ぶち上げろ、夢と宇宙転生〈ロケットライド・リンカーネション〉
平日の夕方、今日は魔術実験で泊まり込みでもないし、久しぶりに我が家でゆっくりしようと思っていたらまさかの、「学校から帰ると我が家バーニング!!」はしていないものの全壊していた。
絶望したままその家に近づく俺。
がれきの中には大きな鋼鉄の乗り物のようなものが埋まっていて、その中から白髪の少女がひょっこりと顔を出す。
「どうしたんだ? というか、どうなってるんだ?」
住むところも魔術研究の成果も一瞬でなくしたわけで、発狂しそうだった俺だが、何とか平然を保ちながら彼女に問いかけた。
「転生者だぁぁぁ?」
空から落下して俺の家を全壊させた少女の言葉は衝撃の連続だった。
「私、別の世界から来たの」「トラックに轢かれて……」「この宇宙船に乗って」
転生ってなんじゃそりゃ、トラックって何だよきいたことねぇよ、宇宙船とか存在するのかよ!!
と突っ込みたいところはたくさんだが、何とかかみ砕いて要約するとこんなとこらしい。
トラックとかいうやつに殺される→神様に呼ばれる→宇宙船に乗せられぶち上げられる→この世界にやってくる
かみ砕いて要約しても意味不明だ。論理的じゃない。こんな論文を魔術学会にもって行こうなら一生笑いものだ。
「何とか、理解したが、お前、これからどうするつもりなんだ」
彼女はうつむきながら、言い出しにくそうにゆっくりと口を開く。
「今晩、泊めてもらっていいかな? 私、お金持ってないの」
そんな彼女の言葉を聞いて、俺の中でふつふつと煮えたぎるものがあった。
流石にカチンと来た。
「いやいや、あなたが、とめてほしい、家は、たった今、壊れました」
初対面の相手だし、努めて冷静にいようとしたが、無理な話だった。
「そして、私の、帰る、家も、たった今、壊れたんだよッ!! どうしてくれるんだよッ!! 宿無しだよッ!! 一緒だねッッ!!!」
怒りと絶望とのせいで頭が半分ぐらいおかしくなったらしい。
今更だが、この状況も夢か幻なのかもしれない。
魔工学部の人間は実験で徹夜続きだと、幻を見るようになると先輩が言っていた。
「ごめんなさい。私のせいで……」
「起きてしまったものは仕方ない。ところでお前の名前は?」
うつむいて顔を上げて少女は名乗る。
「私は大鳥星海よ」
「めずらしい名前だな。俺はゲイズ・アルタイルだ。ゲイズと呼んでもらえるといい。よろしく。で、問題はこれからどうするかだ」
さて、自己紹介は終わった。
問題はこれからどうするかだが、俺の友人は学院でも工学寄りの人間が多い。
どうせそいつらの部屋は魔法道具やら、書類やらで散らかっているはずだ。俺はともかく女の子は泊められないだろう。
というわけで、選択肢を絞っていくと、アイツしかいなくなった。
気は進まないが、致し方ない。
「とりあえず、受け入れてくれそうなやつがいるから、そいつの家に行ってみるか」
というわけで俺と星海は、俺の友人の家に行くことになった。
*
「泊めえてくれ! イスカ」
レンガ造りの建物の重い鋼鉄の扉を開けると、そこにはイーゼルの上に大きな紙を広げ、定規と鉛筆で何やら真剣な表情で描いている少女がいた。
俺はドアを開けてすぐに大きな声を出したつもりだが、彼女はというと気づいた様子はなく、図面に集中していた。
「入るぞ」
俺は星海の腕を握り、彼女をイスカの作業場兼下宿へと引き連れる。
彼女は心配そうな顔で
「大丈夫なんですか?」と聞いてくるが特に問題はないだろう。
俺はよく、イスカの作業を手伝ってやっている。それで、この作業場に泊まり込むのもしばしばだった。
他の女子なら、俺を泊めるなんて憚るかもしれないが、彼女も生粋の魔工学部の人間だ。
女ではなく魔法工学者の卵としてのアイデンティティの方が強いんだろう。
俺は星海をソファーに座らせて奥の給仕場に湯を沸かしに行く。
コンロに木炭を並べ、三人分のティーカップを用意、コーヒーはすでに挽いてあるのでお湯を沸かして、抽出するだけだ。
彼女が住まわせてもらっているここは、僕らの通う大学があるアズハラールの下町の工場の一角だ。
工場の人間はコーヒーが大好きだということもあり、たくさんのコーヒー豆があった。
「ファイアスターター」
小さな声で呪文をつぶやきながら、意識を集中させると木炭が小さな音を立てて燃え出した。
「ええっ!!」
俺の後ろでこっそりとみていたのか、星海が驚きの声をあげ、後ずさると、ドシンとしりもちをつく。
「魔法……」
俺には何を驚いているのか、わからなかった。
魔法なんて、みんな使っているし、ファイアスターターなんて10歳位になれば誰でも使えるものだ。
「わたし、魔法、初めて見ました」
