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魔法少女のプロデューサー  作者: 立花KEN太郎
第1章 結成の前奏曲 Prelude of formation
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第12話 『Two in one, one in two』

 助けを乞い、伸ばした手には何も無い。求めていたものは届かない。そのまま、地面のない深い闇に呑まれていく。


 ハルカは、俺を幸運だと言った。冗談じゃない、不運そのものだ。すぐ来なかったハルカを責めるつもりじゃないが、俺がユカリと二人きりになったタイミングで『オルタナ界』に転送されるとか、不運にも程があるだろ。


 どうしてこうなった?俺が何をした?


 ――どうして、俺は「普通」じゃないんだ?


「――流星、しっかりしろ!」

「――り、流星くん!起きて……!」


「…………あ?」


 俺は、気絶していたのか……?どうしてだ、前に『強制召喚(ラボ・アージ)』を食らったときには、つつがなく転移前後で記憶がはっきりしていたのに……


「流星、君の心の乱れを感じるよ。奥底にある乱れがね。この5日間で、君は精神を大分消耗していたようだ」

「それで……気絶したのか?」

「それもあるけど、止めとしてハルカが間に合わなかったことが君にとってショックとなり、消耗した精神を大きく乱したんだ。『鏡界転移(ガリ・レイヤー)』など、フォロウ界とオルタナ界を往来する時は、上下の感覚の喪失などから精神を乱しやすい」

「そうか……ありがとう、お前ら」

「ううん……私は……流星、くんに……しがみついていたら……流星くんが、立った、まま、目を閉じていて……そこの、妖精さん……?が、必死に起こそうと、してたから……手伝っただけ……」

「ユカリも、頑張って俺を起こしてくれたじゃないか、そんなこと言うなって」

「う、うん……」


 転移は、これで5回目だと言うのに、初体験の人に助けてもらって、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 ……ああ、そうか、そう言うことか。さっき、どうしてこうなったのかと自問したが、ようやく分かった。


「それじゃ、自己紹介。ボクの名前はレンタ。モルクからやってきたアトマの一人だ」

「レンタ、くんね……よろし、く……ところで、ここが、どこか……分かる?」

「ここはオルタナ界、君達の暮らすフォロウ界とは別の世界、生物が存在しない世界だ。そして、何故こんなところに来たのかだけど……ボクらの敵、『サタンガルド』がいる」

「じ、じゃあ……どこか、に……隠れ、ましょう……」


 すごい。ユカリにとっては非日常の出来事の連続で混乱しているはずなのに、冷静で的確な対応だ。


「ああ、正しい選択だな。だが、奴らはこのリスを感知する道具を持っている。隠れる、と言うよりは、逃げ続ける、が正しいな。その上で、部屋を崩して生き埋めにするなりして、『サタンガルド』の奴を倒す。そうすれば、妨害結界が消えて、レンタの魔法で元の世界に帰れると言う寸法だ」

「……とり、あえず……周りを、警戒、しましょう……」


 そうして、やはりユカリは冷静に、周囲に気を配り始める。……正確には、俺を心配させまいと気丈に振る舞い、心に波風立たないようにしているが、わずかばかりに動揺が表層化している。それでも、頑張って考えられる限りの最適な行動を取ろうとしているのだ。


 ああ、本当にユカリは頭が良くて――優しいな。


「警戒するだけじゃない、こちらも少しづつ移動しよう。止まったままだと、すぐに敵に追いつかれやすい。あと、行きたいところがある」

「ど、どこ……?」

「家庭科室だ。さっき思いついた、奴らを生身で倒す方法を。油をあいつらにぶっかけて、マッチに火をつけて燃やせばいいんだ」

「…………」


 俺達は、1階にある家庭科室へと降りていく。踊り場からはすぐだったので、敵に遭遇することもなく家庭科室へと辿り着いた。冷蔵庫を開けると、サラダ油が一本だけおいてあった。……これで十分な火力になるのか?


