プロローグ 『第三部始』
桃色に黄色と白を少し混ぜたような色彩の空。その下には、一風変わった景観の家々が織りなす街並みが広がっていた。
地球とは別次元の世界、モルクには、リスに似た小動物のような外見で人間並みの知能を持つ生物、アトマが社会を築いている。そんな世界で一番大きな都市、王都メンデレフの郊外で、ある1匹のアトマが閑散とした通りを歩いており、今は亡き父と自分を待ち受ける運命に想いを馳せていた。
「あと……4年か……僕も、父さんみたいに強い『ミリス』になれるヒトと契約して、必ず戦いの役に立ってみせるッ!」
「おいレンタ、まだ気が早いっての。4年後のことを気にしてどーすんだ。そんな未来の事より、今を生きる方が大事だぜ。ほら、このカリッツ食うか?」
そう意気込んだアトマ――レンタは、後ろから唐突に聞こえた声に驚き、振り返って馴染みのある顔を確認した。
「クッ、クロマ!――聞いてたのか。へいへい、どーせボクには父さんほどは出来ないって言うんだろ?……カリッツは食うけど」
「ハハハ、被害妄想がすごいな、レンタ。まあ、そんな気持ちもちょっと、いや雨粒一つくらいはあるけどさ、それよりもお前の名演説に感動したぜ。必ずぅ、戦いの役にぃ、立って見せるぅ!」
「やめろおおおおおおおお!!!おまっ、お前ふざけるなよ!誰にも言うなよ、誰かにバラしたら許さないからなっ……!」
あまりの恥ずかしさに、レンタは体と同じく黄色い顔を紅潮させていた。自分の心に留めていた決意が、誰かに聞かれていたと思うと恥ずかしい。と言うか、自分は一人で歩いていたつもりだが、なぜこのイタズラ好きなバカがここに居るのだろう。つけて行って後ろから驚かすつもりだったが、面白いことが聞けたので自分を茶化すことに決めた、と言うところだろうか。
レンタとクロマは少年時代からの親友であり、休日はいつも公共運動場で一緒に遊ぶ仲だった。18歳となった今では流石にそのような事は殆どしなくなったが、レンタはクロマにしょっちゅうちょっかいをかけられては辟易したり、時にイタズラに悪ノリしたりするような、傍目から見れば親密としか言えないような関係になっている。
赤面のレンタを水色の体をしたクロマがなだめていると、彼らの親密な知己がまた1匹、その桃色の体が夕陽に照らされながら2匹に近づいてきた。
「どうしたの、二人とも。――またクロマが何かしたの?全く、まだ子どもじみた真似をしているなんて……」
「聞いてくれよ、ジリカ。レンタがさあ」
「なるほど、今ここで死んでもいいって事だな」
先ほどの懇願をまるで聞いていなかったことに対しレンタは怒りの形相で手をポキポキ鳴らし、それを見たクロマは冷や汗を浮かべ、苦笑いしながら後ずさった。
「ちょっとレンタ、落ち着きなさい。クロマも、レンタにだって言われたくない秘密があるんだから、ここで言うのはやめて」
「ありがとう、優しいねジリカは。でもね、大した事じゃあないんだ。4年後に奴らと戦う、ってことを考えていて黄昏れていただけなんだ」
冷静になって、自分にとって心底どうでもいい秘密だと思ったレンタは、昔からしばしば二人の間に割って入り仲裁していたジリカが、今回もことを収めたばかりか、自分の些細な秘密を尊重してくれたことに感謝していた。
それに最近、夜にも彼女のことが頭から離れないことが増えた。少年時代には微塵も感じなかった事だ。多分、自分に男と女の関係と言う意識が芽生え、強くなってきたのだろう。ジリカはただの親友だ、と頭では否定するが、そのくせ彼女は自分のことをどう思っているのかが気になって仕方ない。クロマがどう思っているのかも知りたい。
「――ねえ、どうしたの黙りこくって。私の顔になんかついてる?」
「い、いや、違うんだ。どこまで話すのが良いだろうか、と思って」
「レンタはさ、親父さんみたいに強い『ミリス』になるヒトと契約したいんだってさ」
「それがお前の遺言で良いんだな」
「ごめんなさいごめんなさい許してくださいあっちょっと無言で殴らないで痛いんだけどマジで謝るからやめ」
20発ほどクロマを殴った後、レンタはジリカに制止された。
「――やっぱり、気が早いんじゃない?私たちが『ミリスシステム』を支給されて、『サタンガルド』と戦うのは4年後なんだから」
「うん、でも、ポリポリ、なんだか、モグモグ、嫌な予感がするんだよ、ゴックン」
「血濡れのカリッツって美味しいの?……じゃなくて、嫌な予感って何よ?まさか、26年前の予言が間違いだったって言うの?」
「いや、そうじゃなくて、なんと言うか……」
レンタが胸の微妙なつっかえをどうにか表現しようとした刹那、
――街中に甲高い警報が轟き、3匹に緊張が走った。
<――緊急、緊急、『ミリスシステム』の資格を持つ者は、直ちに王城へ集まってください!>
『ミリスシステム』の資格は、『王立学園』の『ミリスシステム科』を成績50位以内で卒業したもののみに与えられる。46位のクロマ、2位のジリカ、そして首席のレンタは資格を有しており、全力疾走で王城へと駆けることとなった。
