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魔法少女のプロデューサー  作者: 立花KEN太郎
第1章 結成の前奏曲 Prelude of formation
11/55

第10話 『Stubborn sword, flexible water』

 天気予報は外れ、雨は傘を差さなくても良いほどになってきた。


 白木二中では、完全下校15分前から学校中に音楽が鳴り始め、生徒に帰宅を促す。その音楽は5分毎に種類が変わり、どんな曲かで後何分か大体分かるのだが……


「……後2分も無くね?スイレンのヤツ、まだ来ないんだけど」

「遅いわね。しっかりしている印象だったけど、意外と時間にルーズなのかしら」


 俺達は正門付近でスイレンを待っていた。二中には正門と裏門の2種類の登下校口があり、スイレンはいつも正門を通っていると俺達に言ったのだが、聞き間違いだったのだろうか……


 すると、何やら棒状の袋を肩にかけて歩く女子の姿が。スイレンだ。あの袋は、竹刀袋かな?……あいつ、もうすぐ完全下校だってのに、急ぐ素振りすら見せないな。というか、そこに居る青木先生、他の生徒は急かすくせに、スイレンに対しては何も言わないな。どうせ、先生もスイレンの顔と胸に見惚れているんじゃないのか?


 スイレンが、正門を通過する。と同時に、予鈴が完全下校時刻を告げる。遅れた男子生徒たちが、青木先生に注意されているのが見える。


「スイスイ、危なかったねぇ」

「私はいつも通り完全下校時刻を守ったまでだ」


 俺達の感想を代弁したキナコに対し、あっけらかんとした態度で答えるスイレン。こいつ、いつも通りって言ったな。いつもこうだから、先生にも何も言われてないんだな。


「あの、先輩、完全下校時刻というのは、その時間ピッタリに下校しなければならないという意味では無いと思いますが……」

「勿論、知っている。私は、ギリギリまで武道場で稽古をして、ちゃんと間に合うように切り上げている。心技体の修練のためには、少しの時間も無駄に出来ないからな」

「そう言ってる割には、さっきノコノコ歩いていたが、あれも時間の無駄だろ」

「父から、平時は平常心で行動しろと言われている。焦って走るような真似はしない」

「何だその理屈は!?」


 やっぱり、こいつは自分ルールが過ぎる。と言うより、今こうして俺達と付き合ってる時間こそが無駄だろ。さっさと家に帰れ。


 しかし……表面的には真面目っぽそうな顔をしているが、少し口元が緩んでいるのがよく見ると分かる。お前も楽しみにしてるのか、あいつらと同類だな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 俺達は後ろに変態ストーカー集団か何かが付いて来ていないことを確認しながら、近くの公園へと移動した。月曜日にも来たが、相変わらず人っ子一人いない公園だ。管理者は、楽で良いだろうな。――そんなことは置いておいて、早速始めるか。


「じゃ、みんな輪になって繋がれよ」

「2日ぶりね、ワクワクするわ!」

「公園の景色はあちらではどのように見えるのか、私、気になります!」

「何だか、ドキドキしてきたぁ!」

「自分だけ、何が起こるか分からないと言うのは、些か不安だな……」


 興奮が3名、緊張が1名の女子達が俺と手を繋ぎ、レンタが俺の頭の上で『鏡界転移(ガリ・レイヤー)』を発動させる。


「それじゃ行くよ、『鏡界転移(ガリ・レイヤー)』!」


 レンタから発せられた光が、俺達5人をも包み込む。俺は、絶対にどこかに行ってしまわないように、ハルカの細い左腕を掴んでいる右手をギュッと握り締める。


 世界が、暗闇に沈み、上も下も分からなくなる。分かるのは、握り締めたハルカの体温のみ。ハルカが、俺のことを握り返して来たが、不安なのか?意外だな。


 再び、世界が輪郭を帯びる。元の世界の輪郭とまるっきり同じだが、やはりその色彩は青みがかった白と黒のみで構成されている。そして、しっかりと地に足がついている感触を確かめることができた。――と、ここでハルカからクレームが入る。


