【短編】盲目剣士、異世界無双修行 〜高校生じゃないと追放されたが、某はこの世界で剣の道を極め、弱き者を助けることにする。戻ってこい?今更何を言っているのかわからぬな〜
新作短編です。
よろしくお願いします。
「――むっ?」
何が起こったのだ?
某は確か、森の中を歩いていたはずだ。
しかし気がつくと、木々の匂い、土の匂いなどはなくなり、どこかの建物の中に入っているようだ。
「おおっ! 召喚は成功したようだ!」
「これで我々の国は救われるぞ!」
何やら周りで騒いでいる者達がいる。
人数は……五人か。一人だけ女性が混ざっているようだ。
敵なのかもわからぬので、とりあえず腰に携えている刀をすぐ抜けるように準備しておく。
しかし、某のことを見て騒いでいるのであろうか?
「失礼、ここはどこであろうか?」
「おっ、しっかりこっちの言葉を喋っている。やはり成功したようだな」
「陛下、だがこの者、『学生服』というものを着ていない様子」
「そのようだな……まさか、『高校生』ではないのか?」
「……某の問いに答えていただけぬか?」
なんだこの者達は……だがどうやら、某のことをここに呼んだのは、この者達のようだ。
話を聞かなければいけぬな。
その後、某はこの者達から話を聞いた。
どうやらここは、某がいた日ノ本とは別の場所らしい。
ベイタン王国など、聞いたこともない。
まあ某も学がある方ではないから、もしかしたら日ノ本のどこかにあるのかもしれんが。
そしてこの者達は、ユウシャなる者を召喚しようと儀式をしていたようだ。
誠に不思議だが、その儀式により某は森からこのよくわからない場所に召喚された、ということらしい。
「ふむ、なるほど……意味がわからぬな」
「『日本の高校生』とやらに『異世界召喚』と言えば、だいたいは通じると言い伝えではあったのだが……なぜわからんのだ?」
「そう言われても……某は、まずそのコウコウセイとやらじゃないのでな」
「何!? 高校生じゃないだと!?」
某の一言に、ヘイカと呼ばれた者が声を上げ、それ以外の者達も騒ついている。
「お、お前、高校生じゃないのか!? 言い伝えでは、勇者は日本の高校生だと……!」
「コウコウセイなど、聞いたこともないな。ニホンというのは、日ノ本でいいのか?」
「こ、こいつは、勇者ではない……くそっ! 失敗だ!」
ヘイカと呼ばれし男が、ドンっと拳を座っている椅子の肘掛に叩きつける。
むぅ……どうやら某は、お呼ばれしたのではないようだな。
「へ、陛下、ですが召喚した者は、とても大きな力、『チート』を持っている可能性が高いと聞きました。この者にもそれがあれば、もしかしたら……」
「そ、そうか、そうだったな。お前、聞いていただろう? チートというのは持っているのか?」
「チート? どういうものだそれは?」
「そんなものも知らぬのか!? では、ステータスと唱えれば、お前の能力が出てくるから、それを言え!」
「すてーたす……?」
その言葉を言うと、何かが某の前に現れた気がした。
反射的に柄に手を構え、臨戦態勢に入ってしまったが……特に何も起こらないようだ。
「では、お前の能力は……そういえば、お前の名を聞いていなかったな」
「某は、刀夜と申す」
「そうか。ではトウヤ、お前のステータスの能力欄には何がある? 何か強いチート能力でもないか? 職業欄でもいい、そこに勇者とでも書かれていれば、完璧だ」
「……ふむ、わからぬ」
「何? いや、チート能力は最初はわからぬこともあると言う。とりあえず、その能力名を読み上げてみよ」
「あいや、そうではない。某は、目が見えぬのだ」
「何だと!?」
某の言葉に、また周りが騒ついたのがわかった。
というよりも、気づいていなかったのか。
ずっと某は、目を瞑っていたのだが。
「生まれた時から盲目なのだ。だから某の前に何か書物があるのかわからぬが、それを読むことは出来ぬ。かたじけないな」
