んでいく軌道を、左に変えることは出来る。
俺は、小道の右に吹っ飛び、触手モンスターの大群に突っ込む前に、校舎の出っ張りに引っかかって止まることが出来た。だが、俺ほど軌道が変わらなかったライオネルは、その大群の左端――ハルカのいる場所に突っ込んで行った。
俺はハルカに確実に聞こえるように、即座に右ポッケから『通信器』を取り出して、赤い玉に触れた。
「ハルカ!大丈夫か!?」
「ええ!」
「今飛んできた奴に、お前の炎を食らわせろ!ゼロ距離なら、絶対当たる!」
「モチのロンよ!――さあ覚悟しなさい!」
ライオネルはすぐに逃げ出そうとするが、奴にとっては運の悪いことに触手が首に絡まってしまった。そしてハルカがなんとか腕を動かし、左手で奴の首根っこを掴んだ!
「ゲヘ、や、やめろおおおおおおおお!!」
「『遥かなる炎』!!!」
突風も止んだ頃、次いで爆炎がこの世界に現出する。ハルカはフラストレーションを爆発させるかのように、粘液をものともせず実に念入りにライオネルの体を焼いていく。恐ろしく醜い断末魔と共に、悪辣な怪物が業火に焼き尽くされる。
「ぬああああああああ!!」
「きゃあっ!?」
ライオネルが触手を振り解き、モンスターの大群から飛び出す。しかし、その体は完全に炎に包まれており、火達磨という形容が相応しいほどであった。
「ご〜ろ〜じ〜で〜や〜る〜」
「やっべ!」
地獄の底から声を出した火達磨の獅子が、燃え盛る足で俺に向かって来た。俺はすぐさま、校舎の窓を開け――家庭科室へと入って行った。そして一直線に、『冷蔵庫』に『あれ』をとりに行った。
「ごろず〜……うげ!?」
ライオネルが俺の入って来た窓に右足を掛けるが、その右足の肉が燃え尽き、家庭科室の中に倒れ込んでしまう。俺は冷蔵庫から『サラダ油』を取り出す。「『オルタナ界』の形相は『フォロウ界』に引っ張られる」ので、昨日蛇野郎を転ばすのに使用したサラダ油が元に戻っていたのだ。
蓋を回し開け、肉が焼ける異臭の中にほのかに油の臭いが混ざり合う。
「あぐあああぁあ……」
「お前の戦闘能力は高い。だがお前は驕った。油断した。油断したから、お前は俺を無力だと思った。そして俺とアイツらの間に立った、俺への助力を断つためにな。俺はお前がそうなるように誘導し、その上でお前に勝つ策を練ったが、お前は俺を見下し、その可能性すら思いつかなかった。
――お前は『驕り』によって負けるんだ」
俺は容器の中身を燃え盛る肉塊にぶちまける。炎は勢いを増し、現世にしぶとく存在しようとする邪悪な魂を喰らい尽くして行く。
ひどく低く唸るような断末魔が、ゆっくり、ゆっくりと、地獄の底に消えて行く。
「アディオス」
俺はそう吐き捨てて、爆発を警戒して急いで家庭科室から廊下に脱出する。……しかし爆発は起こらず、恐る恐る家庭科室を覗き込むと、炎が終焉に達していて、後には汚い灰と骨の欠片、そして金属製の義腕のみが残っていた。
暴虐は、ここに果てた。
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「いやー、正月元旦のような清々しい気分だな、リス!」
「そうだね、これで脅威が一つ減った、少し安心したよ」
「おい見ろよリス、奴の義腕が残ってるぜ、男のロマンってヤツだ」
「どう考えても生身の腕の方が良いと思うんだけど。ヒトの文化というのは複雑怪奇だね」
「……おっ、これは……サタンガルドのバッジだな。赤いナイフ……みたいなもんだな」
「ボクらが『シクロ』と呼んでいる武器だよ。『レッドシクロ』はサタンガルドの象徴、ボクらにとってはタブーとされているマークだ」
「地球にも似たようなものがあるぞ、ナチスドイツのマークとか。……それで、これは情報収集のために回収するか?それとも、ここで破壊するか?」
「……えっと、これはボクの想像だけど、まだ奴らの死亡時の爆発の仕組みが分かってないから……」
「ひええ、怖っ!?…………。埋めておくか」
