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魔法少女のプロデューサー  作者: 立花KEN太郎
第1章 結成の前奏曲 Prelude of formation
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第14話 『Measuring with you, your power.』

 家から20メートルほど離れたところにある、薄暗く狭い路地裏。俺は十分に母さんの視線を含む人の気配が無いことを確認して、ホッと一息をついた。いきなり消えるところを誰かに見られたら大変だからな。


「よし、じゃあ飛ぶか。リス、よろしく頼む」

「どうしていつもボクのことを名前で呼んでくれないんだろうね。――それではみんな、流星を中心に手をつないで」


 レンタの号令により、俺達6人の人間は手を輪っかに繋いでいて、時計回りに俺、ハルカ、カエデ、スイレン、キナコ、ユカリの並び方だ。ハルカが前回のお返しからか俺の左手を何やら強く握っている。何か痛くなって来た、もうしないから許してください。


 右手からは、ユカリの小さな手の、微かだがはっきりと分かる震えを感じとれる。お前は、あっちに飛ぶとき、俺の情けない姿見せたりしちまったもんな、転移に良い印象は抱かないだろう。その不安を何とか払拭できないかと、体温の低い手を優しく握ってやる。すると、ユカリがチラとこちらを見た後、何かを期待するような表情をした。――何だろう、よく分からないな。


「――『鏡界転移(ガリ・レイヤー)』!」


 俺の頭に乗ったレンタがそう叫ぶと同時に、レンタから光が広がり出して俺達を包み込み、そのまま俺達の周りの世界が輪郭を消失していった。


 そして、輪郭が現れ、世界に青みがかったモノクロの色彩が塗りたくられる。


 ――ある、いる、いるぞ。俺は、ここに、いる。大丈夫だ。


 俺は自分の意識がはっきりしていることを何度も確認し、誰にも気づかれぬほどの吐息を漏らした。やっぱり、前回だけ本当にどうかしていたんだ、これからは大丈夫だろう、きっと。


 路地裏から出ると、そこには人気の無い住宅街が普段と異なる色合いで広がっていた。何回も経験すると特に感慨も湧いてこないものだが、カエデは目をキラキラと輝かせている。何度もワクワク感を味わえるとは、お得なヤツだな。


「――それじゃ、さっさと公園へ急ぎましょう!」

「それなんだが、さっき俺が言った行き先よりも、より適した場所を思いついた。そっちに行こうと思っている」


 ハルカのはやる気持ちが現れた言葉を受けて、俺は訂正するように言葉を返した。いつもの公園は、少々動き回るには狭いのだ。『ミリス』の能力の測定には、さらに広いスペースが必要になる。


「では、どこに行くのですか?」

「学校だよ。校庭なら十分過ぎるほどの広さだ」

「確かに、公園だと少し狭いかもしれないわね」


 土曜日で部活の練習も無いのに学校に行くというのは俺としては変なことであるような気もするが、変なことはこの一週間で散々起こっているので今更だ。それに、今からやる『測定』には、学校というロケーションがお似合いだ。


「分かったわ!早速学校に行きましょう!」

「待て、その前にやっておきたいことがある」


 またもや制止する俺の言葉に、肩に乗っているレンタも含めた全員が不思議そうな顔をしている。きっとこれから俺が言うことはみんなにとっては意外だろうし、俺の真の意図に気づけば拒否される可能性もある。完全に俺の意思のみで出来ることなのだが、勝手にやったら良くないしこりを残すことでもある。


「――今ここで、『ミリス』に変身しよう」

「「「「「「え?」」」」」」


 予想通り、豆鉄砲を食らったハトのようにきょとんとした表情を見せる一同。横にいて顔が良く見えないレンタからも、呆気にとられている雰囲気が滲み出ている。


「え、えーと、どうしてかしら、流星?学校に着いてから変身するものだと……」

「まあ、ハルカだけじゃなく、みんなそう思っていただろうな。今まで、『ミリス』に変身したら変身したその場だけでことを済ませていたからな。でも、『ミリス』に変身したほうが、移動スピードが上がって早く学校に着くんじゃないか?歩いて向かっていたら、スイレンの午後の部活にも、間に合わなくなるかもしれないしな」


 俺の説明を聞いて、みんなは何だか腑に落ちたような表情をしている。……行けるか?実は()()をやりたいんだが、それに気づかれると幻滅されそうなので黙っておいている。


「なるほど、名案ね!」

「リュウ先輩は、いつも良い作戦を思いつきますね!」 

「すごぉい、頭良い!」

「私のことも気にかけてくれて、ありがとう」

「……うん、良い、と……思う……」


 よし、みんな()()()()には気付いてないな!!