「な、なんと……目が見えぬ者など、勇者なはずがない……!」
「そうですな、陛下……この者は、絶対に我らの国を救ってくれる勇者などではないようです」
「なんと不愉快な……! こんな奴、ステータスを見るまでもないわ! 兵士よ、そいつを王宮から追い出せ! こんな出来損ないの者など、顔も見たくないわ!」
……どうやら、ヘイカとやらは某の存在が嫌な様子。
まあそれは某も同じこと。
いきなり呼び出しておいて、なんと無礼な態度だ。
某もこんなよくわからない場所にいたくない。
兵士と呼ばれ近寄ってきた者が二人。
「あいや、某もここには特に用はない、それに縛られるのも好まぬのでな」
某を雇いたいという大名などもいたが、某はそれらを全て断ってきた。
ただ某は、剣の道を極めたいだけなのだから。
「某は何者にも縛られぬ。そなたらも某に用がないのであれば、某の足でここを出よう」
そう言ってここから出ようと出口の方へと行こうとしたのだが、兵士はそれでも寄ってきた。
「案内を頼めるか? 某はこの建物からの出方がわからぬのでな」
「それなら俺達が引きずればいい話だ。目が見えぬのだから、それが早いだろう」
「いや、そなたらが前を歩けば、某はそれについて行く」
「何を偉そうに。いいから行くぞ!」
某の腕を掴もうとしてきた兵士……それを身を引いて避ける。
「触らぬな。某の利き腕を、そなたらのような者に触らせたくないのでな」
「なんだと!? ふざけやがって!」
兵士が激昂し、某の面を殴ろうとしてきた。
それを察知してしゃがんで避け、鳩尾に刀の柄をめりこませる。
「うっ……!?」
「貴様ぁ!」
もう一人の兵士が剣を抜いたのを察し、某も刀を抜いた。
上段から某の頭目がけて振り下ろしてきたが、それを防ぐ。
防いで受け流し、相手の体勢を前のめりにしてからその胴体に刀を振り抜く。
「がっ……!?」
「無駄な殺生は好まぬ」
峰で打ったがそれなりの威力、兵士は気絶してその場に沈み込む。
「なっ……!? き、貴様、目が見えぬのではないのか!?」
「目は見えぬと言ったが、戦えぬと言った覚えはない。某は、最強を目指す剣士ゆえ」
最強の剣士になると決めているのだ。
目が見えぬなどという言い訳は、誰が許そうとも某自身がそれを許さぬ。
最強の剣士になれなかったら、それが某の限界。
目が見えないなどという言い訳は、死んでも使わん。
「案内をしてもらえないようだが、某はもう行く」
某の言葉には誰も答えなかった。
そして某は、その建物の構造をなんとなく把握しながら、外へ出た。
◇ ◇ ◇
アイナ・キュール・ベイタンは、とても困惑していた。
いや、アイナだけじゃなく、王の間にいた他の者も同じように驚き戸惑っていた。
言い伝えにあった、異世界人を召喚する儀式。
それはほぼ完璧に実行でき、召喚陣の中心には一人の男性が現れた。
言い伝えでは、学生服というものを着ていることが多いとされていたが、その男性は違った。
あとで聞くと着物、というものを着ていて、ヒラヒラとして動きにくいのか動きやすいのかわからない服だ。
それに歳も、だいたいは十六歳前後の者が来るとされていたが、その男性はどうみても二十代後半に差し掛かっているような見た目。
黒髪で乱雑に後ろでまとめていて、スラッとした体格で、顔立ちは整っていた。
ずっと目を閉じているように見えたが、普通に歩いているので細い目をしているのだと勘違いをしていた。
しかし、彼は目が見えていないという。
それを聞いてアイナの父、ベイタン王国の国王が「こいつは勇者ではない」と決めつけ、追い出したのだが……。
「何者だったのだ、あいつは……!」
ベイタン王国の精鋭部隊の兵士を、軽く二人を倒してしまった。
しかも手加減をして。
本当に目が見えていないのだろうか?
目が見えていないのに、精鋭部隊の拳を躱し、剣を防ぎ流し、気絶させる?
