表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女のプロデューサー  作者: 立花KEN太郎
第1章 結成の前奏曲 Prelude of formation
16/55

第15話 『I wanna run, we wanna fight』

「よし逃げようレンタ」

「よし逃げよう流星」


 2人だけ、意見が一致した。


「ちょっとちょっと、なーに逃げる必要があるのよ!私を含めて『ミリス』は5人いるのよ、安心しなさい!」


 逃げる姿勢をとった俺の体を、ハルカが腕を掴んで制止した。


「いや、これはさ、俺の流儀っていうか……」

「リュウ先輩、言ってたじゃないですか、周りを信じろって!今ここで先輩が逃げ出すのは、私達の能力を信頼していないことになりませんか!?」

「っ、うっく……」

「そぉだそぉだ!」

「カエデ君の言う通りだぞ!」

「テメーも男ならよオ、腹くくれや!」


 俺は一斉に非難を浴びた。――ああ、こいつらに自分一人で何とかしようとするなと言ったばかりなのに。人は他人の欠点を指摘しておいて自分の欠点には気づきにくいという負の側面を持っているが、俺はまだそれが払拭できてないようだ。


「……すまん、俺も気が動転してた。分かったよ、戦おう。でも、有利に戦いを進めるために、敵にこちらの居場所を悟られないようにしよう。こちらから仕掛けるんだ。ハルカ、ついて来い」

「……わ、分かればいいのよ。結局、私が一発で決めるってことになるじゃない……」

「臨機応変ってヤツだ。奇襲でダメージを与えたい」


 そう言って、俺はハルカを連れて、レンタの示す敵の方向にそろりと歩いていく。……他の4人も付いてきたが、もう俺は何も余計なことは言わないことにした。分かったよ、5人でタコ殴りにしよう。


 校庭から昇降口へと続く通路を歩き、途中の曲がり角まで来た。この先に『サタンガルド』の構成員がいるらしい。今までずっとあちらから仕掛けられて来たんだ、今度はこっちから仕掛ける番だ。


「おいリス、敵はあと何メートルだ」

「ごめん、近いと正確な距離が分からなくなる仕様で……」


 敵に気づかれないように小声で話す俺とレンタ。女子達も緊張の面持ちだ。


 気づかれては、いけない。気配を殺せ。息を殺せ。奴らにどれだけ怖い思いをさせられたと思っているんだ、奴らはその報いを受けるべきだ。絶対に奇襲を成功させる。


 俺は校舎の壁に張り付く。上着が擦れる音すら許さない。壁のヘリに這うように近づく。足音を極限まで0に近づける。息を、止める……


 壁のヘリに指先をかける。カタツムリが葉の上を動くように、恐ろしくゆっくりと頭を出し……


 ――目の前に、恐ろしい牙を生やしたライオンの頭が現れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ギャアアアアアアアア!?!?!」

「ゲアアアアアアアアア!!?!」


 コンマ1秒。180度方向転換する。


 コンマ2秒。姿勢を前傾する。


 コンマ3秒。左足で地面を蹴り出す。


「アッー!アッー!アッーーーーーーーー!!!」


 テンパリすぎて途切れ途切れになった悲鳴をあげながら、俺は50メートル走自己ベストの勢いで、即座に二十年杉の方へ逃走した。


「――はーっ、はーっ、はーっ、……」


 杉の幹にもたれかかり、先ほどまでいた場所の様子を伺うと――5人が呆然としてこちらの方を見ていた。……はい、そうですね。俺のせいで、奇襲失敗してごめんなさい!


 息を整えながら、木のかげに隠れてライオン頭――ライオネルの様子を伺うと、奴も驚いたらしくさっき見た場所から少し後ずさっている。そして、奴の様子で何より目につくのは――ハルカに破壊された右腕が、金属の義手になっているという点だ。精巧な義手というのはフィクションでよく見かけるし、男のロマンだ。少し、興奮して来たな。


 5人がライオン頭の方に向き直り、臨戦態勢をとる。奴も牙を剥き出しにしながら、憤怒の形相で構えて……


「……テ、テメーら、何なんだア、ゲッヘン!?5人て!?」


 驚いて当たり前のことに驚いた。うん、そうだよな。アトマの反応が1つしかないのに、『ミリス』が5人いたら驚くよな。俺達が5人の『ミリス』を当たり前と思ってるだけだもんな。


