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ハウネス・ヘールリッシュ

 

 俺は絶賛晒し者状態である。馬に乗った鎧を纏う私兵三人に囲まれ真ん中を歩く俺。手には金属の拘束具を嵌められ、それには鎖が付いていて、伸びた先には先頭を歩いている男に掴まれている。道行く人には奇怪な目で見られ、下を俯きながら歩く他ない。

 これじゃあ、どっちにしろこの街にはもういられないじゃないか。どうせなら早く領主の所に連れていって欲しい気持ちである。


 しばらく歩くと、手入れが行き渡った大きな庭、その中に建つ豪邸があった。

 三人の私兵が馬から降り、門を開ける。ついに領主と俺の異世界ライフの掛かった話し合いが始まるのか。まともに話を聞いてもらえると良いんだが。


 綺麗な庭を歩き、建物の扉を開くと床にはカーペットが敷かれていた。中に入ると高い天井、広すぎる広間。中央には大きな階段があり、階段を上りきった所で左右に別れる階段。そこには巨大なあの領主の醜い顔の絵が掲げてある。その他には色んな所に花や壺が置かれている。まさにテンプレ通りの作り。


「ヘールリッシュ様を呼んでくる。お前らはこいつを見ておけ」


「はっ!」

 先頭を歩いていた私兵はそう言い、拘束具に付いている鎖を後ろにいる私兵に渡し、階段を上っていく。


 

 ……領主と領主を呼びに行った私兵が中央階段の上、絵の前から俺を見下ろしている。改めて見ても領主は横にでかい。


「貴様が、私の奴隷を盗んだのか?」

 いきなりのストレートな質問。領主の野太い声が広間に響き渡る。


「違います。私には記憶がございません」


「ほう。しらを切るか」


「しら等切っておりません」

 思ったより普通の奴だな。発狂中もしくは、怒りに打ち震えてでもされたらどうしようかと思ったが。


「私の兵が調べた所によると、貴様は私の奴隷と話しているのを見ている者がいる。これも記憶にないと? うん?」

 ……は? 俺と話した? 宿に泊まった日と奴隷がいなくなった日が同じだと女店主は言っていた。まさか、俺が宿を探していた時に場所を聞いたあの女か!? 確かに挙動不審だったがまさか逃亡中の奴隷だったのか!?


「……私は旅をしている者でして、この街には初めて来たのです。それで、たまたま歩いていた人に宿の場所を聞いただけです。それが、領主様の奴隷だとは存じませんでした」

 なんという不運。道を聞いただけで犯罪者になってしまうところだった。


「それは証明出来るのか?」


「出来ません」


「ならば、貴様も犯人だな。そうしよう」

『も』? 他にも容疑者がいるのか? ていうかそうしよう、っておかしいだろうが。


「もう少し調べてください。本当の犯人が見つかるかもしれませんし、そうすれば私の無罪も証明出来るはずです」


「ん? 本当の犯人? そんなのはもう捕まえておるわ」

 口角を上げて、嘲笑うように話す領主。

 本当の犯人を既に捕まえている? ボケてんのかこのデブは。


「ならば何故私を犯人に?」


「まさかこの私が簡単に奴隷を逃がすと思っているのか? 少しの間、游がせておいたのだ。暇潰しでな」

 こいつは何を言っている? 暇潰し? 游がせた?


「どういう意味かわかりません」


「仕方ない。馬鹿な愚民のために教えてやろう。あの奴隷が逃げる策略を立てている事を私は知っていた。それを気付かぬふりをして游がせたのだ。逃げた奴隷に関わった者に罪を着せるためにな。無実の証明をすることが出来ない奴が釣れたら罪を着せて遊ぶのだ。愉快な遊びだろう?」

 なるほど。奴隷と関わってしまったばっかりに、証明を出来ない奴ならば、奴隷を誘拐や手引きした罪にでもして見せしめに処刑。出来る奴は、開放って訳か。

 やった証拠もなく、やっていない証拠もない不運な俺みたいな奴は、自分とは関わり合いのない一般人が見て処刑されたと聞いたところで、領主が調べた結果奴隷が逃げる事に手を貸した犯人だったと言えば、そう思い込んでしまうのかもしれない。

