探索
――ゴーン、ゴーン。
どこからか鐘の音が聞こえる。うるさい。外は快晴で部屋に日が窓から差し込み暖かい。
上半身を起こし目をこする。たしか昨日はどうにか宿を見つけて泊まれたんだっけか。眠かったからか記憶が曖昧だ。腹減ったな。ベッドから下り身体を伸ばす。
今日は少し街の探索をして、この世界の情報を集める。何も知らないのはまずい。部屋から出て階段を降りる。
「おはよう。遅い朝だね」
俺の足音を聞いて気付いたようで、カウンターからひょこりと顔を出すこの宿の経営者の女。
「おはようございます。疲れてたんでぐっすりでした」
「そうかい。腹減ってるか? ご飯作ろうか?」
「お願いします」
俺がそう言うと女店主はカウンターの所にある扉へと入っていく。
昨日はあまりよく見ていなかったが、一階は食堂になっているのかテーブルと椅子がいくつか配置されている。
適当な場所に座り、テーブルに肘を付きボーッとする。風呂入りたいな。もう三日入っていない。この世界に風呂はあるんだろうか。欲を言えば湯船に浸かりゆっくりしたいところである。あとであの女店主に聞いてみるか。
自分の服の匂いを嗅ぐ。汗をかいていない分、幾分マシだがやはり気になる。
「なにやってんだい」
いつの間にやらカウンターの所にある扉から戻ってきていた女店主。両手にはパンとスープが入った皿を持っている。
「体洗いたいな、と思いまして」
「だったら湯浴みするかい? 」
女店主は俺の前に皿を置きながらそう答える。
「したいですね」
「そうかい。ならこれ食べながら待ってな」
女店主はまたカウンターの扉を開け入っていく。
さて、朝飯を食べよう。パンをかじる。柔らかくふんわりとしていて、なかなか。スープを一口。少し味の薄いオニオンスープの味がする。あの村とは違い大きな街だけあって調味料は出回ってるようだ。日本と比べたらまだまだだが、比べるのは些か酷だろう。
ふう、朝飯を食べ終わり余韻に浸る。街の情報をどう手に入れるか。この世界にとって当たり前の事を誰かに聞くわけにもいかないし、本を漁るにも文字が読めない。一層、記憶喪失って事にするか? しかし、絶対にボロが出てしまうだろう。そこまで俺は演技派ではない。どうするか。
うーん、うーん、と頭を抱えているとまたいつの間にやら戻ってきていた女店主から声が掛かる。
さっきから女店主が行ったり来たりしている扉に案内される。手前は台所になっていて、そこを通りすぎ三つある中の一つの扉を開けると人一人余裕で入れるでかい桶にお湯が溜まっている。五右衛門風呂と言えば分かりやすいだろう。身体を洗えるスペースも確保されており、石鹸も置いてあった。
日本人の俺としてはもう少し熱くても良かったし、石鹸の泡立ちがほぼ無かったのも少し文句を言いたくなったが、ともかくさっぱりした。
女店主に外出すると伝え、外に出るとまた何処かで鐘が何回か鳴っている。なにかを知らせてるのか?
道は人が結構歩いていた。人混みをかき分け昨日通った道を戻ってみる。良い匂いが漂ってくる。昨日見つけた露店は食べ物や雑貨、宝石類を売っているようだ。見た目は日本の祭りの出店となんら変わらない。
途中服屋、武器屋、防具屋、本屋も見つける。 今着ている服しか持ってないので服も買わないといけない。武器も欲しい。防具に関しては鎧とかは動きづらくなるだろうからいらんな。
まずは服を買うことにする。露店している訳ではなく儲かっているのかしっかりとした建物、その中には服が何十点のと掛けられている。扉が開放されてなければ服屋だと気付かなかった。
中に入ると、パタパタと足音が聞こえる。
「いらっしゃいませー。何をお探しですかー?」
素晴らしい笑顔での接客。小柄で小動物のようなイメージを持たせる女の人。この子が犬だったら今尻尾を左右に揺らしてそうである。
「上下の服と上に羽織れる服を探しています」
「では、こちらなんかはどうでしょうー? セット売りで値引きしますよー?」
ニコニコとしながら掛けられている服の中から上と下とマントを一枚ずつを取りだし手渡してくる。黒のスウェットに近い服とフードのついたマント。黒一色に染めろということか。
この世界の服装は地球に似ている。俺は灰色のスウェット上下という完全にパジャマ状態だったのだが、この世界にとっては普通だ。皆似たり寄ったりの私服である。これでもし、絵やら字の入った服を着たまま転生していたら不審がられていただろう。
「いくらになります?」
「セット価格で銀貨二枚でどうでしょう?」
高い気がしないでもないが、地球のように大量生産は出来ないから高くなってしまうのは仕方ない事だろう。袋から銀貨二枚を取りだし、手渡す。
「ありがとうございます。袋に入れますねー」
そう言い、手提げ袋に入れ渡される。
「では、またのご利用御待ちしてます」
頭を下げ笑顔で送り出される。また機会があれば利用しよう、そう思える店だった。
さて、次は武器屋でも見に行ってみようかと思い店を出た矢先、店に入る前より辺りが静かな事に疑問を持つ。すると、異様な物が目に入る。
高そうな宝石をじゃらじゃらと付け、醜いほど太ったおっさんが道のど真ん中を陣取るように歩いていた。初対面の俺でさえ傲慢さが伺える。
通行人はおっさんに目を合わせないように視線を逸らし、おっさんを避け道を作っている。
しかし、断じておっさんに目がいった訳ではない。その後ろを歩く、二人の女の人が気になった。身体はガリガリに痩せ細り服装はボロボロ。髪は痛み、顔色は悪く、重たそうな荷物を持たされ苦痛の表情。首には首輪のような物が付けられている。
もしかして奴隷か? 話を聞こうと服屋に入り直し、女店主に話しかける。
「あのー、あそこで歩いてるデ……ご立派な身体をされている方はどなたですか?」
危ない危ない。
「知らないんですか? あの方は、この街の領主様ですよー」
怪訝な顔をする女店主。わざとじゃないんだわざとじゃ。
「へえ。あの後ろを歩いている女性は?」
「……奴隷も知らないんですか?」
不審がられてる。先ほどのスマイルはどこへ行った…。
「ほう、あれが。話では聞いたことあるのですが、見るのは初めてで。田舎者でしてすみません。ちなみにどこに売られてるのでしょうか?」
出来るだけ奴隷は知ってましたよー感を出しながら話す。
「ここを真っ直ぐ行ってもらえば奴隷市場があるのですぐにわかると思います」
なんか素っ気ない態度になってる気がする。
「わかりました。ありがとうございます」
お礼を言い店を出る。奴隷か… まさかこんな好都合な制度があるとは。残り残高が金色の硬貨二枚。これで買えるかはわからないが、武器を買うより実用性が高い。
足りなかったら最初練習台にした狼を取りに戻ってどこかで売るという事も視野にいれる。三日間放置してるけど大丈夫かな。
俺は武器屋を通りすぎ奴隷市場へ向かう事にした。