【それは偽りではなく、ノリです。】中編
“金の波紋”は物質を越えて揺らめく眼に見える魔力の波。
魔力を持つ者は様々な現象を具現化する事が可能であるが、効果によって色や形は変わる。
その中で最高級の癒しを司る“金の波紋”を具現化できる者は聖女だけと言い伝えられている。
今月二回目のイスマエルのタオル巻き搬送である。
城の建屋の裏、雑木林のけもの道をクレーに案内されながら、イスマエルは私を抱えて進んでいく。
「アレは間違いなく“金の波紋”、ヒロコの存在を知っているからこそ判別がついたが・・・」
「魔力の低い者は大して気にも留めないでしょうね」
「クレー・・・大事な事を忘れてないか?」
「は? 大事な事・・・」
「場所だ」
「え・・・と、つまり、看護塔?」
「明日は元気な患者が増えるな・・・」
「患者が居なくなるの間違いでは?」
「そうか・・・看護塔の看護される患者が居なくなる・・・と」
何が起きたのだろうか。
癒しの力?
“金の波紋”?
だってあの子は助からなかったじゃないか・・・
頭から大きなタオルを被っている私には、黒っぽい服を着たイスマエルの腕と流れる緑の草木しか視界に入らない。
「ミリアン、あまり動くな・・・くすぐったい」
「・・・歩けるので、降ろしてくださいイスマエル様」
何故か、イスマエルの腕に力がこもった。
「ダメだ・・・できれば誰にも見せたくない」
「はい?」
クレーが前を向きながら付け加えた。
「お察し下さい・・・ミリアンの姿で看護塔に居たのですよ、しかも先ほどの騒ぎ・・・、あの子供は多分、囮でしょう」
「この騒ぎに乗じて、本物が隠れている可能性がある」
「え? なになに? どういう意味?」
「狙われたのは大臣秘書だそうです」
「子供ひとりが城に侵入して暗殺を目論むなど不可能だ・・・まだ、本物の刺客は城内にいる可能性が高い」
「その秘書さんは大丈夫なの?」
「・・・詳しい事は後で聞いておく」
「ああいう事は城内ではよくあるの?」
「驚いたか? まあ・・・政治が動く場所だからな、実はよくある」
「看護塔は・・・どんなところなの?」
「傷ついた者の応急処置をする為の場所だ・・・これだけ重鎮がいる場所だ。プロが多く出没するので、確実に急所をやられるんだ。その為、動かせない状態の人間が死を待つ場合も多いのだが・・・」
え? え? え? プロが多い? 死を待つ? 何ですかそれは?
「イスマエル様イスマエル様! 説明を飛ばし過ぎです! それじゃあ、どこかの闘技場ですよ」
クレーが看護塔についてかみ砕いて説明してくれた。
「この城内には、多種多様な職業の者、沢山の勤め人がいますので、具合の悪くなった者やケガをする者が毎日たくさんいます」
うんうん、高層ビル内にある産業医のいる医療フロアーみたいな感じだね。
従業員数が多い会社は医療設備が絶対なきゃだめなのと一緒だね。
「ああ、もちろん出入りの業者がケガしてもちゃんと受け入れますよ? 専門の治癒士と、学位を取得した医師がちゃんといます」
「え・・・魔法でちょちょいとは治せないんだ・・・」
「さすがに魔法ですぐ治るとかは・・・国宝級の治癒士でなければ不可能なのですが、“調合の才”を持つ薬師もいますので、外傷程度での業務上の都合でやむを得ない場合と、救急患者のみ、入院可能な部屋があります」
「ここでも“才”・・・か・・・よくわかんないな」
「ここだけの話ですが・・・城内の信用ある治療なので、そこら辺の町医者よりかなり人気ですね」
そりゃ・・・いいお医者さんがいる時点で、普通にお願いしたいわな?
どこぞかの大企業経営の総合病院ですな!
どこをどう通って来たのか、城の抜け道を良く知るクレーの案内で誰にも尾行される事もなく、城内の東側の聖女の宮までたどり着いた。
私もよく・・・高校の裏口をするりと抜けて、何度遅刻を免れた事か・・・、高層ビルのセキュリティー抜けるのもアトラクションみたいで楽しいんだよな。
その感覚なら覚えられそうかな?
