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テレヌス  作者: 熊と塩
第一部 : Cogito, ergo sum.
6/40

 6/働かざる者食うべからず

 翌日のバッタ駆除は、別段トラブルなく完了した様だ。飛んでくるバッタを火炎放射で迎え撃ち、追い立て、挟み撃ち。そういう具合だったらしい。僕はその様子を知らない。一晩経つと、僕はもうすっかり部外者という扱いで、赴く隊を見送ることしかさせて貰えなかった。帰ってきてからぞろぞろ歩く隊員達にどうだったかを聞き回って、やっとこれだけ知った。

 隊長は完全無視を決め込んでいるし、アディントンなんかは僕を見掛ける度に「ヘッ」と見下した笑いをする。やっと向こうから話し掛けてくれたオロールさんも、ここの診療所に居る無愛想な医者のことを尋ねて、

「よかった。設備は隊より全然マシだし、すぐ治るわね」

 なんて、他人ごとみたいに言う。こうもよそよそしくされると、堪らない。

 まあ、まだチャンスはあるさ。お尻にかじり付いてでも付いていってやる。何度だって猛抗議してやるんだ。

 そう思っていると、例の管理者がニコニコして出迎えに来た。

「いやいや、大成功ですね! これからも、奴らの時期中はお願いしたいです」

 隊長は頭を振った。

「いえ、我々はまたよそへ向かわねばならなくなりました。本日中にも」

「ええ、そんな――!」

 その台詞は僕が言いたかった。それじゃあ、僕の計画が水の泡だ。

「ご安心を。先程本部から通達がありまして、奴らの産卵場で駆除を完了したそうです。また別の隊も成虫の駆除活動に成功したと。明日以降、あの煩わしい羽音を聞かずに済むでしょう」

「おお、そうでしたか、素晴らしい!」

 こんなのって、インチキだ。


 朝の内にテントは畳んでしまったし、残ってるものはほとんどない。出発の準備なんてあってない様なもので、点呼を取ってトラックに乗り込んだらお終いだ。もちろん、僕はその中に含まれてない。話し掛ける隙を狙っているのに、隊長は普段通り、嫌に普段通りキビキビとあっちこっちへ行きながら指示を出している。

 兵隊をトラックに詰め込み終わり、管理者に一言声を掛けてから、自らもトラックに乗る間際、隊長は突然「ロコル」と僕の名前を叫んだ。

「迷惑を掛けるなよ」

 何だよ、それ。迷惑って、何だよ。最後の言葉がそれって、何だよ。

 ありとあらゆる、思い付く限りの侮蔑の言葉を頭の中でミキサーにかけた。けれどどれもこれも形にならない。怒りとか失望とか、悲しみとか絶望とか、色々と混ざりすぎて結局何が何だか解らなくなって、

「隊長なんか、大ッ嫌いだ!」

 と、トラックが走り出した後で砂を蹴った。


 ワッカと一緒に再び管理者室に招かれた。管理者はどっかりと椅子に座り込んで、僕らを見比べる。

「君達、歳はいくつだね?」

「僕はもうすぐ十七で、彼女は十四歳」

「そうかそうか、それじゃあ――」

 言い掛けている途中で、背後でドアが開いた。

「お呼びです?」

 と現れたのは、体格の良いおばさんだった。おばさんはシミだらけの襟元をバタバタやりながら、何かけったいなものを見る様な目で僕らを見下ろした。

「ああ、呼んだ、呼んだ」

「何です、この子ら?」

「孤児だよ。それで、今日から世話をすることになったから」

「そりゃ嫌とは言いませんよ」

「それじゃあ、まあ、仕事をやってくれないかね」

「仕事?」

 僕が聞き返すと、大人の会話を邪魔された、とばかりに二人ともムッとした様子だった。

「ここではね、みんな仕事を持っているんだよ。仕事をしているからここで生活出来る。仕事をしてなかったら、ここで生活しちゃいけない。そういうところなんだよ、ここは。君らの様な難民だって例外じゃない。もちろん人道的にやってるよ、銃を握らせるよりよっぽどいい」