「あーっ、アンタは!?――私にコテンパンにされたのに、よくもノコノコと戻って来たわね!覚悟しなさい!」

 「ぬっ、赤い女ア!テメエにやられた右腕が、無いはずなのにうずきやがるぜ、ゲッヘン」


 ビシッと人差し指を向けて挑発をするハルカに対し、ライオネルも右腕の付け根をポンポン叩いて挑発し返す。そのまま戦闘に突入する……と思いきや、奴は人差し指を突き立て――俺に向けて来た。


「おいそこの人間の男!テメーは何者だ!5人『ミリス』が集結しているのもアレだが、一番の謎はお前の存在だろ、ゲッヘン!」


 やべっ、さすがに俺の存在の不自然さを気づかれたか。


「オマエらにのされてきたヤツらが証言してきたが、皆見てきた『ミリス』の姿は違えども、『ミリス』でもアトマでも無い『何者か』がいるという点では一致していた。その『何者か』とは――テメエだろ、ゲッヘン」


 ちくしょう、奴め中々頭が回る。いろんな証言があれば、俺に辿り着いたとしても不思議じゃねえ。


 ……ん、「証言」?おかしいぞ、証言というのは「生きているヤツ」にしか出来ないはずだ。なら、音声記録という説は誤りで、鳥とかサイとかが生きているということになるが……あの大爆発で奴らの体は跡形も無く吹き飛んでるし、アレで生きているとはちょっと考えづらい。


 分からねえ、奴らのカラクリが。この問題をどうにかしなければ、後々厄介なことになりそうだが……あのライオン頭から、そのカラクリを聞き出せるか?


「アトマの『鏡界転移(ガリ・レイヤー)』や俺様達の『強制召喚(ラボ・アージ)』によって、テメエが毎回このオルタナ界に来ていた。そして、毎回他の人間の女が出てきて、『ミリス』に変身していた。そうだろ、ゲッヘン?つまり、テメエはな……」


 くそっ、俺が奴らの秘密に気づく前に、奴が俺の秘密に気がつきやがった!どうする、今ここで奴を倒すしかねえか、奴は頭が切れるから厄介……


「人間の男と契約したポンコツのアトマのせいで何度も転移に巻き込まれて、その度に『ミリス』に助けられている唯の無力な男だろ、ゲッヘン!」


 などど思っていた時期が俺にもありました。いや、ある意味間違ってはいないっていうか、レンタ風に言うと900点なんだけどさ、俺が最も知られたくない秘密、『俺があの5人を変身させている』ということには1ミリも気づいてない。……うん、気づくのは少し難易度が高いかもしれないな。ともかく、バレなくて良かった。


「ひどいこと言わないでよぉ!りゅーくんもレンくんも、とってもすごいんだよぉ!」

「そうよ、大体流星はね、ただここに来ているわけじゃないのよ!」


 バカやろおおおおおおおお!!!そのまま勘違いさせておけよ!確かにさ、俺やレンタは侮辱されたかもしれないけどさ、堪えてくれよ!こいつらはフォローして別の問題に発展させないと気が済まないのか!!?


 このままでは秘密を喋ってしまうのも時間の問題だ。何か無いか、あのライオン頭に気づかれずにあのバカどもを制止する方法は!?


 ――右の太腿に感触があるのを思い出した。そうだ、ポッケに『通信器(ティン・ダール)』を入れておいたんだ、俺は『通信器(ティン・ダール)』を素早く取り出し、全部の玉に触れながら……


「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!」


 小声だが確実に届くように、『通信器(ティン・ダール)』に向かって5回叫んだ。5人は戸惑いながらこちらを見てくるが、もうお前らが俺を見てるのが奴にバレてもいいよ、大切なことがバレなければ。


「あのな、俺がお前らを変身させているってことがバレたら、真っ先に俺が狙われるだろ!保身とかじゃないぞ、護身の術が無い俺が集中攻撃を受けたら、確実に死ぬ!そしたらリスも死んで、お前らの変身も解除されて、お前らも殺されるんだよ!全滅したくなかったら、絶対バラすな!前も言った気がするけど、絶対バラすな!」


 どれだけ釘を刺せばいいんだ、刺しすぎて貫通しそうな勢いなんだが。しかしとりあえず、あいつらを止めることは出来たな。この『通信器(ティン・ダール)』は便利だ、これからも使っていこう。


