異世界宅急便 ~最新車両で異世界流通無双する~
「ここにサインかハンコをお願いします」
本日最後の荷物を宅配し終わった私は空っぽになった宅配車に乗り込んだ。
今日は再配達も二件程度で済んだため、何時もより早めに帰社できそうだ。
「まぁ、帰ったら帰ったで荷物の仕分けがまだ有るんだが」
私は待ち受けているであろう大量の荷物の山を思い出し少しゲンナリする。
昨今、配送料金の値上げや、手間だけかかっても受けの少ない形態の改善などで一時期に比べて給料が良くなったとは言えまだまだこの仕事は大変なのは変わらない。
最近は少子化のせいだけでなく、この業界がブラックだのなんだのとネット等で無責任に書きなぐる人たちのせいもあって新人社員もなかなか補充されない。
日本の流通の未来を考えると少し憂鬱になってしまう。
たかだか運送会社の一社員如きがそんな事を考えても仕方がないと人は言うかも知れないが、現場の最前線で働いている人の意見が一番重要なのではなかろうか?
「せめて運転だけでも自動化されれば若い子も入ってくれるかも知れないのになぁ」
私が今現在乗っているこの車両、去年新たに配備された新型配送車である。
カーナビはもちろん、自動ブレーキや各種センサー。
なんと360度カメラまで装備されているが自動運転はまだ実装されていない。
荷台は冷凍冷蔵の荷物も通常の荷物も運ぶことが出来るハイブリッド式。
兎にも角にもこの車はもうすぐ40になる文系一直線で生きてきた私にはさっぱりわからない最新の謎技術の塊らしいのだ。
私の勤務する配送センターにこの車が配備された時、上司に冗談交じりで「最新車両なんだから事故んなよ」と言われたのを思い出す。
その新型車両に乗り初めてまだ数ヶ月しか経っていないというのに、こういう仕事上仕方ないとは言え、既に各所に傷も目立つようになってきている。
「ん? 少し霧が出てきたな」
いつの間にやらヘッドライトの映し出す道路に白いもやがかかって来ていた。
今夜は晴天のはずで、霧が出るような天候ではなかったはずなのだが。
そんなことを考えつつ私はヘッドライトをフォグランプに切り替える。
「うわぁ、なんだこの霧。フォグランプでも危険だな」
そんなことを思いながらしばらく道を進んだものの、やがて濃くなった霧のせいで遂に数十メートル程度先までしか見えなくなってしまった。
流石に危険を感じた私はとりあえず道の端にハザードランプを付けて停車することに決めた。
「あれはコンビニか」
車の速度を緩め、車を停めるためにちょうどよい場所を探していると、霧の向こうに私が日頃よく利用している大手コンビニの看板らしき光が見えたのだ。
よし、あのコンビニの駐車場に一旦止めよう。
私はどんどん狭まっていく視界に注意しつつコンビニへ車を進めた。
◆◇◆◇◆◇
「ありがとうございましたぁ~」
濃霧の中、一時避難場所としてたどり着いたコンビニの中。
他の客もおらず、やる気の感じられないアルバイト店員に見送られながら私は車に戻った。
緊急避難的にとは言え駐車スペースを借りるのだから何も買わずに居るのも居心地が悪い。
ついでなので、今朝食べきった6枚切りのトーストと新製品のマーガリンを購入。
後は車の中で食べるために惣菜パンとコーヒー、そして毎月買っているキャンプ雑誌が入荷していたので、それも購入した。
いつかはキャンピングカーを買って日本中を旅したい。
そんな夢を持ち続けて十数年。
未だに夢は夢のまま。妄想は妄想のままだ。
コンビニを出ると更に霧は濃くなっていて、既にコンビニの駐車場の半分程度しか見えなくなっていた。
私が店から少し離れた場所に止めた配送車もすでに霧の中に埋もれそうになっている。
とりあえず車に戻ったら会社へ連絡を入れるべきだろう。
本当はコンビニに着いてすぐに連絡すべきだったのだが、駐車した時に店員がこちらを見ているような気がしてでつい先に買い物を済ませてしまったのだった。
地位いさな頃から培われたそういった小市民感は治ることはない。
バタム。
私は助手席に買い物袋を置いて中から霧のせいか水滴が少し浮いているコーヒーを取り出しドリンクホルダーに放り込む。
このドリンクホルダーはこの車の標準装備では無く、私が後にディスカウントストアの処分ワゴンから探し出して取り付けた物だ。
優秀な事に夏は冷たく、冬は温かく飲み物を保温してくれる。
私はコーヒーの蓋を開け一口飲んで落ち着いた後、おもむろに胸ポケットから社用のスマホを取り出し電話をかけようとした。
が。
「えっ? 圏外?」