 皮肉めいた言い回しに、今度は僕の方がムッとした。ムッとしてから、誰のために腹を立てたのか思い直して言い返すのをやめた。今更隊長達の肩を持つなんて、馬鹿馬鹿しい。

「それじゃあ早速案内してやって」

「ええ、喜んで」


 案内、と聞いて僕が想像するのは、いちいち施設を巡って、あれは何でこれは何、というものだけど、違った。おばさんは黙りこくってずんずん先頭を行く。歩幅を合わせようなんて気持ちは一切ないみたいで、僕とワッカは時折小走りになっていた。

 行き先は管理者小屋からほど離れたところで、一階は集会場の様な大広間で、二階と三階はアパートみたいに部屋が連なっている建物だった。以前から目に止まる建物だった。たぶんここがメインの居住施設になっているんだろう。

 それで、広間の方へ入っていくおばさんに続こうとすると、おばさんは不意に立ち止まって、僕を押し止めて言った。

「アンタはあっちだよ」

 あっちと指差された方向は、ひたすら道が続いていて、その先にメゾネット型の住居が一棟ある。

「右から二番目に行きな、右と左くらい解るだろうね?」

 捲し立てられる様に言われて、頷くだけ頷いた。

「そうかい、じゃあ仕事をくれって言うんだよ、さっさと行きな!」

 おばさんはワッカの二の腕をむんず掴んで、引っ張っていった。ワッカは角に消える時、チラッと僕を見た。

 何となく、嫌な感じがする。でも仕事をしている大人っていうのは、大抵ああいうものかも知れないなと自分に言い聞かせた。


 言われた通り、右から二番目のドアを叩いた。湿気と熱気、空調からの排気でむせ返る様だ。一度叩いても物音一つしない。二度、三度と叩いて、やっと奥からドタン、ドタンと足音がして、戸が開いた。でも、チェーンで留まっていて少しだけ。そこから覗いたのは痩せこけた男の顔だった。男は無言で、こっちから用件を言うのを待っている様だった。

「あの、仕事を貰いに来たんだけど」

 それだけ言うと、男は僕を爪先から脳天まで舐める様に見て、乱暴にドアを閉めた。

 しばらく何もなかった。何やら物音がするくらいだった。一分も二分も待たされて、引き返そうかと思った頃、ようやくチェーンを外す音がした。

「あ」

 今度出てきたのは、五十過ぎくらいの男だった。シャツの形にくっきり、日焼けした上半身には何も着ていない。清潔とは真逆の感じだ。

 男は不機嫌そうに、いきなりビニールの袋と手袋を投げてよこしてきた。片手ではそれを受け止めきれずに落とすと、男は唸る様な声で訊ねた。

「感染症か?」

「ただの怪我だよ。骨にヒビが――」

「そこら辺のゴミ拾いとか草むしりとかやってろ。おれがいいって言うまでだぞ」

 そう一方的に言い付けて、またドアをバタン。それっきりだった。


 言い付け通り、着けているだけで痒くなる穴だらけの手袋をして、草むしりに取りかかった。とは言え、タイルで舗装した道を外れると、そこはもう芝生なのか雑草なのか、判断に困る状態だった。じゃあゴミ拾いを、と思っても、古タイヤだの台車だの、シャツだの靴下だの、やっぱり扱いに困る様なものばかりだった。

 悪戦苦闘してると、道の向こうの集会所から、さっきのおばさんがやって来た。

「アンタ何やってんだい」

「草むしりとゴミ拾い」

「そんなところはいいんだよ、それより何だい、ずっとそんな格好してる気かい」

 僕は隊の迷彩服を着たままだ。おばさんは呆れたという仕草をした。

「全く物騒な子供だよ、もういいからこっち来な、着るもの探してやるよ」

「でも、これ――」

「そんなもん放っておきゃいいんだよ」

 本当にいいのか悪いのか、恐る恐る袋と手袋をその場に置いて、おばさんに従った。

 連れて行かれたのは、やっぱりさっきの集会場だった。どうせここに来ることになるなら、さっき一緒に行ったらよかったのに。そう思ったけど、口に出すのははばかられた。外から見た限りでは気付かなかったけれど、中では何人もの人がぎっしりと、押し込められる様に居たからだ。

