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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔王様の代理につき

作者: 空色

『親愛なるイーリスへ


 お兄ちゃんは少しの間留守にします。あとの事はお前に任せたよ。大丈夫、お前なら出来るとお兄ちゃんは信じているから。


 いつも遠くでお前を見守ってるよ。


 お兄ちゃんより愛を込めて☆』


 一通の置き手紙を残し兄が消えた。

 その置き手紙を読んだ瞬間、高笑いする兄の姿がイーリスの脳裏を走り抜けたが軽く頭を振って打ち消した。 


「…………」


 イーリスはその手紙を無言で破り捨てると頭を抱えた。

 イーリスの兄は元来自由奔放な人で、イーリスは幾度なく兄の奇行に悩まされていた。だからといって、手紙一枚で失踪するようなことはなかった。寧ろ、今まで無かった事の方が不思議なくらいである。


 ──兄の失踪。ここが普通の一般家庭なら少し騒ぎになるだけで済んだかもしれない。いや、一般家庭でも大いに騒ぎになるだろうな。


 などと考えて、イーリスは盛大に溜め息を吐いた。


「──イーリス様、ご準備を」


 イーリスの後ろで控えていた男が声をかける。その声音は淡々としていて全く感情を感じさせない。イーリスは虚ろな瞳で後ろに立つ長身の男を見た。肩までの艶やかな黒髪をリボンで一つに結わえ、皺一つ無いお仕着せを着込んでいる。立っているだけで、絵になるような美しい男だが、その顔は声音と同様に感情を感じさせない。彼の名はアーノルド、魔王の執事である。


 ──自分の主が失踪したというのに、全く狼狽えていない。あの兄だからこの程度は想定の範囲内ということか?


 そんな事を考えていると「イーリス様」と再び感情のこもらない声で呼ばれた。


「わかっている」


 少しムッとしながら、そう答えた。内心ではこれが全て夢であって欲しいとイーリスは切実に願うのだった。


 イーリスは基本面倒な事が嫌いだ。目立つ事や派手な事が特に苦手で部屋に籠って本を読み耽る方が好きな引きこもりである。当人は日々平穏な日常を過ごしたいだけなのだが、矢鱈と目立つ兄がいるせいで必然的に厄介事に巻き込まれている。

 なにせ、イーリスの兄は誰が見ても見惚れる程の完璧な美貌を持つ───()()()()()魔王なのだ。


 アーノルドと共に大広間に顔を出すと事態を知った面々が既に揃っており、イーリスの到着を待ち望んでいた。心底うんざりしながら、広間に集まった面々を見渡した。その顔は事態を面白がる者、呆れている者、不安そうな者と様々だ。


『御待ちしておりました。魔王補佐官改め()()()()様』


 恭しく一同は礼をするが、イーリスは一同を訝しげに見廻す。


「魔王代理だと?」


 イーリスは首を傾げた。()()()()など今まで聞いたことがない。


「イーリス殿が驚かれるのも当然でしょう」

「魔王様が不在故、魔王様の帰還か次期魔王が決まるまでの間イーリス殿には魔王様の代理を勤めて頂くことになりました」

「は?」


 イーリスは思わず間抜けな声を挙げてしまった。

 何故ならば、魔王とは本来世襲制ではなく完全な実力主義であるからだ。魔王の座を狙う者達にとっては魔王不在は謂わば好機。代理など立てる意味もなく邪魔なだけだ。当然、魔王の座を放棄したとばかりに次の座を狙ってくると思っていた。現魔王の兄弟ではあるが部下に当たるイーリスは魔王城からの退去を魔王候補達から命じられると思っていた。そもそもイーリスには争う気も力も足りないので了承するしかない。


「現在、現魔王様以外の魔王候補の実力は皆拮抗しております。その為、次期魔王選びは長引くと予想されます。故に、イーリス殿、貴方にはその間の魔王の代理として国事を行って頂きたいのです」

「私が何故そんな事をしなければならん。 皆同じ意見なのか?」

「我々の意見は一致しております。ご安心を」


 ──いやいや、全く安心できない! 