「そうだね、それが良いと思うよ」
「じゃあ、とりあえずスコップを探しに……」
「ちょ、ちょっとお……私達のこと、無視するんじゃないわよ……」
すっかり敵の遺品漁りに夢中になっていた俺とレンタに、触手に尚も拘束されていて疲弊の色を隠せないハルカが声をかけて来て、俺とレンタはすごく気まずくなってしまった。他のメンツも触手に捕まったまま、ぐったりとしている。
「ご、ごめんな?ライオン頭を倒せば、そいつらも消えるんじゃないかと思ってたけど、そう甘くは無かったな。うん、今から助ける方法を考えるから、勘弁な」
ハルカやカエデのおかげでライオネルを倒せたというのに、彼女達の存在を忘れてしまうとは、俺は罰当たりなヤツだ。――さて、考えるか。……うーん、打撃が効かないし、身体がそもそも拘束されているから、『固有魔法』でなんとかするしか……
ふと、家庭科室の必須設備品、包丁が目に入る。これなら、あの太い触手も、一振りで切れるか?……スイレンの刀で切りづらいのに、包丁で切れるとは思えなくなって来た。人間の道具が、役に立つ見込みが薄れて来たな。
「はーやーくー、助けなさいよー」
「助けてぇー」
良い歳して駄々をこねるようなセリフを吐くハルカと、特に何も考えずに便乗するキナコ。なんだか、イライラして来たんだが。ハルカはさっきので許されたみたいな態度をとっているが、元々はお前らが馬鹿なことしなけりゃ、俺も命張らずにすんだだろうが。お前らさ、完全に俺の説教のこと忘れてるだろ。もうこいつらへの危険を無視して、一気にカタをつける方法を取ろう。
「キナコ」
「なぁにぃ?」
「やれ」
「えっ、でもぉ、みんなにも感電しちゃう……」
もっともな意見を言うキナコに対し、俺は引きつりの無い満面の笑みで言葉を返す。
「大丈夫、死にやしないさ。さっきも言ったろ、俺はお前らを信じるって。耐えるって、信じるよ。だからキナコ、ハルカ達を信じて、遠慮無くやってくれ」
「……うん!分かったぁ!」
素直なキナコは俺の言葉を信じてくれたみたいだ。よかったよかった。
「えっ、ちょっ、キナコちゃん?その、もうちょっと待って……」
「か、考え直しましょうよ、キナコ先輩?」
「な、何だか、父上の掛かり稽古が始まる合図よりも怖いのだが……」
「キ、キナコ、もうちょっと触手タイムを……」
4人が何やら喚いているようだが、『固有魔法』を準備しているキナコには聞こえてないようだし、俺にも特に何も聞こえてません。
「『ビリビリサンダー』ッ!!!」
「「「「ああああああああ!!!」」」」
無邪気な電撃がこの場の全員、いや避難した俺とレンタ以外を巻き込んで駆け巡った。触手の化け物達は生気を失い、手足に絡みつく触手が次々に緩んで堕ちて行く。そしてついに、全ての敵が倒れ込んだのだった。……味方も4名ほど、煙を出しながら倒れているようだが、生きているみたいだし特に問題は無いだろう。
「よしキナコ、また触手の怪物達が息を吹き返すかもしれないから、今のうちにずらかろう。倒れている4人を担いでくれないか?起こすのは、安全なところに着いてからで良い」
「うん分かったぁ、キナに任せてぇ!」
そう言ってキナコは軽々と、気絶した3人と、少し意識があって強い刺激に興奮している変態1人をいっぺんに持ち上げて、そのまま俺の校庭へと進む方向に付いて行った。
校舎の巨大な時の計測器が、その長針と短針を真上に合わせていた。
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10分ほど経って、電撃を食らった4人は問題なく目を覚ましていた。各々一人ずつ時間差で起きていったが、例外なく俺を数刻睨みつけていた。ゆかりは喜ぶと思っていたので予想外だったが、多分他のメンバーを巻き込んだことに対してだろう。
スイレンの水でテカテカした粘液を洗い流せるということで、彼女達の意識はそちらに向いたが、スイレンは自分1人に何分もかけている。潔癖症かな?