そんな芸当が出来るのなんて、ただの一般人じゃない。
言い伝えでは異世界人を呼んだとしても、その者がすぐに戦えるわけじゃないとあった。
戦いに慣れぬ者がいきなり強い武器を渡されても、戦えるわけがないだろう。
多少の訓練は絶対に必要なのに……。
(あの方は、戦いに慣れていらっしゃる。まず武器をお持ちでしたし、その扱いも素人目ですが、精鋭部隊の方よりも優れていました……)
確かに言い伝えにあった、勇者ではないのかもしれない。
だけど……もしかしたら。
(勇者なんかよりも……強い人を、呼び寄せてしまったのかもしれません)
アイナは先程の光景を見て、そう思ってしまう。
「まあいい。次はしっかりと勇者を呼ばなければな。次の儀式の準備をしろ。ったく、準備には一ヶ月以上かかるというのに、あんな盲目の奴を召喚してしまって……最悪だ」
アイナの父親である国王は、あの男をまだ舐めているようだった。
それを咎めるほどの力を、アイラは持っていない。
実の娘で、長女であるアイラだが……この国王は、アイラに何も価値を見出していない。
アイラの弟が何人かいるが、弟達を次期国王として育てている。
実の父親の国王は、アイラを政略結婚などが出来る手札くらいにしか思っていない。
先程の召喚の儀式に呼ばれたのも、召喚される勇者などが王女などに惚れることが多いと言い伝えがあったので、その勇者をこの国に留めておくためだけの手段として呼ばれたのだ。
言い伝えの通り、勇者がアイラに惚れでもしたら万々歳。
アイラは勇者がどんな男でも、力を持っているとしたら勇者の女にならないといけなかった。
それがなくなって、少しホッとしているのも実際ある。
「アイラ、お前は部屋に戻ってろ。また何かあったら役に立ってもらうぞ」
「……はい、わかりました」
アイラの顔も見ずに命令を出した実の父親に、アイラも感情のない返しをして王の間を出る。
(こんな国……勇者など現れない方がいいです)
本来なら、勇者を召喚する儀式は、魔王などの世界を闇に陥れようとする者が現れた時だけにする、神聖なる儀式だ。
それなのにこのベイタン王国は、他の国を落とすため、他の種族を落とすためだけに使おうとしているのだ。
今回勇者が現れなかったのは、ベイタン王国のそんな魂胆を見抜かれたせいだったのかもしれない。
(じゃあもしかすると……先程の、トウヤ様がいらした理由は――この国を、粛清するためなのかもしれません)
この国の王女であるアイラは、本当ならそれを怖がり、やめてほしいと思うべきなのかもしれないが……。
全くそうは思えない。
(この国は……腐っていますから)
獣人などの人族とは違う種族を亜人と呼び、奴隷として働かせている。
今回、勇者を召喚しようとしたのも、獣人の国を侵略して奴隷として手に入れたいからだ。
もともと人族は獣人などを迫害するようなことが多い。
人に近い身体を持っている獣人もいるが、だいたいはほとんど獣に近い身体を持っている。
だからこそ、人族は獣人などを迫害し、亜人と呼び、奴隷として使っている。
アイラはそれが嫌だった。
この国の王女として、亜人を毛嫌いする者達に育てられたにも関わらず、アイラは獣人を迫害する気にはならなかった。
むしろ迫害している父である国王やこの国の人々が嫌いだった。
(いつか……私はこの国を出たいです。政略結婚などで他国にいくのではなく、自由に……それこそ、先程召喚されたあの方のように)
この不自由な立場、国に縛られずに……自由に。
そう思いながら、アイラは自室へと戻った。
◇ ◇ ◇
「な、なんだここは……!?」
某は……とても疲れていた。
あの呼び出された建物から出ると、そこは摩訶不思議な世界だった。
ここはいわゆる、都会と呼ばれる場所なのだろうか?
まず人が多すぎる……。
あのヘイカと呼ばれていた者は、この国の将軍のような者だったらしいから、その者がいる街は大きいのは当たり前だろう。
だがこれほど人がいるとは……。
目が見えない某は、人が多いところが苦手だ。
音や匂い、空気の揺れなどで周りの状況を探知しているのだが、人が多いとそれがわかりづらい。
こんな人が多すぎる場所よりも、某は一人で森の中、野宿していた方が気が楽だ。
とりあえず街の外に出ようと思ったが、何やらこの街は大きな壁に囲まれている様子。
なぜあんな壁に囲まれているのか?
もしかして、この街から出れないのか?