「というわけで、アンタに話すことなんて無いわ!」

「どういうわけだ、ゲッヘン!?」


 お前らにしか聞こえないんだから、ライオン頭に伝わるはずが無いだろ。これ以上余計なこと言うな、ハルカ。


「テメエみてエな三下にはよオーッ、話すことは無エって意味だぜ!」


 よし、挑発気味だがナイスフォローだ、ゆかり!やはりゆかりは機転が効く、俺が十分信頼できるヤツの一人だ。


「ゲヘへ……別に、テメーらに教えてもらう必要は無いってこった、ゲッヘン。あの男をとっ捕まえて、どんな手を使っても喋らせることにするぜ、ゲッヘン」

「っ、させないわ!」


 ライオネルの俺を狙う宣言に対し、ハルカ達は阻止せんと構えを整える。いよいよ、戦いが……


「おいライオン野郎、どんな手でもとは、一体どんな手だア?」

「……あア?」


 …………あ?


「どんな拷問をするんだって聞いてンだよ!やっぱり手足を縛って鞭打ちか!?水責めか!?それとも男同士であんなことやこんなことを!?流星にはソッチの気は無エからなア、口を割っちまうかもしれねエ!そ、それをあいつにするぐらいならよオーッ、オ、オレに……オレが代わりに……うっ……くう……」

「いやオマエ、何言って……」


 いやお前、何言ってんだ。さっきの信頼できるとかいうの、取り消そうかな。変態すぎてライオン頭が引いてるじゃねえか。


「えっ、男の子同士ぃ……?み、見てみたいなぁ……」


 変態に変態が重なってきた。キナコ、お前は特に黙れ。お前が一番、口車に乗せられてバラしちゃいそうなんだよ。


「キナコ君、ゆかり君、落ち着いてくれ」


 よしスイレン、変態どもを止めてくれてありがとう!一応、スイレンも暴走しないように、俺から指示を出しておくか。


「スイレン、奴から有用な情報を引き出すための質問をしてくれ」


 俺が『通信器(ティン・ダール)』の水色の玉に触れながらそう口にすると、スイレンは小さくうなずいた。さすが、真面目なだけある、俺の指示に忠実に従ってくれて……


「了解した。――私も貴様に問う。貴様は――どのようにして、その筋肉をつけているんだ!?右腕は機械だが、左腕の上腕二頭筋を見るに、バランスが取れているではないか!さらに、隠さずに露わになっている6つに割れた腹筋も素晴らしい!一体どれくらい鍛錬すれば、そのような引き締まった筋肉になるのだ!?」


 今聞くことじゃねえだろおおおおおおおお!!!お前にとっては有用かもしれないけど、俺達全体にとっては利益ゼロだよ!分かったよ、変態で変態は止められないってことがな!


「えっ、今質問タイムなのですか!?ではでは、私も……!」


 もう嫌だあ。無理だよ、この場を収めるの。バカの相乗効果が酷すぎる。


 この状態で不意打ちとか食らったら、対応出来なくなるじゃん。せめて、俺だけでもライオン頭を警戒しないと……


「テ、テメーら、頭のネジが2、3本ぶっ飛んでんじゃねえのか、ゲッヘン!?」


 なぜだろう、あんな怪物の言葉に共感出来ている自分がいる。あのライオン頭、快楽殺人者なことを除けば、意外に常識人なんじゃないのか?


「くっ、このライオネル様を舐めやがって。どうやら少し、肉を抉り取らねえと分からねえらしいな、ゲッヘン!」


 ライオネルがマイペースな女子達に激昂し、物騒なワードを口にしている。そして、脚に何やら力を溜めている。――マズイ!


「お前ら、避けろおおおおおおおお!」


 咄嗟に『通信器(ティン・ダール)』を通して警告したものの、奴と5人との距離はまさに目と鼻の先。これじゃ、避けるのは不可能に近いぞ!!


 一瞬間に合わず、5人はライオン頭の超速攻撃を食らった――と思いきや、5人はそもそも避けようとしていなかった。キナコとゆかりが前に出て、奴の攻撃を受け止めたのだ!奴の体は急速に停止し、その隙にハルカが横から渾身のパンチを顔面の左に叩き込んだ!


「ゲアアアアアアアア!!?」


 月曜日に見た光景が、リプレイのように蘇る。唯一違う点は、戦っているのはハルカ一人じゃないということだ。ハルカが、キナコとゆかりに対して元気よくサムズアップしている。


 ああ、チームワーク!なんて素晴らしいんだろう!あいつらは、やれば出来る子達なんだよ。俺は割と喚きすぎていたのかもしれない。頼りないとか大丈夫かなとか散々思ってきたけれど、いざという時にはビシッと決めてくれる、誇れる仲間達だ!