 ――ふと、今まで口をつぐんでいたユカリが、今までで一番自信なさげに俺に尋ねてきた。


「……その……私、が……『ミリス』になって……敵を、倒すんじゃ、ダメかな……勿論、怖い、けど……私が……頼り、ないのかな……」

「…………」


 心が抉られる音が聞こえる。今まで俺が、ユカリが『ミリス』になる選択を全く考慮に入れていない会話をしてきたのだから、そう考えるのは当然だ。しかし……その理由を伝えるのは、あまりにも辛い。


「あのな、今こうして色々やっているのは、お前が『ミリス』になれなかった時に備えてのことなんだ」

「……なれ、なかった……時……?」


 ユカリが、表情にショックを露わにしている。


「……その、やっぱり、私、が……」


 自分の心構えのせいで、その選択肢がとれないんじゃないかと。非を他人のせいにしないある種の自己犠牲の考え方だ。――でも、その優しさがかえってさらに俺の心を抉る。不必要な罪悪感を、ユカリに背負わせてしまっていると。


 だから俺は声高に叫びたい。悪いのは、()だと。


「最後まで聞け。『ミリス』の契約をするには、俺とユカリ、二人の心を通じ合わせて、拳同士を触れ合わせるんだ。俺は今まで、カエデとか、キナコとか、スイレンとか、みんな覚悟を決めてから、俺は『ミリス』契約をした。『意思』が無いと、ダメなんだ。……でも、今回は違う。ユカリがもし、覚悟を決めたとしても、失敗するかもしれない。それは、お前のせいじゃなく……俺の、せいなんだ」

「…………え?」

「俺は、ユカリに初めて会った時、すごく優秀だし、優しいヤツだと思ったんだよ。お前がドMの変態だと知った今でも、そう思ってる。だから……お前に死んで欲しくないと、思った。戦って欲しくないと……思った。それで、どれだけお前に託したいと思っても……心の奥底で、拒否しちまうんじゃないかなってな。おかしいよな、キナコの時もそう思いながら、結局は成功したのに、今は全然自信がねえ」


 俺は、ユカリの方を見ていられなくなって、俯いて目を背ける。――両眼から、何やら熱いものが流れ出してくる。


「流星、くん……泣いてるの?」

「…………あ、あれ、ははは、やべえな俺、とうとう参っちまったか……」


 本当に、申し訳ないと思った。何が「大人しい子が良い」だ。俺が大人しい子が好みなら、そんなヤツを戦場へ送り出したい、など思わない筈だ。それを、自分のストレス軽減のためと言う馬鹿馬鹿しい理由のために、仲間に加えようとする。完全に、さっきまでの俺は自己中心的だった。いくらでも拒否するチャンスはあったのに、嫌われたくなくて承諾してしまった。


 ――何が不運だ。ツケが回って来ただけじゃねえか。お前は馬鹿だ、勘違い野郎。


「流星、落ち着いた方が良いよ、『強制召喚(ラボ・アージ)』の影響が残ってる。……これは!『サタンガルド』が来る、すぐ近くだ!」

「……はっ、何!?ユカリ、とりあえずしゃがむぞ!」

「……!!う、うん……!」


 俺達は、家庭科室にある調理台を兼ねた大机の脇に隠れてしゃがむ。その直後、家庭科室の窓ガラスが一斉に割れた。結構な広さなのに、どうやって一撃で割ったんだ!?


 見ると、巨大な蛇の尻尾が、窓の側の洗面場にのしかかっている。それがもぞもぞと奥に引っ込んでいくと、割れた窓ガラスから大蛇の頭がぬっと出て来た。ぞろりとその全身が家庭科室に入り込み――全長が15メートルほどの巨躯であることが確認できた。


「……ひっ……」


 その姿を見たユカリが、思わず戦慄の悲鳴を上げる。すると、キョロキョロしていた大蛇が、俺達の隠れる机の方に目を向けた。


「シハハ、そこか……ようやく見つけたぞ、アトマと『ミリス』の人間……このレプタイル様が、貴様を殺しに来たぜ、シルゲン」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ユカリの顔が、恐怖に満ちている。蛇が恐怖で動けなくなった獲物を狩るかのように、レプタイルは悪意に満ちた愉悦に浸りながら首を俺達の方にゆっくりと動かしていった。そして、机を回り込み、横から俺達の姿を捕捉した。


「……あ、あ……」

「良い表情だ、食っちまいたくなるほどにな、シルゲン!」


 そう言って、奴は俺達を胃の中に入れるために大きく口を開けた。――だが、俺はこの時を待っていた!俺はユカリを引っ張って逃げようとしながら、いざと言うときのために拝借しておいた包丁を、迫り来る大きい肉筒の中に投げ入れた。運良く包丁は大蛇の喉に突き刺さり、奴は口から鮮血を垂らしながら苦しみ悶えた。