「……あれ、流星――むぐ」


 こいつのような勘の良いリスは嫌いなのでその口を手で塞いで、俺は左腕に『起動器(デモクリト)』を出現させる。


「それじゃお前ら、準備は良いか!」


「もちろん!」

「はい!」

「オッケーだよぉ!」

「うむ!」

「……うん……!」


 とりあえず5人とも前向きなことに安堵の念を覚えつつ、俺は『起動器(デモクリト)』の5つの玉に右手の5本の指をそれぞれ1本ずつ触れさせる。すると、その5種類の色の玉が示す5人の少女が一斉に光に包まれ、光が弾けると服装が同じで色彩と髪型がそれぞれ異なる少女戦士へと変身した。一昨日4人同時に変身状態にできたから5人でも問題ないと思っていたが、実際に成功してまたほっとする気持ちだ。


 ――こうして見ると、完全にアイドルユニットだな。やはり、俺が『プロデューサー』というのは言い得て妙で……


「よオ、オマエら!初めましてだな!オレの名前は野口紫、お前らからすれば『もう一人の野口紫』だ!よろしくなア!」


 忘れてた。


 突然のユカリの変貌に対して、ハルカ、カエデ、スイレンの3人は呆気に取られている。口では気にしないなどと言っても、いざ目の前にして見ると気にならずにはいられない。人間はそういう生き物なのだ。


「あっ、元気な方のゆかりんだぁ!久しぶりぃ!」

「よオ、キナコ。そういやア、最後に『オレ』がオマエの前に出て来たのは随分前だったもんなア、久しぶりだぜ!」


 幼少期からの友人のキナコだけはさして驚きもせず、同窓会で再開した元クラスメイトのようなノリでゆかりと挨拶を交わしている。――元気な方、って。元気じゃない方のユカリンは泣いていい。


「あ、私は秋山春火、よろしくね!」

「私、桐谷楓と言います、よろしくお願いします!」

「私の名前は寺門水蓮だ。よろしく頼む」


 3人が我に返ったようで、各々が自己紹介をしている。もうちょっと戸惑っても良いんじゃないかな、この人達は。やっぱり、いきなり見せられるのと知った上で見せられるのでは訳が違うということか。


「ありがとな!――元気いっぱい名乗ってくれた手前悪いンだがよ、オレはあっちの『ユカリ』が出ている間も声とか聞こえていてよオ、オマエらのことはオレはすでに知ってンだ、ごめんな」


 ゆかりがばつの悪そうな顔をしている。割とこいつの『二重人格』は複雑だな。それより、はっきりしたことがある。


「――なあリス、これってやっぱり……」

「流星達の言う『変身』が人格交代のトリガーとなっているようだね。そして解除によって元に戻るということだ」


 レンタの言う様に、『ミリス』への変身で『ゆかり』に、変身解除で『ユカリ』に人格がスイッチするようだ。前回の事例だけでは偶然の可能性もあったが、2回目にしていよいよ確信となった。しかし、キナコのセリフから思うに、平時にも『ゆかり』でいる時があるんじゃないか?その時変身したら一体……


 ――カツン。


 地面に小さく乾いた音が響き、俺やレンタだけでなく談笑していた女子達全員も、その音源の方向を一斉に向いた。音源に横たわっていたのは、縦長く先に細くなっている台形のプラスチック製のような小さい板に、黒くて少し曲がっていて先端に黒い楕円球のある棒が付いている物体。そしてそれは俺の足元にある。


 色彩から、明らかにオルタナ界のものでは無い。そして音から判断して、こいつは落ちて来たと確信できる。しかし、この物体は俺の左足の前方にある。もし空から落ちて来たら俺は気づくはずだが……?