人間、義務的に捉えると思考の自由が固まって、柔軟に記憶できないものなんだよね。
パソコン操作もそうだったな、「できると楽しい!」って思うと良い感じで出来るようになるんだよね。
「やんなきゃいけない!」とか、「できなきゃいけない!」とか考えちゃうと・・・思考が止まってしまうのだ。
頭にかぶっていたタオルを外し、お姫様抱っこしたままイスマエルは私を見詰めながら、心配そうな表情で言った。
「・・・ヒロコ、今すぐベッドに行くか?」
ふおっ!!!
こ・・・この状態でそのセリフは・・・恥ずか死にます!
「あ・・・ちょ・・・だいじょヲぶですぅ」
「どうした? 顔が赤いぞ? 熱でも出たか?」
イスマエルはそう言って、自分の頬を私の額に当てて、熱を測った。
えええぇっ!? この状態でそう来るんですかあぁあぁあぁ!!
涙目で必死にクレーにSOSを送った・・・が、目の前に居たクレーは生温かい目で見守っているだけだった。
口の端がひきつっているが・・・どうやら私の反応を面白がっているようにも見えた。
分かってる! 分かってるよ! イスマエルは私の事を妹キャラ扱いしてるって事ぐらい分かってるよぉっ!
でも・・・これは、おじ様から受けるマイルドなヤツとは次元が違い過ぎてっ・・・。
濃い! 濃すぎるんだよ! 男子要素がっ!! 誰か薄めてぇ~!
くそう・・・平常心、平常心、私は余裕ある経験豊かな女子だ!(自己設定)
「あ・・・ほら、タオルで包まれた上、イスマエルに抱っこされてるから暑くって!」
「そうだな、外はかなり暑かったからな・・・熱気がこもってしまったな」
だから、早く降ろせぇ! ばかああああ~!
少々ふらつきながら、掛けられたタオルを脱ぎ、クレーに渡した。
「ヒロコ様・・・ささ、ひとまずソファーでお休みになって下さい。冷たい飲み物を作りますので・・・呼吸を整えて下さいまし・・・」
「じゃあ冷たい紅茶に・・・香りづけにブランデーを大さじ三杯ほど・・・」
「ヒロコ、それは紅茶ではなく、紅茶風味の酒だ」
ふうっ、と、応接室の三人掛けソファーの方に腰かけた。
斜め横に立つイスマエルと眼を合わせ、とりあえず作り笑顔で元気そうなフリを演じた。
「ごめんなさい、ちょっとさっき、びっくりし過ぎちゃって・・・て・・・え?」
私は振動の激しい横抱き移動から解放され、はじめてイスマエルの服装を視界に入れた。
しばしfreeze。
「うんうん、幼いヒロコには・・・刺激が強すぎたな・・・さて、私も訓練の途中だったので直ぐに戻らねば」
「くくく・・・訓練? その服装で?」
「ああ、ヒロコは私のこの姿は見たことがなかったか・・・式典の時などは軍服も着るぞ? まあ、私は文官服の方が柔らかくて好きなのだが」
黒い詰襟に金の縁取りの入った軍服、眼鏡はいつもよりフレームは細めで、前髪もきれいに流して・・・腰には剣も携えている。
いつもの真面目文官系、オールバックじゃない・・・だとっ!?
「た・・・大変です! イスマエル先生が若く見えます!」
「どーゆー意味だ?」
「なんで黒なんです!?」
萌えちゃうじゃないですか!
「ん? これは兼任している業務がある印のようなものだ、騎士専従ではないので途中で抜け出してもお咎めがないのだ」
どうやら所属によって制服(軍服)の色が違うらしい。
「そうそう、イスマエル様、マクシム様、ナトン様は聖女様の世話係ですもの。黒はヒロコ様の御髪の色ですし・・・金はヒロコ様の魔力の色ですもの」
「さっきマクシムが制服は特にないって・・・」
「あら、これを着るのは騎士訓練に参加する時と、聖女様の騎士として参加する式典の時だけですよ? マクシム様は‟聖女の世話係”としての普段の制服が決まっていないという意味で言ったのでは?」
じゃあ、ユニフォーム作ってもいいんだな? 私が考えてもいいんだな?
