ロマンティックは止まらない
「金貨十枚ゲットォ!!!」
ハンスは叫びながら電磁砲の発射ボタンを押す。白銀の宇宙戦闘機アルテミスから超高速で射出された砲弾が、漆黒の敵機を爆砕させた。
宇宙空間に音にならない振動がわずかに響く。
青と赤の大量の輝点が索敵レーダーに映る。敵機である赤点の方が多く、味方の暗号無線には悲痛な声が飛び交う。絶望や恐怖に捕らわれる状況でハンスの顔には笑みが浮かんでいた。
赤点の数をざっと把握しつつ、倒した敵機をカウントする。
「撃墜した数だけ金貨が貰える。最高だね男のロマンを体現した軍隊だぜ」
周囲の敵機に注意しつつ、冷静な声で暗号無線に告げる。
『こちら、マフィア艦隊のハンス少佐だ。助けて欲しい奴はいるか?』
大量の救援要請が返ってきた。しかし、ハンスは直ぐには救援へ向かわない。更に笑みを浮かべつつ、味方へ告げる。
『多すぎて分からん。とりあえず、名前と救援料を言え』
一瞬、通信が静まり返る。
次に味方から返ってきたのは、怒声と罵声だった。
『人の弱みに付け込むのか!』
『味方を助けるのに金をとるのか!』
『この外道!』などなど。
そんな罵詈雑言を涼しい顔で受け流しながら、ハンスは味方に冷たい声で言う 。
『じゃ、勝手に死んでくれ。俺は帰る』
途端に名前と救援料金が大量に返ってくる。背に腹は変えられないという感じだ。内容を録音したハンスは満足げに頷く。
「最初から素直に言えっての。これで、撃墜報酬と救援料の2倍取りだ」
マフィア艦隊は他の艦隊とは違い、敵を堕とした数だけ金貨が支払われる。自然と金に困った腕自慢が集まった。多額の借金を背負うハンスにとっても、理想の艦隊だった。不思議といくら稼いでも借金は減るどころか増える一方だったが。
ハンスはアルテミスを頭上に急旋回し、まずは救援料が一番高かった味方の元へ飛ぶ。味方に注意を取られている敵の背後に回り込むのは簡単だった。
「まずは金貨六十枚ゲット!」
だが、電磁砲のスイッチを押す直前、敵機が急降下した。
「チッ、気づかれたか。逃がさんぞ金貨六十枚!」
ハンスはエンジンの出力を上げ追尾する。視界が下にスクロールする中、急降下した敵機を発見した。敵機は右に急旋回。襲い来る遠心力を物ともせずに敵機にピタリとつくハンス。 ハンスが並みのパイロットでないと判断したのか、敵機は急反転しキリモミ急上昇。
「粋な飛び方するじゃねえか。さては、エースか」
直斜線の電磁砲の回避に最も有効なキリモミ飛行。だが、大抵のパイロットは嫌がる。無重力の内臓たちが身体の中で振り回されるからだ。
何処の宇宙軍でも、洗礼として新米パイロットに無重力下でキリモミ飛行を実施する。洗礼を受けた者たちは、大抵ヘルメットの中に汚物を吐き出しパニック。中にはトラウマで軍を辞める者もいる。だが、平然としている者たちもいる。三半規管が常人よりも発達したエースたちだ。
「いいねぇ、そのダンスの誘い乗ったぜ」
ハンスは鼻歌交じりにピッタリ敵機を追尾する。回転する視界。掻き乱される体内を気にも止めずに、冷静に電磁砲の発射タイミングを計る。
「そろそろ、限界だろう。次の逃げ道はここだ」
ハンスは何もない空間に向かって電磁砲を放つ。そこに申し合わせた様に敵機が滑り込み爆砕した。電磁砲には追尾機能が無い。故に敵の飛行ルートを先読む力がパイロットには必須だ。
「次は金貨五十八枚だ。たく、セコく刻みやがって」
ハンスは機首を返し他の敵機へ向かった。
一時間後……
味方と敵の戦力比は逆転した。味方も連携し敵を追い詰める。だが、ここで敵軍が予想外の行動に移った。残敵の内、十機がハンスめがけて特攻してきたのだ。
「誰も手を出すな、この金貨どもは俺の物だ」
プラズマエンジンの開発以来、燃料は宇宙空間に無尽蔵に存在するプラズマ粒子となった。プラズマ粒子を利用する電磁砲は、時速千二百キロで砲弾を撃ち出す。その衝撃は戦闘機や軍艦のシールドすら貫通する。砲弾は数ミリ程の鉄粒で十分となり、戦闘機には百万粒の砲弾が搭載された。
無尽蔵の燃料と大量の砲弾の戦闘機の登場。
かくして宇宙の戦争の優劣は、戦闘機のパイロットの技量次第となった。
「追ってこい。一網打尽にしてこそのロマンだ」
ハンスは包囲しようと試みる敵機を巧みにかわし、右へ左へ上へ下へと飛ぶ。いつの間にか包囲を試みていた敵が、一ヶ所に集まっていた。否、集められたのだ、ハンスの誘導飛行によって。
ハンスは最小半径で宙返りを仕掛け、敵集団の真上に躍り出る。バランサーの急制御により強引に機首を下げ、敵機を目の前つまり電磁砲の斜線に捉える。
