第三話 勇者の状況
ガチャリ。
錠の開く音とともにドアがゆっくりと開いていく。キィッと音をさせる蝶番がなんか趣き深い・・・とか言どうでもいいことを考えてしまうくらいには俺の頭は混乱していたらしい。
「・・・あ、目が覚めましたか?」
だが、そんな混乱もすぐに吹き飛んだ。その扉の前に立っていた白と黒の布で作られた修道服に身を包んだ超美少女に目を奪われたからだ。
一瞬あとに信じられないという思いが俺を包んだ。こう見えて(平凡な顔と言う意味だ)、春香などという人類でも屈指の美少女を見慣れているからよっぽどの美人でもないと目を奪われないという自負があったのに異世界に渡った瞬間これだ。・・・もしかして、異世界の人たちってレベル高いのか・・・?
「え、あーと、誰?」
「あ、私はアンジェラと申します。この村に住むシスターです」
「えっと、俺は雨川慎也だ。・・・よろしく?」
「はい、よろしくお願いします」
ニコニコと微笑みながらこちらを見る彼女にまた目を奪われてしまった俺は一瞬、春香の笑顔を思い出し頭を振る。そうだった、アイツを助ける為に情報を得なければ。
「でも、森で倒れていた時はびっくりしました。回復してよかったです」
「森に倒れてた?」
そう言って、まるで自分のことのように喜ぶ彼女を見て、俺は質問をした。
「はい、ここから南の森の中でです。道の真ん中で倒れていたのでひき逃げかとも思いましたが外傷も無く無事そうだったので・・・。あの時は生きた心地がしませんでしたよ」
「もしかして、アンタ一人で俺を運んだのか?」
そこで彼女はキョトンとしてから自慢するように言った。
「そこは私の特殊能力の『神の導き』のお陰です!」
そう言って彼女は、服の上からでも分かるくらいの大きい胸を張った。・・・普通に上から見るぶんじゃ分からなかったけれども意外と大きいな。
・・・しかし、特殊能力か。いきなり出て来たな。しかも、どういう効果か分からないし・・・自分の特殊能力を明かすのってこの世界的にセーフなのだろうか?
「えっと、そのスキルの効果って?」
と、口に出してみると目を見開かれた。・・・え、なんか失敗した?
「・・・失礼ですが、貴方はどこから来たんですか?」
少し怪しむような顔で俺にそう尋ねてくる。・・・少々どころかとても答えにくい質問をされたもんだ。地球から来たって言っても通じないだろうし、異世界からとか言ったら正気を疑われるだろう。ン〜、どうしたもんか・・・あっ
「・・・それはとても答えることができない」
「どうして、ですか?」
「記憶が無いんだ・・・」
「えっ・・・?」
するともっと驚くアンジェラ。・・・反応が面白いな。見ていても飽きないな。だが、俺は少し辛そうな顔を浮かべて演技する。
「辛うじて覚えているのは、名前くらいなんだ・・・」
そう言うと、彼女は暗い顔をしてから、それを隠すかのようにとても明るい顔をして言った。
「きっと、お辛いことがあったのでしょう。しかし、神はそんな方を決してお見捨てになられません。いつか、このことを覆すくらいの幸運が訪れるでしょう」
・・・悪いな、俺はその『神様』とやらのせいでこの状況に陥ってんだよ。
とは、さしもの俺も言えなかった。
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「・・・あれ?」
いきなり目の前が暗くなったと思ったときに、その暗闇を照らすかのような光が見えたのでその光に飛び込んでみると目が開けられない程の光に包まれて、それが収まったと思って目を開けて見ると、私、北見春香の目の前にはまるでお城のような建物があった。・・・というか、お城だった。
今立っているのはお城の中の中庭なのだろう、周りを囲むように壁があり、木々があった。噴水も。私が立っている足下には円の中に複雑な模様が描かれた何かがあった。たぶん、シンがよく読む本の中で出てくる魔法陣とか言うものなのだろう。そして、その周りにたくさんの神官風の格好をした人々がたくさん倒れていたり、荒い息を吐いていたりしていた。・・・なんだろう、この状況は?