「・・・・・・これは詐欺だわ・・・」
「何故そこまで言われなきゃならんのだ・・・」
イスマエルの眉間にシワが寄った。
「ちなみにノエミちゃんの世話係の場合は?」
「茶色に銀の縁取りですよ」
「うぐっ・・・それもイイ!」
上品な茶色の布地に、銀の刺繍か・・・魔王ルックスのルベン様には白シャツにフリフリを追加しないと、あの長髪に服が浮いてしまうかも知れない。
「ルベン様には白レースも似合う・・・どっちも似合う・・・いや、あの長髪はやはり結って頂かねば・・・ブツブツ・・・」
あ~、コスプレ衣装が作りたくなって来たなあ。
「“ルベン様”? 何故そこでルベンが出てくるのだ」
室内の魔法の空調効果が効いてきたらしく、涼しいそよ風が私の頬を掠めた。
現在、どこの部屋も窓や扉をぴっちり閉めてある。
「装飾にルビーが似合う男性なんて中々いないよねぇ・・・うん、ピアスとかしないのかなあ」
「ピアス? 誰がだ?」
「いや、ルベン様にルビーのピアスとかいいかな~と」
「ひっ・・・ヒロコ様それは・・・」
「似合いそうだよね、あの人美人系だし」
そうそう、キャラ設定の時に悩んだんだよね、装飾品とか?
あ~なんか、すっげー涼しくなって来たな・・・すごいよね、部屋が魔法の冷暖房完備って!
「・・・ルベンにピアスを贈るのか?」
「え? でも買えないでしょう?」
「ヒロコにその気があるのなら購入可能だが?」
あんれ? イスマエル先生・・・瞳の色が久しぶりにオホーツク海っぽく――――。
なんか室内エアコンが冷房強めになってきてない?
「ピアスかあ・・・ねえ、イスマエル? だったら私は真珠のピアスが欲しいな! 大き過ぎないヤツとか、かわいいよね?」
いいな~、ドレスが水色と白が基調とか言ってたしな、ウキウキしてきたなぁ!
と、そんなアホっぽい感じの笑顔のままでイスマエルの顔を見つめ返した。
「私に・・・ピアスをねだるのか?」
あ、オホーツク海の流氷が溶けたみたい・・・そして、イスマエル隊長が後ずさった。
「へ?」
「ヒロコさまぁあぁあぁあっ!! 殿方に向かってそんな事を言ってはいけませーーーんっ!」
何故か先ほどからクレーが慌てている。
「え? あれ? 冷房止まった? え? なに?」
そして、イスマエル隊長は何も声を発しなくなり、回れ右をしてから風の様に走り去った。
「あああああっ、イスマエル様!? 誤解ですよぉおぉおぉ!!」
クレーがその後をすごい勢いで追いかけて行った・・・。
「え・・・? 何が起こったのかな?」
しばらくしてから、クレーが疲れた表情を浮かべて戻って来た。
「クレーお帰り、どうしたの?」
「・・・申し訳ありません、私はどうやら職務怠慢だったようです」
「なんで? 職務怠慢って?」
イスマエルの競歩はかなり早かったらしく、上品な走り方のクレーが追い付くにはかなり体力を消耗したようだった。
「・・・いえ、とりあえず、ブランデー抜きの冷たいミルクティーを淹れますので、少々お待ちを」
「え・・・残念・・・」
クレーは美味しいミルクティーを出してくれた。
「え~、ただ今より、マクシム様が戻るまで私がヒロコ様に一般教養の授業を致しますので、一緒にお茶もいただいてよろしいでしょうか?」
「もちろん! ささ、ゆっくり座ってお話ししましょう!」
「はあ~・・・」と、クレーは深いため息をつきながら、私の隣の席に座り、冷たいミルクティーを啜った。
よっぽど喉が渇いたようで、ぐびぐびと喉を鳴らして一気に飲み干した。
カシャン・・・と、彼女はテーブルにカップを置く。
「そろそろヒロコ様が来てから、三か月・・・もう夏も終わりますし、国王様へのご挨拶の準備も整って参りました」
「ええ、なんか食費事件で慰謝料も取れたし、ドレスの採寸も終わったし、何とか順調だ・・・ですよね?」
少々ウエストを絞らねば・・・と、色々健康管理の反省点も見えてた。
「ええ・・・ヒロコ様に女性として情報供給するのをすっかり忘れておりました」