 恐る恐るこの得体の知れない物体に右手で触れ、掴んで持ち上げてみる。細長くて、掌からはみ出るほどだ。そのまま台形の板の裏側を見ると、『起動器(デモクリト)』のような5つの小さい玉が付いていて、それぞれ『ミリス』の5人に対応するような色になっている。――つまり、『ミリスシステム』の部品?左肩のリスはこの物体を見て顔をしかめているし、多分これのこと分かってないな。肝心なところで使えねえ。


 とりあえず、ハルカに実験台になってもらおう。俺は赤い玉に触れてみる――が、特にハルカに変化が無い。絶対何かあるはずだが、何も反応が無ければこいつの機能を推定する余地が無いな……


「なーによ、流星、私のことじろじろ見て。その新しい機械、一体なーんなのよ?」

「……いや、全く……」

「…………?」


 実験台にしたのが気づかれそうになったと思ってとっさに誤魔化したが、ハルカが何か起こったような反応を見せた。


「どうした、ハルカ?」

「ええと……アンタの声が、変に聞こえるのよ。重なって聞こえるというか、ダブってるというか……」


 ――声?そういえば、この物体の黒い部分はマイクに見えなくも無いが……もしかして、あれか?


「――ちょっとみんな、そこで待機していてくれ!」

「あっ、ちょっとちょっと……」


 俺はハルカの言葉を無視して、路地裏の奥まで駆け出して、あいつらに声が直接届かない位置まで到達した。そして、緑色の玉に触れて、俺はマイクに向かって言葉を発した。


「まな板」


 ――――――――。


「――せ、先輩!言って良いことと悪いことがありますよ!」


 遠くからカエデの悲鳴がよく聞こえて来て、俺はこいつの正体を確信した。レンタもこいつに心当たりがあるようだ。


「――『通信器(ティン・ダール)』だね。遠く離れた人同士で会話が出来る機械だよ」

「やっぱりな。これは通信機だったということか。――てかお前、知ってたんじゃないか」

「あのね、ボクの知る『通信器(ティン・ダール)』とは形も違うし、そもそも『ミリスシステム』に搭載されてるはずがないんだよ。『通信器(ティン・ダール)』だなんて、思いもしない」

「……ああ、また俺だけか……」


 確かに一人で戦う分には、この『通信器(ティン・ダール)』とやらは全く意味の無い代物であるだろうから、システムに搭載されてないのは当然のことだ。


 ……では、何故俺には出て来たんだ?何故今まで出てこなくて、この場で出て来たんだ?分からないことばかりだが、これ以上あの奔放女子達を待たせるわけにはいかない。考えるのは後回しにして、とりあえず戻るか。


 路地裏から出ると、顔を紅潮させて両頬を膨らませ涙目になって俺を睨んでいるカエデと、何が起きたのか分からず困惑している他4人の姿が。初めてカエデを少し可愛いと思ったな。


「ははは、ごめんなカエデ。ちょっとからかっただけさ」

「冗談でもひどいです!!次言ったら、リュウ先輩がいかに女の敵かが学校中に知れ渡ることになりますよ!!」

「そんな週刊誌みたいなことはやめてくれ」


 マスメディアの恐ろしさをしみじみと実感したところで、スイレンが俺に説明を求めてくる。


「それで、カエデ君の反応を見るに、流星君はそれが何なのか分かったのだろう?私たちにも教えてくれないか」

「こいつは遠くに離れていても声を届かせる……まあ早い話が通信機だな。この5つの玉に触れて、対応するヤツにだけ声が届くということだ」

「ふうん、それでカエデだけに声を届かせたのね。――なーんて言ったの?」

「それはカエデの名誉のために教えられんな。どうしても知りたいなら、本人に聞いてくれ」

「今、次の記事のタイトルを決めました。『2年1組の長谷川流星、家に女性用下着を飾っている!?』です」

「それだけはやめてください」


 不用意な己の言葉を反省しつつ、俺はこの『通信器(ティン・ダール)』の存在に感謝していた。これがあれば、戦場に顔を出さなくとも、安全圏からこいつらに指示を出すことが出来る。卑怯だなんだと言われそうな気もするが、俺は非戦闘員なんだ、司令部は安全なところにいて当然だろう。