「ちょっとちょっと、強く握りすぎよ、痛いわよバカ!つい握り返してしまったわ!」

「すまんすまん、お前をちゃんと掴んでおかないと、遊園地で親から離れた子供みたいにどっか行ってしまわないかと心配になってな」

「なーんですってー!!!」

「いてててて、ほっぺた引っ張んな!」


 何だ、ハルカはやっぱりハルカじゃないか。カエデとキナコも、目をキラキラと輝かせて、いつものようにはしゃいでいる。いつも通りでないのは、『オルタナ界』に来るのが初めてのスイレンであり、目が泳いで口が開いている。平時は、平常心じゃ無かったのか?


「ここは……き、奇妙な風景だな……本当に別世界に来たらしいな……そ、それと、流星君の頭に乗っている、黄色いリスのような生物は何だ?」

「ボクはリスじゃないぞ!ボクの名前はレンタ、モルクからこの地球を守るために来た」

「ななな、しゃ、喋ったああああああああ!!?」

「そんなに驚かなくても……」


 本当だよ、そんなに驚くなんて、クールぶったお前らしくないじゃないか。……待て待て待て、喋るリスがいたら、誰だって驚くだろ!?俺だって初めて会った時は盛大に驚いたし。むしろ、あんまり驚きもせずに興奮していたあいつらの方がおかしいんだ。くそ、俺とレンタの常識をぶっ壊しやがって。


「そ、そうか、君がキナコ君の言っていた『妖精』か。これからよろしく頼む、レンタ君」

「正確には妖精とかじゃなくて、ボクらは『アトマ』という生物だけどね。よろしくね、スイレン」


 驚いていたものの、心を落ち着かせたスイレンは軽くレンタと会釈した。さて、面倒だし、ちゃっちゃと済ませますか。その後、30分公園のベンチで休みたいしな。


「じゃあ、『ミリス』になるための方法を教える。簡単なことだ、『ミリス』になりたいと心で願って、俺の左手に右手を合わせればいい」

「こ、こうか……?」


 スイレンは戸惑いながらも、俺が差し出した左拳に向かって、右手を拳にして差し出して来た。――ところが、拳が触れ合う直前に、ハルカが横槍を入れて来た。


「待ちなさいよ!スイレンはまだ状況があまり飲み込めていないようだし、ここは私が『ミリス』に変身して、イメージを掴み易くしてあげるわ!」


 確かに、それは一理あるな。……あるのだが。


「では、私も協力します!」

「キナも、なるなるぅー!」


 お前ら、変身したいだけだろ。『ミリス』になると負担が云々という話を聞いてから、俺はあまり不要な『ミリスシステム』の起動は避けたいと思っているのだが、こうもやる気を出されると断れない。しかしここで、ふと疑問が浮かんだ。


 

「なあレンタ、3人同時って、出来るのか?」

「あのね、普通『ミリスシステム』はアトマ一人にヒト一人なんだよ。お前のせいで色々と変わったシステムを、ボクが分かるわけないじゃないか」


 そりゃそうか。2人同時は2日前にやったことがあるが、3人は出来るかどうか分からない。もし出来なかったら、一人仲間外れで可哀想だな。まあ、やってみるしかないか。


「……なあ、流星君、今一体どういう状況なのだ?」

「お前に、今から『ミリス』を――魔法少女を、見せてやるんだよ」


 そうスイレンに告げて、俺は左腕に『起動器(デモクリト)』を顕現させる。いきなり初めて見る装置が現れて、スイレンは驚きの表情を隠せないでいる。そして、俺は『起動器(デモクリト)』に付いている5つの玉のうち、色の付いた3つにそれぞれ右手の人差し指、中指、薬指を触れさせた。


 3色の光が飛び、それぞれ一人ずつを包み込む。やがて光が弾けると、アイドルのような衣装にそれぞれ赤、緑、黄色の色彩を載せた少女達が現れた。3人は、他の『ミリス』達を見ると、はしゃいでいる様子だった。そう言えばキナコの『ミリス』姿を、まだカエデとハルカは見たことが無かったな。


