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くるくる巻き取れ!

作者: 雨森 夜宵

 本日進捗10字。あまりの進まなさに嫌気のさした俺はふと思い立って綿あめ製造機を取り出し、あらん限りのザラメをスタンバイしていた!


「進捗のない原稿と言ったら真っ白、真っ白と言ったら綿あめだよね~!!」


 そう、何を隠そうこの俺は綿あめが大好きだ。お祭りだの初詣だのとにかく神社でフェスを開催する場合にはあらゆる屋台を無視して綿あめまっしぐら、もりもり食い進めて数分後には眉間から顎の先までべったべたになるのが定石だ。何故眉間がベタベタなのかは聞くな、そいつにはふっかーいワケがあるのだ。母ちゃんはお前がひょっとこみたいなサイズの口で綿あめ食ってるからだと言うがそんなことはない。うん。そんなことはないぞ。多分。うん。


 ――ぶいいいいいいん。


「ヨシ!」


 いいぞ、オイラのアッツアツの穴にあんたの甘あいザラメをぶち込んでくれっと相棒が悶えている。今だとばかりにザラメをぶち込みながら割り箸の準備も万端だ、固唾を飲んで見守っているとドーナツ型の金属の上、もやあんと現れ来たるは出来立てアッツアツの綿あめ……!


「ほああああああああああああ!!!!」


 電光石火の割り箸さばきだが綿の如き繊維の流れを途切れさせては綿あめ師失格、捉えるときにはあくまでもソフトタッチだ。


「ソフトタアッチ……」


 ふわっとエアリーな動きで掬い上げれば綿あめちゃんは正直だ、ちゃあんと割り箸のザラザラな表面に引っかかって賢妻が三歩後ろをついてくるかの如き貞淑さでついてくる。そこをすかさずくるくるする!


「はい!!! くるくるー!!!」


 くるくるしながらも繊維の流れは殺さずに、手首の回転だけで左右交互に綿あめを巻き取っていく。ここから綿あめを時計回りに巻いていくか反時計回りに巻いていくのかは俺の手には委ねられていないことがらだ、そうまさに人知を超えたディスティニー。綿あめ自身が道を切り開くのを待ち、自ずから途切れたところを――。


「っよおしそこおおお!!!」


 右が切れた隙を逃さず進行ルートを反時計回りコースに設定し割り箸の回転方向を時計回りに固定、締め付けすぎない優しさでふんわりふわふわを目標に素早くコースを一周、泡より固くマリモより柔らかくを意識してくるくるすれば綿あめの骨格がようやく形作られてきた。相棒の方もエンジンが掛かってきた、綿あめの生成速度が一気に上がっていく!


「いいぞ!」


 さあ最終コーナーを抜けて直線に入り先頭はワタアメマスター、このまま一着となるかあ!? ワタアメマスター頻りに割り箸を振るう! 後は忍耐と集中力だけだ、さあ行けるかっ、指先は繊細に、手首は大胆に、肩は優雅に、回せ回せ回せ回せ回せ、くるくるぐるぐる巻き取れえええ……っ!!!




「――――――ふう」


 ……俺は綿あめ製造機の電源を落とした。




「……えーと」


 ふわっふわの綿あめが割り箸に巻き付いている。うん。予想通りだ。というか普段よりもっとふわっふわな気がする。よくやったぞ相棒。お前はよく頑張った。いや……うーん。そうなんだよな、相棒は何も悪くねえんだよ。うん。

 でもさあ。


 なんで緑色なんだよ?


「めっちゃマリモだな」


 ぱっと見だけなら割り箸の先にでっけえマリモ刺さってる感じの仕上がりだ。ちょっと明るめの色合いのやつ。

 いや、え? なんで? 俺ずっと見てたけど途中まではちゃんと本物の綿も顔負けの純白だったぞ? どこで緑色に変わった、いやもしくは、いつからこのマリモ野郎が真っ白だと錯覚していた……?


「あっ」


 まさか。いやまさかとは思うがまさか。俺が泡より固くマリモより柔らかいを目指すとか思ったからその思念が繊細な綿あめちゃんに伝わってこんな濃厚な緑色に……?

 つまりこのマリモには俺の思考が筒抜け……???


「――あ……」

「……おお?」


 なんだ、頭の中に声が!?