「うぐぁぐぐ……!お、おのれえぇ…………」

「よし今だ!」


 レプタイルが怯んだ隙に、俺はユカリの手を引っ張り、家庭科室の外へと飛び出した。奴は喉の包丁を吐き出すと、すぐに俺達の後を追う。しかし、俺はただ逃げているだけではない。今こそ、変則的だが作戦を実行に移す時だ。


「ぐぞ、待ちやが……れ!!?」


 家庭科室を飛び出した蛇野郎が、盛大に廊下を横に滑り、壁に激突する。――俺は、逃げながらさっき手に入れたサラダ油を床に撒いていたのだ。奴は蛇だから、手で壁に掴まることもできない。このまま、ここで立ち往生してもらおう。立ってないけど。マッチを見つけられなかったことを恨めしく思う。


 「ぐぐぐ――してやったりなどと思うなよ、シルゲン!『器官変化(デナチュレ)』!」


 そう不敵に笑みを浮かべたレプタイルが叫ぶと、奴の体が縮んでいき、代わりに精悍な四肢が現れる。その姿は、屈強なトカゲのような形をしていた。


「ま、マズイ、逃げろおおおおおおおお!」


 俺は再度床に油を撒き散らしながら、ユカリを連れて逃走する。しかし、奴は油漬けになっている足の代わりに、手を壁にくっつけて追いかけて来た。


「マ、マジかよ!?」

「シハハ、逃げられると思ったのか!」


 俺はサラダ油の容器を投げ捨て、外に続く扉へと一直線に走る。奴は天井へと移り追いかけてくるが、気味の悪いホラー映画のようだ。


 外に続く扉は開いていて、俺とユカリは外に出た後、片方ずつ扉を閉めた。間一髪で間に合い、閉めた直後に扉が鈍い音と共に勢いよく盛り上がった。奴が頭でもぶつけたな。……しかし、奴がまたあの大蛇の姿になれば、あんな扉など突破される。今は、出来る限り逃げなければならない。


 校庭に出た。俺は、今の状況にどうしようもないほど絶望する。あんな奴、どうやって倒すんだ?一昨日のサイ頭のように、移動速度が遅ければやりようもあるのだが、あのトカゲ野郎の動きは俊敏だ。反撃の隙が無い。どうする、どうする……


 どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする……


「……ユカリ、どうすれば良いんだ……」


 思わず、ユカリに答えを求めてしまう。それではダメだ、俺が何とかしないと……


「……冷静に、なって……色々、考えてみて……やっぱり、1番良い方法、は……これしか無い……と思う」


 俺は、その返答に一瞬、醜い安堵の表情を浮かべた。


「私、が……『ミリス』になって、あの怪物、を……倒す」


 ……が、出した答えは先刻俺が否定したものだった。


「ダメ、だって……俺の……俺が……情けない、せいで……」

「流星……」


 レンタもが、俺の痛々しい自虐に同情している。俺は、自分では何もできないくせに、いつも一緒にいる女の子に助けを求めるくせに、戦って欲しいとか、戦って欲しくないとか、そんなワガママを心の中で思っていたのだ。女子が少しばかり変なだけで、勝手に吐き気を催している。馬鹿か。


「俺に、みんなを『ミリス』として戦わせる資格があるのか……?」


 俺は、ユカリに問いかけたように、自分自身にも問いかける。そんなの、答えがわかり切っているじゃないか。


「……あるよ。断言する」


 ――ユカリに、しどろもどろではなく、はっきりと、肯定された。


「な…………?」

「流星くん、は……自分が、情けない、と言っているけど……そんなことない。だって……必死に、考えてくれているんだもん。それは、きっと……私に対して、だけじゃ、ないでしょ?ハルカさん、カエデちゃん、キナコさん、スイレンさん……みんなのことも。だから……ここ、まで……悩んでる」

「ユ、ユカリ……お、俺は……」

「立派、だと思う。私のこと、大切に……思って、くれてる。でも……私、に……頼ってくれた」

「あ……」

「……私、分かった。流星、くんは、失敗、するのが……怖いだけ……」

「……『怖い』……?」


 そうか、『怖い』……からか。でも、『怖い』から、こんなに苦しい……


「世の中、には……周りに頼って、何も、しない人、と……自分だけ、で、頑張ろうと、して……他人に、頼れない、人がいるの……でも、流星くんは……どちらでも無い。自分で、何とかしてみて、どうしようも無くなったら……他の人に、頼れる人。だから、今……『私』に頼ってる」

