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脳筋ウィリアム(♀)は魔王を倒せますか?

 ビルは脳筋だった。

 普通の人間は考えてから動くのに対し、ビルは動いてから、はて? 何で動いたのだろうか? と考えるタイプだった。


 魔物の跋扈するこの世界、魔・即・斬とばかりに動ける脳筋剣士は、前衛として重宝。魔王クラスを討伐すれば、王侯貴族に成り上がれるぞ。と、男爵である父親に鍛えられたのが、七年前、ビルが十歳まで。


 その後も、独自にビシビシ、ガンガン、メイドのベスに鍛えられていたが、それは両親の預かり知らぬところ。と言うのもビルは三女。両親は四番目に生まれた長男、ジョンにしか興味がいかなくなっていたからだ。


 七月のある日、思い出したかのように両親に呼び出されたビルは、下半身が男性用ズボン、上半身にさらしを巻いただけの姿で部屋に入った。


「う、ウィリアム、その格好は?」

「剣の練習で汗をかくのでいつもこの格好だけど」


 母親がその場に崩れ落ちる。ビルは首を傾げたかと思うと、いきなり握りこぶしを作り戦闘態勢に入る。


「すぐに構えるのは止めないか」

「父上から殺気を感じたのでやるのかと」


 父親がふぅ、と溜め息を吐き出す。


「お前にもそろそろ嫁いで貰おうと思うのだが」

「とうとう、父上も領地を譲り隠居すると?」


 噛み合わない会話に父親は腕を組む。


「そんなことは一言も言っておらんぞ」

「言葉など信用するな。心で感じよ。との父上の教えに従ったまで」

「いやいや、少なくとも今回は間違っておる」

「なんと! 本心を隠される?! ならば、やはり拳で語り合うしかない」


 ビルは泣き崩れたままの母親を流し見。僅かに後退り、ゆっくりと両足を固定してから、襲いかかる熊のように両腕を掲げる。


 しかし、父親には相手にされない。体ではなく頭を鍛えなければいけない。自分が魔物を撃滅した功績でこの土地を拝領した後、どれだけ勉強して領地経営を出来るようになったかを滔々と語られる。


 無駄無駄無駄~。

 ビルにそんな説教は通じない。朝稽古の体力回復とばかりに立ったまま居眠り。で、目を覚ますと、メイドであるベスに引きずられていた。


「勉強したくない」

「する気があるんです?」

「よし、魔物を狩りに行こう」

「見てくれは悪くないのですから、三分くらいは淑女を演じれるようになっていただきませんと。私が引退できません」

「メイドを辞める気?」

「不労所得で……えー、ごほん。そろそろ、ささやかな幸せが欲しいかと」


 いっそう力を入れて引っ張ろうとするベス。

 ビルは廊下の石柱に飛びついて抵抗する。


「そこまで嫌なのですか?」

「なあ、ベス。私が男だったら勉強しなくて済んだかな?」

「いいえ、領地を統治されるのでしたら、智慧と知識が必要です。愛と勇気だけでは領民を養うことはできません」


 石柱から剥がされたビルは両手を腰に当てて仁王立ち。


「そ、そうだ。ベス、こないだ言ってたあれを使ってみよう」

「あれ、ですか?」

「そう、我がマクスウェル家に伝わる金の魔棒」

「禁忌の魔法ですね」


 ビルの家に伝わる禁忌の魔法。それは、魔法を行使された人に知識と智慧を授ける魔法とされている。父親も領地経営を行うためその力を使ったとの噂。


「どんなことが起こるかわからないのに危険ではありませんか?」

「立入禁止の塔の入り口の鍵を三秒で破壊。近づく人間を麻痺させる封印を魔法で瞬時に消し飛ばした上、知ってたかのように発見した魔法書を参考に、アクビをしてる間に禁忌の陣を描いたのは誰?」

「いやぁ、それほどでも」


 ビルは、頭をかいて照れくさそうにするベスをジト目で見る。


「さっさと始めて」

「何が起こるかわかりませんけど、構いませんね」

「クドイ」


 ベスが魔法を行使すると、魔法陣の中心にいたビルの体が宙に浮く。と、同時に魔法陣から垂直方向に昏き光が走り暴風が吹き荒れる。魔法陣の中で、蒼き稲妻が駆け巡ったかと思うと爆発。