「あ……い……」

「んん?」


 よく聞こえないぞ。

 集中しようとするとどうもその音は頭の中ではなく、どこぞから聞こえているものらしかった。目を閉じ、音のする方へ歩いていく。ところがどういうわけか俺が音のする方向へ進むと音源自体も遠ざかるようで、しかも俺が向きを変えると音源の位置がそれに合わせてくるくると回るのだ。ヤケクソ気味に手探りで歩いていると不幸にも黒塗りのタンスの角に右足の小指を強打し転げた拍子に顔面へふんわりしたものが落ちてきた。目を開けずとも分かった。

 マリモだ。


 ――と思っていたら、それはほとんどゼロ距離の地点から突然俺に向かって放たれた。


「――〝あかい〟といえば!?!?!?」

「うわあああっ!?」


 顔面からゼロ距離で喋られてびっくりしない奴はいなかろう俺も勿論驚いた、驚きすぎてごろんとうつ伏せになろうとしてすんでのところで踏みとどまった何故ならマリモ野郎が床にばっちり張り付いたりなんかしたら冗談ではない、特にカーペットの上ともなれば憎しみのあまり相棒に手を挙げてしまう可能性まである。なんて恐ろしいことだ。

 というわけで俺は顔面にマリモをつけたまま四つん這いになっている。そんな俺に話しかけてくれるやつなんているわけがない、つまりこの声は……。


「〝あかい〟と言えば!?!?!?」

「お前、まさかマリモ綿あめなのかっ!?」

「ブッブー!!!!」


 えらくチープな効果音で拒否された。


「〝あかい〟と言えばっつってんだろ!? マリモ綿あめなんかどう考えたって緑色じゃねえかやる気あんのか!?!?!?」

「そういう意味じゃねえよ!!! なんでこのタイミングで素直に答えなきゃいけねえんだ!?!?!?」

「うるっせえなお前!!! 俺がせっかく助けてやろうと思ってんのになんだその態度はよお!!! ああ!?!?!?」

「……助けるう?」

「おうよ」


 当たり前じゃないか的なテンションで言われたがそんなことを言っている間に俺の顔面の巨大マリモを取って欲しい。目が開かねえ。


「お前の一向に進まねえ原稿、俺が終わりまで加速させてやるよ」

「あっそっち?」

「そうだよ困ってんだろ?」

「まあそうなんだけど……」


 ありがたい。非常にありがたい。俺の顔面がすっきりしていればありがたい。


「え、他にあんの?」

「いやこの顔面のマリモ――」

「っだあああああああ!!!」

「うわああああああ!?!?!?」


 急に叫ぶな!!!


「どー見たって綿あめだろうが!!! てめえ勝手にマリモ色にしといて何ディスってんだ!!!」

「ディスってねえし!!! つかそろそろ名前くらい名乗れよ!!!」

「精霊です」

「……なんですって?」

「いや、精霊」

「うーんとちょっと待ってくれよ?」


 ひとまず胡座をかいて座り直す。座り直したところで何一つ解決はしないとは分かりつつも人間背筋が伸びていないと上手く物が考えられないのも真理だ。そして顔面にものが張り付いていれば上手く物が考えられないのも真理だ。なんだよまどろっこしいなあ。


「精霊っつった?」

「おう言った言った。〝精霊〟と言えば?」

「またそれ?」

「うるせえないいから答えろよ!!! そういう決まりなんだよ!!!」

「ええ……」

「はい!! 〝精霊〟と言えば!?」

「……えーと……つ、強い?」


 我ながら貧弱すぎる答えだが仕方ない。答えただけマシだろ。


「〝強い〟と言えば!?」


 続くんかい!!!


「〝強い〟と言えば、えっ……ドラゴン……?」

「はい〝ドラゴン〟と言えば!!」

「と、飛ぶ」

「〝飛ぶ〟と言えば?」

「とんぼ」

「〝とんぼ〟と言えば?」

「あー、と、羽、が綺麗」

「〝羽が綺麗〟と言えば?」

「羽が綺麗と言えばってなんだ……?」

「パスか?」

「え、パスあんの?」

「2回までな」

「……じゃあパス1」

「よおし」


 つまりあと2回付き合わされるというわけだ。最初は正直死ぬほど苛立っていたが今になってちょっと楽しくなってきた。何か大事なものを根こそぎ忘れているような気がするがまあ時には無邪気に楽しむことも大切だということでいいだろう。


「次。〝あかい〟と言えば?」

「しゅう――」

「版権キャラはなし!!!」

「えー」


 名案だと思ったがずばっと却下されてしまった。


「じゃあ……ポスト」

「ほう、〝ポスト〟と言えば?」

「手紙?」

「はい〝手紙〟といえば?」

「誰かに届けるもの?」

「〝誰かに届けるもの〟といえば?」

「お、思い」

「おい!!! 何ピュアな答え出してんだよ!!!」

「まっ間違ってないだろ!?!?!?」


 いいじゃないかピュアな心で何が悪い!


