第六話 シスターの決意
世間では『悪魔事件』と呼ばれる奴隷商人大量殺人事件から三日後、その犯人の雨川慎也はアンジェラの家で彼女に介抱されていた。
「・・・すまんな、アンジェラ。護衛なのに先に気絶しちまって」
「いえいえ、シンヤさんは私を護ってくださいましたし。このくらいお安い御用です」
ようやく意識が戻り活動可能となった慎也はアンジェラに礼を言ったが、その顔は苦虫を噛み潰したかの顔だった。
と、いうのも彼は特殊能力の情報が頭に流れ込んだ時に体力や精神力を消耗すると知っていながらも、怒りに任せてその結果気を失ってしまったからだ。その前の『お前は絶対護る』という言葉も効いている。
だが、終わりよければ全て良しとも言うか、と考えて気分を入れ替える。
そして、そのあとに自分が眠っていた間に起こった事を聞いた。例えば、国王が異世界からやって来た者たちを集めているといった情報や、俺が奴隷商人を潰した事からその奴隷制度の話だとか。
この国には『人間』の奴隷はいない。ただし、その代わり亜人種の奴隷がいる。彼もこれも人間を上回る能力をもつ亜人種だが、十分に飯が無ければ戦えないし、疲労していればそれだけ鈍くなる。そのため、最初の捕獲のときこそ苦労するものの、しばらくすると十分に特殊能力を使えない亜人種が誕生する、というわけだ。また、最近の技術の進歩で特定の合図を送る事で爆発する首輪なんてものもあり、それもまた亜人種の奴隷制度に一役買っているのだとか。
そして、最後に手に入れた『悪魔』の情報に俺は
「『悪魔』?」
「その・・・死に顔とか殺し方とかがとてもひどく、現場を見た冒険者が『悪魔の仕業だ』と言ったらしく・・・」
「そうか、『悪魔』か・・・ふ、ふはははは!!」
俺の名前や素性はバレていない。死人に口無しだ。だが、俺は『悪魔』という名前に何かしらの因果か、皮肉を感じた。そのため腹がよじれるほど笑ったのだ。
「なあ、アンジェラ」
「は、はい」
「あいつらを殺した時にとりあえず、特殊能力の情報を思い出したんだよ」
とりあえず、俺は記憶喪失と言うことにしているので(当面ばらす気はない)、そう言った。本当は急に頭に流れ込んで来ただけだが。
「ほ、本当ですか!?」
「俺の特殊能力の名前。『近神者』っていうらしい。『悪魔』とは最高の皮肉だな・・・くく」
近神者、数値を操る特殊能力。物体の移動速度を一瞬で第一宇宙速度にまで跳ね上げたり、温度を絶対零度に一瞬で下げる事のできる能力。ほかにも、サイコロの目を100%的中させたり、と言った事もできる。ただし、効果を及ぼせるのは俺を中心とする半径50mの球の中のモノだけだ。
「え・・・?」
と言って驚いたように目を見張るアンジェラだが、その反応が俺の皮肉に驚いたものではなく、俺の特殊能力の名前に驚いたようなのが気になる。
「おい、どうした、アンジェラ?」
「あ、いえ・・・」
と言って目をそらすアンジェラ。
「・・・主に隠し事されてもいざって時に護衛は困るんだが?」
「あ・・・、そう、ですね」
そう言って、目を伏せる彼女だったが、小さい言葉で話し始めた。
「実は、あの村にいつか人の身の『神』が現れるという予言がありまして、その人物とお会いする為にエルフの国より私が遣わされたのです」
「ふーん、目的も無くあの村に住んでいた訳じゃないのか」
「はい。ですが、あえて森妖種の私が遣わされたので、数百年掛かる事は覚悟していたのですが・・・」
なるほど。森妖種は寿命が長いのか。・・・ありがちだな。
「数百年も掛からなかったのか。何年掛かったんだ?」
「三十年程です・・・」
「人間的には、結構あるな」
しかしその人の身の『神』とやらが俺だとしたら俺の出現は予想されていたらしい。・・・それはそれでしゃくだな。誰かに敷かれたレールの上を歩むことは俺の大嫌いな事だ。
「そして、この予言には続きがありまして、その『神』は世界を統一なさるのです。シンヤさん・・・いえ、シンヤ様、私たちをみ」
「断る」
「ちびいて・・・えっ?」
その瞬間、彼女は興奮で紅潮させていた顔を一気に青白くした。慌てて何かを言おうとする彼女に先んじて口を開く。
「俺は敷かれたレールの上を歩くのは嫌いだ。それは、道と言うのは自分で切り開くものだと思っているからだ。つまり、予言なんて俺の嫌う最たる例だ。
そもそも、俺はお前の護衛だ。お前は護衛に何を期待してるんだ」
「な、なら護衛を解約して・・・」
「だから、俺は予言が嫌いだと・・・」
「な、なら私の体を差し出しますので!!」
「・・・おい、そこまでにしておけ」
その瞬間俺の頭は怒りでキンキンに冷えた。目の前の馬鹿シスターをみて、言う。
「アンジェラ、俺は自分を安売りするなと言っただろうが?」
「や、安くはないです!他の人の平和も・・・」
「ソレが安売りって言ってるんだ、分からないか?」
慎也が底冷えするような声音でそう言うとアンジェラは「ひぅ・・・」と言って震えだした。
「他人のため、世界のためだ?自分の身さえ犠牲になれば?巫山戯るんじゃない。よく知りもしない奴に体を差し出す?違うだろ。そういうのは自分が全てを捧げたいと思った奴に差し出すモノだ。そのときまでに取っておけ馬鹿が」
フン、と鼻を鳴らしてアンジェラを見る。彼女は涙を流していた。それもそうだろう、彼女の覚悟はあっさり砕かれたのだから。
と、思った俺を彼女はあっさり裏切った。
「違います!!」
「・・・は?」
「いえ、違わなくはないんですが、違うんです!!」
「・・・はぁ?」
「確かに、父・・・いえ、国王には体をも捧げてでも『神』にお願いせよとは言われましたが、私自身が体を捧げたいのです!!」
「・・・だから、自己犠牲は」
「自己犠牲じゃないです!私、好きなんです!!好きになってしまったんです!!シンヤ様のことが!!!」
大声で言い切った彼女に俺は冷めた目を向けて言う。
「お前、吊り橋効果って知ってるか?」
「そういうのでもないんです!!あの事件の前からでした!!」
あの事件、それは『悪魔事件』の方だろうか?それとも自身の正体がバレた時だろうか?
