フィリオ②
「相棒……?お姉ちゃんを騙してるだけのくせに!あなたにそんな言葉は使わせない!」
「まだそんな事言ってるのか。なんだ?大好きなお姉ちゃんを取られて嫉妬してるのか? くっくっく」
ここまできたんだ。言いたいことは言わせてもらう。主に俺のストレス発散のために。
「しかし、フィオナは大変だな。両親は正真正銘のクズ。唯一、味方だった妹は妄想癖で自己中。しかも他人を、フィオナ本人をも、不幸にさせてる事すら気付いていない間抜けと来たもんだ。もう救いようがねえな」
歯軋りが聞こえてきそうな怒りの表情で俺を睨む。
「そんな奴が幸せにさせる? 守ってやる? ガキが、偉そうに。どんだけ上から目線で話してるんだ?」
「挙げ句の果てには、今までどれだけ苦労したか知らないくせに? 私の気持ちはあなたにはわからない? アホか。どうせ、フィオナのために頑張ってきたとかいう、お前の苦労とやらが水の泡になるのが怖いだけなんだろ。ただただ、それだけのためにフィオナを連れ戻そうとしてるんじゃないか? 自分の都合を押し付けてるだけにしか俺には見えん」
「……ちがう」
「ほう。違うのか。何度も言うようだが、今のフィオナは幸せ……なのかは知らんが、自分で決めた道を歩いている。俺が強制はしているわけではない」
「……そんなの!」
「俺に騙されてるからってか。そうやって、勝手に決め付けてお前はまたフィオナから奪うわけか」
「……奪う……ですって?」
「フィオナから家の事は聞いている。フィオナが追い出された理由は両親がお前と比べ、劣っていたからだったな。元を辿れば、フィオナが家から追い出された原因はおま……」
フィリオが俺に水の弾丸を放つ。それは俺の顔すれすれを横切っていく。
「……うるさいんだよ! そうだよ! あなたに言われなくても、私がお姉ちゃんの居場所を、幸せを奪ってしまった事は私が一番わかってるんだよ! 奪ってから気付いた私は大馬鹿者だ! だからこそ私は奪ってしまった分、お姉ちゃんを幸せにしなきゃいけない! 恨まれているかもしれない。それでも償わなくちゃいけない!」
「あなたの言うとおりだよ! 私がやってきた事がこのままだと全て無駄になっちゃう! 何もなくなってしまう! それが怖いんだ! お姉ちゃんと離れ離れになる時の私には力がなかった! 私にとっては両親とお姉ちゃん、どっちも大切だったんだよ! 私は大好きだった親と大好きなお姉ちゃんどっちを取れば良いかわからなかったんだ……。だから、両親にはたくさん抗議をした! ……けれど、考えを変えてはくれる事はなかった……。私が気付いた時にはお姉ちゃんはどこかへ行ってしまっていた。お姉ちゃんがいなくなった日を境に、優しかったお母様もお父様も変わってしまった。出来損ないの姉の二の舞になるなと言われ、 修行の厳しさが増して、時には本当に死にかけた事もある。だけど、それに耐えて興味もない当主になったのは、途中で投げ出してでもしたら、お姉ちゃんに会わせる顔なんてないと思った! だから、私はお姉ちゃんがなれなかった当主になるために頑張ったんだよ! 家を継ぐ私がいるのだから、快く迎い入れてくれないかもしれないけど、もうお姉ちゃんを責める人はいないはず。いや、責めさせるもんか! 私はお姉ちゃんが戻ってくればまたあの楽しい生活に戻れると思ってる!」
当時は純粋に親に褒められようと頑張っていたのだろう。それがフィオナを不幸にしてしまう事も知らずに。
実際、フィリオが悪いわけではない。クズな両親が悪いのは明白。
だが、フィリオはそれを全て自分のせいだと思っている。だから異常とも言えるほどにフィオナを求めた。
「そんな身勝手、俺がさせねえよ。決めるのは本人だ。お前にそれを曲げる権利も資格もない」
「うるさいうるさい!」
フィリオが走ってくる。目を凝らしフィリオの攻撃に備える。懐に飛び込んで来たフィリオは拳を振り上げ、俺の顔面を狙う。すかさず腕を十字にして防御の態勢に入ると、腕に衝撃が走り、その威力で地面を滑るように後ろに下がる。
「あなたが言っていることが本当だとして、私はどうしたら良いの!? どうしたら許してもらえるの!? どうしたら償えるの!? ねえ、教えてよ!」
二発、三発と次々と殴ってくる。サンドバッグじゃねえんだよ俺は!
