フィリオ①
フィリオが異常な速さで近付いてくる。
風魔法を使って、空気の塊をフィリオ目掛け二発放つ。殺傷力のないくらいに威力を抑えてある。当たれば、ふっ飛びくらいはすると思うが。
フィリオとそれがぶつかる瞬間、フィリオは方向転換して避ける。あの速度で走りながら、方向転換するとかどういう身のこなしだと言いたい所だが、そんな悠長な事は言ってられない。
続く二発目を軽々と跳躍すると、俺の目の前に降り立ち拳を振り上げる。俺はせめて顔を守ろうと腕を上げ、防御の態勢に入る。腕に衝撃が走り威力で後退する。よし、止めた。次はこちらの・・・。
俺のターンに回してくれないようだ。次の衝撃が襲ってくる。案の定狙われたのは防御していない脇腹。脇腹への衝撃が襲ったと思ったら、今度は全身に衝撃。
目を開け、辺りを見渡す。吹き飛ばされたのか、フィリオが離れた所で片足を上げたまま立っていて、俺は木に腰掛けていた。何をされた?
「私の蹴りを目で追えてない。受身も取れてない。もう終わりかな?」
既に勝敗は決したと言わんばかりの態度で鼻で笑っているフィリオ。
……蹴られたのか。あの振り上げた拳はフェイントか。くそ。
身体を確かめる。身体強化のおかげか痛みはない。手足も動く。
本気を出しているように見えないにも関わらずこれかよ……洒落になってねえ……。
だが、やられっぱなしは癪にさわる。強気の態度で挑もうか。
「これがお前の本気か?」
俺は普通に立ち上がり鼻で笑い返し、尻についた土を払う。やはり接近戦では圧倒的に分が悪い。さっきみたいな魔法では簡単に避けられてしまう。出し惜しみしている場合ではない。
避けられない魔法を使うにはフィオナがいては、使えない。フィリオと一定の距離を保ちながら、フィオナの方へと円を描くように歩き、フィオナが俺の後ろの方で寝ている状況を作る。
「嘘……。もろに入ったじゃない……。強がりをしても無駄!」
「これが強がりに見えるか?」
「……もう手加減はしないわ」
先程より鋭く俺を睨むと、フィリオが右手をこちらに突き出す。掌に複数の細かい小さな水滴のような物が漂っているのがわかる。テレビでしか見たことない無重力の宇宙で見られような水の塊。
「当たったら只じゃ済まないよ」
そう言うと同時に、それが発射される。言うなれば水の弾丸。目に止まらぬ速さでこちらに向かってくる複数の水。瞬時に、俺では避けることも、一つ一つ撃ち落とす事など不可能な事を察し、大量の水をフィリオに向かって生成する。俺の身長を遥かに越す高さの大津波が目の前を覆う。避けられてしまうのならば、早い話どうやっても避けられない広範囲の魔法を放てば良い。
暫くすると、水が引いていく。いや、消えていくと言った方が適切か。
大津波は木々を押し倒し、そこにあった全てを飲み込んでいた。
そこにはフィリオの姿はない。流されたか? まあ、あいつなら生きているだろう。やらなきゃやられる状況だったし、これくらいは仕方あるまい。
溜め息をつき、フィオナになんて言おうか考えようとした瞬間、後ろから声がした。
「……ねえ、お兄さん」
「……っ!?」
俺は振り返ろうとするが、遅かった。片足に衝撃。一瞬の浮遊感。視界に入るのは地面。そのまま地面に落ちる。
「凄いね。お兄さん。本当に凄い人だったんだ。 お姉ちゃんを背にするようにお兄さんが歩いたから何かしてくると思って警戒してて良かった。至近距離だったら流石の私も危なかったよ。あんな魔法見たことない。お兄さんの魔力、どうなってるの?」
「……あれをどうやって避けたんだ?」
地面に寝転んだまま、フィリオを見上げ質問する。明らかに避けられるような魔法では無かった。どんなに気付くのが早くても、どんなに足が早くても。
「風魔法で加速したんだよ。それでもギリギリだったけど」
魔法で追い風を作ったか。そんな手段を使ってくるとは思わなかった。
「流石は武道の家系の当主様。今までの奴とは違う」
とは言ってもヘールリッシュの私兵くらいしか知らんが。
「私を殺す気で来なかったことが敗因だね」
クスクスと愉快そうに笑う。
「生憎、俺はお前ら姉妹みたいに戦闘凶じゃないんでな。無闇な殺生は好まん。それに俺は負けていない」
「……あんな大規模魔法使ったのに余裕そうだね。足だって動かないんじゃない?」
「あれが俺の本気だとでも思ってるのか? お前も俺を殺す気で来ないと死ぬかもしれんぞ?」
「なにを……っ……!」
俺はフィリオの言葉を言い終わる前に掌をフィリオに向け風の刃を放つ。フィリオは後ろに跳躍し、俺から距離をとる。その間に立ち上がりフィリオと対峙する。
「さあ、仕切り直しだ。俺の相棒を奪い取ろうとする悪党を叩き潰すとするか」