 よくぞこの状況で無事だった。そう称賛したくなるほど無傷のビルは、両足で石の床に着地する。


「こ、これは」

「大事な魔法だからもう一回かけますね」


 ベスは再び魔法を使う。繰り返す魔法陣内での爆発。流石のビルも着地時に足元が揺らぐ。


「もう一回行きますね」


 と、ベスの声。ビルは瞬時に反応し、電光石火で魔法陣から飛び出す。咄嗟に十字に腕をクロスさせて防御するベスに、雷撃のようなパンチを解き放つ。


 ベスは、十分な威力の攻撃を受け止めつつも踏ん張ろうとはしない。弾き飛ばされて石の壁に背中を打ち付け、「うぎゃ」と可愛らしくない声を出す。


 殴りつけた張本人のビルは棒立ち。一呼吸置いてから周囲をキョロキョロと見回す。


「どうですか?」

「ベス、お、俺は……」

「俺?」


 ビルは、観察するような彼女の視線を気にもせず、自分の両手をマジマジ見てからサラシの上から自分の胸を揉む。


「もしかして、俺たち入れ替わって……、いや、違う。この世界、雰囲気、メイド服。あ、あ、あ、やったぞ。これは異世界転生。俺は、人生大逆転の勝ち組だッ!」


 実は、ビルは異世界転生したわけでも、されたわけでもない。ビルの意識と、2018年の日本で働いていたおっさんサラリーマンの意識が、混ざりあっただけだった。


 そう、禁断の魔法は、異世界を含む知性体の魂を被術者に転移させる魔法だったのだ。酷似した知性は同化し、差異がある知性は別人格になる。


 ビルとおっさんは似ているところがあった。故に同化した。だから、ビルはビルとしてのアイデンティティが存在する。言葉も話せるし、ベスのことも記憶している。


 けれども、ビルは脳筋だ。どちらかと言えば、おっさんの思考と知識に引きずられる。夢の中で別人格を演じているかのように、ビルはビルの要素が薄められていく。


 それでも、ビルは脳筋だ。状況判断を行うべくスクワットを始める。無論、理由などない。


 ベスを背中に乗せて三百回ほど腕立て伏せを行ったところで、ビルは気づいた。塔が取り囲まれていると。


 しかし、気にせず塔から出る。

 そして、父親を先頭に、武装した兵士ら数十人と対峙する。


「ウィリアム。お前は何をしたか解っているのか!?」


 父親の怒りを察知して、ビルは答えに詰まる。今までであれば、「拳がこうしろと言ったのだ」とか答えるところ。しかし、同化したおっさんの思考がビルを慎重にさせる。


「禁呪を使用したな。魔王にお前の存在が知られたはずだ。だから、ウィリアム、お前をここに置いておくわけにはいかない。隣地に領地を持つカモイズ男爵のところへ嫁いでもらう」

「と、嫁ぐ? 相手は男?」


 素っ頓狂な声を出すビルに父親は一歩退く。


「当たり前だ。お前は女なのだからな」

「男ではない?」

「そうだ。儂も七年前までは男かもしれない。男だったらいいなと思っていたが、今では違う。女だと確信している。待て、ここで戦ってもお前に勝ち目はないぞ」

「自分より弱いかもしれない男になど嫁げません。そもそも、好きでもない男と婚姻させられるならば、死を選びます」


 言い終える前にビルは構える。ビルもおっさんの意識も結婚したくなかったのだ。


「どうしても嫌か? カモイズ男爵領に魔物が攻撃を仕掛ければ、どさくさに紛れて領土を拡張する好機であるというのに」

「父上、家臣の前でエゲツない事を言わないでください」

「構わん。みんなこの手の話、大好きだからな」


 父親が兵士たちを見ると、みんなウンウンと頷いている。いつか、簒奪されるんじゃないか。などとビルは考えながら、呼吸を整え始める。


「待て、儂は親だぞ。娘を好んで傷つけたいわけではない。どうしても嫁ぎたくないと言うならば、他の選択肢がある」

「他の選択肢……ですか?」

「そうだ。王国魔王討伐隊に参加すれば良い。上級魔族を討伐すれば拝領できるぞ」


 ビルは構えたまま考える。父親は、老いたとは言え一代で男爵まで成り上がった勇者。同じ武装ならば互角以上の自信はあるが、こちらは丸腰。それに味方はベス一人。いや、ベスですら、父親側につく可能性もある。


「解りました。王国魔王討伐隊に志願いたします。但し、一つお願いがあります」

「な、何だ」

「このベスを従者として連れて行くことをお許しください。あと、蜉蝣の槍と真紅の楔帷子も」

「一つじゃないがな……」

「ちょ、ちょっとお待ち下さいお嬢様」


 父と娘の会話にベスが入り込む。


「そこの親衛隊長のカーティス殿の方が、戦闘能力は高いですし、国内ではそこそこ知られている高名な騎士です」

「エロ視線の騎士がいたら夜もゆっくり寝れないじゃない」

「では、マクスウェル領付き魔道士、ランドルフ殿では如何でしょうか?」

「干物魔道士では、行軍についていけないと思われ……る。なので、ベスがベスト。よろしいですか父上」

「ん、ま、構わん」

「そんなぁ~」


 ビルは自室に戻り装備を整える。旅道具は兵士やメイドらが準備している。だから、実質、彼女が用意するのは武具だけだ。


「お、お嬢様ッ!!」


 ノックの返答をする前に、男装したベスが部屋の中に飛び込んでくる。


「魔王は既に討伐されたそうです」


 ベスが叫ぶように告げる。嬉しさ半分寂しさ半分の表情。


 ――――そうだ。魔王は殺された。


 何処からか低い男性の声が聞こえたように感じて、ビルは周囲を見回す。


『探しても見えぬぞ。我は魔王。貴様の中に転生したのだ』


 まさか、あの二回目の魔法で? 

 魔王の意識が、別人格として入ってきちゃった?

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