今どき山奥でもよほどの場所でなければ電波の届く時代だ。
しかも今私がいる場所は街の中心では無いもののそれなりに人のいる平地の一角である。
いくら濃霧だからといって電波が届かなくなるなんてありえない。
私は無駄だと知りつつもスマホを振ってみる。
もちろん無駄だった。
スマホ上部に表示されている『圏外』の文字は一向に切り替わらない。
「しかたない、コンビニで電話を借りて――」
私はスマホを諦めてコンビニに戻ろうと顔を上げ絶句した。
「なんだこれ」
私の目の前。
いや車から見える景色が全て真っ白に埋め尽くされていた。
車内灯の明かりで見えるのは霧の無い車内だけで、もし今窓を開けたらそれすらも霧に侵食され何も見えなくなるのではなかろうか。
「そもそもこれは本当に霧なのか?」
私は思わずそうつぶやいていた。
「そうだ、ラジオ!」
コレほどの異常気象だ。
ラジオで何か情報が得られるかもしれない。
携帯の電波が届かない所でも周波数によってはラジオは入る場合が多いと聞いたことが有ったのを思い出し私はボタンを押した。
「やっぱりつながらないか」
ラジオの液晶にオートチューニングのため周波数の数字がくるくる変化していくが、一向に電波をつかむ様子はなかった。
こちらから会社へ連絡する手段も絶たれ、情報を入手する手段もない。
「一応私のいる場所は会社にはGPSで伝わっているはずだし、緊急避難でコンビニにいるのはわかっていると思うんだけど」
この最新車両は内蔵されたGPS装置で常に会社のコンピューターに位置情報が送られている。
監視社会っぽくて嫌う向きも多いが、それによって急な集荷や再配送がスムーズに行われ、結果的に配達員の負担はかなり減っているのだからトレードオフだろう。
このコンビニにたどり着いた時にはまだ霧はココまでおかしな状態ではなく、スマホの電波も届いていたのを記憶しているのでGPSの位置情報はその時にきちんと送られたはずである。
そう信じたい。
「この状態じゃ無理に車を動かしたら事故になるだけだな」
幸い夕飯代わりの食べ物は入手済みである。
ならやることは一つ。
私は霧が晴れるまでこの駐車場で過ごす決意をし、買い物袋の中から先程買ったばかりの惣菜パンを取り出した。
◆◇◆◇◆◇
ドンッ!
「なっ、なんだっ」
私は突然車を襲った衝撃に微睡みの中から引きずり出された。
惣菜パンを食べコーヒーを飲み、買ってきた雑誌を一通り読み終わっても霧が晴れる気配が無かったので、やることもなくなった私はそのままウトウトと眠ってしまっていたらしい。
ガンッ!
もしかしてこの霧の中無理やり走ってきた車にでもぶつけられたのだろうかと最初思ったが、違う。
これは誰かがこの車に何かをぶつけているのか?
私はつけっぱなしだった車内灯を消し、外の気配を探る。
いつの間にやら霧は少し薄くなり景色がぼんやりと見えるくらいにはなっていた。
ドンッ! ガンッ!!
徐々に意識がはっきりしてきたおかげでその音は車の後ろに何か石のようなものを投げつけられているのではないかと解ってきた。
何が起こっているのかさっぱりわからないけど、この状況で車の外に出て確認するのは危険だ。
昔見たゾンビ映画に似たようなシーンが有った事を思い出し背筋に冷たいものを感じた。
「そうだ、360度モニターかバックモニターで確認すれば」
そのゾンビ映画の時代には無かったであろうハイテク機器の存在を思い出した私は、慌ててイグニッションボタンを押し込み車のエンジンを起動させた。
車に内蔵の小型モニターにシステム起動のメッセージが浮かんだ後、先程使用したラジオの画面が映る。
相変わらずラジオは電波を拾わないが、今はそれどころではない。
私は震える指でシステムを操作し、バックモニター画面に切り替えた。
暗闇と霧の中、テールライトが照らし出す範囲はかなり狭い。
画面に大量のゾンビでも映っていたらどうしようと思っていた私は、少しその何もいない状況にホッとした。
いや、しかし何も居ないし何もないならあの音は何だったんだ?
そんなことを思いつつモニターから目を離し、ふと何かの気配を感じてフロントガラスに目を向けると――。
「ぎゃあああああああああああああああっ」
「きゃあああああああああああああああっ」
私の叫び声と、フロントガラスの向こうから聞こえた叫び声がシンクロした。
「なっ、なっ」
いつの間にそこに居たのだろうか。
フロントガラスにはゾンビ……ではなく――。
「女の子?」
一人の小柄な少女がぺったりと張り付き、驚愕に見開かれた目で俺を見ていたのだった。