 おおよそ兄から王座を奪う事は出来なくても、私なら何時でも奪えるという余裕があるせいだろう。そもそも私は王座になど興味が無い。私に国の政治を任せつつ自分達は王座争いに精を出す、ということだろうか?──なんとまあ傍迷惑な話である。


 イーリスは心を落ち着かせる為に大きく深呼吸する。


「わかった」


 イーリスは渋々ながら了承した。実際、実力で劣るイーリスが魔王候補達に逆らえるわけがない。はっきり言って彼らを敵に廻す事だけは避けたい。魔王である兄が健在とはいえ、失踪中。彼らも容易には手を出しては来ないだろうが、極力敵対関係になるのは避けるべきだろう。


「まぁ、やる事と言えば、魔王補佐官の仕事と同じだ」


 イーリスは今まで魔王の補佐として魔族の国を実質的な執務を取ってきた。


 ──兄上が帰って来るまでの間なら何とかなるだろう。…………多分。


 但し、その肝心の魔王はいつ帰って来るか分からないが。



 ☆☆☆☆☆



 さて、歴代最強の魔王こと、イーリスの兄が失踪して既に2週間が経とうとしていた頃、イーリスは重大な事に気付いてしまった。


「兄上がいないとこんなにも仕事が捗るなんて……!」


 イーリスの呟きを聞いた書記官達も大きく頷いている。

 気付きたく無かった事実である。要は、イーリスの被る厄介事の8割が魔王である兄の仕業であったのだ。


 例えば、城の外壁がいつの間にか破壊されているなんてものは可愛らしいもので、東の火山が噴火すれば、西の山脈に巨大な穴が空き、南の海が荒れるといった感じである。細かい事まであげていけばともかくキリがないのである。


 ──我が兄上ながら情けない!!


「今まで皆に兄上が迷惑をかけていたのだな」


 しみじみとイーリスが言うと、補佐官や書記官達も感動して内震えている。「イーリス様……!」と涙ぐむものまでいる。


 ──兄上に随分と酷使されていたようだ。兄の居ない間ゆっくりと休みを取らせなければならないだろう。


 などとイーリスが呑気な事を考えているとコンコンと執務室のドアをノックする音が聞こえた。


「入れ」


 イーリスが短く返事をするとドアを開けて入って来たのは執事アーノルドだった。


「兄上の行方は何か掴めたのか?」


 イーリスはアーノルドに兄の捜索を任せている。ここ2週間芳しい成果は得られなかったようだ。仕方あるまい、相手は歴代最強の魔王だ。幾ら派手で目立つ兄だとしても本気を出されたら簡単に見つかる筈もないだろう。


「いえ。実は、東の大陸──人間国で動きがあったようです」


 この世界は西の大陸と東の大陸に別れている。西は魔族の国、東は人間の国である。両国は古くから歪み合う間柄だが、現在は休戦中だ。


「人間国だと? ここ数年は人間の国とトラブルは無かった筈だぞ」

「ええ。ですが、人間国は勇者を我が国に派遣した様です」

「……それは、兄上が失踪した件と関わりはあるか?」

「無いとは、言い切れませんね」

「あるんだな」

「……魔王様の迷わ……、いえ芸術的な行為が人間国にとっての抑止力となっていたのでしょう」


 いまコイツ迷惑行為って言おうとしたな。絶対態とだ。だが、兄上の行動が他国への抑止力となっていたのは盲点だった。とりあえず勇者をどうにかせねばなるまい。


「勇者の現在地は把握しているか?」

「はい。既に近くに部隊を配備しておりますので、ご命令があれば、何時でも勇者を捕縛出来ます」

「仕事早いな……」


 ──いつの間に。


 驚きを通り越して呆れてしまった。何ともアーノルドは有能で執事である。



 ☆☆☆☆☆



 ──数時間後、イーリスとアーノルドは国境付近の森へとやって来ていた。


「──何故、捕縛なさらないのですか? 命令一つで如何様にも、それこそ煮るなり、焼くなり、切り刻むなり」

「物騒だな!」


 木陰に身を潜め、アーノルドは無表情のまま言った。表情とは裏腹にかなり不服そうである。


 さて、なぜ我々がこの様な場所いるかというと、決して勇者を捕縛して、煮たり、焼いたり、切り刻んだりする為ではない。断じて違う。あくまで勇者に()便()()帰ってもらう為だ。