――ふと、ハルカの方に視線が向く。一番俺を睨んでいた時間が長かった気もするが、俺が非情に見える決断を下したのはコイツが横柄な態度をとったためである。俺に非は無い。少々からかってもお釣りが来るぐらいだ。
「――いやあ、『仲間を信じる』って素晴らしいことだな!」
「キナコちゃん、もう一回電気お願いしても良い?今度はあのクズ男に」
「あはははー、何言ってんだハルカ、そんなことしたら100%俺死ぬよー?」
「ウフフ、自分のしたことを棚に上げて、よくもそんなことが言えたわねー」
ブーメラン発言が出来る程度には回復したハルカだが、まだ立てないのかキナコに肩を担いでもらっている。他の面々は不自由なく動けるほどに回復しているので、防御力の差が出たというところか。ただ、レンタによれば『ミリス』の回復力で問題なく全快するらしいので、そこは安心だな。
「……まあでも、私達『ミリスターズ』の初陣は大勝利ね!!」
「一歩間違えれば大敗北だったけどな」
「打ち上げしましょう!私、美味しいチゲ鍋のお店知ってるのよ!」
「おい聞けよ」
反省を全くしないのはハルカの常なので良いとして、正直今回の戦いは結構危なかった。何らかの手段で5人が行動不能になってしまったら、俺が命の危険にさらされてしまう。メンバーのほぼ全員が猪突猛進な脳筋なので、今回のように全員が敵の同じ罠にかかる可能性が十二分にある。2人ぐらいに分けて行かせるとか……いやコイツら納得するかなあ?どいつも先に行きたがるビジョンが脳裏に鮮明に浮かぶ。ジャンケンとかで決めたら納得するだろうか。いやいや、さすがにコイツらを子供扱いしすぎな気も……
「……がとう」
……ん?
はしゃいでたハルカに再度目が合うと、即座にハルカは視線を地に逸らして何かを呟いた。考え事に夢中になっていてよく聞こえなかったが、また俺に難癖でも付けようとしたのだろうか……?