 『通信器(ティン・ダール)』とやらは、ズボンの右ポッケにしまっておくか。


「――さて、色々あったけど、いよいよ出発ね!」


 結局ハルカが俺の真の意図に気づかないまま、学校に向かって歩を進めようとした。意図というより、すぐ気づきそうなんだがな。


「――そういやア流星、オマエはオレ達のように速く移動できねエだろう、どうすんだ?」


 ゆかりがそれに気づき、他の4人はハッとした顔をして俺の方を見てきた。ゆかりにはもっと早く気づいて欲しかったな。いや、『ゆかり』は気づいたところで指摘ができない立場なので、『ユカリ』には気づいて欲しかったというのが本当か。


「ははは、俺がそんなこと考えない迂闊な男だと思うか?俺はこの問題を解決する簡単な方法を思いついてるぜ」

「すごぉい、りゅーくん!どんな方法?」

「それはな――


 誰かが俺を運ぶ。実にシンプルで思いつきやすい方法だ」

 「「「「「…………」」」」」


 目の前の女子達の目がジト目へと変わる。そして俺の口は回り出す。


「まあ確かに、男としては情けない絵面だとは思うが……こうするのが一番効率が良いからな。『ミリス』のパワーなら、体重45キログラム程の俺は手提げカバンみたいなもんだろ、知らんけど。別にね、嫌なら良いんだよ?ここに俺を置き去りにしても。俺がいないと測定が始まらないし、リスも付いて来られないから元の世界へも戻れない、家帰るのが遅くなっちゃうかもね、でも嫌ならしょうがないよね」


 屁理屈を並び立てる俺に対する女子達の視線がゴミを見るような、もしくは困惑して悲しいようなものになっている。でもまあ、反論は出来まい、筋は通っているのだから。それにね、俺だって一度は楽をしたいんだよ、移動が人任せのグータラリスみたいに。女子に抱えられて、隙を見て柔らかい胸の感触を……


「……じゃ、私が」

「おっ、何だハルカ、やけに素直じゃないか」


 そう淡々とした口調で言って、ハルカは俺を――脇へと抱え込んだ。くそ、俺の頭がハルカの背中側になっているから、こいつの数少ない取り柄が拝めないじゃないか。とりあえず、レンタは俺の胸に抱えるとして、これで楽な移動n


「ねえみんな、ただ道を行くより、建物の屋根をジャンプして学校に真っ直ぐ行った方が早いと思わない?」


 …………ん?


「……ああ、確かに!名案ですね、ハルカ先輩!」

「面白そぉ!それで行こぉ!」

「うむ、確かにその移動方法が最適だ」

「やるじゃねエか、ハルカ!ナイスひらめきだぜ!」


 ……あの、それってさ、俺やばくない?


「……えーと、ハルカさん?ちょっとそれは……」

「なーによ、運んでもらってるんだから、文句言わないでちょうだい!」

「いや、あの、えっと、その」


 俺にはハルカの表情が分からないはずだが、何故かハルカが嫌な笑みを浮かべているのが分かる。俺の顔中に汗が流れてきた。


「あの、もうちょっと話し合おうじゃアアアアアアア!!!」


 地面との距離が一気に広がるのが見えて、俺は身体中の血の気を一気に引かせて絶叫した。跳躍が最高点に達し、ふわりと浮いて落ち、ハルカが屋根を踏んで、ふわりと浮いて落ち……吐き気がするほどのアップダウン。ジェットコースターにはしばらく乗ったことがないから、この感覚には全く慣れていない。しかも、進行方向が俺の見える方向の逆という事実で俺は更なる恐怖を増大させる。


「ハルカ先輩!先輩の持っているそのゴミクズを私の方に投げてくださーい!」


 先導するハルカの跡を追ってきたカエデが恐ろしいことを言っている。さっきのことを根に持っているのは分かるが、そういうことはせめて2メートルぐらいに近づいてだな……


「分かったわ、カエデ!しっかり受け止めなさい!」

「おい待てハルカ!良く考えろ、失敗したら俺死ぬよ!?バカやめろおい!何メートル離れてると思ってギャアアアアアアアア!!!」


 俺は5メートルほど宙を舞った後、すっぽりとカエデの小さい腕の中に収まった。カエデの胸と俺の顔が接触したが、正直言って肋骨の感触が強く主張していて……


「あいてててててて!!!おいカエデ、抱きしめる力強すぎるだろ!」

「すみませーん、まだ力加減がよく分からなくてー」


 これほどまでに露骨な棒読みを俺は聞いたことが無い。カエデがこんなに俺の言葉を根に持ってイカれた行為に走るとは思わなかった、次からは十分気をつけよう。


「ねえカエカエ!キナにもちょぉだ〜い!」


 もう一人のイカれたバカがカエデにパスを要求してきた。その顔は曇りの無い満面の笑みで、おそらく俺への復讐とか全く考えてなくて、ただ楽しそうだから乗っかってる様子だ。その純粋さが逆に恐ろしい。