「どうやら、3人同時は成功したみたいだね、流星」

「ああ、おかげさまで俺に負担も何も無さそうだしな。この調子なら、4人同時、5人同時も楽勝で出来そうだ」


 俺とレンタが成功を喜んでいる隣で、スイレンが口をパクパクさせていた。


「り、流星君……こ、これは、一体、どういうことなんだ……?」

「……お前、日曜朝8時30分のアニメ見たことないのか?」

「テレビは、あまり見ない。その時間、小さい頃は自宅で稽古していたし、今は部活の朝練だ。朝見たことのある物と言えば、情報番組ぐらいか」


 ああ、この後の説明を納得させるのが難しくなるな……


「スイレン、変わったのは見た目だけじゃないわ、見てなさい!」

 

 そうハルカが自信満々に行って、上空へ高くジャンプした。スイレンは、もう目が飛び出そうなくらい目を丸くしているし、顎が外れそうなほど口を開けたままにしている。


「ス、スイレン、大丈夫か?いつもは絶対に心を乱さないのが、お前の信条だろ」

「そそそ、その通りだ。私はもう、これ以上驚いたりしない……」


 これから絶対驚くだろ、こいつ。


「じゃあ、次は魔法を見せてあげるわ!」

「おい待てハルカ、俺達が射程から出てからにしろ!」

「ま、魔法!?『ハ○ー・ポッ○ー』とやらに出てくるものか!?」


 ハ○ー・ポッ○ーは流石に知っていたスイレンを連れてハルカから15メートルほど離れると、ハルカは目の前に炎を放った。お前、標的がいない時は、炎が真っ直ぐ飛ぶんじゃねえのか。


 すると、もう驚くのも疲れたらしいスイレンが足をもつれさせたので、俺はとっさにスイレンの硬い腕を掴んで倒れないように支えた。


「……すまない、流星君。私も『ミリス』とやらになったら、あのような炎が出せるのか?」

「いや、あれはハルカの固有の魔法だ。『ミリス』はそれぞれ使える魔法が個人で違って、カエデは風、キナコは電気を出せるんだ。そしてどんな魔法が使えるかは、『ミリス』になってみないと分からない」

「そうか、今日は驚くことばかりだな……」


 素振りを300回しても平気な顔だったスイレンが、心の底から疲れたような顔をしている。いくら戦うのが得意そうだからといって、少女戦士系アニメの世界観についていけないのは正直言って辛い……


「「――あばばばばばばばばばば!!!」」


 俺がスイレンの方を向いていると、後ろから約2名の叫び声が。キナコが『固有魔法(ファンデル・ワールス)』を使ったな。キナコの電気は制御できないんだから、側にいる2人に当たるに決まってる。ここはきちんと言っておかないと、本番で自滅するな、こいつら。


「おい、不用意に『固有魔法(ファンデル・ワールス)』を使うと、味方を傷つけることにもなるんだぞ、分かったか!」

「「ふぁい……」」

「ふぇえ、ご、ごめんなさぁい……うぅぅ……」


 釘を刺しておいたところで、俺はスイレンの方に向き直る。スイレンは未だに戸惑っているようだ。こんなので、両者の十分な理解と合意が必要な『契約』が出来るのだろうか……


「とまあ、俺達はこの力で、悪の組織『サタンガルド』と戦っているんだ。お前にも適性があって、一緒に戦うかどうか選ぶことが出来る。もし嫌なら、断っても構わない」

「……少し、頭の整理をしても良いだろうか?」


 本当に、幾らでも考えてくれて構わないからな。3人の場合は、敵に追われていたりして、仕方のない部分もあったから、存分に考えて、慎重に決断してくれ。ああ、今回はオルタナ界に来て、『サタンガルド』の連中と出くわさなくて良かっt


「――流星、大変だ!『サタンガルド』の構成員が、1人こちらに向かって来ている!」


 フラグを建てて、スミマセン。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 俺はスイレンを連れて咄嗟に、公園によくある山形のドームの中に隠れた。俺達ももう中学生、やはり狭いな。


 すると、民家の屋根の上を飛び跳ねながらこちらに向かっている影が見えた。当然、それはだんだん近づいて来て、ハルカ達3人の前に姿を現した。カマキリが二足歩行したような、目玉をぎょろぎょろさせた怪物で、『サタンガルド』の構成員を示す赤い刃物のバッジが左胸にギラギラと輝いている。


「ミハハ、俺様の名はカマティス、天下の『サタンガルド』の一員だ、ミグリン!さあ、この如何なる物をも切り裂くこの鎌で、オマエら『ミリス』は全員、スライスクルバータだ!