「何故です?」

「いや、色々あるだろう? 外交問題とか諸々……、出来る限り穏便に済ませたい。それに」

「なんて煩わしい。刺客(勇者)を差し向けてきたのはあちら(人間国)だと言うのに穏便に済ませてやる義理など無いではありませんか」


 無表情だが、語尾が荒い。相当、頭にきているようだ。果たして続きを言ってしまっても大丈夫だろうかと、イーリスが思案しながら告げた。


「…………それに、見てみたいじゃないか、人間国の勇者」

「…………………」


 無言になるアーノルドに、居心地悪そうにイーリスは目を泳がせる。視線が痛い。


 ──人間国の書物によると、人間国の勇者は百年に一度しか現われないそうだ。聖剣を持ち魔王と対等に戦う能力を持つ超人。見てみたいじゃないか。


「……方法は考えているのですか?」

「え?」


 アーノルドがじっとイーリスを見る。


「態々、魔王代理である貴方様が出向いておいて無策という事はないでしょう?」

「…………」

「ありますよね?」

「……話合いとか」


 当然ありますよね? と尋ねるアーノルドにイーリスが気不味そうに小声で答える。


「成程、武力行使。強制送還ですね!」

「待て! 何でそうなる!?」

「拳と拳の話合いでは……?」


 顔は無表情だが、本気で不思議そうなアーノルドにイーリスは困惑する。


 ──いやいや、何処の不良だ。これも実力主義のお国柄のせいか。にしても、アーノルドまでこうも好戦的とは知らなかった。何時もは魔族の中でも比較的温厚な文官達に囲まれているせいで少々感覚がズレているのかもしれない。


 イーリスが一人思案していると、1羽の蝙蝠が飛んできた。アーノルドの使い魔だ。


「敵セッキン! 敵セッキン!」


 甲高い声で(勇者)が国境越えてやって来た事を告げる。人間国を出立してから然程時間が経っていない。随分早い到着にイーリスは違和感を覚えた。アーノルドに引っ張られるままイーリスは木陰に身を隠した。

