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ミラー チェンジング マグネット

「……待ったか」


「いや、今さっき来たとこ」





 息を切らせながら言う杉浦を見た西村は、本当は30分前には着いていたが嘘をついた。





「じゃあ、早速で悪いがいいか」 


「あぁ、いいよ……。待たせちゃたからな……。今日は……、どっちから先教える? 」


「あー、やっぱ少し休んでいいわ。教えるにしろ、教えてもらうにしろ、まだ頭に酸素行き渡ってないだろ。待つよ」


「あ、ホントに? それは助かる…… 」





 ハァと杉浦はその場に座り込むと緑の隙間から覗く空を仰いだ。額からスーッと汗が流れ落ち、風がその跡を爽やかにする感覚が気持ちよかった。











「そろそろいいか? 教科書28ページ目、乗法と除法のとこからはじめるけど」


「え、先いいのか? 」


「いいよ。それに教えるのも勉強だ。っで、ここの範囲で分からないことあるか」


「何故、負の数と負の数がかけると正の数になるのかが意味がわからない」





 潔く言ってくる杉浦に、西村は教えるにはかなりの難題を持ってきたなぁと頭をポリポリかき、悩んだ。





 杉浦は真面目であるからこそ、何故そうなるのかとちゃんと理解しないと先に進めないタイプだった。西村からしたら、そういうルールだからと片付けたいのだが、そんなことで納得してくれないのが彼だった。








「えーっと、それは…… 」


「だって意味わからなくないか? そもそも、『-』という存在も不思議だ。そう思わないか? 」


「いや、そこらへん、そういうもんなんだなぁっていうふうにしか考えてない」


「お、おう…… 」








 違った考えの二人が出逢ったのは、偶然だったのか必然だったのか。





 たまたま、お互い、この人気の少ない場所に現実から逃げてきただけだった、このよく分からないオブジェの前に。お化けが出るとか、呪われるとかあまりいい話をきかないが、少なくとも二人にとっては安息の地だった。





 初めて、自分以外の存在を確認したときには震えるくらいビックリしたが、話してみると意外と楽しいもので、また、お互いの得意教科が相手の苦手教科だと知ったとき、教えあおうということになり、今に至る。





「これに関しては俺の宿題にしていいか? 今、お前にちゃんと教えられる自信がない」


「いいよ。じゃあ、先進めないから、今度は僕が教えるね。理科の問題集出して」


「あ、うん。それにしても、よかった。同じ教科書に問題集で。お互い教えやすい!! 」


「それはそうだね。まぁ、大体どこの教科書も書いてあることは一緒だと思うけど」


「それはどうか分からないじゃん。っで、今回教えてほしいところなんだけど…… 」





 二人はこうやってココに来ては、勉強を教えあうだけの関係のままだと思っていた。





 それ以上の関係にはならないだろうと思っていた。











 そう、あの日が来るまでは。











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 また、今日もホームルームが長引き、杉浦は終わったと同時に教室を飛び出し、いつものあの場所へと向かった。彼はずっしりと重いカバンを肩にかけ、息を切らして、べったんべったんと必死に走った。





 街から少し離れた国立公園の奥、高く聳え立つ柵の壊れた部分から進入禁止エリアに入り込み、またその奥にあるオブジェの前へと小走りで向かう。





「来るな!! 」





 あと少しというところで西村の叫ぶ声が聞こえた。とうとう見つかってしまったのか?