 ……ちょっと待て、何故3人も『ミリス』がいるんだ、ミグリン!?まさか、この狭い範囲に3匹もアトマが……まあ良い、まとめて首をちょん切ってやる、ミグリン!」


 カマティスと名乗るカマキリ男が威勢よく物騒な発言をしたが、『ミリス』が3人も集結しているという異常事態に、めちゃくちゃ動揺している。かなり野蛮で、お喋りで、なぜか自信満々。『サタンガルド』って、そういう奴らの集まりなのか?大体、敵が3人も現れたら、大抵は一時撤退とかするだろ。何でこの場で全員殺すとかいう脳筋発想なんだよ!命は一つしかないんだ、自分の命も他人の命も大切にしろ!


「……何だあの化け物は」


 俺と一緒に隠れているスイレンが、今日何回もやったように目を丸くしている。そりゃ、見たこともない怪物を見たら、驚くのは当然……


「あの跳躍の高さ、見事ではないか!脚が太い、一体どれだけの鍛錬を積めば、あのような機能的な筋肉になるのだろうか!」


 俺は側で鼻息を荒くしている筋肉変態を無視して、ハルカ達とカマキリ男の戦いの様子を伺うことにした。


 すると、3人は一斉にカマティスに向かって突撃した。何やってんだよ、如何なる物をも切り裂く鎌に、接近戦を挑むんじゃない!……あっ、こいつら、接近戦しかまともに出来ないんだっけ……


 一番奴に近かったキナコが奴の懐まで来て、電気を流そうとしたが、その前に奴が左の鎌でキナコを切り裂いた!……ように見えたが、キナコは吹っ飛んで行っただけで、出血とか全くしていなかった。おい、如何なる物をも切り裂くんじゃなかったのか!キナコの防御力が高いだけとも言えるが……


 一番遠かったのに2番目に到着したカエデにも、奴は間髪入れずに反撃をするが、カエデは風のようにゆらりとかわし、そのまま奴の脚にキックを叩き込んだ。カマキリ男は公園の入り口まで吹っ飛んで行ったが、そのせいで遅れて来たハルカが攻撃出来なかった。……いやカエデ、お前が謝る必要とか無いと思うぞ。


 しかし、やはり数の差は確実にこちらに有利に働いている。一応こいつらは『ミリス』としてのスペックは高いし、3人とあのカマキリの両方とも脳筋だから、このまま勝てるんじゃないだろうか。


「ミハハ、やるじゃねえか……ならば俺様、とっておきの技を使ってやるぜ、ミグリン」


 しまった、奴はまだ奥の手を!俺だけでなく3人も警戒していると、奴の鎌が妖しく光り、鎌が振るわれると、その光が斬撃の形で飛んできた!


 結局鎌かよ。


 ……だが、奴はその飛ぶ斬撃を連続で飛ばし続けており、3人は逃げるだけで精一杯になっている。近づこうとすれば斬撃が発射されてから自分に届くまでの距離が短くなり、回避が困難になる。シンプルだが、厄介な戦術だ。


 ーー俺たちのドームに轟音が響き、俺とレンタ、そしてスイレンは思わず頭を抱えてしゃがみ込んだ。こちらに斬撃が当たったのだろうか。見ると、ドームには外が覗き見えるような細い亀裂が走っている。……これは、「如何なる物をも切り裂く」は嘘だな、大見え切りめ。しかし、ここにいては俺達に直撃してしまうかもしれない。かと言って、移動するのも危険が伴う。どうする……