「うおおぉぉ!!お城やないかい!!」
「でかっ!?」
後ろから声がしたので振り返るとそこにいたのは三人の知り合いだった。さきほど、最初に感嘆の声を漏らしたのは似非っぽい関西弁を話すクラス委員長の天ヶ崎憲成。茶髪に染めた頭をツンツンに逆立てており、正直見た目の与える印象は良くないが、文武両道な人物で教師陣の信頼も厚い程中身は良い人物だ。・・・見た目に損するタイプって人。
次にでかいという感想を漏らしたのは桐原将平。こちらは山ヶ崎のように黒髪をツンツンに逆立てていて、山ヶ崎を更にゴツくした人物。考えるよりは行動を信条とする人物で学業の成績は赤点の少し上を泳いでいる感じだが、本人は実家の電気屋を継ぐつもりらしく学校側もその意思を尊重しているため、そこまで問題視されていない。
そして、三人目は・・・
「春香ちゃん、ここどこ?」
「私に聞かれても分からないわよ、静音」
私の親友、立峰静音。よく可愛いと言われる系の小柄な女子で、黒髪を肩口で切りそろえている。勉強は得意で運動は苦手なタイプ。休日に遊びにいく時はたまに和服を着てくる時があるので若干恐ろしい所のある少女である。
「せ、成功・・・です・・・」
チラリ、と声のしたほうに目を向けてみるとそこには同い年くらいの少女がいた。青い髪を結い上げ、巫女服を着ている少女は、全身から倦怠感を流しながらこちらを見ている彼女。他の人と服が違うからおそらく彼女がこの場で一番地位が高いのだろう。つまるところ、事情説明があるのなら彼女から聞けるのだろう。
「貴女たちはだれ?」
瞬間で、『大企業の娘としての春香』を起動し、質問を投げる。ガラリと変わった印象に側にいた静音はビクリとするが、それだけだ。残った男子二人は雰囲気にのまれたように動かないが。
「そちらのことを含め、国王さまからお話がありますのでこちらへどうぞ」
と、その巫女服を着た少女を支えていた老人がそう言って奥の方へ進む。そして、そのまま先導されてたどり着いた先は謁見の間とでも言うような場所だった。
左右に大臣のような地位の高そうな、お腹が出ている方々や、メイドや執事や召使いのような格好をしている人々が並んでていて、こちらに視線を送っている。ほとんどが値踏みするような視線だった為後ろの三人はすこし居心地が悪そうだが、私は慣れているのであまり反応を示さない。
「詳しい礼儀作法は不要じゃ。勇者たちにそのような作用がないことくらい知っておる」
「分かりました。では、お言葉に甘えて」
思わずイラッとしたが、この程度慣れてる。玉座にふんぞり返ってる小太りのオッサンに敵意が見えないようにそう返す。たぶん・・・王様だろう。むかつくけれども。
むかつくけれども、私は跪く。あわせて後ろの三人も跪き、まわりからほぅ・・・と感心したような声が聞こえた。
「頭を上げよ」
おっさんの声を聞いて私は顔を上げていう。
「私は北見春香と申します。そして、後ろの三人は右から、山ヶ崎憲成、桐原将平、立峰静音です」
「そうか」
そして、王様はこの世界の事情を話し始める。
数十分後、話を終えた私たちはゲストハウスの『客荘』という建物にいた。なんでも、この部屋は来客の宿泊に使用する施設らしいが今現在は勇者専用の宿泊施設となったらしい。というか、名前が安直過ぎると思う。
「皆少し良い?」
そして、現在私たち4人『勇者組』は、男子部屋に来ていた。部屋の主たちである男子二人はベッドの上で、私たちは部屋に備え付けられた椅子に座りつつ話をする予定だ。
「正直、情報は最悪ね。あのおっさん・・・じゃない王は、おそらく私たちのことを駒としか思ってないわ」
王にした質問、今までに私たち以外の勇者を召還したかどうかという問いにあの王はないといったが、先程私たちを召還した巫女服の少女(どうやら王女らしい)はうつむいていたし、そのあとの世界情勢の説明もやけに手慣れているように思えたのだ。それこそ、何回何十回とくりかえしたかのような。
では、何故隠そうとするのか?それは、おそらく私たちの前任の勇者(あるいは勇者たち)がすでに全滅しているからという可能性がある。
だが、勇者たちは何回でも召還できるのだとすれば、私たちは捨て駒に使われる可能性すらあるのだ。あの王の目的は魔王の討伐と言っていたが、それを果たしたあとに私たちはどうなるのだろうか?元の世界に返されても私たちは追放された身の上なので送り返されることも考え得る。
つまり、私たちは隙を見て逃げる必要が出て来た。というのが、私がくだした結論だ。
「でも、それ考え過ぎなんじゃ?」
「そうね、私の考え過ぎかもしれない。それならどんなにいいことか。でも、おそらく考え過ぎではないわ」
バッサリと天ヶ崎君の懸念を切る。その理由は
「さっき『神様』からの手紙を読んだのだけれど、私たち以外のクラスメイトは全員この世界でバラバラになってしまったらしいわ。・・・で、王は私がそんなことを言って無いのに異世界から他の人間が来ているのなら連れてくるようにと言っていた。おそらく、でしかないけどこのような事例は過去にも幾度かあって、その度に仲間を集めて魔王に突貫させたのだと思うわ」
「そんな・・・」
