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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

怪奇短編群

執拗すぎるストーカー

作者: 鬼々


「ありがとうございましたー!」


 私は雑誌を小脇に抱えたお客様に向かって、清々しい笑顔でそう言った。


 現在、大学二年生の私は金策として町の書店でアルバイトをしている。


 始めのうちは小難しい業務内容に苦戦していた私だったが、今はここで働くことに喜びを感じる日々だ。


「ふう、あらかた片付いたっと」

「おーっす。麻友!」


 お客様が大体お帰りになった頃、子連れの若い女性が来店した。


「杏奈!来てくれたんだ」

「うん。今日はシュウも連れてきたよ」


 彼女は私の親友の杏奈。

 高校時代の同級生で私の親友だ。

 歳の離れた五歳の弟を連れて、時折この書店に本を買いに来てくれる。


 杏奈の弟のシュウ君は、私の方を羨望の眼差しで見ながら感嘆の声を上げた。


「あ!マユさんだあ、今日もカッコいーなあ!」

「えっへん、そうでしょう!……あ」


 危ない。

 またいつもの手に引っかかるところだった。

 こうやって私をおだてて、後で缶ジュースを買わせる算段なのだ。

 実に計算高い子供である。


「それより、麻友。またアイツ来てるじゃん……」

「うん、実はそうなんだよね……」


 私と杏奈は、ある一点を困惑の目で見つめた。

 視線の先にいるのは、灰色のジャージを着た太った中年男。


 男は私達の目線など知らんぷりで、黙々と漫画雑誌の立ち読みを続けていた……。







 書店での仕事が終わり、私は自宅の安アパートへと続く暗い帰り道を一人で歩いていた。


「全く、何なのよあの男……」


 安畑。

 それが奴の苗字だ。

 名前は覚えていない。


 高校時代、ファミレスで働いていた頃のバイト仲間で、四十歳くらいの太った男。


 接客中の私に卑猥な視線を向けてくるので、当時から底知れぬ嫌悪感を抱いていた。


 二年前、大学に進学する際にファミレスのバイトを辞めた。

 だから、奴との縁も既に切れたと思っていた。


 だが、ここ最近、毎日のごとくウチの書店に漫画雑誌を立ち読みにやって来るのだ。


「本当に煩わしい……」


 所謂、ストーカーという奴である。

 安畑と関わりたくなければ、書店のバイトを辞めるしか方法は無い。


 しかし、私はあの書店で働くのが好きだ。

 けれど、安畑の事は大嫌いだ……。

 こういう複雑な事情があり、私は近頃鬱気味なのだ。


「警察に相談した方が良いのかなあ。でも、店に来てるだけだしなあ……」


 コツコツ。

 コツコツ。


 暗い住宅街の中、靴の鳴る音だけが周囲に反響していた。


 コツコツ。

 コツコツ。


 私は、背後をパッと振り返った。

 誰かに尾行されている、そんな気がしたのだ。

 しかし。


「……なんだ、気のせいか」


 背後には誰も居ない。

 私は、ほっと胸を撫で下ろした。


 何気なく電柱の辺りを垣間見る。

 そこには灰色の布が揺れていた。


「嘘でしょ……!」


 安畑が今日着ていたのも、確か灰色のジャージだったはずだ。

 つまり、さっきから私を尾行しているのは……。


 私は恐怖で呆然とその場に立ち尽くしてしまった。

 全身の毛穴から冷や汗が流れ出し、心臓が早鐘を鳴らしている。


「きゃああああ!」


 私はその場から夢中で逃げた。

 悲鳴を上げながら、とにかく逃げた。


 そして、アパートに辿り着くと急いで鍵を閉めた。

 直ぐに親友の杏奈に電話を掛ける。


「聞いてよ杏奈!アイツ、私の後ろをずっと付いてきたの!」

『え!本当?それって完全にストーカーじゃん!』


「憎たらしい!すぐに警察へ突き出してやる!」

『……でもさ、麻友?警察って事件が起きてからじゃないと動かないって聞くよね』


「あ、それ私も聞いたことある……」



