1 旅立ちの朝
「―― 来て、―――― なの―― 」
現と夢の狭間で俺はその声を聴いた。すすり泣くような声。
俺は、自分の足元すらはっきりと見えないような濃い霧の中に立っていた。
また、幽かに声が聞こえる。俺は、目を閉じて耳を澄ませる。
「ここへ来て、あなただけが頼りなの――」
早朝、カーテンを引いた瞬間、朝陽に照らされた景色が輝いて見えるように、一瞬にして霧が晴れる。俺の目の前には、見たことない塔がそびえ立っていた。
「ここへ来て、あなただけが頼りなの――」
その声は、塔の頂上から漏れ聞こえてきている。
俺を呼んでいる。そう思った瞬間に俺は目を覚ました。俺は行かなければならないと思った。昔、何処かの都市の兵士をさせられていたという死んだ親父が言っていた。
「いつか、お前を本当に必要としてくれる人が現れる。だから、強くならなきゃいけない」と。
赤子の俺を連れて、親父は山奥で生活を始めた。そして俺を育て、一人で生活する術から剣術までを全てたたき込んだ。しかし、そんな父も数年前に帰らぬ人となってしまった。
それから俺は数年間、山奥の小屋で一人で生活していた。晴耕雨読の生活。1人で気楽に生きるこの生活も嫌いでは無かった。
「ここへ来て、あなただけが頼りなの――」
夢の中で出会った声を思い出した。今にも泣きだしそうで、そして苦しんでいる声だ。旅立とう。俺を必要としてくれている人の所へ。家の中を綺麗に掃除した。俺が旅立っている間、誰かがここにたどり着いても、すぐ生活ができるようにと。
物置の奥底に仕舞われていた父が使っていた剣と盾を取り出し、錆を落とし、動物の脂肪で作った油を丁寧に塗りこむ。そして、俺が訓練用に使っていた父手作りの木製の剣と盾をそっと物置の中に置いた。
最後に俺は、父の墓に花を手向けた。
「父さん、行ってくるよ」
墓にお備えした花が、風に揺れた。父が、笑顔で手を振ってくれているようだった。