そう、勇者召還が初めてなら知りうることの無い情報をなぜか握っている王。その時点で限りなく黒に近い。
「あとは、そうね。人間以外の人型の生物、亜人種を憎んでいる節があったわね。おそらく、魔王進行の前に魔王の配下となってるという話を私たちに吹き込み、亜人族たちを虐殺させることもあるのでしょうね」
亜人族。この世界に住む人間がそう呼びならす存在。おそらく、全人類が憎んでいるのだろう、亜人族の名前を王が口にした時の苦々しい表情に、大臣たちが浮かべた憤怒の表情から推測できる。
その種類は多種多様なのだと聞いた。たとえば、ファンタジーでは有名な『森妖族』や『土妖族』に『小人族』、動物の身体的特徴を身に宿す『獣人族』や、あらゆる種族に敵対する『悪魔族』など。詳しいことを知りたかったが話す様子もなかった。おそらく、殺す相手なのだから知らなくても良いのだろうと言う考えなのだろう。あるいは、本当に知らないのか。
「まったく、本当にむかつくわ」
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次の日、春香はいつも通り6時に起床したのだが、
「・・・この状況じゃ好き勝手動けないから日課のランニングもお預けかな」
春香は、窓の外のネズミ一匹通さない、いやネズミ一匹逃がさないような厳重な警備を見つめ、苦虫を噛み潰したかのような顔で呟いた。
「・・・仕方ない。雨の時のトレーニングでも・・・」
と、そう思ってダンベルを探してみるが、そういうのが異世界にあるとは限らないと思って諦めた。
「しまったわ・・・これじゃあシンに会わせる顔がないじゃない」
そう言って自分のお腹をプニプニとつつく春香。彼女の名誉の為に言っておくと、彼女は決して太っている訳ではない。ただ、彼女は大企業の社長の娘なので毎日のご飯がかなり豪華なのだ。だから油断するとすこしお肉がつく。
小学生の時は気にしていなかった(といっても、それほど深刻なレベルに至ってはいなかった。頭を使いエネルギーを消費していたからだ)し、シンはそのようなことで自分を嫌う人間ではないと分かってはいたが、そこは好きな男子の手前彼女の許容できることではなかった。
「・・・ふぁ、春香ちゃん起きてるの?」
その時、この部屋にあるベッドの内の春香が寝ていたベッドとは違うベッドの住人が声をかけて来た。そちらを見るとまだ眠いのか目蓋をこすりこすりこちらを見ている静音がいた。
「静音、今のうちに寝ておきなさいな。今日から特訓よ」
「じゃあ、お言葉に甘え・・・」
言葉の途中でコテンと倒れるようにして眠る彼女に微笑みかけて次はどうしようかと悩む春香の目に部屋に備え付けられている本棚が目に入った。
「本当なら私も寝た方が良いのかもしれないのだけれど完全に目が覚めてしまったからね・・・」
特訓とは勇者を戦闘できる態勢へと整えていく訓練のことで今日から始まるらしい。訓練をつけてくれるのは近衛騎士団団長のガゼノ・ドロウと言う名の、頭をつるつるに剃り上げ肌を黒く焼いていた巌のような男だった。
たぶん、王の友人とか言われていたが性格は真反対で優しく真っ直ぐな男なのだろう。王の勇者召還はいままで行ったことのないという返答を聞いた時唇を噛み締めて聞いていたのだ。おそらく、過去の勇者たちにも彼が直々に手ほどきをし、そして魔王の元へ送り込み返ってこなかったことを悔いているのだろう。
まあ、そこらの事情はともかく身を守る術くらいは身につけておきたい。ありがたく受けることに決定した。
さて、と彼女は立ち上がり本棚に向かっていくと『王と陵辱の宴』やら『快楽の道』とかいう・・・どうみてもいかがわしい小説ばかりが置いてあった。
「あの王、殺そうかしら?」
と、黒い想像が浮かんで来ていけないいけないと頭を振って正気に戻る。・・・どうやら、シンとはなれていることが結構心にキてるみたいだ。と、その時ある本が急に目に映った。
装丁は他と同じで特に変わった所はないようなのでなんでこれが目に映ったんだろうと首をひねりながら手に取った所驚愕のあまり、時が止まったような錯覚を覚えた。
『グリム童話』
その題名は日本語でそう書かれていたからだ。
というわけで三日目の連続更新です。・・・結構今回は時間がかかりました。本当はエルフ族とかの紹介も入れていたんですが・・・設定考えているうちに膨らみ過ぎて泣く泣く消しました。別にエルフだけの設定なら問題無いんですが、悪魔族やドワーフとかの設定があるのでこれはまずいと。いや、まあ作者の都合なんですがね。
次回は、主人公大地に立つ!ではなく、森で狩りをして帰ってくるって所ですかね?狩りのシーン?カットで。予定を大幅に変更し6話あたりには主人公TUEEEEEE!!!が始まると思います。きっと、たぶん、おそらく。若干くらい話になるかもしれませんがそれはR-15という注意点から察していただくとありがたいです。
で、ここまで書いてなんですが次回の更新は早くとも来週の土日の間。おそくて2週間後を予想しております。それまでお待ちいただければ幸いです。
感想評価など、いつでもお待ちしています。
10/5 天ヶ崎君の名前がおかしいことになっていたのを修正