「あ~そうかも、家庭教師に招く先生も男性が多かった・・・ですね」
「そ・・・それでですね・・・ピアスの件なんですけど・・・」
「あの・・・ピアスって一般的アクセサリーではなかったんですか?」
「いえ、一般的アクセサリーなんですが・・・」
「私・・・何か誤解を招くような事言っちゃいました?」
なんとな~くだが・・・なんとな~くなんだけど・・・ヤバい感じが。
「その、男女の機微と言いましょうか・・・ピアスって耳に“穴”を開けますでしょう?」
「開けます・・・ね?」
「女性が男性にピアスをねだったり、プレゼントするって言うのは・・・その、つまり女性側として夜のお誘い的な? 性的なお誘い? 穴に入れる・・・みたいな?」
やっちまった・・・な? コレ、私、完全にやっちまったなあ・・・。
「異性相手にピアスのプレゼントはご法度ってことぉ!?」
たぶん、今の私の顔はムンクの叫び的な感じになっているだろう。
「まあ、親しい友人同士なら一緒に選んだっていいんですけど・・・ねえ? あと、夫婦とかなら、全く問題はないんですけどお・・・」
「ひやぁあぁあぁあっ!!」
私は両手で頭を押さえながら、ソファーから立ち上がり、思い切り後ろにのけ反った。
「穴! どこかに私が入れる地中深く掘った穴はありませんかぁあぁあぁあっっっ!?」
私はこちら側で黒歴史を一つ作った事に後悔しながら落ち込んでいると、クレーがマクシムが到着した旨を伝えて来た。
「ヒロコ・・・ごめん、直ぐに迎えに行きたかったんだけど、殺傷事件で身動き取れなくなっちゃってさ、とりあえず医師を連れて来た」
「なんで?」
既に聖女の普段着ヒラヒラファッションに身を包んだ私が、勉強机から顔だけ上げた。
手元にはこの国の産出物や生産物の資料の束を持っていた。
「ほら、看護塔の近くでキミは倒れただろう? 最近だいぶ調子が良かったのに倒れたから、さっき見て貰った医師を直接連れて来ちゃった」
「つ・・・連れて来ちゃったって・・・すごく忙しい方なのでは?」
「・・・え、いや・・・さっきのアレでみんなほぼ回復状態になったんで、その隙にと」
「アレって?」
「“金の波紋”です!!」
マクシムの後ろから、彼をぐぐっと押しのけ、眼の下にクマを携えた医師らしき人が興奮気味に声を出した。
「あ、そーすか・・・」
白っぽい上着には、よっぽど急いで来てくれたのか、生々しい血液が少々付着していた。
つまり私は、殺傷事件の騒ぎの中、更に騒ぎの種を開花させてしまったワケですね・・・。
「六十年ぶりに召喚された聖女様ですよね? 素晴らしいお力です!」
いやにテンションの高い水色天パの極太眼鏡のおじ様・・・よりやや若め? な医師が前のめりに唾を飛ばしながらしゃべった。
「こ・・・こんにちは?」
「いや・・・はははっ! すみません、初めまして! 聖女様、お会いできて光栄でございます。ワタクシ、看護塔の医師を務めておりますアーチュウと申します!」
声でかい・・・。
「よろしければこちらへ・・・」
コホンと、クレーが咳払いをしつつ目の前の商談用のテーブルの方へと二人を案内した。
とりあえず、大人しく二人は席に着いたが、ソワソワしている。
ああそうか、この場合は私がちゃんと挨拶しなきゃいけないよな?
「はじめまして・・・私は現在聖女見習い中のヒロコと申します」
「いやはや・・・本当に幼い・・・先代のあの方よりも・・・」
「あの方?」
と、私が質問すると、クレーが再び咳払いをした。
「お話し中、申し訳ありません・・・アーチュウ様はあの方とお会いした事がおありなのですか?」
「ええ! 家庭教師として・・・少しの間ですがお仕えした事がございます」
「初耳! マテオ様以外であの方と面識があるなんて・・・先生何歳ですか?」
マクシムの声が一瞬裏返った。
「マテオ様とは歳が近いですねぇ・・・詳しくは内緒です!」
声でかい・・・て! 宰相のマテオGは既に還暦越えてんですけどぉ!?
