第9話 『Fourth, don't be rainy』
今週はずっと晴れだったが、今日は午後から雨模様らしい。なので俺とハルカは傘を持って登校することに決めたのだが、ハルカが折り畳み傘を探すのに10分ぐらいかかってしまった。お前、家の中でも迷ったんじゃないだろな?さすがにそんなことはないよな?今日、テニス部の朝練が無くて本当に良かった。
「全く、昨日戦っていたのなら、私を頼れば良かったのに」
「お前を連れてくる暇も無く強制的に転移させられたんだ、頼りたくても出来なかったんだよ」
「ふふん、割と長い付き合いなのに、ようやく私を頼るようになったのね、流星。……ちょっとちょっと!なーにか言いなさいよ!」
通学路も終わりに近づいてきた頃、ハルカが俺に愚痴をこぼした。キナコとの戦いの後、俺はハルカに事の顛末を話してはいない。本当に昨日の午後は色々と疲れていたし、明日話そうと思っていたのだが、なんとキナコの方からハルカに連絡が来たらしい。俺の知らないところで、ハルカとキナコは電話で連絡し合うような仲になっていたようだ。
「それにしても、キナコちゃんが……意外だわ。まあ、折角だし、もっと仲良くなるチャンスかも!」
「あれと仲良くなって、良いところなんてあるか?」
「キナコちゃん、可愛いじゃない。いつも笑顔で、素敵よ。アンタ、キナコちゃんのことどう思ってるのよ?」
「バカ。稀に見るお前以上のバカ。どうでも良いことですぐ泣くし、おまけに腐ってる変態」
「……流星、アンタ価値観歪んでるんじゃない?」
誰が俺の女性への見方を変えたんでしょうね。
「リュウ先輩、ハルカ先輩!」
と、後ろから快活な後輩の声が。その後輩は、軽い足取りですぐに俺達の側まで来た。
「あらカエデ、おはよう」
「おはようございます。……リュウ先輩?」
「……おはよう。本当に朝っぱらから元気だな」
「ありがとうございます!」
褒めてねえよ!……ったく、カエデも話をすると面倒なヤツだから、無視を決め込もうかと思っていたのに。
「あっカエデ、大ニュースよ!新しい『ミリス』の人が誕生したのよ!」
「本当ですか!?……リュウ先輩!どんな人ですか、教えてください!私、気になります!」
余計なこと言いやがって。まあ、おいおい会うことになるし、今のうちに教えておくか。
――と思っていたが、意外にもその時は早くやってきた。
「あっ、りゅーくん、りゅーくぅん!!」
またもや後ろから快活な声が。その声の主は、両手を腰のあたりでぱたぱたさせながら、スキップして近づいてきた。
「あいつだよ」
「あの人ですか?優しそうな人ですね!」
うん、その印象は間違ってはない。初見ではな。
「りゅーくん、ハルハル、おはよぉ!……えっとぉ、あなたは?」
「初めまして、私は1年6組の桐谷楓と申します、よろしくお願いします!」
「あっ、りゅーくんが言ってた『ミリス』の人だねぇ!キナはね、鈴木黄名子っていうの、よろしくねぇ、カエカエ!」
一通り簡単な自己紹介が終わったところで、俺は歩く速度を速める。
「あっ、ちょっとちょっと!待ちなさいよ!」
「待ってください、速過ぎます!」
「待ってぇー!」
うるさい、お前らで勝手にガールズトークしとけ。俺は教室でゆっくりするんだ。――だが、キナコに追いつかれ、左腕をがっちりと掴まれてしまう。本当に力が強く、振り解くことができない。
「捕まえたぁー!」
「おいやめろ、恥ずかしくないのかお前は!」
「全く、逃げようとしないでよ」
「はあ、はあ、はあ、……」
何かカエデがちょっと走っただけで息を切らしているな、運動不足かな?……しかし、なんだろう、キナコに掴まれている左腕に、何やらマシュマロのような感触が。うん、悪くないな。ちょうど良い柔らかさだ。
すると、なぜかハルカも俺の右腕にしがみついて、胸を押しつけてくる。やはり、大きいは正義だ。ふふふ、俺にもついにモテ期が到来か?……いや、こんなヤツらがくっついて来たところで、全然嬉しくない。くそ、こいつらが中身も良かったら、最高だったのに。