 しばらく杏奈と話した後、私は電話を切った。

 鬱々とした感情が脳幹全体を包み込む。


 私はベッドに横たわって、瞼を閉じた。

 思い浮かぶのは、安畑の卑猥な視線。

 死んだ青魚のような、知性を感じさせない目。


 あれは犯罪者の目だ。

 自身の欲望のままに動き、他者の人生を破壊する。

 そういう奴の目。


 放っておけば、安畑の行動は確実にエスカレートするだろう。

 私は奴にどんどん追い詰められて、そして最後には殺される……かもしれない。


「だったら、殺られる前に殺ってやる」


 私は反撃の拳をギュッと握りしめた。

 女を舐めると、どうなるか。

 奴の身に直接分からせてやる!







 次の日。

 書店の仕事が終わり、私は薄暗い住宅街の中を一人で歩いていた。すると……。


 コツコツ。

 コツコツ。


 やっぱり今日も付いてきた。

 安畑が好意からこんな事をしているのかと思うと、虫酸が走る。


 しかし、私は昨日までの軟弱な乙女ではない。

 悲鳴を上げて逃げていた、あの頃とは違うのだ。


「安畑さーん!そこに居るんでしょうー!」


 私は背後を見て、堂々とした声で言った。

 急な行動に驚いたのか、奴の反応は無い。


「私ね、やっと貴方の魅力に気がついたのー!」

「……」


 無論、演技である。

 奴に心を許すはずがない。


「私、貴方を心から愛しているのよー!」

「……そうか、そうなんだね!」


 電柱の影がモゾモゾと動き出し、灰色のジャージを着た肥満体の中年男が姿を現した。


「やっとボクの心に気付いたんだね!マユっちい!」

「うん、貴方を愛してるわ!安畑さん!」


 オークみたいな見た目で実に気持ち悪い。

 だが、そんな感情はオクビにも出さない。


「これから私の部屋に一緒に行きましょう!」

「マユっちいの部屋へ!?やったあ!」


 安畑はノコノコと私に付いてきた。

 これから裁きを受けるとも知らずに、呑気なものである。


 二人で一緒に道を歩いていると、安畑がこんな事を言い出した。


「ぐふふ、マユっちい。ボクと手を繋ごうよお」

「え、それは……」


「もしかして嫌なのか!?」

「勿論、繋いじゃう!!」


 私は屈辱でギュッと唇を噛み締めた。

 もう少しの我慢だ。もう少しの……。


 二人で手を繋いで歩きながら、自宅の安アパートへと到着した。

 私はバッグから鍵を取り出してドアを開ける。


「マユっちいの、お・へ・や!るんる〜ん♪」

「……○すぞ」


「え、今何か言った⁉︎マユっちい」

「ううん、なんでもないよ!るんる〜ん」


 こうして、部屋に入った私達は麦茶を飲みながら少しの間リビングで談笑した。

 共通の話題は殆ど無く、奴が一方的に喋るか、私が一方的に喋るかのどちらかだった。


「うう〜ん」

「……」


 安畑が身体をムズムズと動かし始めた。

 うむ、そろそろ頃合いといったところか。


「あのさ、マユっちい。ボクを部屋に上げたってことは…………そういうことで良いんだよね?」

「勿論よ、安畑さん!」


 私は立ち上がってグーっと伸びをした。

 計画開始のゴングが今、鳴ったのだ。


「私が先にシャワーを浴びてくるから……。安畑さんは卒業アルバムでも見てて!」


 奴を適当にあしらいつつ、私はシャワー室の方に移動した。

 ガラス戸をわざと音を立てて開け、シャワーの蛇口を全開にする。


 この一室は奥まった位置にあるから、安畑の居る位置から私の姿は見えない。


 だから、水音を流すことで私がシャワーを浴びていると錯覚させることが出来るのだ。


 私は足音を立てないように、そおっとシャワー室から出て、キッチンへと足を踏み入れた。

 棚を開けて取り出したのは太い出刃包丁だ。


「これがあれば安畑を殺れる……!」


 私は思わず笑みを浮かべた。

 殺戮ショーの開始だ、そう思った。

 だが、そのとき。


「マユっちい、そこで何してるの?」


 私が驚愕して振り返ると、そこには上半身裸の安畑が唖然とした表情で立っていた。

 