 「ゲハ、テメーらア……」


 体育館の外壁に叩きつけられて、口から血を吐きながら、震えて立ち上がるライオネル。顔面は少し、俺から見て右に歪んではいるが、まだまだ無事といった様子を見せている。やはり、奴は頑丈だ。普通のパンチでは決定打にはならない、ハルカの炎のパンチが必要になるだろう。


 「今のうちね!みんな、アレ行くわよ!」

 「はい!」

 「よぉし!」

 「うむ!」

 「っしゃあ!」


 ……アレって何だ?5人で合体技でもするのか?俺、そんな話1ミクロンも聞いてないんだけど……


 すると、5人はライオネルの前に横一列に並び立って……








「燃え盛る爆炎と共に、この世の邪悪を焼き尽くす者!『バーニング』!」

「吹き荒れる暴風と共に、未知の脅威を吹き飛ばす者!『ストーム』!」

「駆け巡るビリビリと共に、皆の笑顔を守る者ぉ!『サンダー』!」

「ほとばしる激流と共に、歪んだ心を断ち切る者!『ウォーター』!」

「朽ち溶かす猛毒と共に、全ての痛みを受け入れる者!『ポイズン』!」


「「「「「未来を紡ぐ5つの想い!世界に轟け、『ミリスターズ』!!!」」」」」











「…………は?」


 …………は?


 待って知らない。こんな名乗り口上知らない。いつ決めたの、君達。ねえ、俺やレンタに内緒でさあ、何勝手なこと決めちゃってんの?あのさ、微妙にダサくない?俺ならさ、もうちょっと上手いの作れると思うよ。あっやっぱ無し。急に自信無くなってきた。


 ――いや落ち着け俺。そもそも、それやる必要ないだろ。百歩譲ってやるとして、今じゃないだろ。こういうのって、戦う前にやるもんだよ。そういうタイミングが無かったのは認めるが、今絶好の追撃チャンスだったじゃねえか。ほら、ライオン頭、もう完全に立ち上がっちゃってるよ。


「テメエらふざけてんのか、ゲッヘン」


 激しく同感。お前ら、これ以上俺をあの殺人ライオン頭に共感させないでくれ。こっちからはお前らの顔、角度的に見えないけどさ、絶対口元緩んで得意気な顔してるだろ。「してやったり」じゃないぞ。ちょっと内心褒めておいたらこれだよ。


「――もうテメエらみてエな頭のおかしいヤツらに付き合ってられるか、ゲッヘン!!」


 もっともなことを言ったライオン頭は、一瞬の隙をついて5人の横を抜け、一心不乱に俺の隠れる二十年杉に向かって駆け出していく。


 何やってんだよ、俺のところに向かってくるじゃねえか!どうすんだよこれ、お前らのバカな行動で捕まって拷問されるとか嫌だからね!?


「――させませんよ!!」


 俺が焦っていると、ライオン頭の後ろからスピードNo.1のカエデが駆けてきて、奴に追いつく。そのまま、奴の横腹に流れるような蹴りを入れ、奴はテニスコートの金網に激突する。


「ゲハッッ!?」

「いいぞカエデ君、あとは私が!――『水練の流れ(ワイルド・ウォーター)』!!」


 後を追ってきたスイレンが即座に水の刀を生成し、怯んだライオン頭に鋭い一撃を振り込む――が、すんでのところで横移動でかわされ、そのまま奴はスイレンに返しの一撃を――


「ッ、食らえ、ゲッヘン!!」

「させないよぉ!!」


 与えようとした瞬間、それはまたもキナコに受け止められる。キナコは差し出されたライオン頭の右腕を掴み――勢いよく天高く放り投げた!


「グアアアアアアア!!?」

「これでとどめよ!!『炎の一撃(バーニング・バースト)』!!」


 奴の落下地点――金網の横20cmのところに立つハルカ。その右拳には、5日前に奴の右腕を焼き尽くした炎がボウと燃え上がる。


 このまま、落ちてくる奴の脳天に一撃を入れれば……!!