「これで3人ね!後2人、頑張って見つけましょう!」
「……まだこんなのが増えるのか」
「なーによ、その言い方!一人でも多い方がいいって、流星もそう思うでしょ?」
「確かに、今の3人じゃどうにも頼りないな」
「キナ、頼りないのぉ……?」
俺はキナコの言い方に嫌な予感を覚え、急いで取り繕う。
「全然そんなことないよ、あはははは!」
「――そっかぁ、ありがとぉ!」
……ふう。危ない危ない。
「キナコちゃんには、優しいのね」
「お前ももうちょっと俺に優しく接してくれれば、俺もお前に優しくするぜ」
「なーんですってー!!?」
「あの、そろそろお話を!」
やかましい朝だ。――何か、気持ち悪い視線が俺に刺さってるような気がする。やめろ、誤解だ。リア充爆発しろとか思ってるお前ら、俺は全然充実してねえからな。
「……そういえば、レンタはどうしたの?」
「リスはカバンの中でぐったりしてる。あいつも疲れてんだよ」
などと話していると、後ろから野太い男の怒号が聞こえ、騒がしくなっている。振り返ると、学ランを着た男子たちの集団がちょうど二分するように集まっている。ヤンキーの喧嘩かな?突然、キナコが彼らに向かって走り出す。それに気づいたハルカも、慌てて後を追う。あいつ、俺について来なかったら、こんな学校の近くでも迷うくせに。仕方ない、関わりたくないが、俺も行くしかない。後からカエデも興味津々で付いて来る。お前は、早く学校にいけ。
「みんな、ケンカはダメだよぉ!仲良くしてぇ!」
「ちょっと、あなた達下らないことで喧嘩してたら、私が代わりにぶっ飛ばすわよ!」
……なんかあいつら、仲裁に来たハルカとキナコに見惚れているんですけど。何だか、もう状況が見えてきたな。
そして俺が場に到着すると、予想通りヤツらは俺に激しい怒りの表情を向ける。そして、喧嘩の中心人物にいたガタイのいいヤツが俺を責めてきた。
「長谷川流星!今我々がこんなことになっているのは、貴様のせいだ!」
「……あの、俺全く身に覚えが無いんですけど、説明してくれませんかね?」
俺がそう言うと、そいつが「よくもぬけぬけとそんなことを言う」みたいな表情で俺を睨みつけ、説明を始めた。
「我々、『ハルカ様を見守り隊』は、平時から苦渋の思いで貴様とハルカ様が一緒にいることを許容してきたのだ!しかし貴様は昨日、鈴木黄名子と一緒に楽しくおしゃべりをしていたと言うではないか!そのせいであの『キナコ様親衛隊』の奴らに、ハルカ様の方が魅力がないからだと、バカにされたのだ!貴様が悪いのだ!」
…………は?なんでそれで俺が怒られるの?(傍目から見れば)喋っただけなのに。
『ハルカ様を見守り隊』には一度会ったことがあるが、相変わらず気持ち悪いヤツらだ。
――すると、もう片方からも代表者みたいな人が出てくる。あれは……キナコが写真で持っていたしょーくんだな。お前もか。
「我々にも言いたいことはある!昼休み、貴様とキナコ様が図書室から出ていった後、心配になって後を追ったが、居なくなっていたと篤志から聞いたぞ!貴様、一体キナコ様にどんなことをした!その上、秋山春火への未練も捨て切れないとは!粛清する!」
どうしよう、なんて説明しよう。俺がなんか言っても、火に油を注ぐだけな気がするし、2人が狂信者共をなんとかしてくれることに期待するしか……
「ちょっとちょっと、私とキナコちゃんが流星と一緒にいるのは、その……言えない事情があるのよ!」
「そうだよぉ、キナやハルハルはりゅーくんとぉ……えっとぉ、秘密なんだけどぉ、『すごいこと』してるんだよぉ!」
やめろおおおおおおおお!!!そんな最悪なフォローなら、言わない方がマシだ!いや、俺が『ミリス』のことは絶対秘密だって言ったから、説明しづらいのはあるけども!……ああ、ストーカー共が、血の涙を流しているよ。
「り、流星、どうしようこれ……」
「どうしたら、みんな仲良くなれるかなぁ……」