 木陰から遠くを見渡すと街道の方に3人分の人影が見えた。

 中央の金髪の男が勇者だろう。ローブを着た魔道士。瓶底眼鏡をかけた学者らしき人物がいる。


「あれが勇者のパーティーか!」

「何故嬉しそうなのですか?」


 柄にもなく興奮気味のイーリスにアーノルドが冷めた視線を送る。イーリスはギギギッと効果音が付きそうな歪な動きでアーノルドの方に首を回した。


「いや、100年に一度現れる勇者というのも珍しいだろう……?」


 尻すぼみになりながらどうにか弁解する。アーノルドの視線が痛い。


「たかだか100年に一度ではありませんか。寿命が100年に満たない人間族には長い時間かも知れませんが、我々魔族には大した時間ではありませんよ」


 アーノルドの言葉に反論の余地も無い。魔族の寿命は種族によって異なるが、長い種族にであれば1000年を超える。確かにたかだか100年なのだ。


「ともかく勇者に接触せねばな!」

「貴方がですか?」


 無理矢理話題転換するも、アーノルドに訝しげに見られ生きた心地がしない。


「丁重にお帰り頂く為だ。変装でもすれば大丈夫だろう?」

「変装……」


 アーノルドが口の中で呟いた。何か考えがあるらしい。

 アーノルドの合図で、何処からとも無く現れたアーノルドの部下達によって、変装と1つのセットが整えられた。そのセットを見て、イーリスは眉を顰めた。


「…………これは何だ?」

「団子屋ですが何か?」

「それは見ればわかる。アーノルドこの格好は?」

「団子屋の娘と店主です。イーリス様が変装をご所望でしたので」


 アーノルドは「それが何か?」と言わんばかりの反応の薄さである。イーリスは自分の格好を確認してから、もう一度アーノルドを見た。


「一つ聞くが、何故、私が、団子屋の()、なんだ」

「……………………よくお似合いです」


 ──何だ今の間は。


 やはり不自然ではなかろうかと不安になる。美貌の魔王である兄上や、美男子のアーノルドならばそこにいるだけで華があるのにと微妙な気持ちになる。


 様々な不安を抱えながら団子屋の娘の格好で勇者を待つ事十数分。サクラ役のつもりなのかアーノルドの部下が各々茶や団子を食べながら寛いでいる。


「アイツら寛ぎすぎじゃないか?」

「問題ありません」


 無表情で言い放つアーノルドをイーリスは半眼で見た。見れば見る程怪しい。アーノルドは吸血種の一族だが、魔族の中でも特に見目麗しい者が多い。今現在団子屋で寛いでいるのも美男美女だ。


 ──美男美女が寛ぐ団子屋……、怪し過ぎる。勇者にも怪しまれるのではないだろうかか?


 徐々に不安が募るイーリスであった。だが、時は既に遅し、数メートル先に勇者一行が来ていた。


「ここは何だ?」


 勇者が団子屋を見ながら言った。金髪碧眼のキリッとした顔立ちの男で、背中に腰に剣を携えている。


「いらっしゃ……」

「お団子屋さんだね!」


 声を掛けようとしたイーリスを遮って瓶底眼鏡の学者らしき男が喋る。何故か一瞬背筋がゾッとして振り返るが、アーノルドは店の奥で何やら作業をしていた。

 もう一度、気を取り直して勇者一行に視線を戻した。勇者と魔道士らしき女は旅の軽装なのに対して学者らしき男はくすんだ茶色のボサボサ髪で、背が高いがひょろりとしている格好も旅装には見えない。とても勇者パーティーの一人には見えない人物だった。


「ねぇねぇ、ここで少し休んでいこうよ!」


 口調も軽く、テンションも高い。


 ──何なんだかこの感じ覚えがあるような……。


 イーリスは妙な親近感を覚えた。頭の端にキラキラ光を放つ謎の発光体()が浮かんだが、すぐに揉み消した。


「私も休みたいわ」


 ローブの魔道士も賛同した。長旅で疲れているらしい。


「仕方ないな……」


 渋々だが、勇者も賛同する。


「…………」


 ──全く怪しまれていない?


 怪しまれていない事に違和感を感じつつ茶屋を見ると、寛いでいたアーノルドの部下達はいつの間にか消えている。ご丁寧に食器類は全て片付けてある。アーノルドの教育の賜物かと感心する。


 ──さて、どうやって勇者殿にお引き取り願おうか……。


 アーノルドに言った手前何もしない訳にはいかないだろう。人間と遭遇する機会はそうそう無いので、少し惜しい気もするのだが、後ろにいるアーノルドの視線が痛い。


「──貴方様はもしや勇者様ではありませんか?」

「……何故、分かった?」


 勇者が眉を顰める。


「魔族の国に人間がいらっしゃることは珍しいです。見るからに行商人では無さそうですし、好き好んで魔族の国を訪れる方は珍しいですよ」


 イーリスは慣れない引きっつた愛想笑いを浮かべた。怪しまれないかヒヤヒヤしながら話し掛ける。勇者は納得した様で「そうか」とだけ言った。嫌に素直である。


「すまないが、魔王城への道を訪ねたい」

「ま、魔王城ですか?」


 そう聞かれて、素直に答えるはずがないだろうとイーリスは思うが、勇者は至って真面目に尋ねているらしい。


「──魔族とは意外と親切なのだな。魔族の国は殺伐とした野蛮な国だとばかり思っていたが……、魔族の国に入って道を尋ねたら此処までの道程を親切に教えてくれたんだ」


 ──は?