「――マズい、ゲッヘン!!」


 だが、ライオン頭は落下中に金網に接触し、その自慢の脚力で蹴り込んだ。薄い放物線を描くはずの奴の軌道は大きく横にずれ込み、ハルカの拳が到底届かない地面に到達した。


 惜しいな、奴は汗を流したり息を荒くしたりしてかなり切羽詰まっている様子だが、さっきので決まらなかったのは悔しいな。しかし、今のハルカ達の流れるような連続攻撃は素晴らしい。マトモに戦えば強いんだよな、マトモなら。


「ああっ、もうちょっとだったのに!次は絶対ぶん殴ってやるわ!!」

「みんなぁ、大変だよぉ!!ゆかりんの出番がないよぉ!!」

「気にすんなキナコ!ハブられるのもオレは大歓迎だぜ!!」


 キナコとゆかりが意味のわからない会話を展開するが、とにかく状況はこちらが圧倒的有利。このまま行けば、こっちの勝利は確実だ。あとは誰かが何かやらかさないことを祈るのみ!!


「――クッ、テメエら……頭のおかしいヤツらだが、先ほどの動き……テメエらの連携力の高さは認めなきゃなんねえな、ゲッヘン。こうなったら、5対1では分が悪すぎるな……この、『魔石(ボッシュ)』を使う時が来たということだ、ゲッヘン」

「っ、何かあるぞ!お前ら、距離をとれ!」


 ライオネルが左の掌から何やら禍々しい正八面体の結晶を出現させると、5人も何か危機を察知したのか、俺の忠告に素直に従って20メートルほど距離をとった。勿論その後の体勢はいつでも奴に飛び掛かれるものであるが。


「リス、あの結晶が何か分かるか?『精石(ハパール)』にも似ているように見えるが……」

「似て非なるものだよ。あれは『魔石(ボッシュ)』――奴らがガルムを貯め込んでおくために使用している石だよ。普通はそれを首領のサタンの復活に捧げるために取っておくものだけど、緊急時には貯めたガルムを解放する、と教わった」

「その『ガルム』が解放されると、どうなるんだ?」

「分からない。でも、ボク達にとって良くないことが起こるのは確かだよ」

「くそ!」


 切り札的なものか。この間『通信器(ティン・ダール)』の全ての玉を押しっぱなしにしていたので、5人にもきっと伝わっているはずだ。最大限、警戒してくれ……!


「異界より出でよ、暴虐と蹂躙の群勢!『召喚(アージ)』、デヴィルテンタクル!」


 ライオネルが左手の『魔石(ボッシュ)』を高々と掲げ、握り砕きながらそう叫ぶと、小道に魔法陣が大量に、正確には50個が5×10で規則正しく並んで、漆黒の光を世界に垂らしながら出現した。その闇に近似された真円群の中から、異様に蠢く細長い触手が無数に付いた、顔も無く頭と胴体の区別も無い化け物が、魔法陣と等しい数せり出てきた。


 うん、ぶっちゃけ同人とかで見る触手のモンスターみたいなもんだが、リアルで見るとかなりキモい。絵の具をめちゃくちゃに混ぜたような色の粘液が滴り、触手が耳障りな擦れ音を演奏している。レンタも「うわぁ……」とか言ってるし、5人もかなり引いてる。


 ――いや、一人だけ、口元が緩みまくりながら涎を垂らしている紫のヤツがいるな。時と場合を考えてくれ。


「ゲヘへ……こいつは、殺傷力が低い代わりに、その無数の触手で敵を足止めをしたり捕獲したり出来る代物だ、ゲッヘン。そして俺様は――この場を後にさせてもらうぜ。5人の『ミリス』を全滅させるには、次期幹部候補の俺様ですら、ちと骨が折れることだ。日を改めて、あいつらを連れてきてからにするぜ、ゲッヘン」


 ……えっ、戦うんじゃないの?てっきり、この怪物どもを駒に使って5人の首を即座に狙うものかと……。やはり、自分が不利と分かれば迷わず撤退を選択できる、利口な奴だ。しかし……足止め出来るというが、本当にそうだろうか……?


 ――勝ったッ!奴は、致命的なミスを犯しているッ!確かにこの触手お化けの大群を真正面から抜け出すことは容易では無い。しかし、この小道は校舎とテニスコートの防球柵に囲まれて回り道出来ないように見えるが、『ミリス』の脚力ならば余裕で飛び越えて回り道出来る!奴はこの地理的条件で錯覚を起こしてしまったのだ。5人がバカ正直に突っ込む可能性は、俺が『通信器(ティン・ダール)』で助言することで潰す。終わりだ、ライオン野郎!!


