指名手配
「今なんと?」
もしかしたら聞き間違えかもしれない。俺、異世界に来た衝撃とか副作用とか神様の手違いかなんかで耳が悪くなったかな?
「聞こえなかったのかい!? もう一度言ってやる! 指名手配されてるんだよ! お尋ね者さ! あんたは!」
どうやら聞き間違えでは無かったらしい。
「……何故?」
俺が指名手配される理由がわからない。転生してからの俺の行動に思い当たる節はない。普通に生活してきたはずだ。
「……あんた、何で指名手配されてるかわからないのかい?」
「全く」
俺は首を横に振る。まさか俺が夢遊病とか二重人格で、無意識に犯罪を犯してたり……するわけないだろう。
「領主の奴隷がいなくなったのは?」
ギルドで盗み聞きしてしまった内容を思い出す。それと俺にどういう関係が?
「噂で聞いてます。それが何か?」
俺の態度を見てか女店主は声を荒げる。
「その領主の奴隷に手を貸した罪に問われてるんだよ! まさかあの奴隷の子、領主の奴隷だったりしないだろうね!?」
「あの子は奴隷市場でちゃんと金を払って買いました。確実に領主の奴隷ではないです」
そんなはずはない。正規な方法で金を払って買ったはずだ。
「じゃあなんで、あんたは指名手配されてるんだい!?」
「いや、こっちが聞きたいですよ」
訳がわからない。
「無実を証明する事は出来のか?領主の私兵が最近この辺りを歩いているだろう? あれはあんたを探してるのさ! そして、遂に今日私兵がうちに来た。あんたがうちに泊まっている事を知ってね!」
あれは俺を探していたのか。証明出来るわけもない。おいおい、この世界に来てからまだ一週間たたずで犯罪者扱いか。
「俺は全く見覚えがありません」
「私兵がこの辺りを誰か探すように歩いているのを見て、すぐさまあんたを探していると私は思った。うちに泊まった日のあんたは怪しさ満点だったからね。しかも、奴隷がいなくなったという日と重なるときた。でも、私はあんたを良いやつだと思ったし、あの子に聞いてもいい人だと言っていた。いや、良いやつだからこそ奴隷を逃がしたのかもしれない。しかし、まさか奴隷逃走の手助けしておいてのうのうとこの街にいる事も考えられなかった。そして、今日あんたが指名手配をされている事を知った。……本当にやってないのかい?」
あのフィオナにした質問はそういうことか。
「やってません。そもそも、領主の存在を知ったのはここに泊まって二日目のことです。これも証明は出来ませんがね」
領主を知ったのも奴隷を知ったのも初めて服屋に行ったときだ。
「そうかい……。本当はこの話は私兵達に口止めされていたんだ。でも、どうしたら良いかわからなかった。あの奴隷の子が可哀想だ。あんたが本当に無実だったら、奴隷が見つかり次第開放されるかもしれない。でもあの領主の事だ。あんたに違う罪を吹っ掛けるかもしれない。もし無実の証明出来なくて、開放もされなくて、奴隷が見つからなかった場合あんたは見せしめに処刑される。あの奴隷の子はあんたがいなくなってしまったら一人になってしまうし、下手したらあんたの奴隷であるだけで、あの子にも被害が及ぶかもしれない……」
俺の心配はしないのか。女店主もよく話す気なったな。下手すれば女店主も罪に問われそうな話だが。女店主には奴隷を、フィオナを庇いたい思いがあるのかもしれない。
「……ふむ。それで私兵は次いつここに?」
「明日の早朝来るそうだ。その時に身柄を確保するから、準備しておけ、逃がすな、と言われたよ……」
「もし、俺がこの話を聞いて逃げ出したらどうするつもりなんですか?」
「逃げ出したらあんたはこの国の犯罪者さ。だけど、あの奴隷の子を連れて犯罪者になるとは思えなかった。あんたは奴隷の子に普通の暮らしをさせてあげてるみたいだしね」
まあ、俺にとって重要な奴だからな。しかし、どうしたものか。フィオナにも訳のわからない容疑がかかるのも面白くない。
それにこのまま犯罪者になってしまえば今後の生活に問題ができる。やはり、一度捕まって無実を証明するしかないだろうな。
「わかりました。明日の朝、素直に捕まりましょう。それから、念のためフィオナの奴隷も開放させます。それでお願いしたいことがあるのですが、俺が戻ってこなかったらフィオナの事をお願い出来ませんか?」
失敗したらもうこの街にはいられない、フィオナを連れていけないという意味でのお願い。女店主は俺が、失敗したら処刑される覚悟をしたと思ってるだろうが、俺には転移で逃げるという選択肢があることを知らない。
それと、フィオナを突き放しておかないと、俺が捕まる理由が三割ほど意味がなくなってまう。あいつのためでもあるし、ここでフィオナとお別れだな。ちなみに六割は今後の生活、一割は女店主の度胸をかったためである。
「……わかった」
「では、フィオナに話してきます」
「嫌がるんじゃないかい? どうするんだい?」
「どうなんでしょうね? 奴隷を開放されれば自由ですからね。もし嫌がっても無理矢理にでも首を縦に振らせますよ」
そう言い残し、部屋に戻る。
フィオナは布団で正座して俺を待っていた。部屋に入り、扉を閉め一度俺は溜め息をつく。フィオナの前に座り話を切り出す。
「お前に言わないといけないことがある」
「……はい。なんでしょうか?」
俺の雰囲気を察したのかいつもより真剣な顔付き。
「まず、お前を奴隷から開放させる」
「……何故ですか?」
「事情が変わった」
「……嫌です」
「これは命令だぞ」
「嫌です。聞けません」
首輪が少しだけ閉まる。
「命令だと言っている」
「何度言われようとも聞けません。理由を教えてください」
二度目。首輪が首が閉める。
再び溜め息をつく。どうするか。このまま気絶させてしまっても良いが、起きたらまた面倒になる。この際、もう思いっきり突き放してしまおうか。
「お前が必要なくなった。これからはお前一人で生きろ」
「……嘘です」
「嘘じゃない。お前より有能な奴隷が手に入る事になった。もうお前はいらない」
「……」
瞳に涙が溜まり始めている。泣かれるのは嫌だが、お前のためだ。
「俺はあまり人数が増えるのは困る。奴隷とは使い捨てるものだろう? 用済みなんだよお前は」
そこまで言うと瞳に溜まっていた涙が頬を伝い始める。
「……私はもういりませんか?」
鼻を啜る。
「ああ。せめてもの餞別にこれをやる。ギルドに登録しているし、お前なら適当な魔物を退治してれば生活出来るだろう。あと、ここの店主がお前の面倒を見てくれるそうだ。良かったな」
全財産の入った袋をフィオナの前に置く。
言い過ぎた感はあるが、これくらいやっておいた方が良い。明日からは俺との関わりは一切なかった、赤の他人である。
「……申し訳ありませんが、少し考えさせてください」
そう言うと布団に潜る。
明日は早そうなので俺も早く寝ることにする。フィオナに見つからず私兵とやらに拘束されなければならない。どう上手く立ち回るか。
そんな事を考えながらベッドに入り、本当に小さな声でおやすみ、と言った。