「分かりました、しっかり受け止めてくださいね!」

「ちょっと待てカエデ!もっとキナコが近づいてからひぎぃああああああああ!!!」


 俺は再び宙を舞って、キナコがしっかりキャッチしてくれたことにものすごく感謝した。顔が二つの肉まんに埋もれ、その恐怖の対価をしっかりと……


「ぐああああああああ!!?お前もかキナコ、力強すぎ!」

「ご、ごめぇん、りゅーくんを落としたくないと思ってぇ……」


 キナコはわざとでは無いようだが、そっちの方が問題な気もする。とにかく、この地獄のパスはここで終わって欲しい……


「スイスイ〜!りゅーくんあげるぅ!」

「お前は言ったことが秒で矛盾するのか!?スイレンさん、もうちょっと近づいてくださいイイイイイァアアアアアアア!!!」


 アホの国のアホ王女が投擲した俺を、スイレンが胸でキャッチ……したかと思いきや、即座に俺の頭を後ろにするように脇に抱えた。ああ、ハルカ級のおっぱいが……


「ふん、貴様のことだ、どうせ飛ばされながらも胸に触ることばかりを考えていたのだろう?怖いはずなのに、救いの無いヤツだ」

「スイレンさん、ちょっと何言ってるか分からないですねー」

「おいスイレン!オレにもくれや!」


 スイレンが俺をキャッチした直後に、ゆかりが俺の引き渡しを要求してきた。今までで一番距離の短い3メートルだから大丈夫……じゃなくて!キャッチし損ねたら俺は間違いなく死ぬって!


「お二方!隣接して俺を丁寧に受け渡しとぅわああああああああ!?!」


 本日4度目の空中遊泳の末、本当に幸運なことに最後もしっかり受取人にキャッチされた。ほんの茶目っ気で言ったことで、どうしてこんな……


「流星!気分はどんな感じだア!?」

「どうもクソもあるか!最悪だよ!」

「違エよ、詳しく教えろってンだよ!じゃねエと、オレが投げ飛ばされる脳内シミュレーションが、出来ねエじゃねエかっ……はぁはぁ……」

「最悪だよ」


 そうこうしている内に、学校に着いたようだ。やっぱり早く着いたことは、俺の見立て通りだった。早く着いたことはな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「――あの、流星?私達も、やりすぎたと思ってるの、ごめんなさいね」

「良いよハルカ。俺の浅慮とデリカシーの無さが招いたことだ。それよりお前ら、全員バスケ部に入部した方が良いんじゃないか?」

「流星君、私は剣に生きる女、そのようなことは……」

「冗談もわからないのかなスイレンくん?」


 俺は学校の駐車場にうつ伏せになって倒れながら、己の浅はかさを悔いた。これさ、ジャンプしなくたって、俺への負担大きいんじゃねえか?割とレンタの「しがみ付いているのが大変」が信憑性を帯びてきたところだ。ちなみにそのレンタは、最初の投擲で気絶しました。俺のせいで、本当にごめんなさい。