「まあ、直接戦闘ではあまり役に立たないだろうが……こんなヤツらでも、バカでカスで役立たずで弱っちいテメエらなんか、冬眠中のツヴァトラのように簡単にヤっちまうだろうがなア、ゲッヘン!」

「い、言ったわね!さっき私にやられたくせに、よくもそんなことを!見てなさい、こんなキモいの全部蹴散らして、アンタに吠え面かかせてやるんだから!」


 ああああああーーっ!!!奴め、良い感じに挑発しやがった!5人が(特にハルカが)挑発に乗りやすいタイプだと気づいたんだな、これで5人を真正面から突撃させようとする気だ。くそ、さすがに回り道の可能性を考えないバカでは無かったか。


 ライオネルが、『ミリス』の5人と触手モンスターの大群に背中を向けて逃走した。これも5人の視野を狭め、化け物の大群に突っ込ませる効果的な策だ。今すぐに俺から、前傾姿勢も甚だしいあいつらに忠告しなければならない……!


「おいお前ら、待て!落ち着いて深呼吸しろ。奴の安っぽい挑発に乗るんじゃない。触手の怪物達は密集している、避けて奴を追うことは十分に容易なはずだ」


 俺の『通信器(ティン・ダール)』越しの忠告を受け、5人は俺の方を見る。良かった、俺の話を聞いてくれた、これなら俺の思い通りに……


「流星、悪いけどそれは出来ないわ。ここでアレから逃げたら、あのライオンの侮辱が正しかったと認めることになるのよ」

「そうですよ、リュウ先輩は悔しく無いんですか!?」

「キナも、みんなやりゅーくんがバカにされるのは嫌なのぉ!」

「ここまでコケにされては、剣士の名折れ。雪辱を果たさなくてはならんのだ!」

「っつーわけでよオーッ、オレ達はこの怪物どもを倒さなきゃなんねエ!分かるだろ、流星!?」


 くっ、やはり挑発が効いているようだ、俺の言うことに耳を貸してくれねえ。


 ――いや、待てよ。これは俺の方が間違ってるんじゃないのか?さっき、俺は仲間を信じろとか散々言っておいて、ライオン頭の侮辱の言葉に心をなびかせず、ただの挑発だと割り切っていた。そんな俺の方が異常なのではないか?


 ……ああ、俺はもっと5人の気持ちを汲み取るべきだ、勝利への一番効率的な勝ち筋だけを頭でなぞっておいて、それを5人がそのままやってくれると思うのは間違いだ。自分の言うことを忠実に聞いて行動してくれるなんて、思い上がりにも限度がある。俺の方こそ、あいつらの言葉を聞いてなかったんだな。


「――わかった、あの怪物どもを全滅させよう。それであのライオン頭の鼻を明かしてやろうぜ!」


 俺は白い歯を見せながらサムズアップし、5人の意見を尊重した。5人も微笑みながら力強く頷いて、顔を対峙する敵の軍勢へと向けた。あいつらを信頼する。仲間だから。きっちりやっつけて、あわよくばライオン頭に追いついてくれる。そう信じる。


「確認だ、リス。奴は本当に離れて行っているか?」

「うん、現在ボクらから80メートルほど。どんどん離れて行ってる」


 よし、これで奴が逃げるフリをして奇襲に来る可能性が消えた。俺の顔が割れてしまうのは正直危険だが、深追いは禁物で、5人が大怪我を負うリスクは減らすべきだ。だから、最悪逃げられても及第点だ。


 ……冷静に考えれば、あの触手モンスターどもと戦う必要は全く無いのだが、無視すれば5人が消化不良を起こし、後々悪い影響が出るに違いない。大人しく、5人のストレス解消サンドバッグになってくれい。


「よしお前ら、あのデヴィルなんちゃらを全滅するための俺からの助言は一つだ。絶対に囲まれるな。スットロそうだが、四方から触手に襲われれば幾らお前らが素早くても避けられない。気をつけて倒していけ!」

「心配無用よ!私達に任せなさい!」

「分かりました!」

「ありがとぉ!」

「うむ、気をつけよう!」

「了解だぜ!」


 これだけ守れば安い同人漫画のような展開にはならないであろう助言を口に出し、それを5人が確かに受諾してくれたことで、俺はこいつらを信頼しようという気持ちが強まってきた。そうだ、あんな気持ち悪い生物なんぞ、『ミリスターズ』の敵じゃない。勝てる。倒せる。


 ――行け!!


「「「「「うおおおおおおおお!!!」」」」」


 5つの鮮やかな色彩が、横一列にどす黒い生物へと突撃していった。わざわざ、走る速度を合わせて。


 同じ道を共に歩くと決めた、仲間だから――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