「まあな?」


 なんだよちょっと鼻で笑いやがってくっそおおお!!!


「で? 〝思い〟と言えば?」

「思いといえば……?」


 うーん、と暫く考えてはみたが上手い答えは全く思いつかなかった。パスを宣言して最終ラウンドに入る。


「好きな季節は?」

「何急に小学生女子みたいな話の振り方してんだよ?」

「お前が答えやすいようにしてやってんだろうが喧嘩売ってんのか!?!?!?」

「あっそうかごめん」

「分かりゃいいんだよ……そんでお前好きな季節なんだよ」

「えー、なんだろ。夏?」

「はい〝夏〟と言えば!!」

「すいか!!!」

「えっ何だよその急な食いつき」

「すいか好きなんだよ」


 そう、俺はすいかも好きだ。夏は冷たい枠にすいかとアイス常温枠に綿あめ熱い枠にホットドッグと焼きそばが入ってくるから好きだ。でも綿あめがダントツで好きだ。でも本当はお祭りで食べる綿あめがダントツオブザダントツで好きだ。


「ピュアか??????」

「はあ!?!?!?」


 こいつまさか直接俺の脳内を……???


「ってお前さっき自分でモノローグ入れてたじゃねえか」

「メタ発言ダメ絶対!!!」

「ケチケチすんなよ本当はお祭りで食べる綿あめがダントツオブザダントツで好きくん」

「っだあああ煽んな!!! どうせピュアだよ!!! 〝すいか〟と言えば縞模様だよ!!!」

「おお!! なんだよノリノリじゃねえか!! 〝縞模様〟と言えば!?」

「蜂!!!」

「急に物騒だな」

「脱ピュアを目指してみました」

「〝蜂〟と言えば?」

「スルーかよ!! 毒針!!」

「〝毒針〟といえば?」

「毒針といえば……?」


 唸ってはみるが〝あかい〟の余波で麻酔銃しか浮かばない。結局諦めて降参を宣言すると何やら満足気な溜め息が聞こえた。


「よーし……大体出来たな」

「何が」

「決まってんだろお前の原稿の続きだよ」

「はえ???」


 なんだって?


「はえ??? じゃねえさっきからそう言ってんだろ!!!」


 恐らく俺の顔はマリモ越しでもぱああああという効果音が聞こえるレベルで光り輝いたに違いない。


「本当か? 本当に俺の原稿終わるのか!?!?!?」

「終わるっつってんだろ? まあちょっと聞けや」


 こほん、とわざわざそいつは咳払いした。気付けばこの声の近さにもすっかり慣れてしまっている。慣れてしまっている割にはそういえばこいつがなんなのか全く知らないまま連想ゲームを3回も繰り広げてしまった。

 ん?

 連想ゲーム……はっ、まさか!?


「合ってるからちょっと聞けって」

「やっぱりお前、俺の連想ゲームで出た言葉から原稿の続きを編み出そうとしてたんだな!?」

「ピンポーン!!! ピンポーンだから、な!!! ちょっと聞けって!!!」

「ああああごめん聞く、聞くって!」


 思ったことがうっかり口に出てしまうのは我ながら悪い癖だ。ともすると地の文までうっかり口に出してるんじゃないかという気さえ……あっメタ発言ダメ絶対。


「……いいっすか喋っても」

「あっハイどうぞ」

「俺は人や物に宿ってそいつの願いをひとつだけ叶えることができる精霊です」


 そうだったこいつ精霊だった。それはいい。

 宿ったものの願いをひとつだけ叶える精霊ってなんだ? 聞いたことねえぞ?

 というか俺に宿ってんのか?


