中編①
わたしは西国の王都から外れた町で薬学を研究するしがない一国民である。
見た目は癒し系と言われるが中身はそれにともわない性格と自負している。
もうすぐ20歳になると言うのにいまいちパッとしないのは性格の所為もある。
いや、その所為もあるが、やっぱり幼馴染の存在が大きかったに違いない。
思わずヤツの顔を思い出し、薬を調合していた手を止める。
「ふぅ…」
珈琲を一口飲んで、息を吐く。
椅子にもたれて天井を見上げれば、その昔実験で失敗したせいで真っ黒になっていた。
仕事を始めてから早4年が経ち、仕事にも慣れて、新薬を作り出す技術を磨いている。
この研究所には私を含め3人しか働いていない。
そのうちの一人の師匠はいい歳なので、そろそろ引退かのう、なんて毎日口にしている。
そう、毎日。
こう毎日こっちを見ては構って欲しいアピールしないでほしい。
面倒臭いので引退でもなんでもさっさとしてほしい勢いだ。
「ふぁ……」
ああ、なんだか眠くなってきた。なんとか欠伸をこらえるが睡魔に負けそうだ。
先程まで睡眠薬を調合していた所為なのかもしれない。
師匠ももう一人の研究員もどうせ今日は来ないし、
「よし、寝よう」
「―――寝んじゃねえよ」
あれ、わたし以外いないはずのこの部屋にひっくーい声が聞こえた気が…。
ゆっくりと振り返れば、
「やあ、ルイ」
「…やあじゃねえよ、何で迎えに来ない?」
不機嫌マックスの幼馴染はわたしを軽く睨みつける。
そしてヤツはツカツカと私の傍に歩み寄ると、グッと私の腕を握った。
わたしはそれに視線を落とすけど、直ぐにヤツの顔を見上げた。
そこには普通の人なら思わず見惚れてしまう美丈夫が居て、私の事をジッと見つめていた。
「お帰りなさい」
「……ただいま」
不服そうな顔をしているのをスルーして、ヤツの手を腕からやんわりと外す。
…まあ、確かに2年ぶりに帰国した幼馴染を迎えに行かなかったのは謝ろう。
けど、わたしにも理由はあったのだ。
そう、決して面倒くさかったからではない。断じて。
2年前に会ったきりだった幼馴染はその時よりもさらにカッコよく、美しく、大人の男になっていた。
記憶のヤツとは違うので、なんだか別人と会話しているような錯覚を覚えるが、変わりない強い意志を持った瞳は彼なんだと教えてくれる。
なんとなく目を合わせずらく、わたしはすっと視線を外した。
「もう報告会は終わったの?」
「ああ」
「でもパーティは?もう始まってるんじゃないの?」
「……別にいい」
「いいわけないじゃん、主役がこんな所に居てどうするの」
「いい」
「よくない」
「いい」
頑として意見を変えない幼馴染に、こういう所は全く変わっていないなと溜息を吐いた。
微妙な沈黙が降りる。
目を合わせていないので、目の前の人物がどんな表情をしているのかは分からない。
わたしは待った、彼の言葉を。
でも聞きたくはない、彼の言葉は。
「――…話がある」
「っ!」
そう言葉に私は大袈裟に肩を揺らした。
そんなわたしをヤツは訝しげに見てくるが、そのまま言葉を続けようとした。
「俺は―――」
「るーいっ!」
ヤツの言葉を遮り、バンッと勢いよく入って来たのは、燃える様に赤い髪をオールバックにした整った顔立ちの男性だった。
わたしは彼が誰かということを瞬時に悟る。
そして立ち上がり無表情の幼馴染の腕を掴み、引っ張った。
そしてヤツを赤髪の彼に引き渡す。
赤髪の彼は目を丸くした後、ニカッと笑った。
「ありがと、嬢ちゃん」
「いえ、早く連れて行ってあげてください」
「まて、俺の話は…!」
無表情から一転、焦った様子の幼馴染を赤髪の彼が強い力で引っ張って行く。
わたしはそれを満面の笑みで送った。
「パーティも"英雄"の仕事なんだからちゃんと果たさないと」
そう言えば、幼馴染はピタリと動きを止め、はあと思い溜息を吐くと、
「また今度時間ができたら話をしよう」
そう言って背中に哀愁を漂わせながら出て行った。
わたしはその背中を黙って見送るしか出来なかった。
ああ、悲しい。寂しい。辛い。嫌だ。
"フ脈"は確かに聖騎士となった幼馴染がキった。
けれどわたしはこんなにも負の感情でいっぱいだ。
こんな醜い感情で埋め尽くされるわたしをどうか見ないで。
あなたの恋人とこれ以上差を付けられたくないから。
貴方の前ではまだ普通のわたしでいたいから。
一人になった研究所の一室に私は佇む。
そう言えば、言い忘れてたことがあった。
言い忘れていた、というより伝えるタイミングが掴めなかったと言う方が正しいだろう。
ちゃんと言わなきゃね、
「結婚するって」
目から零れ落ちた冷たい滴がわたしの頬を濡らしたことは、きっと誰も知らない。