 身内が擁護したらそれはそれで、何かの罪にするのかもしれない。簡単にボロが出そうな暇潰し方法だが、旅人の多いこの街だからこそ出来る事なのかもな。そりゃあ、領主を知る住民は領主に関わる事を恐れるわけだ。

 ていうことは、話し合いの余地は端から無かったというわけだな。

 ……こんなくだらないお遊びに俺を振り回したのか? この醜いデブは。

 予定変更だ。平和的な話し合いをしたかったが、もういい。


「なんだその目は」

 俺の目に文句があるらしい。おっと、領主様を少し睨んでしまったか。


「なにか?」


「貴様何故怯えぬ。自分の処刑が決まったんだぞ。怯えろ、喚け、絶望しろ。私を楽しませろ」


「面白い事を言いますね。領主様は」

 俺は笑みを浮かべる。


「何が可笑しい!」


「私はあなたを今すぐにでも殺す事ができます。なのに、怯える必要なんて何処にあるのでしょうか?」


「……はっはっはっはっ! 何を言い出すかと思えば! 脅しているのか? 挑発しているのか? だとしたら貴様はやはり愚民だ! 自分の愚かさ加減を露見しているだけになっているぞ!」

 高笑いする領主。後ろにいる領主の私兵が俺に剣を向けてくる。それは俺もわかっている。今は精々大船に乗ったつもりで笑っていろ。


「さて、どうでしょうか? 信じるも信じないもあなた次第ですが 」


「貴様、面白いな。それに免じて明日の朝まで命を取らんでやろう。クックックッ。牢獄へ運べ!」


 なにやら嬉しそうな領主はそう言い残し、自室があるだろう方へ歩き出す。領主の隣で静かに立っていた私兵は階段を降り、俺の前に立つ。


「貴様そんな戯言を言って助かると思っているのか?」


「先程も言ったでしょう? 信じるのはあなた達次第です」


「恐怖で頭がおかしくなったのか? まあいい。貴様はヘールリッシュ様の御慈悲で延命したのだ。有り難く人生最後の一日を生きろ」


 鎖に引っ張られるように領主の屋敷を出る。

 再び私兵三人は馬に乗り、歩き出す。今度は奴隷市場を通り過ぎ、しばらく道を突き進む。すると奴隷市場付近の汚い街並みの中、 高い塀で囲んでいる場所に行き着く。地球で言う刑務所だろうか。

 先頭を歩いていた私兵は馬から降り、この高い塀、ここから見える範囲の唯一の扉の前に立って警護をしていると思われる人がこちらに気付き敬礼をする。


「ご苦労様です。では中へお入り下さい」

 警護をしていた人が扉を開け、俺たちは中へ入っていく。


 中は荒れていた。雑草が生えっぱなしで放置してあり、歩きにくい事この上ない。血のついた長い棒のようなものがいくつも立てられている。処刑場兼、刑務所か。

 囲んでいる塀の中心辺りに大きな建物が経っている。そのまま中に入るとすぐに牢屋が並んでいた。物音ひとつしない静けさで朝にも関わらず薄暗い。 誰もいないのか?