おい男子ども、自分の好きな女の子を困らせてどうする。どうしてこいつらのことを異性として見ていない俺が、こいつらをフォローしなくちゃいけないんだ。見ると、2勢力はまた、醜い啀み合いを始めている。くそ、このストーカー集団にガツンと言ってやる。
「おいお前ら、いい加減にしろよ!お前らどうせ、他人の悪いところは見て見ぬふりをする脳内お花畑なんだろ!」
「「な、何だとっ!?」」
「そんなだから、推しが違うお互いのことを認められないんだろ!」
「「そうだ、認められない!」」
頑固な奴らだ。ちゃんと自分達の議論が不毛なことであることを、気づかせなければ。
「よく考えろ、ハルカとキナコは、ジャンルが違いすぎるだろ!ハルカはビューティフル系で、キナコはキュート系!女性の好みが違うだけの問題じゃねえか、どっちが上かなんて議論が、そもそも不毛なんだよ!」
「「…………!!」」
ヤツらは脳天に雷を打たれたような表情をしている。もう一押しだ。
「それにな、ハルカとキナコは仲良し同士なんだ!よく考えろ、そんな2人を好きなお前らが、いがみ合っているのを見たら、本人達はどう思うんだ!」
……数刻待つ。ハルカとキナコがフォローしに来るかと思ったが、何も聞こえない。まあそんな気の利くヤツらじゃないっていうのはだいたい分かっていたよ。
そこで、俺は首と右手を2人の方に向け、
「どう思うんだ!」
と誘導をする。2秒後、2人ははっとして、
「……そ、そうよ!アンタ達、くだらない喧嘩してんじゃないわよ!」
「そうだよぉ!キナは、みんなに仲良くしてほしいんだよぉ!」
集団から「おお」といった声がもれる。やはり、教祖の言葉は止めの一発に最適だな。必要だったのは、耳を傾けてもらう流れだったということか。
――2つの勢力がお互いを見つめ合い、しばらくした後代表者の二人が手を取り合う。
「――確かに我々は不必要な言い争いをしていたのかもしれない。君たちの鈴木黄名子への愛を、俺は認める」
「ああ、こちらも秋山春火の悪口を言って、済まなかった。我々は、愛する者を見守る同志なのだ、これから仲良く、それぞれの愛する者を見守っていこう」
ストーカー同士の和解に、ハルカは納得したような表情を見せ、キナコは「良かったねぇ……」と頬を赤く染めている。お前ら、これからもストーキング続くけど、それでいいのか。まあ、俺も論点をずらし、俺が2股をかけてなんやかんやをしていると言う誤解をあいつらの記憶の彼方に消し去ることができたので、良しとするか。
さて、そろそろ学校へ……
「あの、そろそろ良いですか!皆さんが、ハルカ先輩やキナコ先輩を好きになった理由を詳しく!」
ウズウズしているもう一人のバカは無視して、俺はハルカとキナコと共に学校に向かった。
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「さあ、昼休みになったわ!探しに行きましょう!」
「雨降ってるし、校庭には行けないぞ」
雨は正午ちょうど頃に降り出し、昼休みの始まる午後1時には土砂降りになっていた。当然、校庭に遊びに出る者など全くいない。
「それでは、校舎中を探しましょう!」
「なんだか、楽しくなってきたねぇ」
カエデとキナコも、次の『ミリス』候補者探しに躍起になり、2年1組の教室に来ていた。実を言うと俺も、そろそろマトモなヤツを探したいと思っていたのだ。唯一乗り気でないのは、疲労困憊のレンタだ。
「みんなみたいにミリム保有量が高いヒトは、もうこの施設にはいないんじゃないかな。『ミリス』の基準値を満たすヒトでさえ1000人に1人位なのに、基準値の10倍となると……」
「じゃあ私たち、かなりラッキーね!」
「そう言う話じゃ、ないと思うぞ」
「……わかった、僕は流星の肩で寝てるから、良いヒトに出会えたら教えてくれ」
「いや、出来ればバッグに……もう寝てるし」
俺はそっと、レンタを空のバッグに入れた。
「あの、戦う技術がある人とか、いいんじゃないでしょうか。柔道みたいに!」
「確かにね、そういう人が『ミリス』になったら、心強いわね」
俺の方をチラッと見ながら言うな!