「――どうした、ハルカ?俺に文句があるってんなら、はっきりと聞こえるように言えよ」
「……違うわよ、この鈍感難聴男!!ふん、2度は言ってやらないもんね!」
本人は違うと言っているが、一言も二言も多いせいで俺を不快にさせるという結果に変わりはない。――全く、余計な事を言う癖ぐらいは反省して直してもらいたいものだ。
「――お二方とも、付き合いが長いので言わなくても通じるのかと思ったら、そうでもないんですね」
唐突にカエデが言葉を挟み、俺は面食らった。そのため「何をだよ」の言葉が俺の口から出る前に、頬を緩ませているカエデがまた予想外な言葉を続けた。
「――では、私ははっきりと言いますね。リュウ先輩は、私達がヘマをして、どうしようもなくなってしまっても、私達を見捨てないで、勇敢に敵に立ち向かって……とっても立派で、カッコよくて――先輩のおかげで、私達は助かりました。
――『ありがとうございます』」
……『ありがとう』。
久方ぶりに聞いた言葉。久方ぶりに自分に向けられた感謝。馴染みが無さ過ぎて、二重鉤括弧がついてしまうほどだ。そして、その言葉を胸の中で反芻すると、何故だが身体中がむず痒くなり、顔が火照ってしまう。
「じゃあ、キナもぉ! 『ありがとう』ねぇ!」
「ああ、今回の勝利は流星君のおかげだな。『ありがとう』」
「流星、オレ達が迷惑かけちまってよオ……ゴメンな。そして……『ありがとう』な」
次々に投げかけられる感謝の言の葉を受け止めきれずに、俺は自然と首を倒して顔を両手で覆ってしまう。
――柄でも無いことをするからだ。結局はコイツらの能力頼みなのに、あんなにカッコつけちゃって。俺はアシストするだけの存在。出しゃばるはずの無い存在。『プロデューサー』がアイドルより表だって活躍する道理はない。――俺は大した男じゃないのに。感謝、される、なん、て……
暫時俯いて気を紛らわそうとしたが、却って気まずさが募る。自分の日頃の行いのせいだ。駅前の樹の根元に吐き出された酔っ払いのゲロでも見るかのような視線には慣れているが――いや、慣れ過ぎてしまって、こんな好意というか、信頼というか……うまく言えないが、あんな眼差しは年に1回あるかないか。唇が痒みの信号を出してくる。
俺はまた、ハルカの方を向く。視線が合うのに気づいたハルカは、即座に目を右斜め下にそらす。……別に、「お前の発言が発端で変な感じになったじゃないか」と、いつものようにケチをつけるためでは無い。ただ、アイツも、あんな事を言うんだ、って……意外に思っただけだ。あの日からは、絶対そんな風な言葉は俺にはかけられないと思ったのに。
「――なーにじろじろ見てるのよ?2度は言わないって言ったでしょ!!」
「……でも、言う流れだろ?ここでも意地を張るのか?全く強情なヤツだな」
「はあーー!!?アンタ、バカじゃないの!?絶対言わないったら!!いーわーなーいー!!!」
ちょっと茶化すと今の髪の色のように顔を赤くして頬を膨らませるハルカを前にして、俺は心の奥深くで安堵していた。安堵と同時に、後ろめたさも募る。いつもはコイツの面倒臭い言動に辟易しているというのに、慣れない言葉を浴びた時にはそんな『普通』に縋ってしまう。
俺の胸の中に小さな蟠りが出来る。解消するには、『感謝されること』が、『普通』になることだ。――それは、傲慢か?でも、せめて……『ありがとう』を受け取ることを、誇りに思えるようになろう。それぐらい、戦う5人のために、何か助けになることをするのが――俺の義務だ。
みんなを見渡す。
ハルカが照れ隠しのように微笑んでいる。
カエデが優しそうな目をして微笑んでいる。
キナコが純粋に微笑んでいる。
スイレンが立派に微笑んでいる。
ゆかりが明るく微笑んでいる。
左肩の方を見る。
レンタがこちらと視線を一致させて、白い歯を見せる。
――ああ、敵を倒したというのに、ウジウジ余計なことを考えているのは俺だけか。
心の黒い部分が、少し晴れた気がする。『仲間』のおかげだ。
これから共に戦う、仲間に『よろしく』の意味を込めて――
精一杯、笑ってみせた。きっと、俺の顔は引きつっていない。
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「全員、洗い終わったな。リス、もう跳べるか?」
「もう『鏡界転移』のクールタイムも終わっているし、再発動の準備も出来ているから」
「よし、じゃ変身解除、っと」
確認を終えて、俺は『起動器』に付随する輝く5つの玉に右手の指先を合わせた。5人の体が数十分前と同様に輝きを広げ、それが収束すると、元の服装、そして元の黒髪に戻っていた。――そう言えば、変身する人の髪型や色が変わるのは魔法少女モノのお約束だが、冷静に考えると何の意味があるのか分からないな。あとで自称『首席』のレンタに聞いてみるか。
「――じゃあ、取り敢えず建物の裏に行くぞ」
「……?どうしてですか?」
「どうしても何もな、こんな校庭のど真ん中で『鏡界転移』をしてしまったら、俺達がいきなり元の世界に現れるのが見られてしまうだろ。そうなったら大騒ぎだ」
「なるほど、分かりました!『魔法少女』は秘密の存在ですからね!」
「……まあそんなところだ」
そんなどうでもいい会話のキャッチボールを挟みつつ、俺は一番近い建物、武道場の裏へと歩き出し、5人を先導する。武道場の裏についたら、転移して解散。今日はお開き。やれやれ、やっと面倒臭いヤツらとおさらばして、家でゆっくり出来る。
――あれ、なんだか寂しい感じがするな。コイツらといると、なんとなく楽しいような、そんなような……辟易することが、多いというのに。少なくとも、金曜日の夜の時点では、5人もいて誰1人としてマトモじゃねえと思っていたよ。どうしてこんな気持ちになるんだ?