お湯が沸騰したので、俺はコーヒーを抽出しながら彼女の話を聞いた。
どうやら、彼女の世界には魔法というものはないらしい。
「なら、不便だよな。魔法がないといろいろ自力でやらなといけないしな」
「ある程度なら、便利な社会だよ。科学技術がこの世界より10倍ぐらい発達しているし」
「ええっ!!」
今度は俺が驚く番だった。科学、それはこの世界では不可能の代名詞みたいなものだったが、彼女の住む世界では違うらしい。
向こうの世界では薄っぺらな機械で遠くの人と話をしたり、地面を鋼鉄の箱が高速移動したり、宇宙へと人間が飛び立ち、そこで生活をしたり、それらすべてを魔法を使わずに科学の力だけで行っているということだ。
そんな話をしているとコーヒの抽出が終わる。芳ばしい香りが漂う。
一つを星海にわたし、残りのカップを握って製図に集中しているイスカもとへとむかう。
「どれどれ」コーヒーカップを作業台の横において、彼女の図面を覗き込む。
何を作っているのだろうか。タンクのようなものが描かれている。
「これは、コーヒを注いでくれたのか。ありがとう。ゲイズ」
さっきまでの集中が急に途切れたかのように、そういってコーヒーカップを口に近づける。
やっぱり工学人間はコーヒーが大好きだ。
「ところで、なんで突然やってきたの? 今日は手伝ってとは言ってなかったけど」
「手伝いなかったら来てはいけないのかよ。まあ、端的に言うと宿無しになった」
「はっ?」
彼女はぽかんと口をあけ、気の抜けたような声を上げる。無理もない、俺も冷静だが、いまだに意味不明だ。
「まあまあ、聞いてくれ」
俺は、ひとまず彼女に学校から家に戻ってからのことと、家を全壊させた彼女のことをおおざっぱにまとめてイスカへと話す。
星海はというとソファーでコーヒーを飲みながら、俺たちの様子を黙ってみていた。
「転生者、科学の世界、宇宙船……」
彼女はうわごとのようにつぶやく。
「おもしろい。じつにおもしろいわ」
彼女は急に眼をキラキラと輝かせると、ソファーに座る星海のそばにすぐさま駆け寄る。
彼女の両手を握りブンブンと上下に振り回す。
「すごいわ! なんて非現実的な存在なのかしら!」
困惑した顔の星海、仕方がない、イスカは好奇心の塊のような人間なのだ。
「お、何か落ちたぞ」
イスカがブンブンと腕を振り回した反動でだろうか、星海の上着から封筒が落ちてきた。
「封筒?」
星海が、それを開けて中身を見る。
俺とイスカは後ろからそれを覗き見る。
『その世界は20年後に、巨大隕石の落下で滅ぶ。そこで星海よ。お前に指名を与える。その世界で最初に出会った人間とロケットを開発して、全人類を宇宙に離脱させよ』
手紙の内容はこういった感じであった。そして差出人は……、神であった。
「そうだわ。この世界にやってきて忘れていたけど、これが私のこの世界での仕事。ノア方舟をつくることね」
ノアの方舟、小さなころにお母さんに読んでもらったお話だった。
だが、神が星海を使わせてきたということは、神が災害を起こすわけではない。
ここだけが、違いといった感じか。
「にわかに信じがたい話だが、彼女の言いうことに偽りはなさそうだな。さて、どうしたものか」
俺は、顎に手を当て考えを巡らせる。
有人宇宙船、ロケット、どちらも開発中の技術でしかない。
果たして、残り20年で俺たちは地上100キロメートル上空へと手を伸ばすことができるのか。
しかし、アズハラールは世界有数の魔法学院、しかも魔法工学に関しては世界トップクラスの学術機関だ。
研究者たちが集まればできるかもしれない。
「最高じゃない! こんな面白いこと、そうそうないわよ! ぶち上げちゃいましょ!」
手紙の内容を一緒に見ていたイスカが急に大声でそういった。
彼女の声は最高潮に興奮しているようだ。さすが、実験大好き女。
「ぶち上げるって?」
分かっていることだが、まさかと思いつつ聞いてみる。
「決まってるでしょ! ロケットよ! 打ち上げるのよ、私たちの手で」
「お前、それ本気で言っているのか? ロケットなんて学院の研究チームがやるような代物だぞ」
多分、イスカは本気で言っているのだろう。
ヤツは最高にクレイジーな魔法工学女だ。やるといったらやる。
「見通しはあんのか。俺は筋道が見えないんだが」
「そんなものはないわ。でもね、飛ばすのよ。僕の前に道はない、ロケットロードは飛び去った後にできる技術者の足跡なのよ!」
彼女は清々しいまでに本気であった。やれやれ、こうなったらとことん付き合うしかない。
俺たちは始めるのだ。馬鹿どもの夢と世界の命運を乗せた宇宙開発を。
ロケットライドリンカーネーション、空の向こう、100キロ上空の異世界を目指して。




