第十六話 少年Aとクッキー2
「届け物だ」
そう言った瞬間、扉に亀裂が走って飛び散った・・・いや、粉みじんに切り刻まれた。そしてその奥から剣を持った男が俺に向かって切り掛かってくる。その間僅か一秒。恐らくこの男こそ、ボスの最後の壁、と言った所だろう。一秒だと反応できる奴はほぼいないからな。
もっとも、俊敏力が高い俺には視認できる程度の早さなのだが。そして、その状態での一秒は俺相手にとって致命的でもある。なにせ、パチン、と指を鳴らせば全てが終わるのだから。そこで俺はようやく斬りつけて来た男の顔を見た。
病人のような青白い顔にこけた頬、頭髪は白くぼさぼさに乱れており、袖から覗く手は角張っていてどうにも不健康という言葉が似合いそうな男だった。だがしかし、その目は獲物を狙う肉食獣のソレであり爛々と輝いていたが。
だが、こんな奴はどうでもいい。
その男の隣を通って部屋に入る。するとそこには、先程廊下に飾ってあった肖像画の人物を劇的に太らせて顔を整形したような・・・要するに全く似てない男が高級そうな椅子に腰掛けていた。その男が憎々しげにこちらを睨んでいるのに気付いたので、俺はそいつがボスなのだろうと思った。
「届け物とは地獄へのチケットか、暗殺者?」
「いや、違う」
「は?」
俺の答えを聞いた瞬間ポカンとした間抜け面を浮かべる男にたいして、俺は何も言わぬまま背中に背負ったバッグからクッキーの詰まった袋を取り出して机の上にのせる。
「届け物はコレだ」
「コレって・・・クリッククッキングのクッキーか」
「あぁ。受け取るのならこの紙にサインしてくれ」
「・・・フン」
そう言って男はサササとサインし紙を差し出す。だが、俺がソレを取ろうとするとそれを避けるかの用に引いた。
「・・・何の真似だ?」
「いや、これでも奴には大金をはたいて雇ったんだよ」
そう言ってチラリとガリガリの男を見る男。それに俺は内心頷く。あの男の攻撃は正直レベルが高い者だったのでそりゃあ高いだろうと思ったのだ。
「それで?」
「それなのにお前のような軽装の男にあっさりやられるとは、少々金がもったいないと思ってな」
「フン、知るか。俺には関係ない」
「いやいや関係あるとも。あの男はランクBの冒険者だ。ソレを上回るお前は何者だ」
ギロリ、と睨みつけてくる小デブに俺はフンと鼻を鳴らす。
「B?そりゃ勝てないのも道理だ。俺はAだからな」
そう言ってポケットからギルドカードを取り出しひらひらと見せびらかすようにしてから再度仕舞った。ソレを見てようやく小デブは紙を渡す気になったのか用紙を差し出す。
「・・・私に雇われる気はないか?」
「生憎と金だけは余ってるからな。好きなことだけやらせてもらう」
そう言って今度はどうどうと外へ出て、内側から門を開かせてグランマの家を目指した。
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そんな感じでドラゴンに届けたり、霊峰へ上がって仙人に届けたりというハードなクッキー配達を終えた俺らはようやくクエストが終了した。・・・というか、これは絶対にEランクの仕事の範囲では無さそうだ。騙されたか?
