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トンカツ令嬢さんがゆく

 レリクス魔法学園の第一闘技場には、溢れんばかりに生徒たちが詰め掛けていた。割れんばかりの大声援、拍手、そしてヤジ。それらは全て闘技場の中心で対峙する二人に向けられている。


 即ち私、そして私と向かい合って立つ不気味な男だ。

 服装を黒く統一した男は、微動だにせず私の顔を見つめてくる。口元まで布で覆っているのを見ると、何かを拗らせている感じはするが、彼は紛れもなく学園随一の魔法の使い手である。

 駄目だ、勝てるわけがない……。ふと握りしめていた純銀のステッキに視線を移した途端、私は悲鳴を上げたくなった。魔法の杖に化け物と見紛う太った女が映ったからだ。


 ……そう。私である。


 絶え間なく滴ってくる脂汗をハンカチで拭いながら、ほとんど魔法も使えない私がどうしてこの「魔法決闘」に駆り出されたのかを思い出していた。




 伯爵家の長女として生を受けた私は何不自由なくスクスク育ち、ブクブク太っていった。子供の頃から私は食べることが大好きだったのだ。

 ひき肉のたっぷりのミートパイ、ハチミツたっぷりのホットケーキ、ハチミツたっぷりのハチミツ。

 美味しそうに食べる私を見て喜んだ両親は、更にたくさんの美味しいものを食べさせてくれた。


 その結果、貴族としての気品と素養を身に付けつつ、豚の類いと化すという難易度の高い育成個体が出来上がったのである。

 太っていることを除けば貴族としての英才教育を受け、学力にも楽器の腕にもそれなりに自信があった私。けれど私には一つだけ苦手な事があった。それが魔法である。

「魔法は貴族の嗜みとして必須科目である」とお考えだったお父様は、どうしても魔法を使えるようになって欲しかったらしい。

 そうして脂肪を揺らして嫌がる私に魔法学園への入学を強制したのだった。




 そんな経緯があって魔法学園に入学して3か月。

 魔法はほとんど使えるようになっていないけれど、退屈な事ばかりではない。先ず学食の料理が美味しい。多彩な取り揃えがあり飽きが来ない。お陰様で昼食の時間を楽しみに日々を送ることが出来る。次に学園の周りには美味しい店が多い。この三か月間に48件のお店で食べ歩き、そのうち37件は大当たりだった。あとついでに友達が出来て良かった。


 そうして同級生たちが努力を重ね、『ラメッド系炎魔法』を習得したり『回復薬取り扱い免許』を取って着実に実力をつけている間に、私も『家系ラーメン』や『ミートスパゲッティ』を食べ漁り、着実に贅肉を付けてきた。


 だがそんな私にも辛うじて使えるようになった魔法がある。刺身が目の前にある限定的な条件下のみで発動できる、その名も「刺身の上にタンポポをのせるだけの簡単な魔法」だ。お父様が釣った魚をその場で刺身にして食べる時にだけささやかな効力を発揮する。




 そうやって貴重な貴重なスクールライフを食べることのみに特化させていたストイックな私。けれど貴族であることや、人付き合いを苦にしない性格だったこともあり、学園内で(表立って)イジメられるようなことは無かった。

 ……のだが、つい三日前、唐突に学園内の派閥争いに巻き込まれ、あれよあれよという間に派閥の雌雄を決する「魔法決闘」の選手として抜擢されてしまった。


 もちろん私は拒んだ。決闘の内容が相撲かフードファイトならまだしも、純然たる「魔法」によるシバき合いだったからだ。それも過去には死人も出ているという荒っぽさである。先にも述べた通り、私の使える魔法は『刺身の上にタンポポを乗せるだけの簡単な魔法』のみである。そんなスペックで決闘に赴こうものなら、刺身の上にタンポポを出現させている間に焼き豚にされかねない。無償でおかずを一品提供するだけだ。


 私の抗議の言葉を聞いた派閥の代表者はこう言った。

「もしベアトリスさんが魔法決闘に出てくださるのでしたら、トンカツ定食の食券一年分を差し上げます」

 いや胸焼けして胃がボロボロになってしまうわ。と思いながらも食券を受け取るのが私の私たる所以である。

 そうしてトンカツ定食の食券に釣られた私は、想像以上の強敵が待つ闘技場へと出荷されることになったのだった。




 こんな話、乗るんじゃなかった……。私は昼に食べたトンカツ定食が胃で暴れている感覚に胸を焦がしながら、再び目の前に立つ男を眺めた。


 男は先程から動かないが、その猛禽類のような鋭い目つきを向けられるだけで足がすくんでしまう。ダメだ、殺されてしまう。殺されたらもう何も食べられなくなるし、美味しいと感じることも出来ないし、ついでにお父様やお母様に会えなくなってしまう。


「おい女」


 相手の男が低い声を発した。


「何もお前を屠殺しようというのではない。動かなければ痛くないよう戦闘不能にしてやる」


 この男、サラッと私のことを豚扱いしましたわね?


