シスコン
「……そうなんだ。じゃあ力付くでもお姉ちゃんを返してもらうわね?」
は?何を……
瞬間、フィリオの拳が目の前に現れる。俺は間一髪しゃがみこみ避ける。フィリオの拳が空を切る。
あ、あぶねえ……
「マコト様!」
「あはは、避けた!」
フィリオは嬉しそうに笑っている。
「危ないだろうが!」
しゃがんだまま俺は叫ぶと、今度はフィリオの足が視界に飛びこんでくる。
俺は瞬時に身体強化をして、腕で蹴りを受け止めるが威力を殺せず後ろに倒れ込む。鈍器で殴られたような痛みが腕に襲う。
こいつ、追撃してきやがった。こんな人混みの中でやる気かよ!
「私のお姉ちゃんを返しなさい」
フィリオは吐き捨てる様に言う。
すると、フィオナは俺とフィリオの間に入り、対峙し叫ぶ。
「やめなさい! これ以上マコト様に手を出すと言うなら私が相手になります!」
「あはは、お姉ちゃんが私が戦う? 勝てると思ってるの? 退いて。私はそいつに用があるの」
フィオナとは目を合わさず、笑っていない目でフィリオは俺を見下す。
「あなたがどれ程強いかは知ってる、だけど退かない」
「お姉ちゃんの幸せのために言ってるんだよ?」
「今私はこの方と一緒にいられて幸せなの」
「そんなの今だけだよ? 私と一緒にいればそいつと一緒にいるより幸せになれる。家に戻る事だって出来るし、また前みたいな生活も出来るよ?」
「それはあなたが決めることじゃないし、さっきも言ったけど私は家には戻るつもりはない! あの家に…… 私の居場所なんてない……」
「……何を言ってるの? 私がお姉ちゃんの居場所を作ってあげるよ? 今は私が当主なんだよ? そんなの容易いに決まってるじゃない」
「そんな作られた居場所なんていらない!」
「……私が今までどれだけお姉ちゃんのために頑張ったと思ってるの? 何のために興味もない当主の座についたと思ってるの? ねえ? お姉ちゃん。そんな事言わないでよ」
「……ごめんなさい。……たとえ作られた居場所でも…… もう少し早くあなたに会えていたら家に戻っていたかもしれない……。けれど、もう無理なの」
「……っ……」
フィリオは地べたに座り込んで泣き出してしまった。
なんだ、この展開。フィリオが重度のシスコンで、頑張って当主になったから、フィオナを家に戻させようとしている。それは涙組ましい事なんだが、周りの視線が痛いのでそろそろ場所を移すか、解散したい。俺の蹴られ損な気もするが、こんなことで注目されるのはごめんだ。
「……マコト様、行きましょう」
「良いのか?」
場所を移って好きなだけぶつかり合った方が今後のためにも良いと思うんだが。せっかくの感動? の再会なのに。俺は行かないけど。
「良いんです」
そう言ってフィオナは俺の手首を掴み、引っ張る。
俺は引っ張られるがまま、歩き出す。
ふと、振り返りフィリオを見ると、先ほどの涙はどこいったやら怒りの形相を浮かべ何かを呟いていた。
終始無言で、宿に戻ってきた。
フィオナは溜め息をつき、ベッドに倒れるように顔を布団に埋める。
「……申し訳ありません」
「フィリオはこれで諦めてくれるのか?」
「どうでしょうか……」
ベッドに座り直し顔を俯かせ話す。
あのフィリオの顔。何か仕掛けてくる可能性が高い。
「うちは武道の家系で私は姉、長女として当主になる予定だったんですが、フィリオの方がずっと向いていたんです。全てにおいて私より上、両親はそんな私を見かねて捨てました。その時、フィリオは大泣きして、両親を止めてくれましたが、その時は両親の意向が絶対でしたので……」
武道の家系ね。だからヘールリッシュ殺害にも足を運んだのか。フィオナの接近戦の強さも頷ける。
それにしてもよくもまあ、事情を知っていながらフィオナを家に戻らせようとするな。 そんな家に戻りたくないと思うのが普通だろう。
なんだか既視感のある話だが、今の俺にはどうでもいい。
「今は当主がフィリオだから、フィオナが戻った所で両親が好き勝手出来ないって事か」
「まあ、ある程度は……。しかし、私が戻れば両親が反発するでしょうし、それで派閥が生まれる可能性もあります」
云わば、家の面汚しが帰ってくる訳だしな。フィリオはちゃんとそこまで考えてるのか?