 男も女も、大人も子供もなくて、みんな腰を下ろして狭苦しそうにしている。全員の視線がさっと集まって、僕は息を呑んだ。誰も彼もが疲れ切った顔をしていた。

「誰かこの子に合いそうな服を持ってないかい?」

 おばさんが胴間声を張り上げると、隅の方に居た女の人が小さく手を挙げた。

「じゃあ、頼んだよ」

 そう言って、おばさんはまた服をバタバタ扇ぎながら去って行った。

 何度もお礼を言ったり謝ったりしながら、荷物をどけて貰ったり体をよじって貰ったりして、何とかさっきの女の人に辿り付いた。女の人は、いかにもお母さんという雰囲気の人だった。だけどその子供は傍に居ない様だった。

「あら、この国の人じゃないのねえ」

「うん。ずっと遠いところだよ。今まで軍隊でお世話になってたんだ」

「そうなの、それで怪我を? 大変だったでしょうねえ」

 そう言いながら、頬を撫でてくれる。手の平は乾いてガサガサしていたけれど、温かかった。

「あ、そう、服よね。ちょっと待ってね」

 お母さんは側にあった袋に手を突っ込んで、いくつか荷物をよけて、服を取り出してくれた。受け取ろうとして手を伸ばしたけれど、なぜかすぐには渡してくれなかった。服を取った僕の手に触れて、愛おしそうに何度も擦った。

「あの……」

「あ、ああ、ごめんなさいね。そうだ、着替えるのを手伝ってあげましょうか?」

「え、いいよ、恥ずかしいから」

「年頃だものねえ。でも大変じゃないかしら?」

「大丈夫だよ、ありがとう」

 とにかくここじゃあ着替えるスペースもないし、一旦表に出ることにした。去り際、ちょっと振り返ると、さっきの人が手を振っていた。


 麻のシャツに、膝丈のカーゴパンツ。サイズはピッタリだ。それにミリタリーブーツじゃどうにも不格好だけど、我慢することにした。

 着替えを済ませ物陰から出て行くと、おばさんが僕を探している様だった。見咎められると、「アンタ」と大声で呼ばれる。

「着替えたね、ああそっちは預かっておくよ、で、農場の仕事はもう足りてるらしいからね、アンタにピッタリの仕事があったよ、来な」

 この人が早口なのは性格だともう解った。一人でさっさと行こうとしてしまうのも、それで納得が行く。

 途中で訊ねてみた。

「ワッカは何をしてるの?」

「誰だって?」

「ワッカだよ、僕と一緒に居た子」

「あの子なら食堂だよ、皿洗いやってるよ」

 つっけんどんにそう答えられた。あまりキツい仕事を押し付けられなければいいけど。

 案内された先は、さっきの半分くらいで一階建て、また集会場の様な建物だった。入ってみて真っ先に目に付いた、と言うか蹴つまずいたのは、ゴム製の小さいボールだった。そこら中おもちゃだらけだ。

「ここは?」

「託児所だよ、アンタは昼までにここの掃除をしておくんだ、いいね、解ったね」

「昼食まで?」

「違うよ、ウチの昼食は二時だからね、じゃあ任せたよ」

 そう言い切って、行ってしまった。昼まで、と言ったらあと一時間もない。この散らかり放題を、それまでに片付けなくちゃいけないとなると、相当急がないといけなかった。

 よし、と僕は気合いを入れた。こういう時はハチマキを巻けと隊長が言っていた、いや隊長はもうどうでもいいんだけど、そういう気持ちで挑む。


 でも、本当に気合いが必要なのは昼になってからだった。

 子供達がどっと押し寄せてきて、僕を揉みくちゃにするからだ。

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