2 いばらの森 ロゼシュタッヘル
山を越え、谷を越えて俺は旅を続ける。不思議なものだ。どこに向かえば良いのかが分かる。導かれている。俺は求められている。俺は呼ばれ続けている。そう、強く感じることができた。普通なら入るのをためらってしまうような深い森も茂みにも、迷いなく、そして不安になることもなく進んで行くことができた。そして、俺を呼んでくれている人に徐々に近づいている。そんな充実感があった。
今、俺が足を踏み入れているのは、茨の生い茂った深い森だった。大きな木に茨が巻き付き、棘がむき出しになっている。茨の蔓は太く、俺の腰回りと同じくらいのがごろごろとしていた。鋭い棘は俺に向かって突き出されている。俺は、道なき道を、茨の棘と棘の間をすり抜けながら進んで行く。
道がある。村か町が近いのかな? と俺は思う。今まで俺が通ってきたような獣道とは違う。ぬかるんでいる地面などには、人と思われる足跡がいくつも見てとれる。明らかに人の往来のある場所だった。
目的地が近いのではないか、ついに俺の呼び続けている人に会える。俺の胸が高鳴り始める。
「ひゃわわわ! そこの人、助けて助けてください。こっちです! こっちですよう!」
突然、森の中に甲高い声が響いた。俺は叫び声の聞こえた方向に向かう。すると、ゼリル—の体に飲み込まれている妖精の姿があった。ゼリルーは、湿度が高くジメジメとした場所を好む、水の塊のの魔物だ。大型の犬くらいの大きさで、人間を飲み込むほどの大きさはないが、小動物の天敵だ。ウサギなどの小動物など一度ゼリルーに飲み込まれてしまうと、そのまま溺れ死に、そしてそのままゼリルーの中で消化されていく。親父と一緒に飼っていた鶏を狙って鶏小屋に忍び込もうとしたゼリルーを何度も退治したことがある。
ゼリルーは、大部分が水分で普通に斬っても効果は無い。
「動くなよ」と俺は、ゼリルーの中に完全に飲み込まれながらも、なんと脱出しようと両手で壁を叩くようにゼリルーの内部に叩いている妖精に向かって叫ぶ。
「シャープスラッシュ」
俺のスキルを食らったゼリルーが、ただの泥水に戻り、地面の中に吸い込まれていく。
「けほ、けほ」と、妖精は苦しそうに肺に入った水を吐き出していた。
「あ、あの大丈夫?」と俺は声をかける。その妖精は、ゼリルーの泥水を被って、羽根まで泥だらけだった。綺麗な泉や川などに住んでいるゼリルーは、透明な色をしているが、森の中などは、水と土が混じった泥のようになってしまうのだろう。
「助けていただきありがとうございます。助かりました。私の名前はエインセール。えとえと、あなたはなんとおっしゃるんですか?」と妖精は、自分の羽根を一生懸命羽ばたかせて、羽根に着いた泥を吹き飛ばそうとしている。濡れた犬が首を振って水を飛ばしているようだった。
「俺の名前は、デジレ。」
「デジレさん! 素敵なお名前ですね。ところで、こんなところでいったい何を? この辺りは、例の「呪い」が蔓延していて、とても危険ですよ」
そう訪ねるエインセールに俺は、夢で誰かに呼ばれたこと。そして自分が見た塔のことを話した。
「この近くにも塔があります。デジレさんが見たのも、もしかしたらその塔かもしれません。助けていただいたお礼に、そこまで案内をさせてください」
「ありがとうそれは助かるよ。じゃあ、そこにさっそく向かおう」と俺は言った。別に案内をされなくても、その塔の中に俺を呼んだ人がいるのなら、俺には分かるはずだ。だが、不思議と、俺を呼んでいた人は、そんなに離れていない場所にいるような気がするのと同時に、とても近くにいるような、そんな混乱した感覚になっているということに気付いた。もう目的地に近くなりすぎて、逆に感覚が混乱しているのかも知れない。
「ですが、その……」
「どうしたの?」と俺は、地面に座ったままのエインセールに訪ねた。
「全身泥だらけで、羽根にも泥がこびり付いていて、重くて飛べないんです。ランタンも濡れてしまっていますし」と、泣きそうな顔でエインセールが言う。
俺は、エインセールを優しく両手ですくい上げ、俺の肩に乗っけてやった。
「ありがとうございます。これは快適です」と、エインセールは嬉しそうに俺の肩に座りながら、機嫌が良さそうに両足を交互に上下させていた。
「それで、どっちに向かえば良いの?」と俺はエインセールに訪ねる。
「こっちです。あと少し行けば、教会の町 アルトグランツェです。そして、いばらの塔ピリシカフルーフです」と、泥水に濡れて明かりの消えたランタンを右手で持ち上げて方向を示した。
「よし、行こう」
俺は、森で出会った妖精エインセールを肩に乗せ、彼女のランタンが示す方向へといばらの森を進んで行った。