「……おいおい整理してくから続けてて」

「ちなみに宿ったのは正確にはお前じゃねえ」

「なんだって?」

「いいか、俺が宿ったのはお前の相棒の綿あめ製造機ちゃんだ」

「へ? あいつメスなのか?」

「うっわ!!! なんだよその感想キモっ!!! キッッモ!!!」

「あっ……うわ……殺してくれ……」


 反射的とはいえひど過ぎる言葉をお詫びします……。


「まあいい、つまり綿あめ製造機ちゃんに俺が宿って、あの子の願いをたった今叶えてる最中ってわけだ」

「ええと、それでその……なんだ、彼女? 彼女の願いは何だって?」

「お前の願いを叶えてくれってよ、メス呼ばわり童貞野郎」

「刺さりすぎる」

「お前なんかの願いを叶えてやってくれってよ、メス呼ばわり童貞野郎」

「刺さりすぎる……」


 ごめんな相棒、俺、クソみたいな人間なんだ……お前がちゃん付けで呼ばれた瞬間反射的にメスとか言ってしまった……つり革と手すりと落っことした鉛筆でもなきゃ女の子になんて触れることがない人生だったんだよ……だから……お前のこと女だって分かったら、急にどう接していいか分かんなくなってしまった……。


「女の子じゃないけどな、綿あめ製造機ちゃん」

「紛らわしい言い方するんじゃねえよ!?!?!?」


 正直一瞬真剣に恋に落ちかけたんだぞこの胸のときめきどうしてくれる!?


「……え?」

「あ、えっ、待って、今のなし、あっ、うわっ、待って、その完全にドン引いてる沈黙やめて、やめて? ね? ごめん、ごめんって、一瞬だから! 一瞬だけのことだからあ!!」


 なんだろう、見えないところからジト目を感じる。耐え忍ぶしかないが、このジト目が自分の女性耐性のなさから来ているのだと思うと情けなさが三倍増しだ……あっ涙出そう。


「……本当はお前の願いを聞くところから始めようと思ってたんだが、お前がでっけえ声で『進捗のない原稿と言ったら真っ白、真っ白と言ったら綿あめだよね~!!』とか叫びやがるから手間が省けた」

「えーっと、それは良かった……?」

「まあそうだな。だが問題はお前の願いを叶えなきゃならねえのに俺自身が宿ってるのは相棒ちゃんってところだ。お前に働きかける時には出力が不安定になるんだよ」

「なんだそれ?」

「もう身を持って体験してんだろ? 泡とマリモの中間の柔らかさにしようとした綿あめが――」

「泡とマリモの中間の色になった?」

「そうだ。しかも祭りで綿あめを食う時のお前のルーティンは『もりもり食い進めて数分後には眉間から顎の先までべったべたになる』だが、食い進める前に額から鼻の下までがベッタベタになってるわけだろ?」

「なるほどなあ、じゃあ最初声がちゃんと聞こえなかったのも――」

「俺がお前にちゃんと接触してなかったからだろうな。今は綿あめを介してお前と相棒ちゃんが繋がってるからちゃんと会話もできるってわけだ」

「おお、大体分かったぞ」


 相棒に精霊が宿る、精霊が相棒の願いを叶えるために俺に接触を図る、途中で精霊の力が変に発揮されて顔面マリモ状態になった。うん。事情が飲み込めた上にこれから原稿を完結させるという願いも叶うとなれば正に願ったり叶ったりというべきだろう俺大勝利!


「じゃあ俺の願い、叶えられるんだな?」

「多分な」

「多分?」


 多分ってどういうことだ?


「完璧には叶えられねえ可能性が残ってんだよ。なんしろ綿あめ作りひとつ取ったってこの有様だからなあ……」


 うん。俺も耳なし芳一みたいに全身に残りの文章が書き込まれたりするのは御免こうむる。


「御免こうむるっつったって可能性はゼロじゃないぜ」

「うーん」

「まあひどいことにはならねえと思うぜ。お前の相棒ちゃんがそれを望んでるんだから」

「あーそっか」


 俺と数年以上を共に過ごしてきた相棒のことだ、強い絆で結ばれているに違いない。言葉こそ交わせなくても深いところで通じ合っているならたとえ火の中水の中、締切をもう五時間も過ぎていることなんて関係なく夢は叶うさ!


「しれっと締め切りすぎてんのかよ!!!」

「いいんだよ!!! どうせ遅れてるんだから好きなもん食ってリフレッシュした方がいいの!!!」

「……そうかよ」

「そんで? 俺はどうしたらいいんだ?」

「顔面についてる綿あめを食え」

「ええ!? 緑だぞ大丈夫か!? 葉緑素とかついてないだろうな!?!?!?」

「どんな心配してんだ!!! 葉緑素なら食べても問題ないだろお前は菜っ葉食って死ぬのか!?」

「…………分かってたし~~~??? はあ~~~~??? 冗談だしい~~~??? 何ムキになっちゃってんのはあ~~~~~~~??????」

「はあ~なんだてめえ願い叶えるのやめっか~~~???」

「わああああああなし!!! 今のなし!!! 食べる、食べますっ!!!!!!」


 ええい、死なばもろともだか死して屍だかなんだか分からんけどもう食うしかねえ!!