そう思ったのだが、道行く人に話を聞いてみると、普通に出入りする門があるようだ。
「かたじけない。礼を言う。一つ問うてよいか? あの壁は、なぜあるのだ?」
「なんでって……そりゃ、魔物とかに襲われないようにだよ」
「マモノとは、どういったやつだ?」
「知らないのか? 人間を襲うような動物だよ」
「普通の動物とはどう違うのだ?」
「普通の動物よりも凶暴だったり、強かったりするんだよ」
「ほう……それはそれは。とても興味深い。あいわかった、重ねて礼を言う」
道行く人が言うには、あの壁はマモノという獣を街に入れさせないためのものなのか。
「ふむ……どれほど強いのか、興味があるな」
この街を出るのが楽しみになってきた。
某は強くなるために、日ノ本を旅していた。
強者の噂があれば、その者と戦うために。
某は、最強の剣士になりたいのだ。
剣を、極めたいのだ。
マモノか獣か知らんが、某の強さの糧となればこれ幸い。
「とりあえず……この街中から出よう」
こんな人が多い中にいると、気分が悪くなってしまう。
某は道行く人に教えてもらった門の場所まで、人混みを抜けるように走っていった。
すぐに着いて、門を出て街の外へ出た。
街の外は草原で、多少道は整備されていたが、ほとんどされていない。
遠くの方に山が、その手前に森があるのがわかった。
「ふむ、とりあえず森へ行こうか」
某は旅をしていたから、森の中で野宿をすることが多かった。
それに鍛錬も森の中で一人で、朝から晩まで……いや、朝から次の朝までやり続けることもあった。
森はいい。
木々の匂い、土の匂いや足裏に感じる感触、静かな世界だ。
とても癒され、そして鍛錬はこれ以上なく集中出来る。
「よし、森へ行こうか」
森へ行けば食事も出来るだろう。川などがあれば水も確保出来る。
善は急げだ、鍛錬も兼ねて走っていこう。
そして某は、草原を抜けて森へと向かった。
「ふむ、森は日ノ本と変わらないようだ。葉の匂い、土の匂い……あちらに水の流れる音がするな」
音の遠さ的に、水があるのは一里先ぐらいであろうか。
またそちらの方に走っていこう。
一里ぐらいだったら、ほんの一分程度で着くだろう。
某は水の方へ向かって走りながら考える。
ここは日ノ本と同じような森だが……やはり少し違う。
特に匂いでわかるのだが、ここにいる獣は日ノ本とは比べ物にならないくらい強いようだ。
それがこの森の中をうじゃうじゃといる……。
ははっ、楽しみだ。
どこに連れてこられたのかまだ見当もついていないが、これはこれでなかなかいい経験だ。
某は最強の剣士となるため、死闘を欲する。
人間相手に勝ち続けるのも、飽きてきた頃だ。
獣が人間よりも強いのであれば、とても楽しめそうであるな。
まずは……水分補給をしないとな。
どれだけ強くなっても、人は水や食料がなければ死ぬ。
前に水も食料もなしに鍛錬を三日ほどぶっ続けたら、死にかけたことがある。
あれはもう味わいとうないからな。
◇ ◇ ◇
カーリン・バルテルスは、奴隷だ。
ベイタン王国の奴隷である彼女は、獣人だ。
褐色の肌に薄汚れた赤みがかったの髪の毛は、乱雑に伸びて彼女の整った顔の半分を隠している。
そして獣人として特徴的な、頭頂部から生えた狐の耳。
尻尾も生えていて、どちらも髪の毛と似た色をしている。
彼女はベイタン王国の貴族の奴隷だ。
今も王都に続く森の中を、馬車代をケチった主人の命令で、荷車を仲間の奴隷と引っ張っていく。
仲間の奴隷といっても、全員彼女よりも年下だ。
だから力がなく、荷車を引っ張る力もあまりない。
荷車に乗っている主人が怒らないよう、彼女が頑張って他の奴隷の子の分を補うように強く引いていく。
最低最悪な肉代労働だが、子供達を守るためにやるしかない。
そうして森の中を歩くよりも少し速い速度くらいで進んでいたら……魔物に襲われた。
馬車代をケチる主人だが、自分の身を守るためのお金はさすがにケチらない。
冒険者をしっかりと雇っていたが……今回は、相手が悪かった。
「くそっ! 何でこんなところにオークキングがいるんだ!?」
豚のような顔をした、巨大な人型の魔物だ。
大人の男性の二倍以上はある背丈。横幅も四人分くらいある大きさ。
その体格に見合う力を持って、持っている棍棒で相手を叩き潰す。
最初に前衛を務めた冒険者が大きな盾を持っていたのだが、盾ごと吹き飛ばされて即死した。
なかなか強い冒険者を雇っていたようだが、オークキングを討伐出来るほど強さは持っていなかった。
このままでは全滅する……そう思った貴族の主人は、自分達が連れている荷物置いていくことにした。
もちろん――荷物を引っ張っている、奴隷達も。
「お前らぁ! 囮になれ! ここで私のために死ぬのだぁ!」
そう言いながら、冒険者達を連れて森の外へ向かって走っていく。
しかも……囮にするために冒険者に命令し、奴隷の子供達に傷を負わせていった。
五人ほどいる子供達が、全員怪我を負わせられた。
しかも冒険者も慌てていたからか、致命傷を与えられた子供もいる。
絶対に、逃げられない。
「くそ、くそっ! ふざけるなあのクズが!」
カーリンはいなくなった主人に向かって暴言を吐くが、状況は改善しない。
一瞬だけ逃げていった奴らに気を取られたオークキングだったが、すぐに目の前に転がっている五人の子供に目を向ける。
その前に立って、子供達を守ろうとするカーリン。
だがその戦力差は歴然、どうやっても勝てるわけがない。
「お、お姉ちゃん、逃げて……!」
「あんた達を置いて、逃げられるわけないでしょ!」
確かにカーリンだけだったら、こいつから簡単に逃げられるだろう。
獣人は人族よりも身体能力が高い。
逃げようとすれば逃げられるが、そんなことは絶対にしない。
そんなことをすれば、あのクズの主人と同類になってしまう。
この子供達を見捨てることも、カーリンには出来ない。
だが……逃げずに戦ったとしても、オークキングに勝てるほど、カーリンは強くない。
(どうする、どうする……!?)