「ベアトリスお嬢様、ご安心下さい。私がしっかりサポート致します」


 耳に付けた交信魔法具を通して響いてくるのは、サポート役のリリィの声だ。後ろを振り返ると一番手間の客席でリリィが手を振っていた。彼女は代々私の家に仕えるメイドの娘だ。少しポンコツな所があるが働き者である。




 この伝統的な魔法決闘には細かく決められたルールがあるらしく、その一つがサポート役の存在だ。彼らは闘技場の外から選手にアドバイスを送ることが出来、また決闘中に三つだけ、戦いを有利に進めるためのマジックアイテムを投げ込むことが出来る。


 魔法の使えない私は完全にこのマジックアイテム頼みである。


「リリィ、頼むわよ……」


 私が独り言のように呟いたその言葉とほぼ同時に、重厚な鐘の音が一度鳴った。決闘開始の合図だ。手筈通り私は男に背を向け、脂肪を揺らしながらリリィの方に走った。


「ベアトリスお嬢様、これを受け取ってください! 炎の魔法が打てます!」


 リリィが闘技場に投げ入れたのはマスケット銃の形をした物だった。私はドタドタ走りながらそれを拾うと男に銃口を向けた。にも関わらず、男は動揺する素振りを一切見せない。逆に私の方が凶器を相手に向けている恐怖でガクガクと震えていた。


「ほう、それをどうする気だ?」


 挑発的な口調だ。私が魔法を使えないと知ってナメているのだろう。彼を倒せるのは油断している今しかない!


「中身は貴方に差し上げますわ!」


 私は男に向かって力一杯引き金を引いた。手に熱い感覚が走ったかと思うと、赤い火の玉が勢いよく飛び出す。火の玉は一瞬で男に到達し、火柱を上げて激しく燃え始めた。


 やったか!?


 ……というか、やり過ぎてしまったのでは? 早く火を消し止めないと彼が死んでしまう! と私がアタフタしていた時だった。

 立ち上っていた火柱が一瞬で消え、中から無傷の男が現れた。よく見ると男の前には薄青色の魔方陣が展開されている。

 嘘でしょ、私が銃弾を放った一瞬に防御魔法を張ったというの……?


「その程度か?」


 目の据わった男の両手には、青い炎が渦巻いている。私は直感的に死の危険を感じた。


「教えてやろう。炎魔方というのは、こう打つのだ」


 私は弾かれたように走り出した。いや、大してスピードは出ていないし鈍いので、弾かれたようにという表現が正しいかどうかは分からないけれど、私は闘技場を全力で駆けた。


 途端に闘技場全体から嵐のような笑い声が起こる。


 何よもう! 脂肪を揺らして必死に走っている汗まみれの私の何が面白いわけ!? うん結構面白そうね!

 しかし私のイライラも束の間、背後に凄まじい熱さと轟音がはじけた。

 ギョッとして振り返ると、すぐ後ろで地面が抉れ上がり、その穴の中にドロリとしたマグマが溜まっている。

無理無理無理無理! これ焼き豚どころじゃ済まないわ! こんなものが一発でも当たったら炭火焼きになってしまう!


 男の方を見ると、更に不気味な炎をこちらに投げようとしていた。


「危ないから動くなと言っただろう……?」


 いや動かなかったら確実に死ぬわ! 私は慌てて場外のリリィに交信を求める。


「リリィ! リリィ! 聞こえる!? 大変なのっ!」

「膝の皿が割れそうなのですか?」

「そっちじゃないわっ! 火の玉が!」

「確かに焼き豚になりそうですね」

「貴女どうしてそんなに悠長なのよ!?」


 直後に先ほどと同じ熱量と轟音が背後に響く。止まったら死ぬ。私は無我夢中で炎から逃げ続けた。駄目だ、このまま走り続けても脱水症状で死ぬ。



 どうする私? どうすれば良いのっ!?

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