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公共交通機関を乗り継ぎ、3匹は肩で息をしながら王城の大会場へと足を踏み入れたが、周りを見ると同じように汗を垂らしながら忙しなく呼吸をしているように見える。
すると、会場の上に位置するバルコニーから、高貴な純白のドレスを身にまとい、頭に権威の象徴たる王冠を乗せ、気高き佇まいをした薄赤色のアトマ――女王が現れた。26歳にして、数々の国難を救ってきた『救国の女王』として、国民から大いなる畏敬の念を向けられている。
そんなアトマ達の畏敬の念が、彼女の言葉によって動揺へと変貌した。
「皆が集まってくれたこと、感謝する。とても信じがたい報だが……『サタンガルド』が復活し、『地球』に向かっているとのことだ」
女王の手前、狼狽えるわけにはいかなかったが、集められたアトマ達は動揺の色を隠せなかった。
26年前の予言――「30年後に『サタンガルド』が復活し、封印された首領『サタン』を蘇らせようとする」――とのことで、あるミリスの、未来を見通す『固有魔法』によって予言されたとのことだ。アトマ達は、それを信じ『ミリスシステム』の改良や、システムを使うアトマの育成などに努めてきたは良かったが――
いくら何でも早すぎる。ヒトと同じく、アトマにとって4年の歳月は決して小さいものでは無い。「まだ4年ある」と高を括っていた者達は、すぐに戦いを始めなければならない、と絶望するが――
「だが安心してほしい。『ミリスシステム』の改良は既に完了している。このシステムは我々に再び、かのものどもを退ける力を与えるだろう」
その女王の殊勝な態度に、アトマ達の、過酷な運命への不満が払拭される。彼女の力強い言葉は、畏敬を抱く臣民達の何よりの力となる。
「奴らは、他の生物を蹂躙し、感情や尊厳、命を侮辱する外道だ。このような悪を、我々は許すわけには行かない!奴らを倒し、世界の安寧を守るため、戦ってくれ!」
「おおおおおおおおおおッッッッッッッッ!!!!」
集ったアトマ達は、女王の言葉に勇気づけられ、奮い立って悪を滅する意志を固めた。
それは、レンタ達3匹も、例外ではなかった。
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集いから3日後、資格者達は地球の転送先を割り振られ、転送へのあらゆる準備をしていた。レンタ達は3匹とも、5歳年上のアトマ、シルバの元に配属された。
「……ジリカの転送先は……で、クロマは……で、レンタは……だ。お前らは卒業したばかりだから、期待しているぞ、特に23期生首席のレンタ」
「いやあ、そんなに期待されると、照れますねえ、シルバさん」
「お前は少しは謙遜しろ。あっちに着いたら、契約したヒトと、『サタンガルド』の構成員についての情報を、報告することを忘れるなよ」
シルバは銀色の体と同じ色の頭をポリポリしながら、おちゃらけた後輩を心配していた。もちろん、彼がそんな態度をとるのは、照れ隠しならぬ緊張隠しであることが、レンタには膝の微かな震えが見えてわかっていた。
――シルバは、レンタ達資格者が戦いの中で命を落とすことを何よりも恐れていた。分隊長という立場を与えられ、彼らの様に前線で命を賭けることが出来ないという悔しさと共に。
「さて、そろそろ出発だな。今生の別れになるかもしれん。何か俺に言っておきたい事はあるか」
「縁起でもない事言わないでくださいよ。でも、敢えて言うなら、弁当を家に忘れた時、昼飯を奢ってくれてありがとうございました」
「そうそう、あの時はたまたまOBとして訪れたが、持参の弁当が多いと思っていて……って、今思い出すところそこか!?――まあ良い、死なないように頑張れよ、レンタ」
「はい!」
こうして、次々と転送装置に送られていく資格者達。レンタは誕生日が年度最後の日のため、他の全員を見送ることとなった。
「レンタ、契約するヒトに迷惑かけないようにね」
「ああ、ありがとう、ジリカ」
「じゃあな、怖くてちびらないように気をつけろよ!」
「お前もな、クロマ!」
親しい者たちとしばしの別れを告げたレンタは、最後に18年程暮らした故郷とも一時の別れを告げる事となった。
必ず、世界を救う戦いの役に立つ……その想いを口に出さず、ギュッと胸の中に仕舞い込んだレンタは、転送装置に乗り込み、光の中へと消えて行った。
――この時のレンタはまだ知らなかった。彼の想像や予感を遥かに超えた運命が、すぐに待ち受けていることに……
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俺がお前らを信じたように、お前らも俺を信じてくれ。
お前らが、俺を守ってくれるなら――俺は、お前らの笑顔を守りたい。
なぜなら、俺は――――!