 すると、カマティスが少々息を切らしながら、同じく少々息を切らしている3人に向かって勝ち誇った様子で大声で叫んだ。


「ミハハ、どこまで避けられるかア?オマエらに俺様の斬撃が当たるのも時間の問題だな、オマエらが絶望に満ちた悲鳴を上げながら鮮血を吹き出して死んでいくのを見るのが楽しみだぜエ、ミグリン!」


 何やら快楽殺人者が勝ち誇っているようだが、お前に3人の攻撃が当たるのも時間の問題だと思うぞ。こういうセリフを最近聞きすぎてしまったせいか、奴が三下レベルの小悪党にしか見えなくなってしまう。


 とりあえず、俺とレンタの安全を確保するのが優先だな。俺が死んでもレンタが死んで、『ミリスシステム』が消滅してしまう、そうなったら全滅だ。スイレンも、頭の整理が終わるまでは、俺達と共に安全なところへ……


「――なんだこいつは。人の命を何だと思っているんだ?」


 スイレンが、怒りの表情を露わにし、遠くにいるカマキリ男を見据えて、義憤に震えながら言葉を漏らした。次いで、俺達の方に向き直り、真剣そのものの態度で俺に語りかけた。


「私の父親は、警察官だ。市民の平和を愛し、それを脅かす悪党を断罪する職業だ。私は、両親を心の底から尊敬し、その理念を受け継いでいる。正直、別世界に来たり、明らかに人じゃない生物が人の言葉を喋ったり、ハルカ君達の姿が変わったりと、私にとっては理解が追いつかないことばかりだ」

「そうか」

「……だが、私にも確実に分かることがたった一つだけある。目の前にいる怪物は、唾棄すべき邪悪であるということを!私は、奴のような卑劣漢を決して許すことは出来ない!」


 感覚が狂っていないスイレンが、マトモな正義感を口にした。その姿は、とても頼もしく見える。お前は、やっぱりマトモな方かもしれないな。


「幼い頃からずっと肉体を鍛えてきたが、正直、生身の私ではあの化け物と戦うことは出来んだろう。だが、私はハルカ君達に任せっぱなしではいられないのだ!……私の主義としては、とても心苦しいことだが……力を貸してくれ、流星君、レンタ君!」

「……自分の実力を自覚して、その上で他人に頼るのは、全然恥ずかしいことじゃないと俺は思うぜ」


 瞳の奥に熱いものが見えるスイレンに、俺は拳を作った左手を力強く突き出す。スイレンもそれに応えるように、右手を拳にして勢いよく俺の左手に衝突させた。というか、パンチした。


「痛え!お前、力強すぎ!」

「む……すまない、少し気合が……」


 すると、『起動器(デモクリト)』の4番目の玉が水色の光を眩しい程に放ち、数秒後に収束して玉は薄青い色彩に染まった。スイレンはまたもや困惑していたようだが、俺が右手の親指を上に立てて白い歯を見せると、返しでスイレンも微笑んだ。


 ――直後、斬撃が再びドームに直撃し、上部にポッカリと穴が空いてしまった。危ねえ!すると、カマキリ野郎が邪悪に笑って宣言した。


「ミハハ、オマエらがそのドームをチラチラ見ているのは分かってたぜ、ミグリン!大事なものに違いねえ、そいつをズタズタに引き裂いて、絶望をオマエらに与えてやるぜえ、ミグリン!」


 やはり小物じみたセリフを言っているが、それに気づくのが遅すぎたようだな。俺はスイレンの肩を叩き、力強くゴーサインを出した。


 スイレンが、毅然とした態度で立ち上がってドームの外に出て、腕をピンと伸ばしてカマティスに人差し指を突き立てる。


「貴様、その薄汚れた精神のためにどれだけの命を奪ってきた?貴様には、地獄で裁きを受けてもらおう!!」

「何だ、いるのはただの人間じゃねえか、ミグリン。テメエに何が出来るってんだ!」


 ハルカ達が心配そうな表情で見つめているが、大丈夫だ。スイレンには、俺とレンタがついている。


 スイレンがカッコイイ決めゼリフを言ったところで、俺は『起動器(デモクリト)』の上で水色の光沢を持つ玉に右手を乗せた。そして、スイレンが眩い光に包まれ、その色彩が薄青になり、スイレンの体がほのかに浮き上がる。


