フィオナ視点①
私の両親は優しく、それでいて温かかった。いつも私を気にかけてくれ、私がかまって欲しいときはいつも側にいてくれた。
私の家は武道で有名な家系で、跡継ぎのため私が大きくなると厳しく、時には優しく日々鍛練を私に課した。
私は両親に認められたい一心で努力をした。でも、私には才能がなかった。いや、才能がなかったと言うよりも、双子である妹の方が優れていた。どんなに私が努力をしても妹には勝ることはなく、両親を呆れさせた。
そんな私を見かねた両親は、態度を一変し、妹だけを構うようになった。私は必死に努力をした。しかし、両親を振り向かせる事は出来なかった。
十四歳になる頃、両親は私に見切りをつけ、奴隷にする話が出る。私は両親を必死に説得をしたが、首を縦に振ることはなかった。
そして、奴隷落ちした私を始めて奴隷として買ったのは何人もの奴隷を持っている身分の高い女性。私は居場所が欲しかった。だから私は彼女に気に入ってもらえるよう、良い奴隷になるよう取り繕っていた。
しかし、ある日を境に彼女は変わってしまった。彼女には結婚を前提に付き合っていた男性がいて、頻繁に彼女の屋敷へ来ていた。
優しそうな男性で、彼女とお似合いだった。私は幸せそうな彼女を見て羨ましくもあり、嬉しかった。
少し経った頃、男性は何故か私だけを呼びだした。私は断る事が出来ず男性に会いに行ってしまった。
男性は、私の主人である彼女がいるにも関わらず、私に好意を抱いていたらしく、俺の所へ来いと言い出した。当然、私はそれを拒否する。
男性は私が拒否すると態度が豹変し、私を襲って来た。抵抗しているうちに男性を殴ってしまい、私は怖くなって逃げてしまった。
その事を幸せそうな彼女に打ち明ける事は出来なかった。
その次の日、男性は彼女に、私が男性に好意を抱いて、告白してきた。それを断わるなり強引に交際をしようと武力行使をしてきた、と告げたそうだ。あからさまな男性の嘘を彼女は信じてしまった。私の家系についても知っていたというのもあるんだろう。彼女にはその時余裕がなったのだと思う。
その時、彼女が吐き出した、奴隷の分際で。という言葉は今でも鮮明に覚えている。
それがきっかけで二人の関係が悪くなり、別れてしまった。彼女は男性の事を忘れられず、原因である私を責めた。彼女は荒れていた。部屋に閉じ籠り、思い出したかのように私を呼び出し責める。それは段々とエスカレートしていき、ついには暴力を振るわれるようになった。私はずっと耐えた。いつかわかってくれる日がくると信じていた。
しかし、そんな日は来なかった。彼女は遂に武器をちらつかせるようにしまった。さすがの私も命の危機を感じ、この時本当の事を彼女に伝えてしまった。私が悪いんじゃない、男性が悪いんだということを。彼女が辛そうにしているのを見るのが嫌だった。男性を忘れて欲しいと思ってのことだった。
我ながら本当に馬鹿だと思う。当たり前の話で、火に油を注ぐ結果になってしまった。それに激怒した彼女は私に襲いかかり、私は拘束されてしまう。彼女は歯止めが効かなくなり、虚ろな目をして私にこう言った。
「私の幸せを奪ったんだから、あなたの幸せを奪わせて」
そう言うと私の足の腱をナイフで切りつけてくる。私は激痛で人生で一番の大きさであろう悲鳴をあげる。
「歩けないあなたなんて誰が欲しがるのかしらね?」
彼女は不気味な笑みを浮かべ、私をヘールリッシュに売り払った。
今、彼女は何をしているかはわからない。
私は妹に居場所を奪われ、彼女の幸せを奪ってしまった。どんなにやってもみんな私から離れていってしまう。
私には何も手に入らないのか、私はもう誰かに優しくしてもらえないのか。私は幸せになる事すら許されないのか。私は必要のない邪魔者でしかないのか。私は生きる価値はないのか。