攻撃は単調だ。攻撃の合間を見計らって全身に被る程度の水を放つと、フィリオはそれをもろに食らう。俺は瞬時に後ろに跳躍し距離をとる。
全身ずぶ濡れのフィリオは立ち尽くしている。
「頭は冷えたか? 勝手に決め付けて、勝手に抱え込む事が間違っている。お前がフィオナの事を大事に思っているのは俺にだってわかる。お前はフィオナのために相当な努力や苦労をしてきたのかもしれない。俺はそれを否定するつもりもないし、むしろ一人の人間のためにそこまで出来るお前を俺はすごい奴だと思う。 お前がしてきた努力はフィオナのためだと言うなら尚更、フィオナの事を理解できるはずだし、お前がしなくてどうする。相手の話を聞け! 一方的に押し付けるな! 目を背けるな! 耳を塞ぐな! 俺はお前からフィオナを取ろうとしている訳じゃない。フィオナがお前のところへ行くと言うならば止めるつもりもない。俺はフィオナ自身がやりたいようにやれば良いと思っている。……フィオナの味方なんだろ? お前は」
「……うん」
「じゃあまず、お前にはフィオナに言うべき事があるな」
「……言うべき事?」
「そんな事も親に教えてもらわなかったのか? 謝るんだよ。誠心誠意をもってきちんとな」
「……謝るだけじゃ許してくれるわけないよ! そんな簡単な話じゃない!」
「許してくれるのか許してくれないのかを考えてから謝るのかお前は。悪い事をしたと思ったらまず謝る。人として当たり前の事だろ?」
「……」
「それでフィオナがお前を許すかは知らん。それを恐れて謝らないよりは断然マシだ。こんな強引なやり方でフィオナを敵に回す事の方がお前にとって辛いことだろ」
フィオナが恨んでいないということは言わない。それはフィオナ自身からフィリオに言う事だから。
「もし許さないって言われたら私はどうしたらいいの……?」
「それは今考える事じゃない。謝った後はたくさん話し合え。今までの事、これからの事を。フィオナの気持ちをしっかり聞け。そして、自分の気持ちをフィオナに言え。そうすれば、自ずと答えが出るだろうさ」
フィリオが一番言われたい言葉をフィオナが言うだろう。そうすればこいつも収まるはず。
「ほんと……?」
「ああ。これはお前のためであり、フィオナのためでもあるんだからな」
「……うん」
はあ。なんとか説得出来たか。まさかこの俺が誰かに偉そうに説教する日がくるとは笑えてくる。俺にはそんな権利なんてないのに。
やり方は強引だが、あれだけ想ってくれる人がいるフィオナが俺は羨ましく思えた。
俺の役目は終わった。あとの事はこの寝坊助に全て任せよう。
「おい、フィオナ。起きろ」
暫くフィオナの身体を揺らしていると、薄く目を開く。
「……あれ……マコト様? ……フィリオは!?」
飛び起き、キョロキョロと辺りを見回すフィオナ。
「ここにいる」
俺の後ろに隠れていたフィリオが、気まずそうに頭を出す。
「フィ……」
「お姉ちゃん、ごめんなさい!」
「……え?」
「私、お姉ちゃんに本当に酷い事をしてた! 本当にごめんなさい……」
「マコト様? これはどういう……?」
「混乱するのもわかるが、フィリオが謝ってるんだぞ。答えてやれ」
「はあ……。フィリオ、どうしてこんな事をしたの?」
「……だって、お姉ちゃんが……っ……家から追い出されたのは……私のせいだもん……」
「へ?」
何を言っているのかわからないといった表情。
「私が……悪いんだもん……お姉ちゃんの居場所を奪ってしまった私が……」
「……ああ。そういうこと。あのね、フィリオ。 間接的にではあるけども、たしかにあなたが私の居場所を奪ったのは事実ではある。だけど、それは私の力不足だし、それであなたのせいにしたり、恨んだりするのはお門違い。私はその事であなたを恨んだ事なんて一度もない」
「……嘘」