「ロマンゲットォォォ!」
歓喜の表情で電磁砲のスイッチに手をかけた瞬間、眩い光の分厚い高エネルギーが目の前を通り抜けた。敵機の姿は消滅していた。ハンスは眼をしばたかせ、敵機の姿が消えた空間を見つめる。
「ふ、ふざけるな。俺のロマン横取りした奴わぁ!」
こめかみに血管を浮かせ、顔を赤くさせながら押し殺した声で味方の通信機に告げた。その声は、ここまで低く冷たくなるのかというほどである。
『おい、今、主砲を、撃った奴は、誰だ? いや、言わないでいい。長距離から敵だけを正確に撃ち抜くなんて芸当が出来るのは、あの女だけだ』
ハンスは残った他の敵を無視し、エンジン全開で母艦へ機首を向けた。本日一のトップスピードで飛び去る。
しばらくすると一隻の宇宙船が見えてきた。
全長四百,全幅百メートル、対空電磁砲五千基と荷電粒子主砲二基を装備し、四百機の戦闘機を収容可能な巨大空母である。
ハンスは荒々しく着艦すると、コクピットの中でヘルメットを脱ぎ捨てた。コックピットの窓が開くなり床へ飛び降りる。扉に向かおうとするハンスに整備員が駆け寄った。
「おい、ハンス。静電気除去が終わる前に勝手に降りるんじゃねえよ」
「うるせえ! そんなことより、ローザのとこだ。あのアマ、人の獲物を横取りしやがった」
ハンスは周りに静電気をまき散らしつつ肩を震わせる。プラズマエンジンの実装以来、戦闘機の帯電率が跳ね上がったため着艦してからは静電気除去を待ってから降りるのが手順であった。その手順を無視すると、ハンスの様に体内に大量の静電気を溜め込む状態になる。
「ウルサい奴だね。そんな大声で何の用だい?」
後ろから掛けられたソプラノ声に、ハンスは眼を血走らせながら振り返る。と、ハンスの目の前に鉄の棒が放り投げられた。
思わず、鉄の棒を受け止めるハンス。
「ぐがあぁががぁぁぁ!!!」
ハンスの体内の静電気が放出先を見つけ、我先にと鉄棒から空中へ逃げ出す。人間の身体から電気が空中に放電される。見てる分には楽しいが、駆け巡る電流の激痛がハンスの体内を襲う。
放電が収まったハンスが、その場に倒れこむ。心なしかハンスの身体からかすかな煙が出ているように見えなくもない。
「ロォォォザァァァァ」
かすれ声のハンスがローザへ這いよる。ローザもハンスの方へ歩きながら、呆れたように言い放つ。
「アンタの自業自得だろ。で、さっきから何の用だい。あいにく夜の予約なら埋まってるよ?」
「てめぇ、俺の獲物を横取りしやがっただろ」
「あぁ、あの敵どもの事かい。馬鹿みたいに固まってたから撃っただけさ。大体、誰がアンタの獲物なんて決めたんだい」
「その阿呆共を集めたのは俺だ!」
ハンスは微かに手足を震わせ、顔だけを上げてローザを見上げる。そんなハンスをつまらなそうに見下げローザはアクビ混じりに頭をかく。
「ご苦労さん。戦場じゃ手柄は早い者勝ちさ、チンタラ飛んでるアンタがいけないんだよ」
「誰がチンタラ飛んでるだって?」
全身の痺れがようやく抜けたハンスが起き上がりローザに詰め寄る。二人の喧騒に周辺の兵士たちが何事かと集まってくる。大柄なハンスに臆することなく、豊満な胸を反らし顎を上げながらローザは真正面から言い返す。
「ウルサねぇ。そんな器の小さい男だからアソコも小さいんだよ。貢いだ女たちにも逃げられるはずさね」
「貢いだ数だけキッチリ抱いてるんだよ。稼いだ金で豪遊ワンナイトラブは男のロマンだろうが。乳だけ女は黙ってろ」
「乳だけかどうか試してやろうかい!!!」
ハンスとローザの脳天を固い衝撃が襲う。二人の視界が急激にブレた。追従する猛烈な痛みに二人ともうずくまる。
「白昼堂々、乱痴気会話とはいい度胸だなてめぇ等」
二人の横に現れた黒のレーザジャケットとレザーズボンを着こんだ筋骨隆々の男が怒鳴った。その男の姿に気づいた途端、兵士たちが一斉に背筋を伸ばし敬礼を行う。
「野次馬どもは三秒以内に持ち場に戻れ」
通常なら聞き漏らしそうなくらい静かな声だが、兵士たちは蜘蛛の子を散らす勢いで駆け戻った。男はハンスの脇腹を軽く蹴り飛ばす。
「おう、ハンス。艦長がお呼びだ」
「艦長が? す、すぐ行きます」
借りてきた猫のような態度に変わったハンスは昇降機へ飛び込む。衣服を整え、最上階の艦長室の扉に着き入室の許可を求める。自動的に扉が開きハンスが入室する。
部屋の中には重厚な椅子に座った男が居た。マフィア六千人を束ねる艦長ガザンだ。
「おう、来たか。いきなりだが、お前は昇進だ」
ハンスの中でロマンが轟音ともに崩れ落ちた。




