日常①
朝、目を覚ますと昨日と同じくフィオナが正座をしていた。俺が上体を起こすと同時にフィオナは閉じていた目を開ける。
「おはようございます」
「おはよう」
目を擦り、欠伸をする。地球にいた頃、あまり朝起きるのが得意ではなかった俺がこの世界に来てからと言うものの、俺にとってはだいぶ早起きしているにも関わらず目覚めが良くなっている。未だ一週間も経っていない事が不思議に思うくらいに濃密な時間を過ごしている気がするが、身体の方はさすがにまだこの世界に慣れていないということか。
「本日は、買い物に行かれるのですよね?」
「ああ」
簡潔に答える。さて、まずは風呂入るか。本当は毎日入りたい気分だが、女店主にも悪い。ある程度この世界を周り、金があれば家を買ってみても良いかもしれない。
「まずは、風呂入るぞ」
「風呂?」
「ああ、そうか。湯浴みだ」
「一緒に……ですか?」
フィオナは少し顔赤らめる。せっかく先程まで瞑想してたのに朝っぱらからもう邪な気持ちが出てるぞ。
「いや、一人ずつだ。女店主に用意してもらうよう言ってきてくれ」
「……わかりました」
なんだその間は。俺はお前を性奴隷として買ったわけではないぞ。お前も重々承知の上だろう。とは思ったものの口には出さない。
フィオナは部屋を出ていく。そういえばこの宿、他にお客さんはいないのか?三泊目だが未だに見た事がない。俺が起きるのが遅いだけかもしれんな。
窓を開け外を眺める。今日も快晴。たまに吹く風が心地良い。窓枠に肘をつき、外を眺めていると聞き覚えのない音が聞こえた。
音のする方を見ると、馬が三頭歩いている。その三頭の馬に跨がっている鎧を纏った三人。この音は蹄の音だったか。
道のど真中を歩き、人だかりを強制的に退かしていく。気になって動向を観察するが、特に何をするわけでもなく見えなくなってしまった。馬の散歩でもしてたのか? あの重装備で? 慣らし乗馬かなんか?
疑問は増すばかりだが、考えてもわかるはずもないなので考えるのをやめる。触らぬ神に祟りなし。
そう考えていると、フィオナが戻ってくる。
「頼んでおきました」
「ありがと」
「マコト様はどんな人かと女店主さんに聞かれました」
フィオナはなんだか神妙な顔付きになる。
「ん?なんでそんな事を聞いてきたんだ?」
「さあ? 何故でしょう? 優しい方だと答えると女店主さんはそれ以上何も言いませんでした」
優しいか? 利用しているだけなんだがな。それは置いておくとしてだ。
「意図がよくわからんな。まあ気にしなくて良いだろ」
どうせ部屋で如何わしい事してないか気になったんだろう。ここに泊まる時、怪しまれてたからな。
その後、特にやることもなく風呂が沸くのを待つ。そろそろ沸いたかという頃合いを見て下に降りる。 女店主と顔を合わせるが、いつもと変わらなかった様子だった。
風呂には俺が先に入り、その後にフィオナが入る。
それから宿を出て、露店が並んでいる場所へと向かう。
「まずは朝飯食うか。何か食いたいのあるか?」
「マコト様の食べたい物で良いです」
こういう返答が一番困るんだよな。なんでもいいよと答えておいて、いざ選ぶと微妙な反応をするやつ。フィオナの場合それはないと思うが。
「食べ物の記憶もないから、どれが旨いとかわからないんだ。だからフィオナに決めてほしい」
「うーん、そうですね。……では、あそこに行ってみたいです」
キョロキョロと辺りを見渡していたフィオナが指差す先にはテラスがありテーブルと椅子がいくつも並べてある建物。地球で言えば洒落た喫茶店のような店だった。
「良いぞ。じゃああそこ行くか」
「はい」
店に入ると従業員が駆け寄って来て、席に案内される。従業員からメニュー表を受け取ったのでフィオナに渡す。フィオナはメニュー表と睨めっこしている。そこまで種類ないはずなのに何をそんな迷ってるんだか。
しばらく睨めっこしていたが、決まったようでメニュー表をテーブルに置くと、頼んでいいか、と聞いてきたので頷く。
フィオナは従業員を呼び、メニュー表を指差して注文する。従業員は俺を一瞥するとそそくさと店の厨房に入っていく。フィオナは料理を待っている間、顔を綻ばせながら今か今かと待機していた。顔に出やすい奴だな。
従業員が料理をテーブルに置く。二つの皿に乗っているのは何かの肉と野菜がパンに挟まれたサンドウィッチ、そしてマグカップに入った二つの熱い紅茶。紅茶の良い匂いが漂う。
それを見たフィオナは目を輝かせ、料理と俺を交互に見るのを見て頬がゆるむ。食べていいぞ、と
言うとサンドウィッチを頬張る。
犬……だな。服屋の女店主は作り笑いだろうから、純粋に素直に喜びを表しているフィオナはより一層、犬っぽい。尻尾をぶんぶんと左右に揺らしている様子が安易に想像できる。
お互いに食べ終わると、服屋に向かう。
道中、フィオナの服を買うことを伝えると、そんな、と拒否反応を示すがなんとか説得し買うことを了承させる。
服屋に入るとあの女店主が顔を見せる。俺の顔を見るなり一瞬だけしかめ顔をするが、前回と同じような営業スマイルになる。
「いらっしゃいませー、今日はどんな服をお探しでしょう?」
「この子に上下の服と、羽織るものをお願いします」
「わかりましたー。……ではこちらはどうでしょうか?」
女店主が持ってきたのは俺が買った服を白に変えたような服。白に赤のラインが入ったフード付きのマント。
「どうだ? フィオナ?」
「凄く良いです!」
興奮するように服を眺めるフィオナ。綺麗な金色の髪に白の服。清潔感があり似合いそうである。汚れが目立ちそうだが。お互いに着たら白黒コンビの出来上がりである。
「じゃあこれください」
「全てセットで銀貨四枚になります」
俺より銀貨一枚高い。主人より奴隷の着てる服の方が高いってどうなんだろうか。どうでもいいけど。
袋から銀貨四枚を取りだし女店主に渡す。
「ありがうございますー!袋に入れますので少々お待ちください」
残りは銀貨三枚と銅貨が少し。
「本当によろしいんですか……? あんな高価な物を……」
「良いんだって。それにフィオナが稼いだ分で収まってるじゃないか」
そう言ったところで女店主が戻ってきたので俺が受け取り、それをフィオナに渡す。
「はい。ありがうございます。大事にしますね」
渡した袋を大事そうに、誰にも渡さないように強く抱き締めるフィオナ。本当は着替え用にもう一セット買ってやりたい所だが、お金が足りないため諦める。
「じゃあ、次行こう」
ありがうございましたー、という女店主の声を背に次は武器屋に向かう。恐らく見るだけになるだろうが。
「フィオナ、武器は欲しいか?」
「そうですね……。短剣があれば便利です。手軽な武器にもなりますし、魔物の部位採取……ゴブリンの耳を無理矢理千切らなくて済みます。解体にも使えますしね」
別に言い直さんでもいいわ。物騒ですよ、フィオナさん。
「そうだな」
短剣か、どれくらいするんだろうか。少なくとも今の持ち金では買えないだろう。
まだ日も高い。金額を見て、ギルドで依頼受けて買えるだけ稼いでおくか。