「恨む恨まないという話だったらお母様やお父様に、よ。私を追い出したのはお母様とお父様でしょ? 私はね、フィリオに会えてすごく嬉しかった。それに今日、すごく楽しかったんだよ? 私を思ってやってくれたてたんだよね。気持ちはすごく嬉しいよ。だけどもし、フィリオがやろうとしていた事を実行していたらあなたを恨んでいたと思う。……でも良かった。私はフィリオを大好きでいられる。他でもない唯一の家族であるフィリオが、こんなにも思っていてくれてたなんて私は幸福者だなあ。ありがとう」
心底幸せそうな柔らかい笑顔でフィリオに微笑むと、フィリオは緊張の糸がほどけたのか目に溜まっていた涙が頬を伝いフィオナに抱き付く。
「私もお姉ちゃんの事大好きだよ! 私もお姉ちゃんに会えて嬉しかった! 私も今日お姉ちゃんと話せてすごく楽しかった! ……本当にごめんね! 本当にごめんなさい!」
フィオナはフィリオをあやすように優しく頭を撫で、うん、うん、と頷いていた。
暫くして、フィリオが泣き止んだ所で二人でいろいろと話し合ったようだ。俺は邪魔者だろうからその場から離れ、ボーッとしていた。
話が済んだ所で三人で街に戻る帰り道。
「お兄さんって何者なの?」
目蓋を赤く腫らしたフィリオが話し掛けてくる。フィオナも俺を見ている。
「ただの一般人だが?」
「あの魔力で一般人って……。私、久しぶりに手加減されたよ。武術はからっきしだったけど」
「こっちは必死だったっての。お前の見た通り、魔力が他の人より多いってだけだ」
お前を殺さないようにしなきゃならなかったからな。
「多いどころじゃないよ。お兄さんの魔力は。あんな水魔法を使ってぴんぴんしてるし。あれ以上の事が出来るんでしょ?」
「さあな」
「……なんで、そんな力があってお姉ちゃんに任せてるの?」
「俺は注目されたくないんだよ。だからフィオナにギルドを登録してもらっている。本当はお前に俺の魔法を見せるつもりはなかった」
「その力があればゴブリン退治なんて依頼受けなくても特級魔法師になって不自由ない生活が出来るのに」
フィオナと同じ事を……。
「地位や名声に興味はない。特級魔法師になれば不自由ない生活が出来る? そんな訳ないだろ。特級魔法師は特級魔法師という名に縛られる。俺は誰にも遣える気もないし、そんなどうでもいい地位や誰かに縛らたり、面倒事が増えるのはごめんだ」
特級魔法師がどんなものかは知らないが、大方、国に遣える最高ランクの魔法師だろう。
俺はせっかくの異世界ライフを楽しみたいのだ。こういうのは苦労してなんぼだろう。
「変わってるね、お兄さん」
クスクスと笑う。何が可笑しいんだか。
街に戻り、ゴブリンの耳を換金し終わり道を歩いていると、フィリオが振り返る。
「じゃあこれで私は退散するね」
「え?」
フィオナが意外そうに言葉を発する。
「私は仕事があるもん。お兄さんならお姉ちゃんを任せても大丈夫だと思うし」
「当主としてやっていくのか?」
「この仕事が終わったら、まずはお母様とお父様と話してみる。私の気持ちを。それでも駄目だったらやめちゃうかもね」
「ああ、やめろやめろ。俺みたいに自由になりゃ気が楽だぞ」
「そうだね」
微笑み、そしてフィオナを見る。
「もし、お母様やお父様が…… ううん。なんでもない。またね、お姉ちゃん」
「フィリオ……。うん。またね」
「お兄さんもまた」
そう言うとフィリオは歩き出す。少し歩いたところで、足を止め振り返り、大きく手を振る。
「そうだ。言い忘れてた! ありがとう! マコトさん!」
俺はそれに答えるように手を上げる。
恐らく、次会う時はフィリオがヘールリッシュ殺害の犯人が俺の可能性があると勘づいた時だろう。
その時、フィリオはどう対応してくるか。敵になるのだけは避けたいところだ。
俺は離れていくフィリオの背を見ながらそう願った。
書き溜めのため一時完結です。