「ほう、やるじゃないかアンタ達。まさか、あのジレットの所まで届けにいけるとはね・・・」
「ジレット?」
「ここ一体を締めている組織の親玉でね。たしか奴は神速のスレイジを雇っていた筈だけどねえ」
「スレイジ?」
「ああ。痩せた男でかなりの早さで剣を繰り出す速度から神速というあだ名がついたんだってねえ」
「ああ、あいつか」
ガリガリに痩せた男、あれがその神速のスレイジとやらだろう。・・・神速だったとは思えないが。
「まあ、それはどうでもいいさね。そんなことより、ほれ、アンタ達の為に特別にクッキーを焼いといたよ」
「クッキー!?や、焼きたてですか!?」
「ずいぶんがっつくねえ」
「はい、大好物です!」
「ほぅ、そう言ってくれると嬉しいねえ。さあたっぷり食いな」
ドン、とグランマが置いた皿はクッキーが山となって積んであった。しかもクッキーも色々な種類があるようで、見ただけでチョコチップのものやチョコや白いのなどもあった。
とりあえず、物は試しかと思って一口かじる。その瞬間、意識が飛びかけた。クッキーの食感によって。
最初にとったのは見た目がスタンダートなクッキー。チョコもかかってなくチョコチップもない普通のそれだったが口に入れた瞬間、溶けるかのような食感で俺の口に風味を残していった。味自体は普通のクッキーのようだがその口溶けの軽さは紛れも無く一級品の風格を兼ね備えていた。
「こっちはどうだ」
続けて取ったのは表面が少し濃い色をしているチョコクッキー。こちらも口に入れた瞬間、チョコの味を残して消えていくのだが、そのチョコの味も不必要に甘いものではなく適度に、口に溶けることを念頭に置いた物らしい甘さに控えてあった為、幾ら食べてもいいような気がして来た。
最後に取ったのはチョコチップクッキー。こちらは前者と違い溶けては行かないがさくっとした食感に少しばかり感じるチョコチップの感触が、溶けないことの確かさを感じ取らせてこれはこれで素晴らしい一品だった。
おかげで俺たちは飽きることなく貪り食うかのようにクッキーを平らげた。
「・・・うまかった」
「美味しいです」
「クッキーがここまで美味い物と思ったのは初めてだな」
三者三様の感想を漏らす。するとソレを見てグランマは口を歪めた。・・・多分笑ったんだろう。
「そうかいそうかい。しかし後二皿分あるがどうするかい?持って帰るかい?」
「・・・まだあるのか?」
「俺たちは一日たりとも待ってねえんだぜ?」
「正直アンタ達にはかなりやってもらったからねえ。この位報酬の範囲内さね。受け取ってくんな」
そう言ってくるグランマだったが俺は
「いや、受け取れないな」
そう断った。
「え〜、なんでですかシンヤ様。受け取りましょうよ」
「そうだぜ、慎也。善意は受け取っとくもんだ」
「だが、通すべき筋は通すべきだろ」
「ふぅむ、結構頑固だねえ」
何かを考えるかのように顎に手を当てたグランマに俺は尋ねた。
「おい、ばあさん、聞かせろ。なぜこんなに大量のクッキーが報酬なんだ」
「はてさて、この位普通さね」
「いや、俺たちのために特別に焼いてくれたクッキーなんだろ?自分で言ってたしな」
「・・・ふむ、そうさね」
「俺が聞きたいのは何故、特別なのか、だ」
「・・・まあ、アンタ達には話していいかね。実のところ、今日アンタ達に配ってもらった所へはいつもアタシが行くのさ」
「ええ!?」
「じゃあ、なんで私たちに?!」
「そりゃあ、アンタ達は普通と違う、そう特別な連中だと思ったからさ」
ジッとグランマをみて先を促す。
「ほれ、妖精種にしろ吸血種にしろボスにしろ、普通ではない連中だろう?それに亜人種じゃ、冒険者達が狩ってしまう危険もあるからねえ」
「だとしたら、なぜ俺らに行かせたんだ?問答無用で殺していたかもしれないだろうが」
「そこはほれ、アンタ達は森妖種を連れているから大丈夫だと思ったのさ」