どれだけ考えても、この状況を打破する手は出てこない。
もう絶体絶命、ここで子供達と一緒に死ぬ……そう悟った時。
「ふむふむ……やはり某の感覚が狂ったわけじゃなさそうだな」
そんな呑気な声が、カーリンの狐の耳に届いた。
声がした方を見ると、そこには人間がいた。
先程まで一緒にいた冒険者などではなく、初めて見る男の人間。
その男が、こちらに近づきながら、オークキングを見上げる。
「高さは……十五尺ほどか? 横幅もなかなかある。重さも百貫以上はありそうだ」
オークキングの体格を冷静に分析しているようだが、何か様子が変だ。
「しかし、これがマモノというものか? 二本足で立ち、これほどの大きな獣は、初めて見た。おそらくマモノなのだろう」
そんなことを言っている男だが、普通ならばこんな化け物、見た瞬間に魔物だとわかるはずだ。
そして、カーリンは気づく。
(あの人、目が見えていない……!?)
先程からずっと目を瞑っている。
瞼を開けない理由など、カーリンは目が潰れている、目が見えない以外の理由が思い浮かばない。
奴隷の中でも、そのような者が多くいるので、カーリンは気づいた。
だがなぜ目を閉じているのにも関わらず、あれほど正確な情報を把握出来ているのだろうか。
まず目が見えていないのであれば、この森を普通に歩くのですら困難なはずだ。
それなのに、気づいたらオークキングの側にいた男。
つまりそれは、カーリンとオークキングが察知出来ない速度で……こちらにまで近づいたからではないのだろうか。
(そんなこと、出来るの……?)
そう思ったカーリンだが、オークキングが動いたことにハッとした。
オークキングは、目が見えない男、盲目の男に近づいていく。
図体がデカいからか、速度はあまりない。
「そこの人! 早く逃げて! オークキングがそっちに向かってる!」
カーリンがそう叫ぶと、男はカーリンの方に顔を向けて笑みを浮かべる。
「ご忠告感謝する。だが心配ご無用だ」
「いやいや! 私と喋っている暇があったら逃げて! もう目の前にいるから!」
すでにオークキングは、棍棒を振り下ろす体勢に入っている。
それなのに男は、カーリンの方を向いて喋りかけて、無防備のままだ。
そして……棍棒は振り下ろされ、大きな土埃が上がった。
カーリンからは何も見えなくなったが、最後まで笑顔でこちらを向いていた男が、物言わぬ死体になったのは明白だった。
次は自分達の番なのか――そう思うと、恐怖で身体が震える。
「ふむ、貴殿は素晴らしい心意気をしている」
「っ!? え、えっ!?」
カーリンの後ろから声が聞こえ、驚きながら振り向くと、盲目の男がいた。
「な、なんで、今、潰されて……!」
「あんな遅い攻撃に某が当たるわけがないであろう」
遅い攻撃……確かにそうだったが、男は当たる直前まで動いていなかったはずだ。
それなのに、カーリンが気づかぬ間に後ろへと回っていた。
どれほど速いのか。
「名を何という、女君」
「わ、私? カーリンだけど……」
「では、カーリン殿。何やら助太刀が必要な状況のようだ。某が助太刀いたそう」
「ど、どうして……私達、獣人を……」
カーリンは不思議で仕方なかった。
人族の者に助けられるなんて、今まで考えたことがなかった。
なぜならカーリンはずっと人間から逃げ続けてきて、最近捕まって奴隷になったのだ。
人間とは、獣人を奴隷扱いし、最低でクズな生き物だと思っていた。
先程も人間の主人に囮にされ、捨てられたばかりだ。
本当なら、盲目の男が来た時、人間だと気づいた時、逃げればよかった。
声なんか掛けず、男を囮にして逃げればよかったのだ。
しかしカーリンはそんなことはしたくなかった。
「ジュウジンが何なのかは知らんが、貴殿は素晴らしい心を持っている。子供を守るために、勝てない相手に立ち向かう心意気。天晴れだ」