「俺に、そんな資格は……」

「『私』が、あげる。『私』が、認める。資格、を……あげる。それで……『私』を、頼って。そしたら、この『野口紫』が、流星くんの『痛み』を、肩代わり……してあげる。だって……」

「ユカリ……」


「――『野口紫』は、『痛み』が大好きだから……!」

「……何だよそれ。ふふふ」


 よく分からないフォローに、俺の口元に笑みがこぼれる。少し、元気が出てきた。


 俺は、弱い男だ。一人で怪物を倒したり、世界を救ったり、なんてそんな大それたことは出来ない。でも……前を向いて頑張ろうとするヤツの背中を押してやることぐらいは出来る。みんなもそれくらいは認めてくれる。


 だから、これからも応援し続けよう。支え続けよう。やる気のパワーにみなぎるヤツらを。俺も、前を向いて。


 虚構の『怖れ』が、吹き飛んだ。俺は『起動器(デモクリト)』を左腕に出して、カッコよく左手を前に突き出した。


「よし、頼むユカリ!俺の肉の盾になってくれ!」

「くっ……ふう!……分かった、よ……喜んで!」


 俺のゲスな願いに恍惚として応えたユカリは、右手を突き出して俺の左手に合わせる。『起動器(デモクリト)』の最後の玉から光が溢れ出し、それが薄紫の色彩に収束してその玉に収まった。


「……えっ、と……これは……?」

「成功だ!いやー、悩んでいたのがバカみたいだぜ!」

「本当だよ流星、お前のせいで大変だったじゃないか!」

「悪いな、心配させちまってよ」


 俺達が和やかなムードに包まれていると、校庭からの道から地鳴りのような音が。奴が来たようだが、時間がかかったと言うことは、あそこでしばらく伸びていたのだろうか。俺は、サッと二十年杉の裏に隠れ、ユカリは仁王立ちして待ち構える。


 レプタイルは大蛇の姿で現れ、鎌首をもたげてユカリを上から見下している。


「ようやく観念したか、シルゲン。貴様を食って、あの男も腹の足しにしてやる!」

「……させない!」


 ユカリの啖呵に応える形で、俺は『起動器(デモクリト)』の紫色の玉に祈りを込めて触れる。すると、紫の光がユカリの体を包み込み、『変身』を始める。


そして、光が弾けると――ヒラヒラのスカートとフリル、長く細いブーツと手袋、そして胸には恐らく『精石(ハパール)』と、それを飾る蝶形のリボン、それらが白に薄紫を乗せた色で彩られており、髪型は二つの髪留めが取れてストレートのロングに、そして恐らく左前頭部に紫の花。


 ――紫色の、『ミリス』の誕生だ。


 「何、紫だと!?こんな色の『ミリス』は、前のヤツらからは聞いてないぞ、シルゲン!」


 蛇野郎が激しく動揺している。よし、これを機に攻め立てていけ、内気がちな感情を振り絞っt














「……フッ、やっと出られたぜ」


 ……………………んん?


「ついに、オレの出番が回ってきたぜ!――おいトカゲヤロー、随分とオレや流星を舐めてくれたじゃねえかよオーッ、今度はテメーが這いつくばって、泥を舐めながらオレに許しを乞う番だ、覚悟しろオ!!!」


 ドチラサマデスカ?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「何だと貴様!強気な女じゃねえか、その口を永遠に閉じてやる、シルゲン!」

「ヘッ、出来るモンならやってみろオ!逆にテメーの口が、テメーのクソみてーな尻尾で締められて塞がれるかもしれねえぜエ!!」


 えっ何これわからんわからん。ちょっと待って、なんか不良漫画みたいな掛け合いが繰り広げられているんだけど。こんな展開、予想出来る方が頭おかしいって。レンタも、ポカンとしてるし。


「おいちょっと、ストップストッープ!ちょっと戻ってこい、ユカリ!……ユカリ?」


 俺はたまらず飛び出して、ユカリっぽい誰かを連れ戻した。待ってくれている蛇男は意外と律儀なのかもしれない。


 正面からその少女の姿を見ると、服装は他と同じような『ミリス』の服装で、顔は紛れもなくユカリの顔である。しかし、内面至上主義な俺は、どうしてもこの変貌具合に納得する事は出来ない。