「フィオナの家はこの国にあるのか?」
「はい。ここからそう離れていないです」
王都に来る時、こうやって出くわす可能性があったから来たくなさそうな感じだったんだな。人が多いところが嫌ってわけじゃなかったらしい。
「ちなみに、有名な家系なのか?」
「この国の最前線で戦う家系なので有名ではありますが、うちは武道の家系の中では下の方です。この国全体で見れば上の下程度でしょうか」
遥か上の存在かよ!こりゃ厄介な奴に目をつけられたな……。
「もっと上はどんな家系なんだ?」
この世界の貴族について聞く良い機会だから聞いておこう。
「魔力が優れた家系です。武道、魔力と続いてその上にブルート王がいます」
魔法か。この話を聞く限り魔力は血筋が影響してるんだろう。魔法が凄い奴には気を付けよう。
「そうか。それで話は戻るが、これからどうするんだ? 実際のところ、あいつは諦めなさそうなんだろう?」
「……そうですね。逃げましょう、と言いたい所ですが、仮にマコト様の転移魔法を使って逃げたとして、もうこの国には戻ってこれなくなる可能性もありますし、私を探す可能性もあります。その場合、その仮面も破棄する事になりますし……」
素顔が見られていないだけマシと言ったところか。でもまだ買ったばかりだぞ……!
なんでこんな巻き込まれ不幸体質になってるんだ俺は。この世界に来てからろくな事がないぞ。
もしや、あの神が仕組んでるんじゃあるまいな。
「……フィオナ、今俺の足を引っ張っている自覚はあるか?」
「……はい」
「お前の家系はどうあれ、俺には関係ない話だ。早い話、お前が家に戻れば終わるんだ。それに俺を巻き込んでいる。わかっているな? それにこれは俺の問題だが、ヘールリッシュの件もあるからな。これはただ熱が覚めるのを待ちながら、逃亡するだけだがこれ以上厄介事はごめんだぞ」
今のところ俺がやったという証拠もない。魔物のせいになってしまえば俺は晴れて自由。
しかし、今回は違う。対象はフィオナであって俺じゃない。フィオナにとってもイレギュラーな事なんだろうが、フィオナが俺についてくれば必然的に厄介事が降りかかる可能性が高まる。
「……」
「一応言っておいただけだ。そう泣きそうな顔をするな。自覚してくれれば良い。取り敢えず向こうの出方を見よう。あいつが諦めてくれるならこの話は終わりだ。もし、諦めてなかったらお前が説得してみろ。それでも駄目だったらこの国ともおさらばしようじゃないか、それで良いな?」
フィオナの頭を撫でる。
ヘールリッシュの時に助けられた借りもある。フィオナがいなければあの後どうなっていたかわからない。
ここで、お別れというのもフィオナにとっても俺にとってもよろしくない。
ここまで、俺のために働いてくれたフィオナをそんな糞みたいな家に戻らせるのも癪であるし、折角、手に入れた金が新しい奴隷を買って終わり、なんて事にはしたくない。
フィオナは売られている奴隷の中でも優良だ。それに今は奴隷ではないのにも関わらず俺についてきてくれている。そんな奴にこれから出会える確立も低い。
「そうだ。二つだけ聞いておく。お前はフィリオを恨んでいるのか?」
「……家を追い出された原因であるのは確かにフィリオの存在ですが、それでフィリオを恨むのはお門違いです」
「ふむ。じゃあお前はフィリオとどうなりたい」
「……家族で唯一最後まで味方でいてくれたのはフィリオです。大事な妹であることには変わりありません。昔みたいに仲良くしたいです……」
「そうか。わかった」
こう言っているフィオナをどうにか出来るならどうにかしたい。それが本心だ。
聞いた限りでは、両親がクズなだけで、やり方は異常な気がするがフィリオはフィオナの事を思ってやっている……と思う。
今後のためにもフィオナには心残りを残したくはない。追われる身になるのは俺だけで充分だ。
さて、フィリオはどう出てくるか……。
今日のように襲う形を取ってくるのか、それとも他の手段を使うのか。
冷静に話せるようになればいいんだけどな。
フィオナの妹である以上殺すわけにもいかないしどうしたものか。
取り敢えず、もう外は暗くなっていたのでこのまま寝る事にした。