ふと、合点がいった。俺はコイツらに『勇気』をもらったんだ。『自信』をもらったんだ。能力測定の件とか、色々ポカやっちまったけれども、何故かコイツらは俺を信じているような目で見てきたんだ。あまりこの目で見ることの無い光景で、素直に嬉しくて……俺は、5人の助けになることが出来る、そう思えてくる。あの時、全員が『仲間』だと認め合った。そんな『仲間』と一緒にいたいとも思えてくるのだ。合わせた右の拳の感触、しばらく忘れないだろう。
「……あ、の……」
「――ん、どした?」
「……え、っと……ごめん、何が、起こったのか……教えて、もらえない、かな……?」
……あっ。
ひどく不安げな様子でユカリが俺に今日の出来事の顚末を尋ねにきた。そうだよ、ユカリは変身している時の記憶が無いんだよ。別人格が現れて、ユカリには何が起きているのか分かりはしない。……気まずいな。拳を合わせたのはゆかりの方で、何だかユカリの方が仲間外れのように感じてしまう。
「……もう!ユカリが尋ねているんだから、早く答えなさいよね!いいわ、私が説明するから!」
俺が躊躇している様に勝手に痺れを切らしたハルカが割り込む。
「流星の家の前で変身して、流星を運んで――」
「……流星くんを、運ぶ……?」
お願い、そこは是非省略して!!……ほ、ほら、ユカリに分かりやすいようにさ……
「そのあと、ここに着いて、そしたらライオンの顔をした敵が来て――」
測定&結団パートは省略するのかよ。
「そいつが、触手の怪物を召喚してきてね――」
「触手――ッッ!!!」
突然、跳ね上がるように叫ぶユカリ。俺や目の前にいるハルカだけでなく、他全員が目を丸くする。
「触手!どんな触手!?感触は!!?粘液とか、媚薬とかは!?ねえ、教えて、教えて……ッッ!!」
「お、おい、落ち着けよユカリ。いくらお前がドの付くマゾヒストだからって、キャラ変わりすぎだろ。というか、キャラがかぶってるだろ」
「……そ、そうですよ、ユカリ先輩!私のキャラ、取らないでくださいよ……」
アイデンティティがなくなりそうで不安げなカエデを尻目に、ユカリの興奮状態は終わりそうにない。そんなユカリに、各メンバーは説明を試みる。
「……ゆかりん、えっとねぇ、グシャってなって、クチャクチャして、ビビビってきたのぉ」
「う、うん、ありがとう……想像が、捗るよ!」
「奴らはな、私の大胸筋と、下腿三頭筋を解すように襲ってきたのだ」
「へ、へえ……そうなんだ……」
「あれは酷かったわ……私の○○○や○○○○○を……アイツら、めちゃくちゃにしようと……!」
「……うん……うん、うん……!!」
早く帰ってアニメが見たいなあ。