そうグランマが言った瞬間、アンジェラは修道服のコイフを、浩はアンジェラの方を見て耳が出ているのかを確認した。俺は、真正面からグランマを見る。
「なんのことか分からんな」
そううそぶく俺にグランマは笑う。
「とぼけなくともいいさね。それに年寄りを舐めるんじゃないね。アタシャ、あんたらの何倍かは生きてるんだから見る目には自信があるのさ」
俺がふたたび口を開こうとする前にグランマが先んじて言った。
「詮索する気はないし迫害する気もないさね。その娘に罪はない。悪いのは亜人種を迫害するようしむけた連中さね」
そして再び、静寂が訪れた。それをあえて俺が破る。
「フン、そういうことならクッキーを貰って行くか」
「ほう、持ってくのかい?」
「このクッキーに免じて許してやるよ」
「生井気なガキさね。まあ、ガキは威勢がある方がいいがね」
そのグランマの言葉を聞いてようやく立ち上がる。こちらは明日もクエストを受けに行くのだ。こんなババアに付き合う暇はもうない。
「じゃあなババア。死んでなけりゃまた来る」
「そうかい待ってるよ」
「ああ。・・・浩、アンジェラ、行くぞ」
そう言ってきびすを返す俺に慌てて浩とアンジェラが追従する。と
「ああ、ちょっと待ちな。ヤンシングと言ったかい?」
「まだ何かあるのか?」
「ちょっとした老婆のアドバイスさね。・・・王都で勇者が召還されたらしい。しかも歴代のに比べて才能豊かな連中ばかりが集まってるらしいさね。今から動くよ」
「まて、ババア。・・・歴代のと言ったか?なぜ、歴代の・・・なんて言うんだ?」
歴代の勇者。そんなものは存在しない。・・・いや、正確には存在は知られていない筈だ。というのも勇者はたびたび召還された形跡はあるが民衆のほとんどはそれを勇者の代替わりとして・・・つまり、勇者の性質が変わっただけと見ているのだ。誰も彼もが勇者は人間で異世界人とは思っていない。
だと言うのに、なぜこのババアはそれを知っているのか?
「昔の伝手、というやつさね。無駄に長生きはしてないのさ。それより、その娘、どうやって守るんだい?今からは激動の時代だ。亜人種とパーティー組んでるだけで狙われるかもしれないんだよ?」
厳しい目でこちらを見るババアに俺は呆れた眼差しを送る。・・・何を言っているんだと。
「どうやって守る?愚問だな、力で守るさ」
「国ごと敵に回るかもしれないのにかい?」
「その時は国を潰すまでだ。世界中が敵に回ろうと、俺は従者を守る」
「・・・即答かい。まあ、安心した。こんな世の中でもアンタみたいなのはいるんだね」
「世の中なんて知るか。俺は生きたいように生きるだけだ」
「まったく。威勢のいいガキさね。・・・元気でやるんだよ」
「ハン、そっちこそくたばるんじゃねえぞ」
「余計なお世話だよ。・・・とっとと帰んな」
「言われなくてもそうするさ」
ようやく俺は背を向けて歩き出す。右にはアンジェラ、左には浩を引きつれて。
『どうやって守るんだい?』
先ほどの問いが胸の中でリフレインする。その言葉にはきっとこれから亜人種には厳しい世界になるということを言いたかったのかもしれなかった。もしかすると亜人種と一緒にいると辛い目に遭うかもしれないと警告をしているのかもしれなかった。だが、
「言われるまでもない。邪魔はぶっ飛ばすだけ。コイツは全力で守るさ」
「どうしました、シンヤ様?」
「いや、なんでもない」
ぼそっと呟いたのが気になったのかアンジェラは聞いてくる。しかし、俺は答えなかった。俺はただ、遠い空を見つめて、なぜかする胸騒ぎを落ち着けようとするのだった。
クッキー編後編です。次回から急激に話が進むこととなります。書きたかった戦争編に向けて準備が始まります。勇者達はどうなるのか、異世界人達の運命は、アンジェラの里の予言は、敵は誰なのか・・・そう言ったことを書いて行く予定です。相も変わらず更新予定は未定。次回をお楽しみに




