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失言

 

 ゴブリン退治のため、三人で毎度お馴染みの整備された道を歩く。


 ここに来てゴブリン退治しかしてないよな。俺とフィオナでゴブリンを相当狩ったのにも関わらずゴブリン退治の依頼が残っているのを見ると狩っても狩っても狩りきれないほどいるんだろう。常に募集している依頼なのかもしれないな。

 やはり、高ランクになれば片道一日以上掛かるような場所の依頼もあるんだろうか?

 そういえば護衛の依頼もあるし、最後の依頼のつもりだったが、次の街へ行く時は受けても良いかもしれない。この案件が素直に終わってくれればの話だが……。

 俺の目の前を歩く、瓜二つの少女。正直後ろ姿だけではほとんど見分けがつかない。

 二人は仲睦まじく話をしていて、俺はそれを見守るような形。フィリオが諦めてくれたようなのでフィオナも安心しているんだろう。積もる話もあるんだろうし、俺の入る余地はなさそうである。


 今のところフィリオに不審な動きは見られない。最初からこのように俺達に近付いてくれば良かったのに、とは思う。まあ、フィリオなりに必死にフィオナを説得したんだろう。一晩明けて頭が冷えたといった所か? このまま、何も起こらず終われば良いんだが。


「お兄さん! お兄さん!」

 前を歩くフィリオが振り向き、歩く速度を緩め俺の横に来て話し掛けてくる。


「ん?」


「お姉ちゃん、何歳までおねしょしてたか知ってる?」

 意地悪そうな顔をしたフィリオが、心底興味のない話題を振ってくる。


「ちょ! やめなさい!」

 顔を真っ赤に染めたフィオナが静止に入る。


「えっとねー、――!」

 この話題の一番大事であるはずの言葉をフィオナがフィリオの口を塞いだため聞こえなかった。


「ば、ばか! 聞こえました……?」

 フィリオの口を塞ぎながら恐る恐る振り返るフィオナ。


「聞こえてないぞ」


「そうですか」

 安堵の表情をする。

 そんな良い歳までおねしょしてたのか。

 おねしょしてた歳なんぞ、そんな必死に隠さんでも良いだろ。誰だってする。卒業が早いか遅いかの差だけじゃないか、と思うのは俺が乙女心ってやつをわかっていないからだろうか。


「それよりも手を離してやれ」

 フィリオの顔色が青くなってきてるぞ。


「あ!」


「く、苦しかったー! お姉ちゃん必死すぎ!」


「あなたがいけないんでしょう!」


「お姉ちゃんは、お兄さんに自分の事知ってほしくないの……?」


「知ってほ……いや、それとは話は別でしょう! 内容が内容じゃない!」


「お兄さんに、心も身体も隅々まで見て貰いたいじゃないのー?」


「ばっ……! 何を言ってるの! マコト様の前で!」


「あはは! 顔真っ赤だよお姉ちゃん!」


 フィリオの方が完全に一枚上手だな。残念過ぎるほど姉の威厳というものが欠片もない。見ていて面白いから良いんだけど。


 そんな平和な会話をしながら歩いた所でゴブリン三体に遭遇する。

 俺達に気付き武器を構え、戦闘体勢に入っている。


「私がやっていい?」

 フィリオが立候補したので、頷く。Aランクの実力、お手並み拝見。


「じゃあ、行ってくるねー」


 笑顔でそう言うと、フィリオはゴブリンにゆっくりと歩いて近付いていく。ゴブリン達はフィリオが歩いてくるのをジッと見つめる。

 あと数歩の所までフィリオが近付くと、耐えかねた一体のゴブリンが咆哮を上げ襲いかかる。

 ゴブリンの持つ木の棒が、フィリオの頭目掛け縦に降り下ろされる。

 フィリオは左足を右足の後ろに移動させて身体を横にするだけでそれを意図も簡単に避け、そのまま隙だらけになったゴブリンの横っ腹を殴る。これが重たい一撃だという事を、食らった本人ではなくともわからせる衝突音が辺りを響き渡り、ゴブリンはそのまま地面にひれ伏す。ピクピクと身体を痙攣させ、口から体液を吐き出す。