「しかし、柔道部は女子部員いないし、空手部はそもそもウチに無いし……」
「じゃぁ、あとは剣道部だねぇ」
キナコの一声で、俺達は剣道部に目標を絞ることにした。今まで――『ミリス』の『契約』をして戦うようになるまで、3人は武道とかの実戦競技などをしたことはなく、戦闘経験は皆無だ。剣道のことは俺は良く知らないが、相手と対峙して戦うらしいから、きっと『サタンガルド』との戦いに役立つかもしれない。まあ、剣道部の女子に『ミリム』保有量が多い人がいればの話だが。
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校舎に隣接している武道場。二階建てで、一階は柔道場、二階は剣道場である。俺のクラスにも吉田という男子の剣道部員が1人いて、毎日朝練と午後練があって辛すぎると俺に愚痴ってきたことがある。毎日忙しいなら、やめた方がいいかな……
俺達はその武道場へと向かうことにした。最初、昼休みだから剣道部員は使ってないだろうと主張したが、剣道部女子の名簿を手に入れて、これからの調査を円滑にするという目的では意義のある訪問だろう。
渡り廊下を渡り、武道場に入って、二階に続く階段を登っていくが……
「ねえ、なーんだか臭いがしない?」
「汗の臭い、ですかね」
「くさぁい」
剣道は室内のスポーツ。俺がやってるテニスとは違って、汗の臭いとかが活動場所に留まってしまうのか。
「臭いが嫌なら、別に来なくてもいいぞ」
そう俺は吐き捨てたが、やはり3人とも首を振って、我慢する意思を俺に示した。こいつら、一度決めたことは、曲げたくないんだな……
剣道場に到着した。すると、広い棚に、「白木二中 吉田」のように中学校名と個人名が記した大きな物体が収納されているのが見える。近づいてみると、その物体には汗の臭いが染み付いており、鼻をひどく刺激した。物体の奥には、剣道の『面』が。これが、剣道の『防具』というヤツか。
「あっ、名前よ名前!結構簡単に分かったわね!」
「どれが男子ので、どれが女子のか全く分からないけどな」
「…………」
男子と女子で「防具」は全く同じなのか……?とりあえず吉田は男だと分かっているので外すとして、他全員を当たるか……いや、学年やクラスも分からないな。やっぱりキチンとした名簿を手に入れないといけないな。
「とりあえず、メモしておきますね!」
「やめとけ、これだけじゃ誰の防具だか分かんねえだろ、特にあの高橋とか。全国多い苗字ランキング第3位だぞ」
すると、キナコが壁の墨で書かれた四字熟語の格言に惹かれた様子で、俺に尋ねてきた。格言には合わせて個人名もあるから、きっと個人目標だろう。
「ねぇりゅーくん、あれ何て読むのぉ?」
「あれは、『不撓不屈』って読むんだよ。絶対に諦めないって意味だ」
「じゃぁ、あれはぁ?」
「あれは『初志貫徹』だな。……お前、漢字苦手なのか?」
「うん、ちょっぴり苦手ぇ。でもぉ、計算は得意だよぉ!」
いや、せめて『初志貫徹』は読め。……って、フルネームあるじゃん!しかも、ご丁寧に学年、クラスまで!防具の存在感で気づかなかったが、これで名簿を手に入れたも同然だ。後は、あのメモ役に女子っぽい名前を書き取らせてーー
「君達、ここに何か用があるのか?」
――突然、後ろから声がしたので振り返ると、女子更衣室らしき部屋の前で背の高いポニーテールの女子が、上半身下着1枚で竹刀を持って立っていた。
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「私の名前は寺門水蓮、2年8組、そしてこの剣道部に所属している」
「私は秋山春火よ、初めまして。私、この二中では顔が広い方だと思っていたけど、あなたのことは知らなかったわ」
「私、1年6組の桐谷楓と申します、よろしくお願いします!」
「キナはねぇ、鈴木黄名子だよぉ。よろしくねぇ」
女子達の自己紹介が終わったが、これは俺もやる流れだろうか。