 ――そして、光が弾けると、ヒラヒラのスカートに袖の短い上着、白に水色を乗せた色彩のブーツと長手袋、胸には結晶とそれを包み込むような蝶型のリボン、そして髪型は元来のポニーテールが膨らんで派手になり、薄青色に染まっていて、左前頭部にはアクセントの水色の花が付けられている、そんな凛々しい姿の少女が現れた。


「キャーッ、すごいスイレン、とってもカッコイイわ!」

「何て見事な立ち姿なんでしょう、私、尊敬します!」

「スイスイ、とっても似合ってるよぉ!」


 女子3人が歓喜に湧く一方で、


「よ、4人目!?まさか、こんなにも集まるとは、このカマティス様にも予想できなかった、ミグリン!」


 カマキリ男は激しく動揺している。この戦い、動揺した方が負けだ、俺たちが勝つ!


 スイレンは、自らの姿を覗き込み、手を握ったり開いたりして感触を確かめているようだ。


「どうだスイレン、『ミリス』になった感想は?」

「……道着の方が動きやすいのだが」

「ワガママ言うな!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 スイレンが、眼前の敵をじっと見つめて立っている。敵と戦う気持ちでも作っているのか……


 ……と、スイレンが何かに気づいた様子で、俺の方を向いた。まだ何か、確認したいこととかがあるのか?


「すまないが、私の竹刀袋があるんだ、持って来てくれないか?」

「……おい待て、竹刀で戦う気か?」

「その通りだが、何か問題が?」

「お前、今までの戦い見てなかったのかよ!!?3人が何か武器使ってたか!?素手で十分戦えるし、そもそも竹刀の方が壊れるだろ!」

「私の生きる道は剣だ!それ以外に戦う方法など無い!」


 いやいや、今そんなこと言ってる場合か!竹刀じゃあいつは多分倒せないって!……とはいえ、スイレンは譲歩しそうもないので、仕方なくスイレンに竹刀袋を投げ渡した。勿論、俺の姿があのカマキリ男に見えないように。


「ほい」

「ばっ馬鹿者!剣は剣士の命だ、投げ渡すなど論外だ!」


 俺が竹刀を乱雑に扱ったことにスイレンが憤慨していると、奥のカマキリ男がすごく不安そうな顔をして尋ねてきた。


「オマエが隠れていたのかと思ったが……もう一人いるのか、ミグリン?」


 何だ、まだ『ミリス』が増えるとでも思っているのか?よかったな、俺が非戦闘員で。


「安心しろ、戦うのは私一人だ。ハルカ君、カエデ君、キナコ君、下がっていてくれ。此奴は私が仕留める……」


 ……アンタ何言ってんだ、全員で戦えよ!ほら、お前らも何とか言ってやれ、お前らだって戦いたいんだろ!?


「しょうがないわね、じゃあ任せるわ!」

「ではお願いします、頑張ってください!」

「わかったぁ、がんばってぇ!」


 みなさん、譲り合いの精神があって良いですね。良くないわ!……まあ、いざと言うときは3人が出動するだろうし、『ミリス』なりたて記念ということで気の済むまでやらせてあげよう。


 スイレンが、竹刀袋から竹刀を一本取り出し、それに鍔と鍔どめをつけ、残った竹刀袋をハルカに渡す。そして、剣先を敵の方に向けて、右足を左足の半歩前に出す構えを取った。カマティスの方も、臨戦態勢だ。


「ミハハ、ではオマエを殺し、後ろで隠れている奴も殺してやる、ミグリン!」

「流星の元に行きたければ、私を倒してから行け!」

「絶対死ぬな、スイレエエエエン!!!」


 俺からの唯一の指示を受け取ったスイレンは、左足で地面を蹴り出すと、激流の如き速さでカマティスへと詰め寄る。スイレンは奴の目と鼻の先まで来たが、まだ攻撃動作を行わない……