「こっちだ」

 私兵は俺を誘導する。すると、一つの牢屋の前で立ち止まる。

 牢屋の扉の鍵を開け入ることを促す私兵。

 俺は素直に応じ中に入る。埃っぽくかび臭い。ボロボロのベッドが一つ。唯一光が入る小さな窓には鉄格子が付いている。


「お前には今日一日、ここにいてもらう」

 私兵は牢屋の鍵を締める。


「わかりました」


「あれだけ啖呵を切ったんだ。逃げないだろう?」

 私兵はニヤつきながら言う。


「はい。逃げませんよ。俺の処刑にあなたも絶対に来てくださいね。明日が楽しみです」

 俺はニヤつき返す。


「気味が悪い奴だ。そんなに自分の処刑が見られたいか」


「はい。一度しか無い人生。どうせなら最後くらい派手に散りたいですから。どうぞ、皆さんを連れて見世物にしてください」


「……その虚勢をいつまで張れるのか見物だな」

 そう言うと、私兵三人は来た道を戻っていく。

 これで、準備は整った。薄暗い牢屋の中で一人俺はほくそ笑む。



 硬いベッドで横になっていたらいつの間にか寝てしまっていたようだ。退屈すぎる……。

 天井近くにある窓、鉄格子から見えるのは空のみで朝と変わらず分厚い雲がかかったままだ。


 腹が減ったな……。 朝飯食べてくれば良かった。死刑囚に人生最後の豪華な飯でも出すくらいの慈悲はないのか。


「おーい。誰かいませんかー?」

 俺の声は反響し響き渡る。鉄格子から左右の様子を伺うが、暗くて先が見えない。


「おーい」


 いくら俺が大口叩いたからって見張りぐらい付けるべきだろうが。転移して飯でも食いにいこうか。

 ……そうだ、金はフィオナにあげてしまったんだった。銅貨ぐらいは持ってるべきだったと嘆いていると、何かが聞こえた。


「ーーか、ーーるのですか?」

 聞こえん。耳を澄ます。


「誰か、いるのですか?」

 女の声。確かにそう聞こえた。


「いますよー」

 まさか誰かいるとは思わなかった。暇潰しに話し相手にでもなってくれないだろうか。


「あなたは何故ここにいるのですか?」


「あの領主に濡れ衣を着せられました」


「……この声。まさか、あなた私に宿を聞いてきた人ですか?」

 おっと? 俺がここに入れられた原因のあの逃げ出した奴隷か。既に捕まっていたのか。


「そうです。あなたのせいで俺の人生、滅茶苦茶です」


「謝って済む話ではないかもしれませんが、ごめんなさい」


「本当ですよ。俺、明日処刑ですよ?」


「えっ!? 処刑……? 何故? 私と話していたのを見られて、怪しまれたから連れてこられただけじゃ?」


「あの領主は、無罪の人に濡れ衣を着せて絶望させるのが好きな変態のようですよ。それと、今言っても意味がないと思いますが、あなたの逃亡計画は最初からあの領主にバレていたそうです」


「……なんで……? あれだけお母さんが頑張ってくれたのに……」


「お母さん?」


「……母が私を逃がすために長い間地道に練った逃亡だったんです」


「へえ、それでそのお母さんは何処に?」


「二人で逃げるより一人で逃げた方が良い、と言われて別れて逃げました。この牢獄に母は連れてこられていないので、多分捕まってはいないと思うんですが……。」

 娘が領主に捕まったと聞いたらどうするのか。自分の命を取るか、娘の命を取るか。


「お母さんも残念がってるでしょうね。あなたが捕まって。それで、あなたも処刑されるんですか?」

 嫌味を言う。文句の一つや二つ言いたくなる。


「……わかりません。領主には面白い物を見せてやる、と言われました」

 面白い物……。嫌な予感しかしない。


「そうですか」


「……あなたは、明日自分が死ぬのに全然怖がっていないんですね」


「怖がるもなにも死ぬつもりなんてありませんから」


「……逃げる方法があると?」


「さあ? どうでしょう? もしあったとしても俺にはあなたを助ける義理も人情も持ち合わせていません 」


「……」

 助けてくれ、等とは言わせない。直接的ではないが俺をこんなくだらない茶番に付き合わせたんだ。その茶番のせいで俺は犯罪者だ。この女にもそれ相応の報いを受けてもらう。


 静かな時が流れる。することが無く、ベッドに横たわり天井を見つめる。外は暗くなっていた。


 そういえば、フィオナはどうしているだろうか。まだ部屋で泣いているのか? それとも俺を忘れて新しい人生を歩むことを決意してくれただろうか。あの領主に、俺の奴隷だったとバレていないことを願う。あいつまで濡れ衣を着せられたら、俺が一人で捕まった意味がなくなってしまうからな。女店主、頼むぞ。


 ここから出たらどうするか。また転生してきた時に逆戻りだ。犯罪者という笑えない特典付きで。

 この世界について知らないことが多すぎるし、新しい奴隷を買うのにも金がない。こんな事ならギルドに登録するのは俺で良かったかもしれないな。表舞台に立ちたくないばかりに、逃げ道を作ったつもりでいたが、逆に逃げ道を塞いでしまっていたようだ。何をやってるんだ俺は。

 フィオナがいるだけで、どれだけ生活が楽になっていたか。フィオナの必要性をいなくなってから実感するとは。

 まあ、どうしたって仕方のない事だ。なるようになる。


 

 全ての元凶、ハウネス・ヘールリッシュ。



 どんな酷い目にあわせてやろうか。




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