 勇者の意外な一言にイーリスは思わず素が出そうになるのを慌てて堪える。


「そ、そうですか?」


 勇者が地図を出す。そこに書かれているルートは確かに現在いる地点への最短ルートだ。やけに到着が早いと思ったが、成程、親切な魔族Aがいたのか。にしてもこの解説、詳しすぎるくらいである。そして、勇者は素直に教えられたルート通りに来たのかと少々呆れてしまった。そこでふと、イーリスは思いつく。


「しかし、勇者様。魔王様に会うにはアポイントメントが必要となのです。最低でも一ヶ月前には書面での通達が必要となります」

「アポイントメントが必要なのか!?」


 聞いた事がないと驚く勇者にイーリスは内心呆れながらほくそ笑む。


「はい、心の準備が必要なので」


 ──主に私のだが。荒らされるであろう城や領土の損害を前もって計算しておきたい。


 イーリスは心の中でを強く思った。


「魔王は小心者なのだな」


 勇者がそう呟くと「しつれいだな!」と横槍が入った。勇者とイーリスが同時に声の主を振り返る。学者姿の男からキラキラと星を撒き散らす美貌の男に姿が変わる。ついでに何故かシャララ〜と効果音がついている。


「兄上!?」

「兄上だと?」

「うわぁうっざ」


 イーリスと勇者が驚き、アーノルドが悪態をつく。


「バレてしまっては仕方がない!」

「自分でバラしといて何を言っているですか」


 勇者が目を瞠って、交互に魔王とイーリスを見比べる。


「よく見よ! 僕こそが真☆の魔王だ!」


 ちゃっかり決めポーズまできめている。


「……何やっているのですか?」

「大丈夫か?」


 目眩を感じ、ふらつくイーリスを何故か側にいた勇者が支えている。


 ──呆れてものが言えないとはこの事だ。


 ここで勇者と魔王が出会ってしまったら一体どんな被害が出るだろうと脳をフル回転し、その損害額を想像してイーリスは静かに気を失った。



 ☆☆☆☆☆



「──イーリスは予てより、人間族と友好を結びたいと申していたからな! 勇者が誕生したというし、折角だから僕が自ら連れて来ようかと思ってね☆」


「サプライズだよ☆」と笑顔でほざいている目の前の御仁をイーリスは胡乱げな目で見る。

 イーリスが気を失った後、勇者には丁重にお帰り頂き、イーリス達は魔王城に帰還した。そして現在に至るのだが。


 ──そんな事の為に城を留守にしたのか?


 この兄らしいと言えば兄らしい。しかし、納得出来ない。


「…………」

「イーリス?」

「兄上……」


 イーリスは震える拳を握りしめる。


「私はこれでも心配していたのです。幾ら歴代最強の魔王と言えど、今まで手紙一つでいなくなる事等無かった兄上がいきなり姿を消したのですよ!」

「イーリス! そんなに心配してくれていたのか!?」


 美貌の魔王が金色の瞳を潤ませる。


「ええ、ご飯はちゃんと食べているか、何処かで誰かに迷惑をかけていないか、物を壊していないか、山に穴を開けていないか……。考えたらキリが無かった………」

「待って、イーリス何かおかしいよ。一番目しか僕の心配をしていないよ!? アーノルドも何か言って!」


 感動の涙を引っ込めた魔王が困惑気味に訴えるがイーリスは聞いていない。アーノルドに援護を求めるが彼は冷めた目で魔王を見ると、


「イーリス様を心配させるのが悪いのです。大体何なのですか、魔王である貴方が勇者のパーティに参加しているとか──」


 等と延々と説教をくらう羽目になってしまった。更に助けを求めて文官たちを見るがそっと目を逸らされる始末である。


「なんて事だ! 僕の味方がいない!!」


 その日はそんな魔王の悲痛な叫びが魔王城に木霊したという。




 後日、勇者からイーリス宛に『魔王城を訪れたい』という主旨の手紙が届けられた。


 ──何とも真面目な人だ。


 とイーリスは感心する。

 一方、兄である魔王はというと、結局反省したのかしないのか、


「イーリスが入れば実務は問題無さそうだからね☆」


 等と言って時折ふらりと何処かに行ってしまう事が増えた。一応行き先は告げてくれるのだが、大雑把過ぎてわからない。

アーノルド曰く、


「イーリス様に心配してもらって味をしめたのでしょう」


との事だが、その時のアーノルドの目は凍える程冷たかった。本当に迷惑な兄である。

 そして、イーリスの魔王代理業はまだまだ続きそうである。自室に戻りイーリスは引き出しから日記帳を取り出すとこう書き始めた。


 ──本日も私は魔王様の代理につき。




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