「そのときは気付きませんでしたが、村で貴方が護ってくれた時に気付きました!このまま永遠に目覚めないのかとも!でも、不安を押しつぶして看病して、今日目覚めて、今は天に昇る程嬉しいんです!」
「・・・まぁ、俺には関係のないことだがな」
「ふぇ!?」
「もう、俺は護衛を解約されたようだしな。もう、俺とお前は会う事は無いだろう」
そう言って外に出ようとする俺を袖を掴んで引き止めるアンジェラ。そんな彼女を見ると
「な、なら、私従者になります!!召使いでも良いです!!」
「必要ない」
「そ、そんな事無いと思いますよ!!」
なにか意見がありそうなので、最後の土産として聞いておこうと思った。・・・後悔した。
「そもそも、ドコに行こうって言うんですか!?」
「そうだな。とりあえずは、冒険者にでもなって、身分証明書を手に入れて、そのあとで図書館があるならそこにいきたいし、美味いものがあるなら食いに行きたい」
「道分かりませんよね?」
「・・・そこらへんに人が」
「ここは私を護る為に敢えて人里からかなり離れた所に作った村です。その村人も全員・・・亡くなりましたし、私以外には知的生命体はいません」
「・・・」
「仮に行けたとして、どうするんですか?」
「クエストでも受けてその日の夜代くらいは稼ぐ」
「登録当日は事務処理が忙しく、クエストが受けられませんよ」
「は・・・?」
「それに、登録日にそのまま飛び出して行ってそのまま帰ってこなかった人も多かったらしいですから、初日はまずは装備や道具を整えたりする順備の日になります」
「なん・・・だと・・・」
「しかも装備品にはお金が掛かります。お金を持っていなければギルドの借金と言うことになりますが、流石のギルドも食事代にはお金を貸してくれません」
「ぬ・・・」
「しかし、私の家には国王から預かった、シンヤ様に捧げるべき大金があります」
「・・・ぐ」
「もちろん、すぐにお渡ししてもよろしいのですがこのご時世は治安が悪く、どんな悪徳商人に騙されるかも分かりません。力で解決しようとするなら牢屋行きです。記憶をなくし、金銭感覚がないかもしれないシンヤ様は私が必要なはず」
「・・・」
「しかも、私がシンヤ様の従者になれば、お食事の用意から家事からなにまでやりますし、もちろん夜伽のお相手も致します」
正直、飯の話は痛い。彼女の飯は俺の舌を満足させる事ができるのだ。食事が趣味である俺にとっては正直、死活問題だ。夜伽?要らん。
「さぁ、どうしますかシンヤ様!!」
そう言ってドヤ顔してくる彼女を前に俺は歯ぎしりをして考える。彼女を従者にする事によるメリットとデメリットを考える。そして天秤にかけると・・・あっさりとメリットが上回った。
「クソ、お前を俺の従者にする」
「やったー!」
そう言って、頭を差し出すアンジェラ。なんだ?
「従者の頭をなでるのは主人の義務です」
そんなわけないだろ、と思いながら仕返しの意味も込めて、俺は乱暴に撫で付ける。柔らかかった髪に俺は殺意を覚えそうになった。
「あぅ・・・、激しいです」
「フン、これでいいだろ」
「はふぅ・・満足です」
ほうと、息をついて恍惚とした表情を浮かべるアンジェラの顔が美しく見えた為に、イラッときたためもう一度乱暴に撫でた。
というわけで、慎也君が目覚めました。・・・まあ、三日たったのは別に要らない設定ですが。そして明かされた近神者の能力。
ざっと、細くしておくと、慎也君の能力は物理の方程式に数字をいれこんでみたり、数値を変更したりして理を曲げる能力となっています。一応、その気になれば寿命を永遠に伸ばし、かつ老化速度を抑える事もできます。つまり、人間やめれますね!(本人にその気はありません)
で、この能力実は攻撃だけでなく防御にも使えます。どっかで聞いたような話ですが、たとえば爆弾を投げ込まれても湿気をみたして不発にさせたり、投げ込まれた速度にマイナスをつけ逆に送り返したり、そもそも速度を0にして停止させたりもできます。まあ、他にもいろいろあるんですが、そちらは本文のほうで、と。
さて、次回予告。次回はついに冒険者登録のお話ですね。とはいえ、今回の話で出た通り、初日は何もできないので何もなく終わると思いきや・・・?
それと、勇者の方も遂にスキルを発現しちゃうそうです。チートだよ、本当。主人公と比べれば霞むけど、たぶん。
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