7 お姫様達
「ルクレティアは貴女の姉だろう。彼女を目覚めさせる方法を探すべきだ。聖女の祈りによってこの世界は平和を保っていたのだぞ。それを忘れたのか!」
「馬鹿馬鹿しい。先導者を立て、呪いを解明し、民の混乱を静めるのが先決だわ。それに、お優しい姉上に、世界を背負う力など無いわ。そして、世界を担うほどの重責、私以外の何者にも負えはしないわ。先導者は私よ」
泉の畔で、2人の女性が大きな声で言い争いをしている声が聞こえた。声の主である2人の女性はお互いに向き合いながら厳しい表情をしている。そして、その2人の女性を囲むように4人の女性が立っていた。
「あちゃ~。なんかさっきよりもヒートアップしちゃってます。あちらにいらっしゃるのが、お姫様たちです。あの、黄金の髪で、剣と盾を持っているのが、シンデレラ様。そして、シンデレラ様と向かい合っている黒髪で、リンゴを模った宝石が載っている杖を持っているのが、白雪姫、アンネローゼ様です。姫様たちは今、シンデレラ様が保守派、アンネローゼ様が改革派というように、派閥が出来、互いに対立しているんです」とエインセールは、俺の右肩に座って俺に小声で耳打ちをした。
シンデレラさんとアンネローゼさんは、今にも取っ組み合いの喧嘩を初めてしまいそうなくらい、険しい顔だ。
「あれあれ?」と、くるくる巻きの金髪の髪をツインテールにして、頭に大きなリボンをしている女の子が、俺の方を見るなり、俺に向かって猛ダッシュで向かって来た。
なんだ? なんだ? と思っているうちに、その女の子は俺の胸に飛び込んできた。
「アリスは君に興味深々なのです。んふふふふ~」と、彼女は俺に飛びつきながら彼女の両手を俺の首の後ろに回し、顔を俺の胸にぴたりと付けている。
「な、なんだ。イキナリ!」と、俺はいきなり女の子に飛びつかれて慌てふためいていた。
「とぅるてってーん! 理論通りの反応なのです!」と、その女の子は、俺に飛びついたまま顔を上げ、妖艶に、そして楽しそうに笑っている。
「ちょっと、ちょっと。貴女、何をやっているんですか! そんなことされると、私がデジレさんの右肩に座ることができないじゃないですか」と、エインセールは飛び回りながらその女の子に抗議をしている。
「じゃじゃーん」とその女の子は言いながら、俺の首に回した両手を解き放った。
「私はアリスだよ。アリス的にビビッと来たのです! アリスの騎士になって、私と楽しいことをしようよ」と、アリスと名乗った天真爛漫の少女は言う。
「何を勝手なことを言っているんですか。突然、飛びついてくるなんて非常識ですよ」と、エインセールは何故かカンカンになってアリスを怒っている。
「何、この虫~。アリス的に貴女嫌い~。蝶々みたいに、標本にしちゃおうっかなー」と言って、アリスはエインセールを片手で捕まえ、エインセールの羽を両手で引っ張っている。
「あわあわあわ。デジレさん。助けてください~」と、エインセールは目に涙を浮かべながら叫ぶ。
「何の騒ぎだ。アリス、まだ話し合いは終わっていないぞ」と、シンデレラを先頭に、姫達が俺の方に歩いてきた。
「えっへへーん。アリスはね、アリスの騎士になってくれる人、見つけちゃったんだー」と、エインセールを離し、シンデレラの方をアリスは向いて言った。
「皆さんこんにちは。私は、エインセールです。そして、こちらは私をいばらの森で助けてくれたデジレさんです。先ほど、騎士候補になられたんです。今、仕える姫を探しているんですよ」とエインセールが言った。
「新しい騎士候補か。私はシンデレラ。貴方が良い騎士になれるように祈っている」と、シンデレラさんが言った。
「私は、鉱山都市ピラカミオンの姫、ラプンテェルだ。いばらの森で妖精を助けたのか。お前いいヤツだな。よーし、気に入った。お前はいい騎士になりそうだね。鍛えてやるから。デジレ、アタシについてきな!」と、赤毛の混じった黄金の長い髪の女性が近づいてきた。
「長くて綺麗な髪ですね――」とエインセールが感嘆混じりに言った。ラプンツェルさんの髪は、後ろで巻いているにも関わらず、髪が地面に付いてしまうんじゃないかと思うくらい長かった。
「へへ……キレイな髪だろ? ちょっとだけ自慢なんだコレ」と、赤く輝く大きな石がついたハンマーを片手に、豪快に笑い始めた。