 

「――っ、ぐわああああああああ!!?」

「てりゃああああーーーーッ!!!」


 瞬間、スイレンは今まで折りたたんでいた腕を一気に伸ばし、竹刀を奴の頭部に思い切り叩き込んだ。乾いた音が鳴り響き、打ったスイレンは奴の後ろを抜けて行った後、即座に振り返って構え直した。カマキリ野郎は、打たれたショックで脚をふらつかせながら頭を抱え込んだが……


「スイレン先輩、竹刀が……!」

「なっ、昨日手入れしたばかりだと言うのに……」


 ほら、俺の思った通りに折れてる。それはもう見事に「刃」の部分の根元からポッキリと。持ち手の部分も握力で潰されてるし、『ミリス』のパワーに耐えられるわけないじゃん。お前の命、折れたな。その上あのカマキリ野郎は頭を抱えながらもスイレンの方を睨んでいるし、決定打には至ってないぞ。やはりスイレンにも『固有魔法(ファンデル・ワールス)』を使わせるしかない。


「スイレン、胸にある石に手を当ててみろー!」

「……そうよスイレン、それで魔法が使えて、あんな奴なんか一撃よ!」

「魔法!?私は剣に生きる者、魔法などは……」


 くそ、余計なこと言うな、ハルカ。こうなったら頑張って説得しよう。


「このままだと、奴を倒す前に竹刀が全部折れるぞ!そうなったら、明日から部活の時、使う竹刀が無くなるぞ!と言うか、家でも素振りとか出来なくなるぞ!」

「家にはたくさんある、問題ない!」

「あああ、面倒臭えな!大体お前、俺を倒したければ自分を先に倒せ、とか言ってたな!お前がすぐ壊れる竹刀にこだわってると、お前が負けて、俺が殺されるんだよ!剣を使う使わない以前に、か弱い俺を見殺しにするなんて、それでも剣士か!」

「うっ、ぐぐ……し、仕方ない……」


 無理やりな言葉で、俺はスイレンを何とか納得させた。スイレンは渋々胸の『精石(ハパール)』に手を当てると、大きく頷いた。そして、両手を前に突き出して、目の前に水の塊を生成した。


 ――スイレンの『固有魔法(ファンデル・ワールス)』は、水か!しかも、なんて量だ!空中に浮かぶ水の球は、直径4メートルはあるぞ。


 先ほどまで頭を抱えていたカマティスは、視界に存在する水の塊の大きさに愕然としている。ありがとう、スイレンが『固有魔法(ファンデル・ワールス)』を使うまで待っていてくれて。


 後は、これが制御できるかどうかだが……


 水の塊が、三角錐、立方体など、様々な形に変わっている。まさか、制御できるのか!?すごい、前3人とは違うな!これなら、奴を水に閉じ込めて溺れさせたり、一気に押し流したりと、やりようは幾らでも……


「竹刀が折れても、我が心は折れない。見よ、これが私の、固い剣の意志だ!


 『水練の流れ(ワイルド・ウォーター)』!!」


 ――そうスイレンが叫ぶと、水の塊はどんどん縮んでいき、綺麗な刀の形になってスイレンの両手に握られる。スイレンが、先ほどと全く同じ構えを取った。


 ――結局剣かよ!


「さあ、いくぞ悪党!」

「近づけさせるか、ミグリン!」


 カマティスの鎌がまたも妖しく光り、その光沢がスイレンに向かって飛んできた。……しかし、スイレンの水の刀は、その斬撃を切り落としたのだ!


「ミゲ、馬鹿な!!?」

「貴様の狙いは、後ろの流星だったのだろう?私が避けて、斬撃がドームへと向かうと踏んだのだ。だが流星は私に気づかせた、仲間を守れない者に、剣の道を歩む資格など無いと!――来い、全て落としてやる!!」

「ミギギ、舐めるなああああああああ!!!」


 カマティスが高速で、斬撃をスイレンに向かって飛ばし続ける。スイレンは、少しづつ距離を詰めながら、それを全てはたき落としている。やべえ、カッコイイ!そして、足かせになって、スミマセン!