私は何のために生まれてきたのだろう。
歩けない奴隷など使い物にならない。
このまま私は衰弱していって何も手に入れられず、何も価値がないまま死んでいくのだろう。どうせだったら自分らしく、私の信じる道を歩きたかった。せめて自分だけでも価値のある人間だったと思いたかった。
嫌われないよう必死に相手の表情を伺い、気を使うのはもう疲れた。これでは何も手に入れられない事に私はその時悟った。
自分の全てを受け入れてくれて尚、自分の側にいてくれる人に出会いたかった。これは我が儘なんだろうか。せめて、一つくらい我が儘を聞いてはくれないのか。そう思っていた時、彼が現れた。
歩けない私を買い、おぶって運んでくれた。懐かしい人の温もり、利用価値すらないと思っていたこんな私を必要と言ってくれた。昔の両親を思い出し、勝手に涙が溢れた。温もりを感じていたらいつの間にか寝てしまっていた。見知らぬ部屋で目を覚ます。そして、突如首のないホワイトウルフを担いでいる彼が現れ、驚きで悲鳴をあげてしまった。心臓が止まるかと思った。
彼はまず私の体調を気にしていた。そんな事より今のは何? どこから彼は現れたの?
彼は転移魔法という聞いたことの無い魔法を使ったと言っている。にわかにも信じがたい話だけど別の場所に移動出来るらしい。
色々と聞きたかったけど、彼は話を変え空腹かと聞いてきた。奴隷市場ではまともな食事をとらせてもらえないため、お腹は凄く減っていたので質問は後回しにした。
そうすると、彼は部屋を出ていき、すぐに戻ってくる。
名前を聞かれ、立ってみろ、と私に言ってきた。
この人はあの商人の話を聞いていなかったのか?
嫌な主人に買われてしまったのかとその時は思った。逆らうわけにもいかず、従う。彼は私を支える。彼は、思い込みかもしれないと言っていたが、そんな事はあり得ない。私自身が一番よく知っている。
だけど、彼はゆっくりと力を抜いていく。このままでは床に叩きつけられてしまう。痛いのは嫌だ。そんな思いで、出来る限り力を入れた。
目を瞑り、床に倒れ込む覚悟をしていたが、彼の言葉で私は自分の足で立っている事に気付いた。 彼の支えていた手はほとんど私から離れていて、何が起こっているのか理解が追い付かなかった。
歩いてみる。ずっと歩いていなかったから、筋肉の衰えと歩く感覚が掴めずにふらふらしてしまう。
自分の足を確認すると、私が背負っていくはずの呪い、あの治らない傷は綺麗に無くなっていた。彼は否定をしていたけれど、彼が治してくれた事を私は確信した。あまり恩を売りたくないのかなと思い、お礼だけを言う。
御飯を食べさせてくれるらしく、彼は部屋から出ていった。私はふらふらと壁を伝い歩く。階段が一番しんどかった。
下に降りると良い匂いが漂ってくる。
彼は女性と話していて、私に気付くと御飯を食べるように促してきた。
テーブルを見ると、明らかに一人分の料理が並べられていて、これを私が食べて良いの……? 食べないのかと聞くと、何処かで食べてきたと言った。本当か嘘かはわからない。だけど、強引に食べることを勧められ、床で食べようとしたら彼は止めてきた。普通有り得ないことだ。奴隷を椅子に座らせ、御飯を食べさせるなんて。
どれくらいぶりだろう? 暖かい場所で、椅子に座り、温かく美味しい御飯を食べる事なんてもう出来ないと思っていた。また昔の両親を思いだし、泣きそうになるけど、堪える。
そのあと、湯浴みまでさせてくれた。湯船に浸かり全身が暖まる。
彼は私を奴隷としてではなく、一人の人間として扱ってくれる。彼は、偏見を持つわけでもなく、比較することもなく、立場など関係ない……、私を私個人として見てくれる気がした。
彼は私が必要だと言った。なら、私はそれに応えたい。今回は絶対に手放したくない。