「クレーあの方って誰の事?」
「先代の・・・聖女様です・・・」
「ええ!? その話をもっと詳しく・・・」
机越しに前のめりになる私を静止する為か、マクシムが右手をすっと上げた。
「悪いんだけど・・・先代の話はご法度のはずですよ? アーチュウ先生、分かってますか?」
「え! いや・・・その・・・はい、マテオ宰相のお許しがなければ・・・はい、ワタクシの口が滑りまして、大変申し訳ありません」
同時にあのマクシムがクレーを嗜めるような眼で睨み、思わず彼女が深く頭を垂れた。
「・・・今度、その若作りの情報だけこっそり教えて下さい」
「――――ソコ? マクシムが聞きたかったのソコなの!?」
いやいや・・・ツッコミ入れている場合じゃなかった・・・。
「・・・話を整理しますと、ヒロコ様は異世界で思考ばかりが先走りしたり、思考停止が起こったり、上手く身体が動かないご病気であり、こちら側に来て段々とご体調が良くなっていたはずが、本日その病状が看護病棟の近くで強く出てしまい気を失ったと?」
アーチュウは座りながら腕を組み、眼を瞑りじっくりと私の病状を整理している。
「はい、段々と寝込む時間も少なくなってきたはずなのですが」
「回復してきたはずなのに感情が高ぶり、“金の波紋”を出してしまったと・・・」
「そんな感じです」
アーチュウは組んだ腕をするりと緩め、まぶたをパッチリと開いた。
「・・・ああ、それ、魔力の駄々洩れってヤツですね」
「魔力の駄々洩れ?」
よくわからず、首を傾げた。
「無意識のうちに際限なく周囲に分け与えてしまうんですよ」
「なんですかそれ?」
「ん~・・・例えばその人の近くに行くと元気を分け与えて貰えるような人がいますよね? 実際はただの愛想の良い人が多いですが、百人に一人ぐらいね、本当に自分の生命力を魔力に変換して分け与えている人がいるんですよ」
「・・・へ? 実際に分けちゃってるんですか?」
ずっと・・・私もしかして、周りに生命力を分けてたんですか?
「ああ、別にその人だけが原因じゃない事もあるんですよ、近くに魔力を吸い上げちゃうタイプの人間がいると、起こりうる現象です。どちらかと言うとそっちの人は十人に一人はいますから、普通の人間でも近くにいるとかなり消耗したりするんです。これがまた厄介でねえ・・・いつも元気で明るい魔力を分け与えちゃう人と、いつも騒がしくて人から魔力を吸い上げちゃう人って、中々見分けがつかなくって、やっぱり生命力が弱い方が根負けしちゃうんですよ」
「十人に一人いる吸い上げ人間に対して、百人に一人の与える人間・・・って、確実に後者が立場弱いですよね!?」
「はい、そうなんです。ワタクシ、そっちの症例研究してますから」
と、あっさりさっぱりアーチュウは答えた。
「つまり・・・ヒロコは周りに魔力を与え続けているから、良く倒れると?」
「えええ! 待って下さい、じゃあ私がまさか吸い上げタイプですか!?」
クレーが悲し気に悲鳴をあげるように言ったが、アーチュウは平和そうな笑顔で首を左右に振った。
「う~んと、ヒロコ様の場合は数千人に一人の駄々洩れタイプですね。だって召喚対象レベルですから、とてつもない魔力の保有量があるんですよ。すぐに倒れてしまう事が多いのは、魔力調整がまったくできてないって事ですね・・・直ぐに魔力が枯渇して、次に体力が温存できなくなり、脳が生命力の維持だけに働き始める・・・常に身体が怠くなったり眠くなるのは、脳が細胞に血液を届ける為の生命維持に集中しちゃっているだけなんです。・・・ですが、ヒロコ様は回復も素晴らしく早い!」
「え? じゃあヒロコはどうすれば?」
「魔力の流出を止めて、感情のコントロールを出来るようになれば大丈夫ですよ。長い時間をかけて心と身体と会話することが肝心ですね。ここまではいい、これ以上はシャットアウトって感じを掴めれば大丈夫です・・・要するに他人とのシンクロ率を下げるんです」
「なんですかそれ?」
「相手の心に触れないようにするんです、自分の心の壁を守るんです。ヒロコ様は・・・心の周波数が自由自在みたいなので、負の感情に引っ張られて生命力を無意識に分け与えちゃうんでしょうね」