「お料理……じゃないよね?」

「いや、これはその」


「その包丁で一体何をするつもりだ!?」

「違うのよ!安畑さん」


 駄目だ、もう誤魔化しきれない。

 私はそう判断した。


 出刃包丁を携え、安畑に向かって猛突進する。

 膨れた脂肪に鋭い刃を何度も突き刺した。


「ふんっ!ふんっ!ふんっ!ふんっ!」

「な、何をする!止めろおおおお」


 激しい揉み合いの末、勝ったのは私の方だった。

 万が一の為に麦茶に仕込んでおいた、痺れ薬も一役買ったのだろう。


 安畑が真っ赤な肉の塊となり生命活動を停止しても、私が攻撃の手を休めることはなかった。


「このっ!キモデブが!私を!舐めると!どうなるかっ!」


 安畑は汚れた血に溺れながら死んだ。

 犯罪者に相応しい末路と言えよう。

 それにしても、何故私の前に半裸で現れたのか。


 もしかしたら、シャワー室に乱入するつもりだったのかもしれない。

 全く、つくづく殺意を感じさせる野郎だ。


「ふんっ!」


 改めて包丁を突き立ててやった。

 これで私がストーキングに悩まされる日々も終わりを迎える。

 死体は内密に処理しておくことにした……。





「ありがとうございましたー!」


 私は雑誌を小脇に抱えたお客様に向かって、清々しい笑顔でそう言った。


 接客用の作り笑顔ではない。

 平穏に喜びを感じている真の笑顔だ。


 あれから数十日間、警察に事件が発覚しやしないかと、部屋で一人ヒヤヒヤしていた。


 しかし、安畑の姿がテレビや新聞に現れることは無かった。

 よっぽど人間関係が薄かったのだろう……。

 そんなことを考えていると、子連れの若い女性が来店した。


「おーっす麻友。本を買いに来たよ」

「杏奈!シュウ君!久しぶり」


「この間のストーカーの件、上手く片付いたんだって?」

「うん。説得したら素直に諦めてくれたよ」


 私が安畑を殺害したことは、親友の杏奈にも伝えていない。

 仮に杏奈に殺害がバレたとしても、私の味方だから黙認してくれるはずだ。 


 私と安畑の関係を知っているのは杏奈だけだから、この一件は平凡な行方不明事件として処理されるだろう。


「麻友、この間より肌が綺麗になったね!」

「本当?ストレスが解消されたからかもね!」


 私と杏奈は二人で笑いあった。

 シュウ君は、そんな私達を能面のような表情で眺めている。

 私はシュウ君を撫でて、微笑みながら言った。


「あらシュウ君。いつもみたいに私をおだてないの?」

「僕、さっきから気になってることがあるんだ!」

「え、気になってること?」


 私はシュウ君を笑顔で見つめた。

 シュウ君は無表情でポツリと言った。



「……マユさん、後ろに居る男の人は誰なの?」


 その瞬間、悪寒が身体中を駆け巡った。

 手足が無意識にブルブルと震え、唇が渇いた。


「あはは、何言ってんのシュウ?麻友の後ろには誰も居ないじゃん!」

「居るよ、灰色の服を着た男の人が!」


 私は急激な目眩を覚え、膝から崩れ落ちた。

 混沌とした脳を整理して、よく考える。


 落ち着け、落ち着け、落ち着け!

 所詮、尻の青い子供の言うことだ。

 本来なら、戯言だと一笑に付すべきである。


 だが、もしシュウ君の言っていることが本当だったとしたら……。私はもう絶対に逃げられない。


 警察や裁判官も、幽霊を相手には太刀打ち出来ない。


「あああああああ!」


 私はこれから一生、安畑の霊にストーキングされ続けることになるだろう。


 今度こそ、奴の手から逃れることは出来ない。






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