「っ! そ、そんなの、当たり前で……」
「それを当たり前と言い切り、実行出来るのが綺麗な心を持っている証拠。先程逃げた輩なんかよりも、実に美しい」
「……っ!」
カーリンは盲目の男の言葉に、涙が溢れる。
自分でも間違っているかもしれないと思っていた。
子供達を置いていけば、一人で逃げれる。
自分の命が大事なら、それをするのが絶対に正解なのだ。
だがカーリンの心が、それを許さなかった。
それを認めてくれる盲目の男の言葉が、何よりも嬉しかった。
「だから某は、貴殿のような美しい心を持った者を守ろう。某は剣の道を極める者。道を極め切ったその先に、貴殿のような者を守りたいという目標もあるのだ」
盲目の男は、カーリンの前に出る。
目の前には、先程の攻撃で男を潰せずにイラついたオークキングの姿。
真正面からそれを見据え、男は腰に携えた刀の柄に手をやる。
「刀夜、参る――」
オークキングがまた歩いて刀夜に近づき、棍棒を振りかぶる。
またそのまま振り下ろす――かと思いきや。
「神刀夜流――天の煌めき」
瞬間――オークキングの動きが、止まった。
カーリンの目には、いつの間にか刀夜が刀を抜いており、それを下から斬り上げたかのような体勢で止まっているのが見えた。
いつの間にそんな体勢になったのか、目を逸らしていなかったのに、見えなかった。
そして……オークキングの身体が、半分に割れた。
「なっ……!?」
股下から入り、頭まで刀が抜けたのか。
縦に割れたオークキングは、血を吹き出しながら地面へと倒れた。
「これほどデカい獣を斬ったのは初めてかもしれん。ふむ、いい経験となった」
「ま、まさか、オークキングを、一撃で……!」
信じられない光景だった。
盲目の男が、小さな町だったら壊滅させてしまうような魔物を、一撃で倒してしまうなんて。
「カーリン殿に怪我はないか?」
「う、うん、私は大丈夫……あっ、子供達!」
カーリンは呆然としていたが、怪我と聞いて奴隷の子達を思い出す。
近寄って傷を見たが、何人かの子供はこのままだと死んでしまう。
早く手当てをしないといけないが、ここには医療器具など何もない。
カーリンは治療魔法も使えない。
ただでさえ子供で体力もなく、先程までの重労働で疲れ切っているというのに。
「ど、どうしよう……!」
「ふむ、某も医術の知恵や腕があるわけじゃなく……困ったものだ」
カーリンが膝をついて子供達の様子を見ていると、刀夜がため息をつき……左方向を向いて、喋る。
「そこの御人、助けてはくださらぬか?」
「えっ? だ、誰に言って……」
刀夜は左方向に、誰かがいると確信して喋りかけた。
そしてその人物は、急に姿を現した。
今まで透明だったのか、虚空からいきなり現れたのだ。
「えっ!? じゅ、獣人!?」
カーリンの言う通り、現れたのは女性の獣人だった。
「……透明になっていたはずだが、なぜ気づいた?」
「某はもとより盲目。目で見えないものが見えるのだ」
「……なるほど」
その獣人は冷たくそう言い放ち、二人に背を向ける。
「ついてこい。こちらに村がある、そいつらを手当する。お前も来い、人間」
「あいわかった。カーリン殿、某もこの子達を運ぶぞ」
「あ、ありがとう」
「……私も手伝おう」
その後、三人は怪我をした子供達を運んでいった。
――数百年後の未来。
獣人の人々は、この出会いを奇跡と言い伝える。
人間にして、獣人の救世主となった男、盲目の剣士、刀夜。
人族に虐げられている世界の常識を、変える男となる。
この出会いが歴史を変える奇跡と知るのは……まだ誰も知らないのであった。
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