「あア!?どうした流星、テメーがオレに命預けたんじゃねーのかよ!!?」

「いや、その前にどうしても聞きたいことがあるんだ。……お前は誰だ!?」

「何言ってンだ、オレの名前は野口紫、ちゃんと言っただろ!」

「えっとね、俺の知ってる野口紫は、もっと内向的で、大人しくって……少なくともオラオラ系暴走族少女では無かったはず」

「そいつは、『もう一人のオレ』だな。いわゆる『二重人格』ってヤツだけどよオーッ、『ユカリ』が出ている時も、このオレ、『ゆかり』には声は届いているし、状況はちゃーんと把握してるぜ!」

「……いや、そう言うことじゃなくってさ……」

「ゴチャゴチャ言ってねーで、黙ってオレに任せろ!」

「スミマセン」


 俺を無理やり納得させたゆかりは、再度、律儀な蛇男の元へと向かった。


 ――に、二重人格か。漫画やアニメで見た事はあるが、直接見るのは初めてだな。もうなんか、そっちの方ばかり気になって、あの蛇のことなんかどうでも良くなってきた。


「待たせたなア、ちゃんと念仏は唱えてきたかア?」

「『念仏』なんて知らねエな、シルゲン!」


 律儀に待っていたレプタイルをゆかりが挑発すると、奴はそれに返答して、口を開けてゆかりに襲いかかる!……が、ゆかりは右に移動してかわし、奴の顔面に右フックを叩き込んだ!奴はそのままの勢いで、ゆかりの左に広がる校庭へと放り出された。


「ヘッ、ケンカってのはよオーッ、面ア相手に出しちまったら降参したも同然だぜ!」


 俺には何のことやらさっぱりだが、事態を飲み込めば、ゆかりが頼もしくて良い、と思うことができる。うん、そう思おう。


 ――吹っ飛ばされたレプタイルが、顔を苦悶に歪めながらゆかりを睨みつける。さすがに今ので決まるほど甘くはないか。


「オラア、もっと来いよ、まだまだ手応えが全然ねーんだよ!」

「……なめるな、シルゲン!『器官変化(デナチュレ)』!」


 蛇の姿から、二足歩行のトカゲの姿になるレプタイル。姿が変わるのは普通は驚くべきことだが、今し方中身が変わったヤツがいるからなあ……


「行くぞッ、シルゲン!」

「来いッ!!」


 襲いかかるトカゲ男に対して、ゆかりはただ防御の姿勢をとり、奴の息をもつかせぬ連続攻撃にじっと耐えている。マズイ、これではジリ貧だ!


 ……と思っていたら、またもやトカゲ野郎が吹っ飛ぶ。ゆかりが拳を突き出しているから、連続攻撃の隙をついてカウンターを食らわせたのだろう。――しかし、最初に飛びかかってきた時が隙が一番ありそうだったのに、何で最初にしなかったのだろう?


 その答えが、ゆかりの口から発せられる。


「ヘッ、中々やるじゃねーか、でもよオーッ、まだまだ攻撃がしょっぱいぜ。もっとこのオレに!テメーの全力を込めて!肌を削り骨がひび割れるような、ひりつく攻撃をして来いよオオオオオオオオ!!……はぁはぁ……」


 お前もか。『ユカリ』も『ゆかり』もか。何で性癖が共通なんだよ。


 攻撃を受けたかったから、じっと耐えた。完全無欠の変態だよ!!


 吹っ飛ばされたレプタイルが立ち上がる。こいつも中々タフだな。すると、意外にもゆかりの方から俺に尋ねてきた。


「なあ流星、カエデから『固有魔法(ファンデル・ワールス)』っつー魔法が使えるって聞いたんだけどよオーッ、どうすりゃ使えるようになるんだ?」

「……あっ、胸にクリスタルがあるだろ、それに手を当てれば、何が使えるか、どうやって使うかが分かるらしい!」

「サンキュー、分かったぜ!……フン、オレにピッタリの能力じゃねーか!」


 ゆかりが胸の『精石(ハパール)』に手を当てると、何やら嬉しそうに頷いた。どんな『固有魔法(ファンデル・ワールス)』だろうか?


