一つ目ゴブリン
普通のゴブリン退治はFクラスの依頼であるが、一つ目ゴブリン退治はEクラスの依頼である。報酬は一体につき銀貨一枚。
一つ目ゴブリンはゴブリンと同じようなを生活をしている。ゴブリンとの違いは、それは身体が大きく力が強い事。油断をすれば、死に直結するほどの打撃。人間など、脆い生き物であると実感させる破壊力を持っているそうだ。
しかし、それほどの威力はあれど身体が大きい分動きが遅いためEクラス認定されている。これが普通のゴブリンとの報酬の差である。
普段一つ目ゴブリンは、人里離れた森や山に篭っていて見ることは少ないそうだが、稀に山から下りてきて、人々を襲う。
これは、縄張り争いで敗北した一つ目ゴブリンが新たな縄張りを探そうと山を下りてくる、と言われている。この世界の人間はそれぞれの魔物の生態を詳しく調べるということをあまりしていないらしく、詳細は不明となっている。しかし、相手の戦い方や、弱点についてだけは細かく調べていて、魔物書という本にまとめてあるそう。
この世界の人間は脳筋だらけなのかと思ってしまうような、地球では信じられないフィオナの言葉に俺は唖然とする。
魔物とは人類の敵としてしか考えていないんだろう。倒せば倒すほど人々に喜ばれ、金が手に入る世の中ではそうなってしまうのだろうか。
そして今、俺達は一つ目ゴブリンが目撃されたという付近に来ていた。整備されている道沿いではなく森に少し入ったところだ。
「本当にこの付近にいるのか?」
俺はいつになっても現れない一つ目ゴブリンの存在自体を疑い、フィオナに聞く。
「そのはずなんですが……」
「違う所に移動しちゃったんじゃないか? 山に帰ったとか」
「かもしれませんね……」
フィオナは警戒を解かずに答える。
目撃情報から依頼を受け退治しに来たところで当然時間差があるので、そこに必ずしもいるわけではない。相手も一応生きていて動いている訳だし当たり前である。
「一つ目ゴブリンに対抗できない人が襲われたら大変ですし、もう少し探しましょう」
フィオナはそう言い、森の奥へと歩く。
「ああ」
正直誰かが襲われるのはどうでも良いが、金欠であるため俺は仕方なくフィオナについていく。
すると、遠くで木々の間を何かが歩いているのが見える。それは異様に身長が高く横にも大きい。足元が覚束無いのかふらふらと歩いている。
「フィオナ、あれなんだ?」
その謎の生物から視線を逸らさずに指を差しフィオナに問う。
「あ、いましたね。あれが一つ目ゴブリンです」
平然とフィオナは答え、一つ目ゴブリンらしい生物の方へ歩き出す。
近付けば近付くほど異様な生物であることがわかる。
まず、身長が三メートルくらいあるのではないかという巨人。皮膚は黄緑色で名前通り目は一つ。ゴブリンと言われるだけあって似てるといえば似てる容姿。そこまでは良い。
誰がどう見ても体格がおかしい。上半身は筋肉達磨と言っていい。腕なんて俺のウエストくらいありそうだ。しかし、下半身は骨と皮しかないような細さ。超逆三角形である。
何故歩けるのか不思議なくらいアンバランスな体格に俺は一言言いたい。
「気持ち悪い」
「そうですね」
フィオナは俺の素直な感想にくすりと笑う。
「見ればわかると思いますが、脚が弱点です。あの弱い足腰のせいで、上半身の力に振り回されるのが特徴ですね。しかし、もし捕まれてしまったら全身の骨を粉々にされてしまうほどの力を持ってます」
こえーよ。俺は絶対に近付かない事を決心する。
「遠くから魔法打てば余裕だろ?」
「皆、マコト様のような魔法を使えないんですよ…… 一つ目ゴブリンの皮膚は硬く、弱い魔法では傷を付けられないんです。例えば、一般人がマコト様が言うように遠くから魔法を使ったとしても、距離が離れれば離れるほど魔法の威力は落ちてしまいますから、どうしても近づかなければなりません。なので、接近して魔法で足を狙い転倒させ、そこでさらに接近して魔法で仕留めるというのが安全なやり方ですね。」
「へえ、そりゃ大変だな」
掴まれば死。露骨な弱点があるにしてもこれでEクラスとかその上のクラスはどんな魔物がいるのか。Sクラスの魔物なんて、街一個なくなるレベルなんじゃないか?