「えっと、俺は」
「君のことは知っている。長谷川流星君だろう。噂に聞いているぞ、テニス部の女子更衣室を覗いた変態だとな」
「だだだ誰だ、そんな根も葉もない噂を流したヤツは!!?」
寺門水蓮と名乗る女子は、何だか俺に警戒心と言うか敵意を露わにしている。まあ、こう言うタイプの敵意は、何度も他の女子達から向けられているから、次に彼女が言いたいこともなんとなく分かるが。
「君は、先ほどから話を聞いていた限りでは、剣道部の女子の名前を知りたがっていたそうじゃないか。いつも一緒にいるハルカ君や、他の女子2名をカモフラージュにして。一体、どんなことをするつもりだ!私は、人の道を外れる行為を、断じて許すわけには行かない」
なんとなく分かってはいたが、やっぱり最悪だ。しかも正義感の強いヤツ。どう言い訳したものか……
「ス、スイレン。流星は、決してやましいことはしてないわよ。その、私達にはみんなに言えない事情があって、それで剣道部女子の名前を調べてたの」
今日は珍しく俺のフォローをしてくれるハルカだが、如何せん朝の出来事からこれっぽっちも学習してない。
「おい貴様、ハルカ君に一体どんなことを吹き込んだ?弱みでも握ったか?」
ハルカ、お前のせいでこの人の俺への二人称が「貴様」になったぞ。
「悪りぃ、実はこのカエデが剣道部員に取材をしたいと言ってきたもんで、それで部員の名前を入手するのを手伝ってやってる。剣道部の記事は、カエデにとってとっておきの隠し玉だから、秘密にしておいたんだ。――な、カエデ?」
「え、は、はい、その通りです。私、剣道部の皆さんにお聞きしたいことがありまして!」
少し苦しい言い訳かもしれないが、カエデも乗ってくれたし、行けるか?
「……そうか、疑ってすまなかった」
良かった。信じてくれた。しかし、嘘をついたことで罪悪感が心を締め付ける。
「そういえば、お前はここで何をするつもりなんだ?」
「私か。勿論、素振りだ。この昼休みの時間も、無駄にはできんからな」
「ストイックだな……」
そう言って、スイレンは剣道場にある大きな鏡の方を向き、「1、2、……」などと言いながら持っていた竹刀で、素振りを始めた。俺はその隙に、バッグの中で眠っている黄色いリスを叩き起こすことにする。こいつも剣道部員だし、適性があれば良い戦力になるかもしれない。
「おい、起きろ。調べてもらいたい女子がいる」
「ふわぁ……分かった、よく眠れたしね」
レンタがバッグから飛び出し、ハルカ達3人以外の女子を見つけて近づいたが、スイレンは竹刀を振っているので、危なくて近づけないといった顔をしている。仕方ない、なんとか会話に持ちこんで、レンタが調べる時間を作るか。
「おーい、スイレン、カエデが聞きたいことがあるってさ」
「え、えっと、はい、私、聞きたいことがあります!」
悪いな、カエデ、何度も俺の嘘に付き合ってもらって。……しかし、スイレンは反応する素振りすら見せない。素振り中は、邪魔しないでほしいと言うことか、ストイックだな。これは、素振りが終わるのを待つしかないな。
「……299、300!……ふう」
「……休まずに300も竹刀振って、大丈夫なのか?」
「問題ない。これは、私の剣の道にとって、必ず糧となる修練だ」
長いので、女性陣は俺の後ろでだるそうにしていた。いや、レンタと戯れているキナコだけは元気だな。レンタ、せっかく疲れが取れたと言うのに、ごめん。
「あ、終わったみたぁい。レンくん、行ってきてねぇ!」
「……あのキナコ君は、一体誰と喋っているんだ?」
「ああ言う子なんだ、そっとしておいてやってくれ」
「……?」
そう言い訳した直後、レンタがスイレンに近づき、「匂い」を嗅いだ。汗の臭いは大丈夫か?こちらも、カエデに用意させておいた質問をして、こいつの性格を見極めるとするか。
「それでは、取材してもよろしいでしょうか?」
「ん、私に聞きたいことでもあるのか?」
「ええっ、さっきそう言ったじゃないですか!」
