フィオナ視点③
しかし、それは叶わなかった。
マコト様が出ていってしまった後も痺れのような感覚で動けずにいた。
こんな事で楽しかった生活を終わらせるものか。マコト様の態度は絶対におかしかった。
私を嫌がっている様子もなかったし、急に新しい奴隷が手に入るなんておかしい。本当の事を言っているようにも見えない。
マコト様がおかしくなった原因は、あの女店主と何かを話してからだ。何が目的なのかは知らないが、マコト様に何かを吹き込み、困らせ、私を捨てさせる魂胆か。許せない。
今度こそ私の大切な人を、物を誰かに奪わせてなるものか。
次第に私の中の悲しみが怒りに塗り替えられていった。一日中、布団の中で怒りを溜めた。
動けるようになり、女店主に聞こうと下に降りる。
「御飯食べるかい?」
私に気付くと女店主はそう言った。
その言葉で私の怒りは爆発してしまった。
「御飯などいりません! マコト様に何を吹き込んだのですか!? 」
掴み掛かりたくなる衝動を抑えることには成功する。
「さあ? 私は知らないね。」
「では、あなたがあんなにも動揺していたのは何でですか!? 私には聞かせなくない話なんでしょう!?」
「……なんのことかさっぱり」
「……っ! 私もこの宿を出ます。さようなら」
私が部屋に戻って出る準備をしようとする。
「ちょっと、待ちな! あんたあの男を探す気じゃないだろうね!?」
「あなたには関係の無いことでしょう?それに追いかける事に何か問題でも?」
「ダメだ、あの男を追いかけるんだったら、この宿を出さないよ!」
やはりこの人のせいだ。この人が全ての元凶だ。
「そんなの知りません。あなたには関係の無いことだと言ったでしょう」
「確かに関係はない。……だがあいつはお前のために離れていったんだ。それを無駄には出来ない」
女店主は溜め息をつく。
「……私のため? 何を言って……?」
この人のせいではないのか?
「仕方ない……。あいつはヘールリッシュに捕まった」
「……なぜ?」
「ヘールリッシュの奴隷が逃げ出したんだ。それに手を貸した罪だ。あいつは全く知らなかった様子だったけどね」
「マコト様が? 私は一度もその奴隷を見たことありませんし、それにそんな事をしたとして悠長にこの街にいるとは思えませんが」
「私もそう思ったさ。だから運が悪かったと思うしかない。多分、あいつは無罪の証明は出来ないだろう。そしたら処刑さ。その被害をあんたに向けないように関係を断った。わかるかい?」
マコト様が処刑される……? いや、マコト様には転移魔法がある。いつでも逃げられるはずだ。
しかし、マコト様も人間。突然の事には対応できないだろうし、魔法封じの枷が外せるとも限らない、もしそうなれば本当に……。
怒りは焦燥感へと変わっていく。
私はどうしたらいい。私がどうにか出来る問題なのか? マコト様が逃げられる事を願うだけしか出来ないのか? もしかしてもう既に……?
何もせず終わってしまうなんて絶対に嫌だ。
場所はあの拘束所だろう。私はすぐさま、部屋に戻り買ってくれた服に着替え、短剣を懐に入れる。
「あんた、本当に行くのかい?」
女店主は私にそう言った。
「ここで行かなかったら私は絶対に後悔してしまうと思います」
「……わかった」
女店主は諦めたかのようにそう言う。
その言葉を背に外へ出るといつの間にか夜中になっていた。
私は急いで、拘束所へ向かう。入口には見張りが立っていて迂闊には近づけなかった。
どうする? 強引に行ってしまえば助けるどころか私まで捕まってしまう。マコト様は注目されたくないと言っていた。下手に騒ぎを大きくしてしまえば本当に嫌われてしまいそうだ。
どうしようも出来ない時間が過ぎていく。
まだ処刑されてなければ領主達がここに来るはず。それを確認次第見計らって侵入することにする。
そのまま朝を迎えると予想通り領主が拘束所に入っていく。しかも、何十人と私兵を引き連れて。私はその大掛かりな人数に困惑しながらも機会を伺っていた。
しばらくすると、塀の中で轟音が鳴り響く。まさか……?
見張りの私兵もその音で驚き、確認のため中に入っていく。今が絶好の機会だと思い、身を隠しながら扉に近づくと、何かが焼ける匂いが鼻を刺激する。
扉を開けようとすると同時に辺りを地響きが襲う。私はそれで足がもつれ、必死に扉にしがみつく。
地響きが止み、中の様子を見ると、マコト様が倒れているのが見えた。
私はそれを見た瞬間、何振り構わず駆け寄る。マコト様の近くには倒れている二人の女性。一体何が起きたかはわからない。まずはマコト様の安否が気になる。
マコト様の上体を起こし、呼ぶ。反応はない。けれど息はある。
周りを見ると、死体の山が出来上がっていた。焦げた匂いは人の焼けた匂いだった。
女性二人は首輪をしていて、奴隷だとすぐにわかる。
「……一体何が?」
「全部そいつがやったことだ」
動けないのか、這い蹲りながら奴隷の一人は言う。
「これを……?」
信じられない。こんな人数を一人で倒し尽くしたのか……。
「化物だそいつは」
「化物……? 主人をそういう風に言うのは私が許しませんよ?」
私は奴隷を睨む。
「……何をしたかはわからないけど、母を助けてくれたのは事実のようだ。」
気を失っている奴隷は背中を血で濡らしているが、そこには傷がなかった。
「私は母を担いでここから逃げる。あんたも早く逃げたほうがいいよ。起きたらお礼を言っておいてくれ。」
そう言ってフラフラと立ち上がり母と言った奴隷を担いでゆっくりと歩き出す。私はそれを見送ったあとマコト様を呼ぶ。
「マコト様! マコト様!」
どんなに揺さぶっても反応がない。このまま起きなかったら……。
「起きてください! お願いします……」
涙が出てしまう。私のせいでこんなことに……嫌だ嫌だ嫌だ。もう絶対手放すものか。必死に名前を呼ぶ。
すると、うっすらマコト様の目が開く。私はマコト様に抱きつく。身体でマコト様の温もりを感じたかった。生きていたと身体で感じたかった。本当に良かった……。
「……フィオナ、俺は下手すると犯罪者になってしまうかもしれない。それでも……ついてくるか?」
私が一番聞きたかった言葉。当たり前だ。どんな事があってもついて行ってみせる。
「……っ……はい……どこまでもついていきます」