ブラック・モンスター
迫る巨大な平面。とんでもない質量と速度でもって俺を押し潰さんとするそれを回避するため、俺は駆ける。駆ける。駆ける。
俺のすぐ後ろで何かが破裂するかのような音と衝撃による振動が伝わってくる。あれを一度でも喰らっていたら、きっと助からないだろう。少なくとも行動不能になり、そこを突いて留めを刺されるに違いない。
その平面による攻撃を繰り出しているそいつは、巨大だった。俺の百倍以上の体積はあるだろう。俺に勝ち目があろうはずも無いというのに、やつは一切の手を抜かない。あの手この手で俺を、俺達を殲滅してくる。悪魔のような連中だ。
物陰に駆け込み、ここならやつも入ってこれまいと、高をくくって立ち止まる。
くそ、化け物め。俺の親も兄弟達も、あの化け物に殺されている。まだ生き残っている兄弟も居るとはいえ、半分以上が殺されている以上、生き残りが居る居ないは関係無い。ただ憎い。ひたすらに憎い。だが、それでも俺には、俺達には、逃げることしか出来ない。立ち向かおうものなら、たったの一撃で瀕死にされ、じっくりと留めを刺されるのだろう。
逃げることしか出来ないなら、必死に逃ればいい。死に行く母が遺した言葉だ。我々には逃げる事しか出来ない。つまり我々は、逃げ遂せれば勝利なのだと。
逃げろ。逃げろ。ただ逃げろ。振り返らずに逃げるのが、俺達の戦いだ。
だが、甲高い噴射音と、異様な臭みを感じると同時に、俺の体にべたべたとした液体がこびりついた。確かめなくとも解る。これは殺戮材だ。我々を殺戮するための液体。
くそ、やられた! 体が痺れる。動きが鈍る。だが、ずっとここに居たら液体の餌食になる。これ以上この液体を被れば間違いなく致死だ。俺は痺れる体にムチを打って物影から飛び出した。願わくば飛び出した事に化け物が気付かないで居て欲しかったが、それは無理な相談だったようだ。巨大な化け物はすぐに気付き、悲鳴のような雄叫びような声を上げて襲い掛かってくる。
ちくしょう。内心で毒づく。
俺に力があれば……! 内心で失望する。
再び逃げ遂せて物陰に隠れる。さっきよりも深い場所に潜り込み、あの液体が届かないであろうところに入った。
生き延びた。俺の勝利だ! 俺の勝利だ! 見たか化け物! 図体と知恵があるからと言って我々を玩びやがる化け物に、俺は勝ったんだ!
勝ったんだ。
反撃する事も出来ず、無様に逃げ回って、それでも、勝った。
悔しい。
とぼとぼと暗闇を歩く。心が上げる悲鳴を押し殺すのに必死で、気付かぬ内に甘い匂いに誘われている事に気付かなかった。
なんだ、この匂いは。
気付いてしまえばもう、近付かずには居られなかった。我慢出来なかった。
ふらふらと、さらに誘われて、歩いて、歩いて――そして、歩く事が出来なくなった。
足が動かない。さっきの液体のダメージでは無い。脚が、床に張り付いているのだ。
なんだこれは。なんだこれは! あがこうにも解けない。逃げられない。動けない。液体のダメージも治癒しなければいけないのに、これでは食料を確保しに行くことすら出来ない。動けなければ死を待つのみだ!
しかし、それでも俺の体はいつしか、完全に全身が床に張り付いて動かなくなっていた。
ねばねばして、凹凸のある床。その凹凸は、あの巨大な化け物達が使う文字になっている。
『ゴキブリホイホイ』
それの意味など、俺は知らない。
読んでくださってありがとうございます。最近長編ばっかり書いてたので、久し振りに初心に返る目的で短編にしました。多分これからちょくちょく短編書きます。
まぁこれ、内容は完全に、初心に返ってないですがねっ!




