王都
俺達は一本道をひたすら中央に向かって歩いていた。
遥か遠くに城の頭部分が見える。この街は塀が円を描くように連なっていて、その円の丁度真ん中に城が建っているそうだ。一番偉い王様が住んでいるのだから当然の配置だろう。
フィオナと宿を探している途中、装飾品が並べられている店を見つける。
店に入ると、ネックレスや指輪、ピアスまで揃っていて、他にも仮面舞踏会の時に使うような仮面がいくつも壁に掛けられていた。派手に宝石が散りばめられた仮面から、口元は隠れない、鼻から上のみの仮面まで揃っている。
「仮面を付けるなんてのはどうなんだ?」
顔を隠せるなら隠せた方が良い、そう思いフィオナに聞く。
「どうなんだ? と言われても。怪しさ満点です」
「うーん、ダメか」
「確かに怪しくはなってしまいますが、常時付けている方もいますよ。例えば、顔に大きな怪我や、火傷などがあって人前に顔を晒したくないと思っている方が付けていますね。あとは、お洒落として付けていたり。要するに物好きさんですね」
「それ、有りかもな。俺も物好きの一員になろう」
「本当に付けるんですか?」
「ああ。適当に顔にひどい火傷があるとか、顔を見られるのが苦手とかにしておけば大丈夫だろ」
「隣を歩く私の身にもなってください……」
「今いくら持ってたっけ?」
フィオナの言葉を無視する。
「……銀貨二枚程です。」
溜め息をつき、答える。
絶対足らないだろうな。まあ目安として値段を聞いとくか。
「すみませーん」
店主を呼ぶ。すると、奥から老婆が顔を出す。
「いらっしゃい。今日は何をお求めで?」
腰が曲がり、ふらふらと俺の前まで歩いて来て、上目遣いで話す今にも倒れそうな老婆。
「あの、仮面欲しいのですが、いくらです?」
「仮面によります」
「じゃあ、あれはいくらです?」
俺は白塗りされている一番シンプルな仮面を指差す。
「あれでしたら金貨一枚ですな」
高いなおい。
「そうですか。今お金が足りないので機会があればまた来ます。」
「わかりました。またお越しください」
俺達は店を出て、再び宿を探すことにした。
「仮面欲しかった……」
「お金が貯まり次第買えばいいじゃないですか」
「あまり長い間顔を晒したくない。なるべく早く買いに行こう」
「……はい」
そんなに嫌そうな顔するなよ。もし顔が割れてしまっていたら、素顔で歩き回るよりは幾分マシだろう?
それから少し歩いたあと、フィオナが宿を見つけ、そこに泊まることになった。宿で出された夕飯を食べ部屋で一息つく。宿の作りはヘールリッシュ区で泊まった宿と作りはほとんど変わらない。変わるとすれば部屋にベッドが二つある事くらいだ。
「明日はどうしますか?」
「取り敢えず、ギルドに行って依頼を受けよう。金もないし。俺は役立たずかもしれんがな」
明日起きたら魔力がどれくらい回復するか、それ次第。金がないため、この宿も一泊しか出来ない。明日中に金を集めなければ野宿確定だ。
「わかりました」
そう言って、フィオナは俺のベッドへ入ってくる。
「……何をしてるんだ?」
「何って寝るんですよ?」
「何故俺のベッドに入ってくる」
「今日は冷えますからね。二人で寝た方が暖かいですし」
そりゃそうかもしれんが、何のためにベッドが二つあるかわからなくなるじゃないか。
「好きにしろ」
しかし、筋肉痛や歩き疲れで抗議するのも面倒になったのでそう言い放ち、フィオナに背を向ける。
「んふふ。はい。そうします」
モゾモゾと動いた後、俺の背中にピタリとくっつき、寝息をたて始める。
あの一件以来、理由を付けては引っ付いてくるな。まだ信用していないんだろう。信用されるのは程遠そうだ。
次の日、目が覚めると、背中が暖かくフィオナがまだ布団の中にいる事がわかる。
ゆっくりと身体を反転させると、フィオナは心地良さそうに寝ていた。珍しいな。いつもなら俺より先に起きてるのに。
フィオナは奴隷の時と比べて、身体に少しずつではあるが、肉が付いてきている。血色も良いし、あんなに荒れていた髪もそれなりには良くなってきていて、腰まで伸びた金色の髪が日の光が当たると輝いているように見える。
それにしても綺麗な金色だな、と撫でていると、フィオナの目がゆっくりと開く。
「お、おはよう」
撫でるのを止め、少し驚きながらも朝の挨拶をする俺。
「……あ、えっと……おはようございます」
顔を赤くして目が泳がせるフィオナ。人の布団に自ら入ってきた奴の態度ではないだろう。
……なんだこの空気は。
「よし。準備するか」
俺はベッドから出て伸びをする。
「で、ですね」
続いてフィオナもぎこちない動きでベッドから出る。
軽率だった。決してやましい事など考えていないのに、勘違いされてしまいそうだ。
それから、支度をして宿を出る。俺の魔力はまだまだ全快ではないが、まあ大丈夫だろうと思える程までは回復していた。
フィオナはギルドの場所を知っていた。昔来たことがあるそうだ。俺はフィオナについていく形である。
しばらく歩くと一つの大きい建物の前でフィオナは立ち止まり、振り返る。
「ここです」
ヘールリッシュ区のギルドは鐘がついた教会のような建物だったがここは平屋だった。しかし、大きさは桁違いで綺麗な建物。周辺にはやはり体格の良い人や、鎧を纏った人、フードを深く被り、顔を隠している怪しい人が多く見られる。
「ヘールリッシュ区みたいに鐘は付いてないんだな」
「はい。街を囲む塀に鐘が付いていて緊急時に鳴らして知らせます」
「その緊急時ってどういう時なんだ?」
「魔物が攻めてきた時ですね。滅多にないですが」
「そうなのか。取り敢えず中に入ろうか」
「はい」
中は右側半分がカウンターが配置されていて、左側半分は食堂のようになっているようだ。
食堂にはテーブルが大量に並べられている。今は疎らに人がいる程度だが、昼時などは人が増えるのだろうか。
「じゃあ、フィオナ。早速依頼を探してきてくれ」
「わかりました」
そう言ってフィオナは依頼が掲載されている掲示板に向かう。俺は食堂にある椅子に座って待つ事にした。テーブルに肘を付きボーッと食堂の従業員であろう女性を見る。
これだけ広いんだ、大変だろうな。
忙しなくテーブルを拭く割烹着姿の女性。テンプレ通り荒くれ者に絡まれたりするんだろうか。
そういえば今更だが、よく読んでたラノベでは主人公がギルド登録する時、荒くれ者に絡まれたりしてるのをよく見たな。俺の運が良いのか、それともこの世界の人は平和主義者が多いのか。ヘールリッシュみたいな腐った領主もいるし、どうなんだろう。もしかしたらこの国だけなのかもしれないし、用心に越した事はないか。
どうでも良いことを考えて時間を潰しているとフィオナが戻ってくる。
「一つ目ゴブリン退治はどうですか?」
「一つ目ゴブリン?」
「その名の通り一つ目のゴブリンです。ゴブリンよりも狂暴で力も強く大きいです」
「じゃあそれ受けよう」
「わかりました」
大きいゴブリンか。ゴブリン自体弱かったし、なんとかなるだろう。フィオナも倒せるからその依頼を持ってきただろうし。まあ、何はともあれ油断せずに挑もうか。
フィオナがカウンターで依頼を受ける旨を伝え、俺達は一つ目ゴブリンとやらの退治のため街を出る。