 トカゲ男が、迫ってくる。――しかし、ゆかりは手を伸ばしたりだとか、『固有魔法(ファンデル・ワールス)』の予備動作を全然しない。何だろう、相手の攻撃をトリガーに発動する、カウンター魔法のようなものだろうか?それなら、奴がゆかりに攻撃した瞬間にそれがお披露目されることになる。


 レプタイルがゆかりまで距離を詰め、そのまま攻撃して来るかと思いきや……


「シハハ、『器官変化(デナチュレ)』!!」

「なっ!?……ぐあっ!!」


 大蛇に変化し、長い尻尾でゆかりの全身を締め上げた!ゆかりは身動きが取れなくなり、強い締め付けによって苦しむ表情を見せている。くそ、ゆかりの『固有魔法(ファンデル・ワールス)』を発動する前に勝負を決めにくるとは!


「シハハ、俺様の締め付けはたとえ『ミリス』の力でも振り解けねえ、このまま身体中の骨を折って、貴様の泣き叫ぶ姿を楽しんでやるぜ、シルゲン!」

「……うっ……ぐ……」


 ちくしょう、何か、何かあるよなゆかり!?『ユカリ』は俺を頼ってくれと言ったけど、お前は任せろって言ったよな!このまま黙ってやられるわけないよな!?


「り、流星!」

「――ど、どうしたゆかり!?」

「……くっ、この締め付け……全身に満遍なく苦痛が行き渡るようだぜ……しかも、この蛇野郎はオレの苦しむ姿を見て、欲情するような目で楽しんでやがる……ふへへ……だがな……オレがこの程度で満足すると思うなよ……さあ!遠慮なくオレの骨をバラバラにしてみろオ!!」

「コイツ何言ってるんだ、シルゲン!?」


 ダメだこの女!どっちの人格も、同じベクトルで救いようがない!


「くそ、貴様、このレプタイル様の全力の締め付けを……なぜ砕けない、シルゲン!!?」

「……何だア、こんなモンで終いかア?じゃあもうお楽しみはここまでだな、オレがただテメーに締め付けられて楽しんでるだけだと思うか?」

「……何だと、貴様に何が……ぐっ!?なんだ、身体が熱い……」

「オレは、既に『固有魔法(ファンデル・ワールス)』を発動している。『応報の棘(ペリシュ・ポイズン)』。」


 蛇野郎の、ゆかりを締め付けている部分から煙が出ているような音がする。それは、アルミを塩酸に入れたときに溶ける音のような……


「な……何をした、シルゲン!?身体が……溶けている……ッ!?」

「グズグズになっちまったテメーの身体なんざ、小坊でもぶっ壊せるぜ!」


 ゆかりを締め付けていた蛇のとぐろが、内側から吹き飛び、肉塊と泥血を撒き散らす。蛇男が血反吐を吐きながら絶叫し、ゆかりは返り血まみれになって飛び出し、敵の方に向き直る。――俺には、何が起こっているのか良く分からないが、とにかくゆかりが敵の優勢を打破したことだけは分かる。このまま行け!


「うぐああああああああ!!?!」

「言っただろ、テメーが許しを乞う番だってな。オラア!」

「シグッ!!?」


 ゆかりが跳躍し、苦悶に揺れるレプタイルの頭を上から叩き落とし、地面に墜落した奴の頭を足で押さえつける。奴は苦痛とともに絶望の色を見せる。捕食者の絶対的余裕が、毒を吐く少女の前に崩れ去る。


「うぐぐ……た、助けて……」

「……ダメだね。テメー、オレ達を食うとか何とか言ってたなア。流星は、オレに盾になってくれっつったんだよ。だから、流星を狙ったテメーは許さねエ」


 そう言って、ゆかりは奴の頭を押さえていた右足をどかし、その足で奴の頭を上空に蹴り上げ、両手に力を込めて待ち構える。そして、重力に引かれて落ちてきて……


「終わりだア!『百撃の蝕(ポリ・ポイズン)』!」

「ぎぃああああああああ!!!」


 目の前の蛇野郎の顔に連続して拳を繰り出すゆかり。一撃、また一撃と衝突するたび、蛇男の顔が溶けて原型を留めなくなっていく。そして、最後の一撃を与えると、奴の頭はゼリーのように完全に砕け散った。めちゃくちゃグロいが、ゆかりの勝利だ。