「じゃあ、看護塔の近くにいたからヒロコは・・・」
「思いっきり“治癒を求める心”に引っ張られたとしか言いようがないですね」
「あのタイミングで“金の波紋”が出たのは?」
「どのタイミングですか?」
「すみません・・・瀕死の男の子が看護塔に運ばれて・・・涙が・・・その」
「ああ・・・まさか自分の真後ろであんな爆弾投下されるとは思いませんでしたね・・・“金の波紋”は星と繋がった者でないと発動ができませんので、発動条件は不明ですね」
「・・・死んだ人間は生き返りますか?」
「理論的には、魂の入ってない死体では無理です・・・が、肉体の損傷がギリギリのラインで、魂を絶対手放さない強い意思と、術者と深いつながりを持った者・・・“超回復”と言う意味では試す価値はあります」
「あのう・・・」
「はい? ヒロコ様、なんでしょう?」
「ちなみに金色じゃないんですけど、聖女の涙を直に人が飲んだ場合はどうなりますか・・・」
「う~ん・・・となると、理論的には・・・その者が“金の波紋”の素を体内に宿した事になりますかね?」
「「「“金の波紋”の素!?」」」
三人の声が揃ってしまった。
「・・・実験しましょうか?」
平和そうな笑顔を浮かべていたアーチュウの瞳の奥が光った。
「は?」
「ヒロコ様の体液を下さい!」
「体液って・・・玉ねぎで泣いた場合は効果の違いとかあるんですか?」
「え! いいんですか!?」
アーチュウが思わず腰を浮かした。
「ちょっと! ストーップ! それダメ! ゼッタイ!」
マクシスが両手を勢いよく上げた。
「・・・ダメなの?」
「ばかああああ! 聖女の肉体は国宝なの! 珍獣並みに希少なの!」
「珍獣・・・せめてドラゴンとか言ってよ・・・」
「重要性が分かってないだろう? キミの血液一滴で殺し合いが起こるんだよ!? キミの身柄一つで戦争が起こるんだよ! だいたい・・・この宮に不法に入ろうとした人間が何人死んだと思ってるんだ?」
「・・・・・・・え?」
首に一筋の氷の針を刺されたように感じた。
ふと、クレーが私の後方にあるベランダに視線を向け、足早に歩み寄った。
全員その方向に視線を向けると、黒い詰襟を着たナトンくんと、険しい表情を浮かべたソラルさまが「開けろ」と、口パクしていた。
クレーはすまし顔で、カラカラカラ・・・と丁寧にガラス戸を開け、その横でゆっくりと頭を垂れた。
「あ、クレー・・・その戸はそのまま開けといて」
「かしこまりました」
クレーに向かって凛々しく声をかけるナトン、その後ろからソラルさまは部屋に入り、私の居る両袖机の横に静かに立った。
「体調は大丈夫か? ・・・ヒロコ」
「あ・・・はい、大丈夫です」
「そうか・・・」
ソラルさまは私の頭をポンポンと触り、無理して笑顔を作ったようだった。
「ソラルさま?」
対照的に怒りをあらわにした、黒い軍服を来たナトンくんが座ったマクシムの前に立ち、彼を見下ろしていた。
「え・・・? ど、どうしたナトン・・・なに怒って?」
胸を張って大きく息を吸い、マクシムの胸倉を引いて立ち上がらせた。
「あのねえ・・・マクシム? ヒロコがこちら側に来た時、どれだけ衰弱していたか分かってる?」
「お、おい! なんでいきなり?」
「どんだけイスマエルが気を使っているか分かってないでしょ?」
「いや・・・その・・・」
「なんで看護塔までヒロコを連れて行ったんだよ!! ああいう騒ぎがある場所なのは知っていたはずだろうがーーー!」
と、ナトンくんはそのまま大きく振りかぶって・・・投げたぁ!?
その風圧で飛びそうな紙類を私は必死で机ごと押さえた。
「ええええっ!?」
マクシスの身体はそのまま勢いよく、お庭の遠くへと・・・どっかに飛んでった。
風に煽られても微動だにしないクレーが、少し間をおいてからピシャリとガラス戸を閉めた。
気が付けば、ソラルさまが机の備品に気を使いつつ私に覆いかぶさっていた・・・。
「・・・ヒロコ、大事ないか?」
ソラルさまの吐息が耳に掛かり、ぞくぞくした。
「は・・・はひ・・・」
今日はどうしてこう、心臓に悪い事が多いのだろうか?