 このまま寝てばかりもいられないので、俺は顔に砂利を数粒くっつけたまま立ち上がった。


「うっく……さて、当初の目的、『ミリス』の能力測定をするかあ……」

「……えっと、お疲れでしたら、少し休んだ方が……」

「お前が言うな、カエデ。良いんだよ、ちゃっちゃと終わらせたいしな」

「それでぇ、どんなことするのぉ?」


 俺はよせばいいのに醜い笑みを浮かべて、こう言い放った。


「新体力テストだよ。日本が全国の小中学生に行っている、汎用性の高い測定方法だ。そのための器具をカバンに詰めてある」

「――えーと、流星?やっぱり、疲れてるんじゃないの?」

「大丈夫だって、心配すんな。俺の考えた中で一番良い方法だ」

「流星、オレ達の身体能力を測んのがよオ、新体力テストで大丈夫なのかって話だぜ?」

「ああ、だから大丈夫だって。多分」


 まあ、これで『ミリス』の能力が測れるのかと言う不安は重々承知だが、新体力テストは測定する身体能力のバランスの良さが評価点だ。なんとかなるだろう。


「せ、先輩、私が悪かったです……」

「――いきなりどうした、カエデ?」

「だ、だからどうか、シャトルランだけは〜!」


 運動神経悪い人達のトラウマ、シャトルラン。今のお前なら、大丈夫だって。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 甘かったよ。今日はつくづく俺自身の認識の甘さを確認させられた。俺さ、定規でクジラの体長を測るみたいなことしてたんだよね。


 まずは握力。俺が持ってきた握力計、一応100キロまで測れるはずなんだが、みんな全然本気出して無さそうなのにMAXまで行ったよ。ハルカに「本気で握ってみろ」と指示したら器具がぐちゃぐちゃに壊れました。あれ2000円位するんだ、お小遣い足りるかなあ?


 長座体前屈――は、みんな元々身体が柔らかいそうなので良いとして、上体起こしは、速くて途中から数が分からなくなった。あいつらは数えられたみたいだけどな。5人なので、余ったヤツは俺が抑えるという案も出たが、俺の体が保たなそうだったので丁重にお断りさせていただき、ゆかりが嬉々として余りになった。ハブられるのも嬉しいのか。


 反復横跳びも同じく早すぎて正確な数が分からず、1往復で4回という換算でなんとか測れたが、しっかり線を跨がなくてもバレないな、これは。


 ソフトボールは文字通り空の彼方まで飛んで行ったし、立ち幅跳びは言わずもがな。校庭の端から端まででなんとか収まった。それでも立ち幅跳びはマシな方で、5人の跳躍力にはっきりとした差が出ていた。


 最後、50メートル走だが、やっぱり50メートルは短すぎると思ったので、200メートルトラックを3周してもらうことにした。その結果、600メートルで20秒代を出してしまった。ボ○トも真っ青だ。しかも、全員走った後も余裕そうだったので、シャトルラン無限に出来るんじゃないかと思えてきてしまって、シャトルランは中止。新体力テストはお開きとなってしまった。


 ――テストをやってる途中、カエデがめちゃくちゃ楽しそうにしていたが、生身の時は辛かったんだろうなあ。


 つまり、俺は『ミリス』の性能を完全に舐めていたと言うことだ。俺はなったことが無いので『ミリス』の性能が分からないが、5人が握力計に込める力をセーブしていた辺り、こんな常人レベルのテストでは測れないということがなんとなく分かっていたのだろう。


 ……ということで、俺はレンタさんに協力を仰いでいただき、もっと有用なデータ、攻撃力と防御力を測ることにした。スピードに関しては、さっきの600メートル走で十分だと、俺とレンタで意見が一致した。


 攻撃力だが、測定方法はシンプルなパンチ。ただし対象は『校舎』である。どれくらいヒビができるかなと思ったら、いきなりハルカが4号館を崩壊させた。開いた口が塞がらなかった。スイレンの場合は基本あの水刀以外の攻撃手段はないということで、特例で認めたら、1号館が真っ二つになった。あれ、その攻撃を一度防いだカマキリ男ってすごくね?そもそもライオン頭もすごくね?


 防御力は、校舎から飛び降りて全身を打ち付けるという、俺からすればツッコミどころ満載の方法で測定を行ったが、ハルカがほんのり痛そうにしてた以外はみんなピンピンしてた。まあ先ほどジャンプしながら移動してたし、これぐらいの落差など屁でもないのだろう。ゆかりは非常に不満顔だったが、それほどまでに痛みが欲しいか。


 違いが分かりにくかったので、今度はハルカのパンチを受けるという方法に変更した。ハルカはもう、防御力が低いって分かってるからな。今度は、殴られた後ゆかりは嬉しそうだった。よかったな。