「結界が砕けた!ゆかりの勝利だ!」

「……おい、大丈夫か、ゆかり……」


 俺はレンタの報告によって戦いの終わりを確信し、ゆかりの元へと駆け寄るが――ゆかりは、背中を向けたまま、右腕を横に伸ばし、掌をこちらに向けて制止する。そして――手を丸めて親指を上に突き出した。何だそれ、カッコよすぎかよ。


 あれ、でも、なんか忘れてるような……


 ――奴の体が爆発し、ゆかりがモロに食らってこちらへと吹き飛ぶ。俺は飛んでくるゆかりを何とか受け止めた。様子を見たが、致命傷のような傷はなさそうだ。


「おい、大丈夫か!?すまん、爆発すること伝え忘れた!」

「良いってことよ……それよりヤベエぜ、最後の最後で、熱い衝撃がオレの身体に……はぁはぁ……」

「お前の方がヤバイ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 時計を見ると、昼休み終了5分前。あれだけ沢山のことが起きたのに、それほど時間が経過していないことに驚きつつ、ゆかりを壁にもたれかかせて少し休ませながら、話をすることに決めた。


「落ち着いたか?――その、どうやってあの怪物を倒したんだ?『固有魔法(ファンデル・ワールス)』が既に発動しているって、どういうことだ?」

「……オレの『固有魔法(ファンデル・ワールス)』は、『毒』を作る能力だ。あのニョロニョロ野郎の肉を溶かす毒を作ったんだ。オレ自身はその毒が効かねーみたいだけどよオーッ、作れる毒の量は決まってあるものに比例している」

「毒か、なかなか使い勝手が良さそうだな。それで、何に比例してるんだ?」

「オレが攻撃を受けた分だ」

「使い勝手悪すぎるだろ!攻撃受けて、間違って致命傷になったらアウトだろ!」

「あア!?オレの『ミリス』の身体は頑丈だ、さっきの爆発を食らってもピンピンしてたしよオ、それに……攻撃を受けて……毒も作れて……一石二鳥じゃねーか……はぁはぁ……」

「ごめん、一羽目が良く分からない」


 二人の『野口紫』、内気な人格と強気な人格。でも、どちらも芯が強いし、どちらもドMの変態だ。割と似通ったところがある。


 ――ここで、俺はユカリが『変身』する前の出来事を思い出し、何だかすごい決まりの悪さを感じてきた。


「……あのさ……俺さ、『ユカリ』に励まされたんだよね……そしたらさ……『ユカリ』が勇気を出して、戦ってくれると思ったんだよ……それがさ……何でお前が出てくるんだよ!!?」

「ンだと、オレが好きこのんで『ユカリ』の邪魔をしたと思ってンのか!?オレと『ユカリ』は自由に人格がスイッチできるわけじゃねエ、ふとした弾みでオレが出ちまうんだよ!今回は、それが……」

「「『ミリス』への変身……」」


 俺とレンタが同時に結論を述べる。俺は『二重人格』のことは良く知らないが、すごく面倒な事態になっているのは分かる。


「……それでよオ、『ユカリ』が出てきたら……代わりに、謝っといてくれねーか?オレがでしゃばってすまねー、ってな。あいつと会話すること、出来ねーし……」


 勝手に見せ場をとってしまったゆかりが、今度は俺に謝罪の言葉を託す。『ゆかり』の言葉を信じれば、どうしようもないハプニングだったらしいし、ゆかりを責める気にはなれない。俺は、快く承諾することにした。


「分かった。……それはそうと、どうやったら『ユカリ』に戻るんだ?」

「さっきと逆のこと……解除してみれば、元に戻るんじゃないかな?」


 レンタの提案で、俺はゆかりの『ミリス』の変身を解除してみる。すると、変身前の姿に戻り、少女は今の状況を把握しようとしているかのようにキョロキョロしている。そして、目の前にいる俺とレンタに、説明を求めてきた。


「……え、っと……あれ?あの……蛇、は……?私……『ミリス』、に、なって……流星くん……何、が……」

「『ユカリ』だな。お前、戦っていたこと、覚えていないのか?」

「……え、私……あっ、そうか、もう一人の私が……。私はね、時々、記憶がなくて……その時、他の人は……私が、別人の、ような……言動をしていた、って……」


 『ユカリ』は、『ゆかり』の存在を知っているようだ。彼女は、その『二重人格』によってどれだけ苦労してきたのだろうか、俺には分からない。分からないことばかりだが、やるべきことが、頼まれたことが一つだけある。