「私は、髪を解いても腰くらいまでしかないので、長い髪に憧れます。あっ。でも、そんなに長いと、飛んでいて羽に絡まっちゃうかなぁ」
「ははは。そんな細かいことは気にするな。伸ばしてから考えればいいだろう?」と、ラプンツェルさんは大声で笑い始める。「それもそうですね――」と言って笑うエインセール。俺は、ラプンツェルさんは、豪快な女性だなぁと思った。
「やっほー! あたしはリーゼロッテ! 私と一緒にがんばろう!!」と、ラプンツェルさんの後ろから顔を出したのは、ショートカットと赤い頭巾が印象的な、エメラルド色の弓を持った女の子だった。
「デジレさん、デジレさんの耳は、どうしてそんなに大きいの?」とリーゼロッテさんは言った。
「えっと? 俺の耳って、大きいかな?」と俺は首をかしげる。リーゼロッテさんの耳は髪で隠れていて、さらに赤い頭巾と同じ色の髪飾りをつけていて見えないが、そんなに小さくないように思える。俺だって、耳は普通の大きさだ。
「あたしには、その答えがわかるよ。デジレさんは、あたしのオオカミさんなんだよ。あたしの騎士にデジレさんはなってくれるよね?」
「いや、ちょっと。オオカミさんって言われても」と俺は困惑する。騎士ってオオカミのことなのか? と俺は思う。
「あの……」と震えるような声が泉の方からして振り向くと、そこには、竪琴を持ったピンク色の髪の女性が水面に姿を現した。
「私はルーツィア……。海の底の、人魚姫。出会ってくれてありがとう……。あなたさえ良ければ…… 私の側にいて……」と耳をすまして、集中して聞かなければわからないような声で言った。
いや、側にいてって言われても、水の中はちょっと…… と俺は思って、返答に困った。水の中では、さすがに呼吸ができないんじゃないかと思ったからだ。
それにしても、この人、凄い恰好をしているなぁ。上半身なんて、胸は水着で隠しているけど、ほとんど裸と一緒じゃないか。人魚姫ってことは、下は裸ってことなのか? と俺は考えてしまう。そして視線は、露出が高く、谷間がはっきりと見えてしまう豊満な胸に、吸い寄せられてしまった。
「そんなに見ないで。あぁっ……。泡になってしまいそう」とルーツィアさんは、顔を真っ赤にさせて、泉の中へと帰って行ってしまった。
「あー。アリス見いちゃった!! デジレさんがルーツィアさんを視姦してたぁ。それでルーツィアさん、泉の中に逃げちゃった!!」と、アリスさんが楽しそうに叫び始めた。
「ちょっと! それは誤解だ!」と俺は叫ぶが、エインセールや他の4人の姫達の俺を見る視線は、険しい。アリスさんだけ楽しそうな笑みを浮かべている。
「上等だ。前に出な。あたしが叩き直してやるよ!」とラプンツェルは、大きな斧を構えている。いや、そんな硬そうな石のついたハンマーで叩かれてしまうと重傷を負ってしまう。俺は後ろに一歩下がった。
「おふざけはそれくらいにしなさい。あなた、まだ仕える相手を決めていないのね。それなら、私のために働いてちょうだい」と、アンネローゼさんが俺の前に進み出た。ラプンツェルさんのような押しの強い声ではないが、アンネローゼさんの声はどこか迫力があり、俺は思わず「わかりました」と答えてしまいそうになってしまった。
「デジル殿、私とともに剣を取ってくれないだろうか?」と、アンネローゼさんと俺の間にシンデレラさんが割り込んで来て言った。
「シンデレラ。彼は今、私と話をしているの。邪魔しないでちょうだい」とアンネローゼさんが言って、シンデレラさんを睨んでいる。
「あなたこそ黙っていてもらおう。デジレ殿、重ねて言おう。私とともに戦ってはくれないか?」
「アリスと遊ぼうよ」と、アリスさんは俺の右手をしっかりと抱きかかえて上目遣いで懇願してきた。
「ルチコル村の林檎は美味しいよ?」と、反対側からリーゼロッテさんが俺に寄りかかる。
「あの…… 私の側にいて……」といつの間にかまた水面に現れているルーツィアさんが祈るようにして俺を見つめている。
「デジレ。鉱山都市ピラカミオンはこっちだ。付いてこれるな?」とラプンツェルさんは、なぜか既にこの町から今すぐ出発する気満々だ。
「デジレさん、どの姫様に仕えるんですか?」とエインセールは俺に尋ねた。