 ――まとめると、5人は3つのタイプに分類されていた。ハルカとスイレンは攻撃力が高く、特にハルカはヤバイ。5日前に突っ込んでくるライオン頭を炎パンチで吹っ飛ばしたのもうなづける。攻撃一辺倒な『固有魔法(ファンデル・ワールス)』も相まって敵に有効なダメージを与える役割になりそうだ。しかし、防御力は低く、反撃を食らえば危ないと言ったところだ。スピードに関しては、スイレンはハルカより攻撃力が低い(当社比)代わりに速く、逆にハルカはスピードも5人中最下位だった。お前のステータス、攻撃に特化しすぎだろ。


 キナコとゆかりは防御力が高く、多少の手加減があったとは言えハルカのパンチに平気で耐えて見せた。ハルカやスイレンが反撃を食らいそうだったら、この2人が庇うことも出来るだろう、ハルカより速いし。そして各々の『固有魔法(ファンデル・ワールス)』で反撃ができる、カウンター型と言ったところか。ただしキナコの物理攻撃力はほとんど0と言って良く、『固有魔法(ファンデル・ワールス)』も対生物や対機械にしか効果が無さそうだ。ゆかりもあの蛇野郎をぶっ飛ばしてはいたが、それでも攻撃型2人には及ばず、『固有魔法(ファンデル・ワールス)』も実にカウンターなもので使いづらいものだ。


 最後、カエデだが、スピードがぶっちぎりでトップだった。唯一の600メートル20秒切りである。攻撃力も防御力もズバ抜けてはいないが、このスピードなら敵を撹乱できるかもしれない。そして、カエデの『固有魔法(ファンデル・ワールス)』は使い方が難しいが、敵との距離を一方的に詰めることができると考えれば優秀だ。補助的な役回りになるな。


「――つまり、お前ら5人の戦術はこうだ。まずキナコとゆかりが前に出て、敵の攻撃を受ける。そうして敵を足止めしたところで、カエデが風を起こして敵を引き寄せて、ハルカとスイレンでフィニッシュ。これが今のところ最善かな」

「ねえ、そんなまどろっこしいことしなくても、私が一発で沈めてやるわよ!」

「あのなハルカ、俺はそういう脳筋発想が嫌いだ。というより、こっちのダメージを最小限にするための役割分担がしたいんだよ」


 俺の考えた戦術に異議を唱えるハルカに反論しつつ、俺は自分の一番の考えを示すための論を展開する。顎を引き、口元を引き締め、5人の方に真剣な眼差しをもって臨む。


「みんな聞いてくれ。俺からの一番大事なお願いだ。戦いの場に自分一人しかいない時を除いて――絶対に一人で戦おうとするな。『自分が倒す』とか『自分だけが傷つけばいい』とか考えて、一人で突っ込むな。お前らは5人だ。ラッキーなんだぞ、普通アトマが契約できるのは一人だけ、つまり一人で戦わなきゃいけないところを5人で戦えるんだ。だから、みんな他のヤツの顔を見ろ。そして信じろ。俺とレンタも直接は戦えないがアドバイスしたり応援したりはできる、お前らの力になれる。いいか、絶対に一人で突っ込むなよ。なぜなら――誰にも死んで欲しくないからだ。26年前、『ミリス』達と『サタンガルド』は戦い、多くの少女達とアトマ達が死んだらしい。……だが、俺は死なせない。この場の誰も。死んで欲しくない。奴らを倒し、全員で元の平和な生活に戻るんだ。だから、別に俺の戦術を律儀に守らなくていい、だけどこれだけは……守ってくれ、頼む」


 自分の思いが伝わって欲しいと、こんなに願ったことは一度も無い。ハルカは元より、出会って1週間と経ってない他の面々でさえ、これ程濃密な時間を過ごしてきたのだ。誰も失いたくない。戦いに敗れた末という不幸な死に方をしないで欲しい。もう、あんな思いはしたくない。()()を失うようなことは……


「ちょっとちょっと、なーに不安そうな顔してるのよ」

「え……?」

「流星は私達のことを考えているんでしょ?その真剣そうな顔見たら分かるわよ。だから、私達に伝わってるかとか、余計なこと考えるんじゃないわよ」


 ハルカも含めて5人、いや肩のレンタも含めて6人、俺のことを真っ直ぐ見ている。俺はといえば、目が泳ぎ、唇が震えている。きっと、こいつらの理解力が不安とかではなく、俺の目を見て、俺に耳を傾けてくれるかどうかが不安だったのだ。俺はこいつらのことを、マトモに見ていなかったと言うのに。