 それを見た仲間のゴブリンが二体同時にフィリオに襲いかかる。

 左右から降り下ろされる木の棒。それをフィリオは、勢いのついたゴブリンの手首を掴む事で強制的に攻撃を止める。

 ゴブリンの手首を握力でギリギリと締め上げていく。一瞬の間を置いた後、フィリオはゴブリンの腕を可動部限界まで捻り上げると、ゴブリンは痛みで呻き声を上げ、開いた片手で自分を掴んでいるフィリオの手首を掴み力づくで離そうと試みるが、さらに捻りが強くなり痛みに耐えきれなくなったのか持っていた木の棒が手から離れ、段々とゴブリンの身体が九の字に折れ曲がっていく。

 そのままフィリオは二体のゴブリンの後ろに回り込みゴブリンの腕に負荷をかけると、何かが割れたような音が二つ。その瞬間、より一層大きい悲痛な呻き声を上げる。

 地面に倒れ込んだゴブリンをフィリオは両手に水の剣を精製し、ゴブリンの背中の中心辺りを目掛け降りおろすと、断末魔を上げた。


 素直に驚いた。さながら、段取りが決まっているアクション映画を見ているような気分だった。

 フィリオは何の変鉄もない間接技をし、仕留めただけ。

 なのにも関わらずゴブリンも人間と同じか、それに近い身体の構造なのか?という疑問よりも、あの余裕、あの強さに、接近戦において勝てる見込みなど無いと俺は悟った。圧倒的な実力を持っている事など素人の俺でも理解ができる。

 フィオナの戦い方を剛とするならば、フィリオの戦い方は柔。そんな印象を受ける。

 ゴブリン程度と、大袈裟な話なんだろうか。こいつが本気でやったらどうなるんだろうか。

 フィリオとの力の差はどのくらいあるのかはわからない。

 しかし、フィオナを全てにおいて上をいく存在であることは本人が言っている。武道の家系の当主なだけはあるって訳か。わかってはいたが、俺の身が危ないな。


「終わったよー」

 水の剣が消えると、フィリオはゴブリンに見向きもせず、俺達の方へ歩いてくる。


「お疲れさん」


「やっぱゴブリン相手じゃつまらないなー」


「しょうがないだろ。フィオナはEランクなんだし、依頼であまり遠くに行きたくないしな」

 とは言ってもその場しのぎ程度にしか稼げないから考えものだが。


「そうだねー。あと、いらないからゴブリンの耳はあげる。次はお姉ちゃんが戦ってる所見たいなー!」

 フィオナに視線を向けると小さく頷いた。


「そうだな。じゃあ次探すか」


「うん! そういえばお兄さんは戦えるの?」


「魔法で援助するくらいしか出来んがな」


「ふうん。弱いんだねお兄さん。てことはお姉ちゃんにばかりやらせてるんだ」

 フィリオは冷ややかな視線を俺に向ける。

 少しまずったか。

 フィオナの前じゃ普通に魔法を使っているが、この世界の人間の魔法をほとんど見たことがない。

 ヘールリッシュの私兵達の強さはこの世界にとってどの辺りなのかわからないが、私兵達が力を合わせて放った水魔法ですら、こんなものかと言わざるを得ない威力だった。

 よく使う風の魔法は出来て、肉を抉る程度だとフィオナは言っていた。いつも放っている威力をフィリオに見せるわけにもいかないし、どこまで抑えれば良いかもわからない。

 フィオナに全て任せても大丈夫だろうが、もし、フィリオが俺にも戦えと言うならば、抑えに抑えた魔法で戦うしかない。


「後方支援も大事だろう? 相手の気を逸らせる事で前衛のフィオナも戦いやすくなる」

 フォローを試みるが、言い訳にしか聞こえないな。


「まあ、そうかもね」

 フィリオは俺から視線を逸らしフィオナを見る。先ほどとの態度とは違い、冷たさを感じる。

 表面上の言葉では同意してるが、フィオナにはいらんと言いたいんだろう。

 俺がフィオナの足手まといになっていると思われてしまったかもしれない。

 とは言っても、これ以外に答えはない。


 そのあと、フィオナにゴブリンの耳を削いでもらい、ゴブリンを探すため、雲行きが怪しくなった雰囲気で再び歩き出す。






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