 スイレンとカマキリ男の距離が1メートル程になる。スイレンは、先ほどと同様に、奴の隙をついて頭への一撃を放つ!……が、奴は鎌でその一撃を受け止めた!そのまま、奴は右の鎌でスイレンの胴を切り裂こうとしている!


「危ない、避けろーー」

「ミハハ、死ねええええええええ!!!」

「ぬうああああああああ!!!」


 右鎌がスイレンの胴に達する直前、スイレンが全身全霊を込めたように叫び、水の刀が奴の体を、左鎌ごと頭から股下まで両断した!スイレンが勢い余って屈んだおかげで右鎌はスイレンの体を空振り、二つに割れた体は緑色の噴水とともに地面に倒れ込んだ。


 勝者は敗者の骸の側に立ち、刀を収める。戦いの終わりを告げる合図で、戦いを見ていた3人の『ミリス』は、その壮絶さと清廉さに見惚れていたところを我に帰り、今回の功労者に飾り気の無い賛辞を述べた。


「すごくカッコよかったわ、スイレン!」

「あの鎌をも切ってしまうなんて、すごすぎます!」

「ズバーってやるの、カッコよかったぁ!」

「よ……よせ、みんな。照れるではないか……」


 スイレンが満更でも無いと言った表情を見せている。……ふと、ここで俺は重大な事実に気づく。


「みんな、早くこっちに来てくれ!」


 俺は歓喜に湧く4人を呼びにやり、4人とも何の用か気になって俺の方に小走りで寄って来た。――直後、カマキリ男の死体が爆発し、4人が不用意に奴の側に集まっていたのもあって少々爆発に巻き込まれて、俺の方まで一斉に飛んで来た。


「――すまん。『奴の体が爆発するから、早く逃げろ!』よりすぐにこっちに来てくれると思ってな」

「もう、ちゃんと言いなさいよ!びっくりしたじゃないの!」


 お前が前回の敵、鳥野郎の爆発を覚えていたら、俺が何も言わなくて済んだんだけどな。


 ――ふう。今日も、無事に生き延びられたな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……しかし、スイレン、お前の『固有魔法(ファンデル・ワールス)』がまさか水から剣を作る魔法だったなんて、最初はえらい量の水の塊が出てくるものだから、勘違いしちまったよ」

「剣を作り出すのではない。私の『固有魔法(ファンデル・ワールス)』は、水を生成して、その形をある程度自在に変えられるという魔法だ」

「…………は?」

「しかし、私は剣に生きる女。刀以外を作ることはないだろう。この胸の石に手を当てて、その能力を理解したとき、思ったのだ。これは、私に剣の道をどこまでも走り続けろという、天からの啓示なのだと!」


 ……何だよ、やっぱり溺れさせたりとか出来る能力じゃん。俺が4人の『固有魔法(ファンデル・ワールス)』の中で一番欲しいのはこの能力だし、この能力は多分全世界で一番宿っちゃいけない人間に宿ってしまったのだと思う。……流石に犯罪者とかよりはマシか。まあ、お前の剣道の腕前でこの先何とかなるんだったら、俺は特に何も言わないけど。


「ところで、スイレン、あなた大丈夫なの?気持ち悪い緑色の液体が付いているんだけど」

「……そうか、洗いたいものだな。『水練の流れ(ワイルド・ウォーター)』!」


 スイレンが上空に右手を突き出し、そこから水が生成されてスイレンの体へと降り注ぐ。怪物の血はみるみるうちに流れ落ちたが、スイレンは『ミリス』のコスチュームについた染みを念入りに洗い流そうとしている。もう染みは見えないはずだが、潔癖症かな?


「……ていうか、お前刀を作る以外は、それ使わないんじゃなかったっけ?」

「……!い、いや、これは、そ、その、あの、うぐぐ……」


 ……『初志貫徹』もいいが、もう少し柔軟に行こうぜ。

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