後編
私の身体は逞しい腕によって壁に押し付けられていて、目の前には吐息がかかりそうなほど近い端正な顔があった。
その顔を眺めてみるに、どうやらこの人物は怒っているらしい。
うん。どうしてこうなった。
夜も更けて帰ろうとした時の事だった。
ルイが現れたのは。
「…どうしたの?」
意を決して話しかけてみるが、思い切り睨まれた。
怒っている理由が分からないのか?とでも言うように。
「―――結婚する、って何だ」
「…………も、もう聞いたの?」
目に見えて動揺する私を目の前の男は冷めた目で見ていた。
ドキドキと煩い心臓に冷や汗が流れたようで、自分に後ろめたさを感じる。
何も言わない幼馴染に私は蚊の鳴くような声で尋ねた。
「け、結婚のこと、…どう思った?」
「……は?そんなの―――嫌に決まってるだろ」
「――――っ!」
返された言葉に私は絶句し、絶望した。
彼の言葉が脳の中を反芻するのを止めた時、私の目からは止めどない涙が溢れた。
そんな私の様子に幼馴染は面倒臭そうに思い切り顔を顰めた。
どうやら私は彼に嫌われてしまっているようだ。
その事実がさらに私の涙を誘い出した。
「……そんなに結婚したいのか?」
「したいに決まってるじゃん!」
「ダメだ、絶対に」
「何でそんなこと言うの?そんなに私のことが嫌い!?」
「別にそんなこと言ってないだろう!」
段々とヒートアップしていき、お互いを睨みあう。
私は幼馴染の胸を押して距離を取って、零れ落ちる涙を袖で乱暴に拭った。
頬が少しヒリヒリするけど、そんなの気にしない。
「だったらなんなの?…………ら?」
「…もう一回言え」
「だから…っ、
恋人が出来たから私との結婚が嫌なのかって言ったのよ!!!」
瞬間、ピシリと固まった幼馴染。
私が不自然に思って声をかけるまでヤツは数十秒たっぷり硬直していた。
「……ちょっと待て、いろいろ聴きたいことがある。その前に聞かせてくれ」
「なに」
「…結婚って、誰と誰の結婚だ?」
「………は?
―――私とルイのだよ」
その事を話しあっていたんじゃないのかと眉根を寄せる私を、極限まで目を見開いて見てくる。
え、ちょっと待って。
「…誰との結婚だと思ってたわけ?」
「――――…俺の知らないヤツとのだと思ってた。……良かった」
「え?へ?」
何だこれは。何だこれは。
甘く蕩けきった笑みを私に向けたと思うと幼馴染は私をギュッと抱きしめた。
危うく思考停止しそうになったけれど、寸前の所で戻ってくる。
「待て待て。恋人はどうしたの、恋人は」
「…そんなの知らない、何ソレ」
「だ、だって姫巫女様と付き合ってるって…」
しどろもどろに答えれば、深い溜息を吐かれた。
「噂だろ、そんなの。…というか姫巫女は魔眼師のことが好きだし」
「え」
「魔眼師も姫巫女のことが好きだし」
「え」
「聖騎士はお前のことが好きだし」
「え。……………………え?」
現状に頭が追い付かない。
誰だ、聖騎士って。
あ、コイツだ。
誰だ、お前って。
あ、私だ。
チラリとヤツを見上げれば…とっても熱を孕んだ瞳についクラリとやられてしまった。本当に誰だ、こんな色気ダダ漏れのヤツ。
「悪かった、誤解して…」
「…いや、うん、いいよ」
「…俺とそんなに結婚したかったんだな」
「!!!??」
謝罪した後直ぐに爆弾落とすか普通!?
一気に顔を真っ赤に染め上げた私を満足そうに覗き込んでくる幼馴染。
それから逃げるようにヤツの胸に顔を押し付ければ、さらに強く抱きしめられた。
「……ルイは結局どうなの」
「ん?」
「私との結婚」
「それは……、そうだな。きちんと言おうか」
徐に私を引き離したかと思うと、目の前に膝をついて、騎士の最高礼の形をとった。そして私の手を取ると、軽くそこに唇を触れた。
「私と結婚してください」
ああ、ダメだ。この男に昔から私は弱い。
惚れた弱みとでも言うべきか。
彼と出会った瞬間に私の運命は決まっていたのかもしれない。
いや、むしろ彼と出会う運命の為に私は"この世界"にやって来たのか。
それは誰にも知りえないことだけど、一つだけ言えることは
この幼馴染が愛しいということだけ。
それならば口に出そうじゃないか。
これからもずっと一緒にいる為に。
「私で良ければ、喜んで」
その瞬間、私はルイに引き寄せられゆっくりと端正な顔を近付けてくる。
それに伴って私はゆっくりと目を閉じた。
「愛してる、カレン」
「私も愛してる、ルイ」
重なり合った二人を、窓に差し込む月の光が優しく照らした。
本編はここで終わります。
カレンちゃんが"この世界"に来たこととか、色々書き残したことを番外編で書きたいなと思ってます。
拙い文章で読み難い所が多々あったと思います、申し訳ありませんでした。
ここまで読んで頂きありがとうございました!