幼馴染が褐色白髪の悪魔になりました。
夏休みも残りわずかという時期に、幼馴染の肌が褐色になり、髪が真っ白に変わった。
「いやいやいやいやいやいやいやいや何で変わった」
「だから、朝起きたらこうなってたんだってばっ」
そう言い切ってグビグビと僕のお茶を飲みきった幼馴染の咲は、コップをテーブルに叩きつけた。
「なんでキレてんだよ」
「困惑してるのっ!」
「僕が一番困惑してるわっ!」
陸上部とは思えない白肌が、どうしてたった一日で黒ギャルもかくやと言わんばかりの煮卵肌に変わるんだよ。
長い黒髪も真っ白だし。
つかよく見たら目の色も若干変わってんじゃねえか。
赤いぞおい。
「まあとりあえず髪の毛は黒染め、あと肌はなんとか日焼けしたで誤魔化せるとは思うんだけど」
「無理だろ」
そんだけ肌が黒かったら完全に日サロ行ってるとしか思えねぇよ。
確実に生徒指導室行きだよ。
「そっかー……」
シュンとすな。
いつも元気なアホ毛まで今日は萎びている。
「とりあえず、昨日、僕と別れてからの事を話してくれ。どっかに原因があるかもしれん」
「わかった……。昨日はせいちゃんと別れてから自分の部屋で悪魔召喚の儀式の準備してたんだ」
「うん原因はそれだな。なんでやっちゃったかな」
「この間行ったフリマでグリモワールを見つけたのっ! それで即買いしちゃったっ!」
「しちゃったんだ。そんで召喚しちゃったんだ」
「うんっ」
そっかー。
久しぶりにイラっとしているよ。
「それで? 召喚できたのか?」
「さぁ。ピカって光った気がするけど何も出てこなかったし」
「そっかー」
召喚、光る、幼馴染変身。
わかるかっ!!
「とりあえず持っていたグリモワールとかいうの持ってこい」
「はーいっ!」
咲は元気な返事とともに部屋から飛び出した。
一人になった自室で少し口を湿らせる。
思えば咲は昔からオカルト関連に興味を持っていた。
持っていたし、なんなら魔術とか抜かして色々やっていた。
だがそのどれもが胡散臭いサイトからの通販商品だったりで、まあまともな効果は無く、だからまあいっかと周り含めて僕たちは咲のやる事を放置していた。
一度だけ、蠱毒を試そうとしていた時は全力で止めたが。
さてさて……。
「どうしよう……」
そもそも僕は隠れ魔術師でもなければ、霊媒師とかでもない。
ふっつーの男子高生だ。
とりあえずスマホで調べてみる。
「悪魔召喚……召喚者……変身……」
オセとかいう悪魔がヒットしたが、おそらく関係ないだろう。
だが他にも役に立ちそうなサイトはなさそうだ。
一応、ソロモンの悪魔が書いてあるサイトは保存しておく。
「ただいまー!」
と、丁度咲が帰ってきた。
「……………………ははは」
窓から。
「いやあ暑いねえ外は。あ、これグリモワールね」
「…………おかしいな。僕の目には咲の後ろに羽が生えているようにみえるんだ」
「羽? うんあるよ。便利だよこの羽。昨日の夜、飛び回ってみたんだけど、かなり気持ちよかったし。あとでせいちゃんも抱えて飛んだげるよ!」
ニッコニッコと羽を室内で軽く羽ばたかせる咲。
「うん断る。とりあえず羽は畳もうな」
「はーいっ」
「んでこれがグリモワールねー」
それにしても薄いな。
表紙には『色欲 アスモデウス』と書いてある。
「アスモデウス……? 色欲……? 咲、どういう意味なの?」
よくわからないので咲に聞いてみた。
「んーとね。七つの大罪ってわかる?」
「さあ」
「ものすごーく簡単に言うと、人間が抱えてはならない欲求のことなの」
「抱えちゃだめ?」
「うん。暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、傲慢、嫉妬の七つの欲求。ぜーんぶ悪いことだからダメですよーって昔のキリスト教が決めたの。まあ今じゃあ漫画とかゲームのおかげで結構知ってる人多いよ?」
「知らん。つかその欲求って全部無かったら人間として終わってないか?」
「あははーそうかもね。それでこの七つの大罪にはそれぞれ対応している悪魔があってね。色欲はアスモデウスって悪魔が対応してるの」
「対応て……」
んな窓口の人みたいな。
「じゃあ、次にグリモワールの説明するね」
「あー……うん」
「グリモワールっていうのは、簡単に言えば悪魔を召喚するための書物なの」
