三歩あるけばモテる男
赤く燃える三日月と教会を背景に、彼女は嘲笑していた。
『あーははははっ、大好き! だから本当に、わたしは人間が大好きっ!』
その愛の叫びは、今も俺の頭から離れない。
『なんて人間は脆いのかしら! なんて人間は醜いのかしら! なんて人間は傲慢なのかしら! もう愛おしくて愛らしくて可愛らしくて憎たらしいったらありゃしないわ‼ ねぇ、ロッド――あなたもそう思うでしょう? あなたも、こんな哀れな生き物のために人生を捧げてもいいと思えるでしょう⁉』
彼女の手には、真っ赤に染まった細身の剣が握られていた。そして、彼女の足元には無数の死人が転がっている。
その上に立つ彼女は、とても嬉しそうな笑みで俺に同意を求めてきた。
だけど、俺は首を横に振る。
『俺は、君だけを愛している』
それは、何度も彼女に伝えてきた言葉。
それなのに、いつも彼女に否定されてしまう言葉。
『嘘よ――あなたが一人だけを愛せるわけがない。あなたが本当の『愛』を語れるわけがない!』
そして、今も俺を縛り付ける言葉。
『だって、あなたは呪われているんだもの――――』
狂ったように、彼女は俺を嘲笑う。
それでも、俺はそんな彼女を今でもずっと愛している。
何度告白しても、その気持ちすら届かないから――俺は何度だって、告白するんだ。
いつの日か、俺の想いが伝わるまで。
何度でも。何度でも――――
◆ ◆ ◆
「ロッドぉ~、いつデートに誘ってくれるのぉ?」
「今晩こそ、わたしをベッドのお供にいかがですかぁ♡」
俺はただ、イソイソと石畳の路地を歩いているだけだった。
中肉中背。黒髪黒目。冒険者と盗賊の間のような衣服。
どれを取ってもパッと冴えず、ようやく合法で酒を飲めるようになった若造の俺のまわりには、いつも通り人集りが出来ていた。
こんな朝早くから集まる人々は、それこそ幼女から御老体まで幅広い範囲の女性だ。
俺の周りに集まるありとあらゆる女性たちが、俺を口説こうと必死に甘言を弄して、さらに隙でもあろうものなら、俺の腕や手に胸やらお尻など柔らかい部分を押し当ててくる。それで俺が喜ぶと思っているのだろうが、むしろ逆。俺はグッと奥歯を噛み締めて、とにかくズンズンと歩く。
そんな最中、クイクイと腰に下げた剣を引っ張られて仕方なく振り返ると、年端五歳もいかないであろう幼女が指をくわえながら言う。
「あたち、ロッドお兄ちゃんになら何をされてもいいから♡」
――誰がこんな子供にンな言葉を教えたんだあああああああああ!
胸中で俺は世の性教育に疑問を訴えるものの、口にはしない。それを言ったところで無駄だということは、この数年で嫌というほど知っているのだから。
だけど、幼女とはいえ女は女。俺は全身にほとばしる蕁麻疹の痒みを懸命に堪えて、幼女からそっと距離を取った。
「ご、ごめんね。俺、急いでいるから!」
とにかく、俺はその女性たちの隙間を縫うようにして無理やり歩いていく。
急いでいるのは本当なのだ。早く、少しでも早くにこの街を出なければ。
いつ、悪魔が俺に襲いかかってくるかわからないのだから。
――と、その時だった。突如、俺の世界が反転する。
誰かに押し倒された――そう認識した時には、蒼天を背景に俺に跨る美少女が一人。異国の着物という変わった膝丈の衣服を着崩している彼女は、俺を見下ろしてニンマリと笑った。
「見ぃつけた♡」
それは魅惑的な声音だった。あどけなさもあるのに、色っぽい。そんな吐息からは甘い匂いまで発している彼女は、十代前半らしい薄紅がかったクルクルのツインテールがとてもよく似合っていた。逆光でハッキリとは見えないものの、宝石のような真っ青な瞳のまわりに縁取る長いまつ毛がパチパチと、俺にもう逃げられないのだと訴えてくる。
「もう、ロッドぉ。こんな朝早くから一人でどこに行くのぉ? 昨日あんなに熱い夜を一緒に過ごしたのに、起きたらベッドに独りぼっち……ミレ、寂しかったんだからね!」
その発言に、周りの女性からはキーッと非難の声があがる。それにミレは慄くどころか、むしろ嬉しそうに口角を上げて、髪の毛を指先でクルクルと弄びながら顔を上げた。
「やぁだ……お姉さん達、嫉妬してるの? 醜いなぁ、醜い醜い。その嫉妬にまみれた心の汚さが、顔に出ちゃってるよぉ?」
ミレは挑発するように言いながら、俺の太ももに何かを擦り付けるように腰を動かしてくる。彼女の膝が俺の股下を刺激し、そして彼女のはだけた着物の裾から覗くその膨らみもまた俺の太ももに擦られて、フニフニと動いているのが俺にも見て取れた。