「すまない、私は集中すると周りの声が聞こえなくなってしまってな、顧問の先生にも『視野が狭い』と言われている」
うーん、なんだか危ない香りがするが、まあこれぐらいはよくあることなので良しとしよう。
「では、スイ先輩の好きなものは何ですか?」
「私は、やはり剣が好きだ。私は子供の頃から剣の道を歩いていて、自分の修練に励んでいるよ。それと、私はルールを破ることが嫌いだ。自分を律し、人に優しく接することが出来れば、自然と社会のルールに則ることが出来るのに、それが出来ない者は未熟で嫌いだ。女子更衣室を覗き見る男など、言語道断だ」
俺を見るな。あれは、濡れ衣だって言っただろ。しかし、真面目なヤツだ、自分にも他人にも厳しそう。
「それに私は、曲がったことも大嫌いだ。人間、最初に言ったことは貫徹しなければならない。その場しのぎで行動や意見をコロコロ変えるような人間には、私はなりたくない」
そういえば、あの『初志貫徹』の書き初めの名前、お前だったな。やっぱり、印象通りストイックなヤツだ。俺とは反りが合わないタイプだ。こいつは自分の進むべき道に障害物があっても、真っ直ぐ進むために努力して乗り越えるのだろう。俺は、障害物があったら、別の道を切り開いて全力で回避するのだが。
ああ、でもこいつはマトモなヤツだ。俺の周りにはヤバイ女しかいなかったから、真面目で俺と反りが合わなかったとしても、スイレンは格別にいい女子に見える。これは、もし『ミリス』の適性が無かったとしても、そのまま関係を持っていきたい。何てったって、汗をかいて、シャツが透き通ることで露わになっている胸の大きさは、ハルカに匹敵するほどの上玉……
「あの、スイ先輩、嫌いなことばかりになっていますが……」
「む、すまないな、私はつい自分が言うと思ったことを言ってしまい、そのせいで本筋から外れることが……」
……まあ、こういうことは多くの人に良くあること、さほど問題ではない。
「それで、好きなものだったな。私は、食べることが好きだ。食べれば食べるだけ、自分の血となり肉となる。人より少し食べる量が多いなと感じる時もあるが、その分鍛錬の効果が出ると思えば問題ない。よく行くのは『びっくりステーキ』だ、あそこは安くて大量の肉を食べることができる、是非お勧めしたい」
食べるのが好きか、普通だな。これは問題ない……でもなんか引っかかるところが。
「それに、肉は自分の筋肉となる、ここが重要だ。私は、鍛え上げられた筋肉が好きだ。しかし、ボディビルダーのような筋肉ではない。精錬された動作をするための精錬された筋肉!閃光のような面打ちを繰り出すための上腕二頭筋と上腕三頭と肩周りの筋肉、左足を蹴り出し相手に飛び込む時のハムストリングスと下腿三頭筋、全動作を制御する体幹の腹筋と背筋!剣道の大会で、その無駄のない筋肉をつけている男子の選手が試合で見事な技を繰り出すとき、私は言いようも無いような興奮と感動に駆られる!そして、私もそれを目標の一つとし、日々修練に励んでいるのだ!カエデ君、君はどうだ?見たところ、筋肉が不足しているようだ、運動不足じゃないのか?まずはランニングから始めてみよう、君も自分の筋肉を鍛えれば、見事に自分の身体を動かせるはずだ!」
「ス、スイ先輩……?」
「あの、スイレン……カエデが困ってるから、もうちょっとゆっくり……」
「流星君!君の筋肉を見せてくれ!……その右腕だけが発達した、ラケットを振り回すことに特化した筋肉だけでも分かる、君は卓球かテニスをやっているな!しかし君はまだ筋肉が不足していると見える、右腕だけでなく左腕の筋肉も鍛えるべきだ、そうすればバランスの取れた動きができる!」
……ぁあんまりだああああああああ。どうしてヤバイ女としか出会えないんだあ、俺は。こいつ一度スイッチが入ると、人の話を聞かずに持論を展開するヤツだ。それに何だよ、筋肉を見せてくれって、もう変態の領域だよ!ダメだダメだ、こいつが加わったら、面倒臭いメンツが増えるだけだ!