 杉浦は木の陰に隠れつつ、耳をそばたてた。なにか男と言い争っているようだった。





「おっさん、あんたの言うこと意味わかんないんだが? 」


「ここにたどり着いたということは、君は選ばれた人間『能力者』だ。この世界を変える超越した力を持っている!! 」


「おっさん、中ニ病かなんかか? ただ俺はココが静かだから勉強場所にしてただけだって何度も言ってんだろ? 」


「いや、君は『線を越えるもの』に選ばれた人間だ。我々の仲間だ」





 能力? 世界を変える? どうやら危ない奴に絡まれたようだ。


 でも、西村なら大丈夫だろうと、杉浦は静かにその場に座って、謎のおじさんが去るのを待つことにした。





「いや、だからさ、勝手に仲間にしないでよ」


「拒否権はないよ? 君は我々と一緒なんだよ、西村敬一特級研修生」





 なんで、西村の名前を知っているんだと、ただ事ではない危険を感じた杉浦は慌てて立ち上がり、木の陰から飛び出した。しかし、目を開けられないほどの眩しい光が障害となり、オブジェの前へとすぐに動き出せなかった。














 光が弱まったのを感じ、恐る恐る目を開けると、そこには誰もいなかった。





 杉浦は静かにオブジェの前に立ち、そのオブジェの中心にある鏡部分を眺めた。そこにはいつも通り、彼の姿は映っていなかった。けれど、いつもそこにいるはずの、自分と同じ顔を持つ西村の姿がなかった。








 西村はこのオブジェの鏡の向こうにだけ映る異次元に住む人間だった。





 最初であったとき、ホラーの見すぎか鏡から出てきて襲われると思い、その場で足がすくんでしまったが、西村が腰を抜かし「まだ死にたくない、まだ死にたくない」と涙をボロボロとこぼしながら連呼していた。そんな彼の姿を見て杉浦は冷静になり、宥めて、そこから自分たちことや世界のことをお互い話したことは今でも鮮明に思い出せる。





「西村? さっきの光は何なんだ? なぁ、隠れてるんだろ? 」





 彼がそんな悪ふざけしない男なのは知っていたが、さっきの光の間に何があったのか分からない杉浦は必死に鏡に訴えかけた。ちょうど鏡に映らないところにいるだけかもしれないと。





 しかし、返事はない。先ほどの男に連れて行かれてしまったのだろうか。





「君、ここは関係者以外立ち入り禁止エリアよ。こんなところで何をしているの? 」





 振り向くと白衣を羽織ったスーツ姿の女性が立っていた。





「えっと、その…… 」


「ってか、ここのところずっとこのオブジェの前で何かしていたみたいだけど、何をしているの? あなた名前は? 中学生よね? どこの中学? 『立ち入り禁止』の文字読めなかった? 」





 どうやら、杉浦がここに毎日来ていたことを知っているようで、畳み掛けるように質問を続けた。





「あ、あの…… 」


「簡潔に答えて!! 」





 女は鋭い視線で杉浦をにらんだ。





「ぼ、僕は、陸坂中学校一年の杉浦敬一です。ここにはその……このオブジェを見に来てました。こんな大きな鏡のオブジェが屋根があるところとはいえ、屋外にあるのは珍しいなぁ……って」





 鏡の向こうの友達と待ち合わせていたとは言えなかったので、苦し紛れの言い訳で杉浦はやり過ごそうとした。





「おじいちゃんの作品に興味があるの? 」


「へ? 」





 女は表情を緩ませると、杉浦に近づいてきた。それにあわせて、杉浦はじりじりと彼女から離れるように、鏡に触れるぎりぎりまで後ずさりをした。





「さっきは怒鳴って悪かったわよ。これが好きなら悪いようにはしないわ。私はここの管理者なの。っで、今あなたの後ろにあるのが私の亡くなったおじいちゃんが作った作品。あなた、今これのこと大きな鏡って言ったわよね? 」


「言いましたけど…… 」


「それ、私には大きなガラスの作品にしか見えないのよ。でも、おじいちゃんが言っていたの、鏡に見える人がいたら、その人は私の作品に選ばれた者だって」


「選ばれた……もの…… 」





 さっき、西村に変なことを言っていたやつもそんなような事を言っていたような……。





「それで、おじいちゃんはこうも言っていたの。その人は線を越えられる者だって」





 そういって、女は駆け寄り、杉浦の身体を押した。すると、杉浦の身体は鏡をすり抜けた。

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