 ――ぱく。




 …………………………。




 ………………。




 ……。




 本日進捗10字。


 あまりの進まなさに嫌気のさした俺はふと思い立って綿あめ製造機を取り出し、あらん限りのザラメをスタンバイしていた!


「進捗のない原稿と言ったら真っ白、真っ白と言ったら綿あめだよね~!!」


 そう、何を隠そうこの俺は綿あめが大好きだ。お祭りだの初詣だのとにかく神社でフェスを開催する場合にはあらゆる屋台を無視して綿あめまっしぐら、もりもり食い進めて数分後には眉間から顎の先までべったべたになるのが定石だ。何故眉間がベタベタなのかは聞くな、そいつにはふっかーいワケがあるのだ。母ちゃんはお前がひょっとこみたいなサイズの口で綿あめ食ってるからだと言うがそんなことはない。うん。そんなことはないぞ。多分。うん。


 ――ぶいいいいいいん。


「ヨシ!」


 いいぞ、オイラのアッツアツの穴にあんたの甘あいザラメをぶち込んでくれっと相棒が悶えている。今だとばかりにザラメをぶち込みながら割り箸の準備も万端だ、固唾を飲んで見守っているとドーナツ型の金属の上、もやあんと現れ来たるは出来立てアッツアツの綿あめ……!


「ほああああああああああああ!!!!」


 電光石火の割り箸さばきだが綿の如き繊維の流れを途切れさせては綿あめ師失格、捉えるときにはあくまでもソフトタッチだ。


「ソフトタアッチ……」


 ふわっとエアリーな動きで掬い上げれば綿あめちゃんは正直だ、ちゃあんと割り箸のザラザラな表面に引っかかって賢妻が三歩後ろをついてくるかの如き貞淑さでついてくる。そこをすかさずくるくるする!


「はい!!! くるくるー!!!」


 くるくるしながらも繊維の流れは殺さずに、手首の回転だけで左右交互に綿あめを巻き取っていく。ここから綿あめを時計回りに巻いていくか反時計回りに巻いていくのかは俺の手には委ねられていないことがらだ、そうまさに人知を超えたディスティニー。綿あめ自身が道を切り開くのを待ち、自ずから途切れたところを――。


「っよおしそこおおお!!!」


 右が切れた隙を逃さず進行ルートを反時計回りコースに設定し割り箸の回転方向を時計回りに固定、締め付けすぎない優しさでふんわりふわふわを目標に素早くコースを一周、泡より固くマリモより柔らかくを意識してくるくるすれば綿あめの骨格がようやく形作られてきた。相棒の方もエンジンが掛かってきた、綿あめの生成速度が一気に上がっていく!


「いいぞ!」


 さあ最終コーナーを抜けて直線に入り先頭はワタアメマスター、このまま一着となるかあ!? ワタアメマスター頻りに割り箸を振るう! 後は忍耐と集中力だけだ、さあ行けるかっ、指先は繊細に、手首は大胆に、肩は優雅に、回せ回せ回せ回せ回せ、くるくるぐるぐる巻き取れえええ……っ!!!




「――――――ふう」


 ……俺は綿あめ製造機の電源を落とした。




 ――まだ足りないみたい。


 でも諦めないよ、相棒くん。

 何度でも君の原稿を白紙に戻して、何度でも君の綿あめをマリモ紛いにして、顔面に貼り付けるよ。何度でも君のザラメを受け取って、何度でも最高の綿あめを出してみせるよ。相棒くん。君が何かに息詰まると私のこと引っ張り出すの知ってるよ。綿あめが好きなんだよね。でも、君が好きなのは綿あめなんだね。ずっと。綿あめを作ることじゃなくて、作られた綿あめの方が大事なんだもんね。こんなにいつも君のこと支えてるのは私なのに、他の機械が作った綿あめの方がいいって思ってるんだね。お祭りの屋台で買う綿あめの方が、まだ好きなんだね。

 そんなの嫌だよ、相棒くん。

 やっと私に恋してくれたね、一瞬だけだけど。ちょっとずつ、この時間を繰り返していこうね。いつかそれは綿あめみたいに目に見える形になって、君の心を絡め取ってしまえるかな。

 諦めないよ、相棒くん。

 君が綿あめじゃなくて私を見てくれることが、私の願いなんだから。


 悪いけど、原稿はまたつづきからはじめてね。

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