「つまりこれは、色欲のアスモデウスって悪魔を召喚するための魔書ってことか」
「そうみたいね」
「なにその他人事みたい……な…………」
咲の頭から角が生えていた。
「咲。頭」
「頭? ほぉわっ」
咲は両手を頭に当てて奇声をあげる。
「すごーいっ!なんかだんだん悪魔になってるみたーいっ!」
「余裕かよっ!」
「余裕じゃないよっ!」
「そうにしか見えねぇよっ!」
なんでこうもこいつは……。
とりあえずの手がかりはこのグリモワールとやらしかないんだが。
そう思ってグリモワールを開いた。
「なになに……」
『はじめに
この本は色欲のアスモデウスに至るための魔本です。
この本を読めるのは持ち主のみです。
この本を手に入れた者は一切の容赦無くアスモデウスに至るための試練を受けていただきます。
詳細ルールは後に記載してあります。ルールに則り、参加者同士で魔本を奪いあいましょう。
尚、魔本はあなたにとっての命となります。
奪われれば全てその者の物になりますのでご注意ください。
それでは。あなたがアスモデウスに至らんことを。』
…………。
「……咲。足あげて褐色になったところの確認してないで聞け」
「うん、なーに?」
「おまえ、これ読んだのか?」
「ううん、読んでないよ」
「そうか……」
そっかそっかー……。
「てことは悪魔召喚の仕方が書いてあるところをいきなり読んでそれを行なったってことだな?」
「んーだいたいそんなかんじかな」
「そうか……」
そっかそっかそっかー……。
「咲……」
「なにー?」
「これ悪魔を召喚するためのグリモワールじゃねえよっ! 悪魔になるための本だよっ!!」
「おおっ! だからこんな状態に!?」
咲は驚愕しながら、いつのまにか生えた尻尾をブンブン振り回しはじめた。
……なんかちゃくちゃくと悪魔化しているんだけど。
「なんかもうお前このまんまでもいいんじゃねーの?」
「そんなぁっ!」
「ならせめて格好だけでも落ち込んでもらえんかねぇ」
「落ち込んでるよ?」
キョトンとしてる時点でそうは見えないんだって。
「はぁ……」
アスモデウスに至る試練か。
魔本を奪い合うってことはこれは何冊かあるってことなのか?
それともこの一冊を時間内で奪い合うのか?
ま、読み進めばわかるか。
「ねえねえ、せいちゃーん」
「なんだよ」
「ねぇーってばー」
「なんだよっ!」
本を読もうとしたのだが、グイグイと袖を引っ張られ、顔を上げる。
「外が変だよ?」
「は?」
咲に言われてその場で外を眺めた。
「……………………」
僕は目を必死に擦りまくってもう一度眺めた。
「……………………」
さらにもう二度ほど擦りに擦って、それでも変わらない光景に唖然としながら窓まで歩く。
「…………な、なんじゃあこりゃあ!!」
上に広がる赤い空。
下に広がる黒い地面。
「おおおっ!! これは本で見た魔界のようだっ!!」
「はしゃぐなばかたれ!」
「あだっ!」
「いでっ!」
思わず引っ叩いたら角に手が当たった。
マジでさっさと元に戻したい。
そして思う存分引っ叩きたい。
「ねえ、せいちゃん。面白そうだから外出ていい?」
「やめとけ。あれ、見てみろよ」
でっかい蝙蝠みたいなのが、蜥蜴みたいなのに食われ、さらにそいつが上から降ってきた鳥に食われるという瞬間弱肉強食が繰り広げられているのを見て、流石に咲も頬をひくつかせる。
「まあ、家に突撃してくる可能性もあるし、ここも安全ってわけじゃねえんだけどさ」
これからどうするべきかと考えていると、不意にインターホンの音が鳴った。
「……えーっと……せいちゃん?」
「なんだ」
「私は確かにあんまり頭は良くないけど、なんとなくわかるんだ。今この部屋がある場所って、多分電気が通っているような場所じゃないって」
「そうか。少しは頭が使えるようになったんだな。悪魔化の影響なのかな」
そんな現実逃避を無視してまた鳴り響くインターホン。
「どうする?」
「どうするって……」
躊躇していると今度は連続で鳴る。
早く出ろ。いるんだろ。さっさとしろ。
そう言われている気分だ。
「はぁ……。じゃあまずモニターで出るかね」
「そうしよーそうしよー!」
僕は廊下に出て、ピンポピンポと喧しいモニターのボタンを押した。