「では、仕留めてきますね」
そう言うとフィオナは一つ目ゴブリン目掛け駆け出す。
一つ目ゴブリンはフィオナの存在に気付いておらず、重そうな上半身を左右にふらふらと揺らし歩いている。
フィオナはそのまま一つ目ゴブリンの背後に立ち、下段回し蹴りを叩き込む。異常とも言える蹴りの威力で重そうな巨体が一瞬宙に浮く。足払いに近い攻撃。
一つ目ゴブリンはそのまま地面に落ち、ドスンと辺りを響かす。衝撃で木々が揺れ、大量の葉が落ちる。一瞬の間を置き、一つ目ゴブリンは悲痛な唸り声を上げ暴れ始めるが、すかさずフィオナは水の剣を精製し、一つ目ゴブリンの背中に突き刺す。
しかし、刺さりが甘かったのか一つ目ゴブリンは甲高い咆哮をあげ、フィオナに鈍い動きで掴みかかる。フィオナはそれを後ろに下がり避けるが、一つ目ゴブリンは腕だけの力で地を這いフィオナに追撃をかける。
フィオナはそれらを全て避け、跳躍し、うつ伏せになっている一つ目ゴブリンの背中に飛び移り、再び水の剣を精製し、首に突き刺すと一つ目ゴブリンは断末魔をあげ、絶命する。
フィオナはふう、と息を吐くと俺に向け笑顔で手を振る。
何度見てもフィオナの流れるような動きは凄いと言わざるを得ないな。
聞いていた通りの鈍い動きだった。身体強化していれば接近戦の素人である俺でも倒せそうだが、もしもの時に骨を砕かれたくないので絶対にやらない。
「お疲れさん」
フィオナは俺の労いの言葉に反応せず、何かを探すようにキョロキョロと首を動かす。
「どうした?」
「ゴブリンの同じような生活をしていると話しましたよね? それなのに一体だけっていうのはおかしいな、と思いまして」
確かに言われてみればそうだ。ゴブリンは集団で生活をしている。必然的にこの一つ目ゴブリンも何体かで行動しているはずだった。
「はぐれ者なんじゃないか? ゴブリン社会にだって除け者はいるだろ」
ゴブリンにそんな知能があるのかは知らない。
「それなら良いのですが……」
「気になるようならもう少しこの辺りを探してみるか?」
他にもいるのであれば退治しようではないか。金のために。フィオナが。
「良いんですか?では、そうします」
そのあと暫く探したが、一つ目ゴブリンを見つける事は出来なかった。
普通のゴブリンを見つけたのでついでに狩っておいた。
街へ戻り、ギルドで一つ目ゴブリン一体分とゴブリン五体分を換金する。
「やはり、一つ目ゴブリンが目撃されたのは一体だけではないそうです」
換金を終えたフィオナは、深刻な表情で話す。
「他の人が退治してくれるんじゃないか?」
当たり前の話だが、ギルドに登録しているのは俺達だけじゃない。しかもEランクで、駆け出しの人でも受けられる依頼だ。そんなに問題視する必要もないんじゃないかと思うが。
「そうですね……」
「明日も依頼受ければ良いじゃないか。金も無いんだし」
「そうしましょう!」
先程の低いテンションは何処へいったやら、嬉しそうなフィオナ。
呆れるくらいお人好しな奴だな。主人公向きの性格をしている。本当はいちいち付き合いたくは無いが、今は金がないし仕方ない。
今夜もまた持ち金ギリギリで宿に泊まる。宿泊代が二人分、いつになったら金に困らなくなるのやら目処すらたたない。
その場しのぎの生活は続く。