 俺は自分の自信が揺らいでいたのだと思う。俺は物事を失敗して、残念だったね、はい次という人間では無い。反省する。反省するとともに後悔もする。そして、失敗の実績が心のしこりとして残り、自信の構築の妨げとなり、積み上げた自信を瓦解させる。


 今日の失敗。少し考えればバカとしか思えない俺の行動。今週月曜日からの5日間で精神がすり減っていたからと言い訳するのは簡単だが、それでもお粗末で、迂闊すぎる。調子に乗って、いろんな器具を壊して、5人を幻滅させて――失ったものは大きい。


 俯いて、右の掌を見る。昔から両手の右と左の横線がくっついていてマトモじゃない手相だとは思っていたが――震えている。小さくて、ちっぽけで、大層な自信なんか持てなさそうで、誰もとってくれなさそうな手――


 に、ハルカの左の手がふわりと乗る。『ミリス』の装いの穴あき手袋が、その鮮烈な紅を灯して。


「大丈夫よ、流星。この私と――みんながいるんだから!」


 自信が天元突破な声の音源を見ると、今までになく柔らかい笑顔をするハルカ。それを見て、この俺のちっぽけな手にも、少し自信が積み上がった気がした。


  ――俺は、出来ることをやると誓ったはずだ。そして、どんなに自信が失われようとも――誰かの背中を押してやることはできる、と。背中を押すのに、その背中を信じない道理は無い。


 俺も真っ直ぐ目の前の5人を見る。5人が、微笑んだ気がした。


「死んで欲しくないって言うんだったら、アンタも私達が死なないように頑張りなさい!」


 ハルカが、右手を拳にして突き出す。


「なんだかんだ、私達のこと大切に思ってくださっているんですね。ありがとうございます」


 カエデが、右手を拳にして突き出す。


「うん、キナもみんなとおしゃべりしたり、笑顔になったりしたいからぁ、みんなで戦おぉ!」


 キナコが、右手を拳にして突き出す。


「剣の道は、戦いの道は、決して一人で歩くものではない、ということだな。承知した、ともに歩こう」


 スイレンが、右手を拳にして突き出す。


「オレも、もう一人のオレも、オマエら全員が大事だって思ってる。2人分、共に戦ってやるぜ!」


 ゆかりが、右手を拳にして突き出す。


「ありがとう、突然現れて君達を戦いに巻き込んだボクを責めないでくれて。ボクも、全身全霊をかけて、君達をサポートするよ」


 レンタが、左手を拳にして突き出す。


 ――俺は、一人じゃ大したことは出来ない。でも、こんなに俺の言葉を信じてくれて、ともに歩んでくれる存在がいる。だから……


 その手を、そちらから伸ばしてくれるのなら。


「一緒に行こう、どこまでも」


 俺は、左手を拳にして突き出す。拳が合わさり、気持ちが合わさる。お互いを信じ合い、お互いを助け合う。その決意が、今、ここで示された。


 ――ああ、最後に一番大事なものが測れたな。心の強さ、全員満点だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「じゃ、そろそろ帰りましょ!」

「そうだなハルカ、もう11時半だ。……帰りは、『ミリス』の変身解除して、歩いて帰ろうか」

「リュウ先輩って、反省をする男なんですね」

「俺がいつ反省しなかった!?俺のイメージってそんなもんか!?」


 イマイチ、カエデの意見がよく分からないが、とにかくみんなは『帰りは歩き』で了承しているようだ。では、こいつらの変身を解除して……


「――あっ」

「どうしたリス、何か気になったことでもあるのか?」

「……いやあ……別にい……」


 レンタが何やら汗をダラダラと出している。すごく怪しいな。


「おい話せ」

「……ええ〜、きっと流星、怒ると思うよ、嘆くと思うよ」

「怒らない努力はする、だから教えろ」


 こいつ、俺に何かしたのか?ますます聞かなければ。幸い、レンタと1週間は暮らしたおかげで、俺の懐はいくらか広k


「あの、『サタンガルド』の奴らの反応が……」

「ふざけるなああああああああ!!!」


 俺は、理不尽に対して激怒した。

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