「そうか。もう一人のお前がな、言ってたよ。お前が折角戦う覚悟を決めてたっていうのに、戦いを横取りして悪かった、ってな」

「……ううん、むしろ、私は……もう一人の、私に、感謝しないと、いけないの……代わりに戦ってくれて、ありがとう、って」

「本当に、『お前』は優しいヤツだな」


 目の前の優しい少女を入れて、ようやく『ミリス』が5人に揃った。どいつもこいつも変なところがあるし、性能も圧倒的に強いとはまだ言えないし、これから大変なことも多々あると思う。でも、5人なら、きっと乗り越えられる。それでもダメなら、レンタがいる。俺がいる。戦いの運命から逃れられないのなら、乗り越えて見せよう。その先に、俺の目指す『普通』が待っているはずだ。今までと、何ら変わりない。俺は、『普通』を掴み取る。


 大丈夫だ、みんながいる。きっと出来る。

 

 空を見上げる。わずかばかりの雲しか見えない快晴だ。


「――それに、しても……」

「ん、どうした?」

「……私、も……攻撃を……受けたかったなあ……」

「……もう一人のお前はな、蛇の締め付け攻撃を食らってたぞ」

「……くっ、うぅ……ああ、想像、しただけで……」


 早くも、雲行きが怪しく感じてきた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 レンタの『鏡界転移(ガリ・レイヤー)』によって、俺達はフォロウ界へと帰ってきた。昇降口へ行くと、4人が待ち構えていた。ここで待っていたら、俺達に会えると踏んだのだろうか、珍しく頭を使ったな。


「流星!」

「お、おう、何だハルカ」


 突然強い口調で呼ばれたもんで、思わず俺はたじろいでしまった。


「……その、間に合わなくて、ごめんなさい。大変だったでしょ?」


 ……ああ、そう言えばそうだった。何だか、今回のあいつの「ごめんなさい」は、すごく信じられるな。


「そうだよ、お前が遅れたせいで、大変な目に遭ったぞ。もっと早く来いよ」

「……なーによ、こういう時は『気にしないで、大丈夫だよ』とか、言うもんでしょ!?全く、本当に情けない男ね」

「ああ、俺は確かに情けない男だ。だから、すっごく悔しいが、俺はお前みたいなどうしようもないヤツに頼るしかない」

「なーんですってー!!?アンタなんか、自分一人では何もできない穀潰しよ!」

「悪口が古いな」


 俺は、ハルカが俺のことを心配してくれて嬉しい、ということをはぐらかすかのように茶化して見せる。俺がハルカに気持ちを伝えるのに、いつもは何の躊躇いもなく言えるのに、今日は少しこっぱずかしく思ってしまう。だから、心の中で、言うよ。


 ありがとう、ハルカ。俺のことを心配してくれて。


「――それで、あっちではどんなことが起きたのですか?」

「……ああ、あの光は、敵が『ミリス』契約をしているものをオルタナ界に飛ばす魔法で……当然『サタンガルド』の連中が襲ってきたんだが……ほれ」


 俺は左腕に『起動器(デモクリト)』を出して、5番目の玉が紫色で塗り潰されている様を見せる。4人はそれに気づくと、目の色を輝かせ、次いでユカリの方に質問を浴びせる。


「やったわねユカリ!ねえねえ、どんな感触だった?」

「敵をどうやって倒したのですか!?私、気になります!」

「ねぇねぇ、どんな魔法使うのぉ?」

「敵と対峙した時の、ユカリ君の心境を聞かせてもらいたい」


 あっ、やべ。


「あっ……あの……ええと……流星、くん……」


 答えられるはずのない質問を浴びせられて困窮の限りになっているユカリが、俺に助けを求めてくる。ここで二重人格のことを話したりしても、聞きたがりの変態が質問の雨を降らせるに違いない。……冷静になって考えてみて、結局答えは一つしか無いな。


「おっと、もうこんな時間だ!さあハルカ行こう、今日の5限は家庭科だ!」

「えっ、ちょっ、痛い痛い、引っ張らないで!」

「……うん、流星くん、の……言う通り……だから……また後でね?」


 この場から逃走兼話を終わらせる口実作りという俺のナイスな作戦に、ユカリはバッチリと乗っかってくれた。…………うん、ごめんな。


 俺に手を引っ張られて喚いているハルカ。ついさっき感謝の気持ちを持っていたヤツを雑に引っ張る俺って一体……

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