レンタが、スイレンの肩から降りてくる。スイレンのミリム保有量の調査が終わったようだ。……何だその顔、何で目を丸くしながら口を押さえている。やめろ、結果を報告するんじゃない。
「奇跡だ、この施設に4人もいるなんて!このヒトには『ミリス』の適性がある、しかもハルカと同じく基準値の10倍だ!」
単純に、吐き気がしてくる。
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「な、何だみんな、言っている意味が分からないのだが」
「だから、私達と一緒に、世界を救いましょうって言ってるの!」
「『アトマ』のレンタさんと契約して、『ミリス』になって戦うんですよ!」
「そぉそぉ、楽しいからぁ、スイスイもやろぉ!」
面倒な説明はこいつらがやってくれそうだが、そもそもこれ以上変なヤツを加えたくないし、スイレンにはこのまま頭のおかしいヤツらの戯言だと切り捨ててほしいが……
「……なるほど、しかし俄かには信じがたい話だな。生憎、私はファンタジー小説などは読んだことはないのだが……」
うんうん、そうだろうそうだろう。なんかすぐに信じたカエデやキナコとは違って、こんな話は夢物語と思う人の方が普通だ。
「だが、この場に人ならざる物の気配を感じるのも事実。私には霊感があるのだが、今感じるのは霊とはまるっきり違う物だ。それが君達の言う『妖精』などと言うものであれば、私もこの話を信じるしかないだろう」
……そうでした、ハルカと同じくらいミリム持ってるなら、レンタの気配を感じられるじゃん。ああ、これでいよいよこいつが4人目になって来たな。
「じゃあ、早速やりましょう!流星、お願いね!」
「ま、待ってください。直接見せないと、私の時のように失敗してしまうかもしれません」
はやるハルカに、カエデが尤もなことを言って制止した。
「それなら、見せましょうよ。別世界に飛んで、変身してみせればいいじゃない」
「あのなハルカ、そのための『鏡界転移』は、30分のクールタイムがあるんだよ。昼休みは残り15分、5時間目の授業に間に合わなくなるぞ」
「そ、それは困る!授業は、しっかりと受けなければならん。また、時間のある時にしてくれ」
「じゃぁ、放課後にやろぉ!」
「すまない、午後練があるんだ」
「そしたら、午後練が終わるのを待つしかないわね」
スイレンのスケジュールとの折り合いをつけて、完全下校時刻の午後5時に決行することにした。これで、スイレンが冷静になって、考え直してくれれば良いのだが……
……と言うかこいつの性格は、頑固というか自分の都合を優先することじゃないだろうか。自分の語りたいことを語り、自分のやりたいようにやる。それは良いのだが、人の話を聞かないレベルじゃ困るんだよな。他3人は、一応は俺の言うことに耳を傾けてくれるが、こいつは自分ルールに従って、意見を押し通すかもしれない。やはり、面倒臭いな……
外の雨音が強まった。この雨、今日はずっと続くのだろうか。