「いや、あの……ミレさん? いい加減に――」
「ロッドはねぇ、そこらの低レベルな女相手には蕁麻疹が出ちゃうけど、ボクほどの美少女相手ならこの通り平気なの! 早く諦めて同レベルのお猿さん相手してた方がいいんじゃなーい?」
「いや、単にお前が男なだけだから」
思わず俺が現実を呟いてしまった瞬間、周囲のざわめきがシンと静まった。
代わりに俺が「しまった」と口を押さえても、ミレの凍てつくほどに冷たい眼差しは俺を見下ろして逃さない。
「ロッドくん?」
「はい……」
チャキッと彼が構えるのは、どこからともなく取り出したモーニングスター。丸い鉄球にトゲトゲが付いたそれはかなりの重量のはずで、細身の彼ではとても片手で扱える代物とは思えないものの、ミレは容赦なく軽々しく振り回す。
ブゥーン、ブゥーンと鉄球が空に円を描く音が、重々しい。
「一回ドシンと死ぬのと、三回チョコチョコ死ぬの、どっちがいい?」
「……どうせなら一度でお願いします」
「わぁ! 潔いロッドくん、カッコいい♡」
そのキャピキャピとした声を聞いた後、血塗れになった俺の意識はまだ朝にも関わらずスーッと遠のいて行った。
最後に見た空は、とても青くて綺麗だった。
「てかさ、どーしてボクから逃げたわけ?」
軽く一回以上死んだかと思った俺だったが、今も路地裏でへたり込みながらため息を吐いていた。女性たちの人混みからはミレのおかげで抜け出せたものの、全身に負った怪我は痛い。
たとえ怪我はすぐに治るのだとしても、痛みは普通に続くのだ。
「そりゃあ……今日の仕事が嫌だからに決まってるだろうが」
俺が不貞腐れながらそう応えると、ミレは腕を組みながら「ふーん」と冷たく笑う。
「そっかぁ。ロッドくんは、ボクから借りている借金を踏み倒す気まんまんなんだねぇ」
片手に拳銃、片手にモーニングスター。挙げ句に俺の肩に片足を乗せる一見美少女のミレの服の隙間からは、スラリと伸びた白い腿が大胆に覗く。
「ねぇ、その無駄に根性あるロッドに質問があるんだけどいいかなぁ?」
「……どうせ拒否権ないくせに」
「人にさぁ、豪邸が建つほどのお金を借りておいて返さないって、どーいう気分なの? 日々の宿代も、武器の手入れ費用すらも、年下のボクに立替させといて『でも働きたくないからボクちん逃げますぅ~』て、そんなに楽しいことなのかな? もう快楽物質ドヴァドヴァ出尽くしちゃって、頭壊れちゃった? ん? もっと出したいなら、上から下まで赤いのも白いのもボクが全部絞り出してあげてもいいんだよ。そしたら世にも珍しい『あらゆる女性を虜にする呪われた男の死体』として、オークションで元手を取るだけなんだけど」
その長台詞を息継ぎすることもなくスラスラ言いのけるミレに無駄に感心しつつ、俺はやんわり肩に乗せられた足を叩く。
「ミレさん、セクシーな部分が丸見えですよ?」
「うるさい! ボクが取ってきた仕事の何がそんなに嫌なわけ? ロッドにこれ以上ないくらい最適な仕事だと思うんだけど?」
「だからこそ嫌なんだよ!」
俺は呪われている。
あの日、俺が何よりも大切だった彼女を失ってしまった日に、俺は最悪の呪いを受けてしまった。
それは、全ての女性から愛されてしまう――という呪い。
その効果は先の通り。俺の姿を見た女性たちは、狂ったように俺に惚れてしまうというモノ。
ちなみに、俺はその呪いの弊害として女性に触れられると蕁麻疹が出るようになってしまったのだが、それは呪いのせいというよりも、その呪いのせいで世にも恐ろしい一晩を過ごしてしまったことに起因する。
うん……世の男が憧れる光景だという理屈はわからないわけでもないのだが、実際に体験してみると地獄そのものだった。この世には女性より怖い生物はいないと心底体感した一晩だった。
さらに女性は怖いというもので、攻め寄ってくる女性を片っ端から断っていたら、いつしか街中の女性から恨まれ、挙げ句に薬を盛られて目覚めたら――膨大な身に覚えのない豪遊費の請求書が俺の元に届いていた。それはおよそ貴族の豪邸一棟分。
愛と憎しみは紙一重を心身共に体験した俺は、その分の借金をミレから借りて、今に至るのだが――その借金を返すための仕事に文句を言う俺に、ミレは桃色の唇を尖らせた。
「えぇー? ただ『貴族のご令嬢相手に結婚詐欺しようぜ!』て言ってるだけじゃーん?」
「それが嫌だって言ってるんだろーが‼」
俺が好きなのは彼女だけ。
未来永劫、俺が愛を告げる女性はただ一人。
大教会の荘厳な鐘が鳴る。
その下で聖女として君臨している彼女には、地べたに座る俺の声すら届かない。




