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黄昏は悲しき堕天使達のシュプール  作者: Mr.M
五章 Regret 8月

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第71話 大人の味と民主主義

水平線の向こうに太陽が沈みきる前に、

俺達は別荘へ戻った。


「お腹がペコペコだよ」

「もう動けないぜ」

翔太と洋はリビングに入るなり、

床にごろんと寝ころんだ。

「それより。

 ご飯はどうするの?

 冷蔵庫にはお酒しか入ってないわ」

「えっ」

俺は冷蔵庫を覗き込んでいる

茜のもとへ駆け寄った。

冷蔵庫の中は

大量の缶ビールで

埋め尽くされていた。

俺は自分の愚かさを呪った。

お泊り会で浮かれていいのは

子供達だけだ。

大人である俺が、

食事のことまで

きちんと計画しておくべきだった。

それなのに。

俺は3人の心遣いに甘えて、

その辺りのことを

まったく考えていなかった。

完全に俺のミスだった。

「私、

 飢え死にだけはしたくないわ。

 だって。

 一番苦しい死に方なんですもの」

「大丈夫。

 一晩食べなくても死ぬことはないさ」

はたして本当に、

餓死が一番苦しい死因なのかは、

議論の余地があるが、

兎に角、

俺は茜を励ました。

「心配ないぜ。

 ちょっと離れてるけど、

 ピザの宅配があるんだ」

リビングから洋の声がした。

この時代。

コンビニよりもさらに希少なピザ屋が

あることに俺は驚きを隠せなかったが、

この状況ではまさに渡りに船だった。

20年後には

避暑地としての開発が進み、

賑わうことになる朝臣市も、

今はどこにでもある田舎町だった。


今回のお泊り会に保護者はいない。

俺は兎も角、

3人がどうやって

親を説得したのか気になった。

「僕は洋のお母さんが一緒だって、

 ママに言ったよ」

「俺はあっくんと別荘で勉強会

 って言ったら、

 簡単にここの利用許可が下りたぜ」

「私は足立さんの家に、

 お泊りしてることになってるわ」

どうやら翔太と洋は、

緊急時には居場所だけでも

わかるようにしているようだ。

問題は茜だった。

今頃、

家で大騒ぎになっていなければ、

いいのだが。


洋が、

夏期講習を頑張ったご褒美に

臨時の小遣いをもらっていて、

ピザやジュースの代金は

すべて自分が払うと言ったが、

ここは当然、

大人である俺が全額負担した。

俺の財布の中の札束を見た3人が、

「あっくんの家って

 金持ちだったんだ」

と驚いていた。

「ひひひ。

 金は使うためにあるからな。

 それで経済は回ってるんだぜ」

洋が夏期講習の学生講師の言葉を

引用すると、

「洋、

 塾に通って賢くなったなぁ」

と翔太は素直に感心していた。


注文したピザとジュースを

食べ尽くした俺達は、

リビングで寛いでいた。

翔太と洋は床にゴロゴロと寝転がり、

俺と茜はソファーに座って、

食後の一服を味わっていた。

「なあ。

 せっかくだから、

 冷蔵庫にあるビールを

 飲んでみようぜ」

床で転げていた洋が、

突然そんなことを言い出した。

「いいね。

 僕もパパが飲んでるのを見てて、

 興味があったんだ」

「私も一口だけ味見してみようかしら」

翔太も茜も洋の提案に賛成した。

ここは保護者代わりの俺が

止めなければならないのだが、

すでに喫煙を黙認している今、

何を言っても説得力はなかった。

それに。

正直なところ、

俺も久々のビールに

舌鼓を打ちたいというのが本音だった。

「急性アルコール中毒になると

 命の危険もあるから、

 味見をするだけだぞ」

俺の忠告を聞いているのかいないのか、

翔太と洋は冷蔵庫の方へ駆け出した。


翔太の

「乾杯!」

という掛け声に続いて、

俺達は缶ビールを掲げた。

次の瞬間。

3人は同時に悲鳴を上げた。

「うわぁ苦いよ!」

「何だこれ!

 不味いぜ!」

「嫌だっ、

 美味しくないわ」

キッチンへ走っていった

3人の様子を横目に、

俺は忘れかけていた

ビールの喉越しを楽しんだ。

「そうだ!」

ふいに。

洋が大声を上げたかと思うと、

翔太を連れて

リビングから出ていった。

「あっくん。

 こんな苦いモノ、

 よく飲めるわね」

キッチンに立つ茜が

顔をしかめていた。


しばらくすると。

ワインとウイスキーの瓶を手にした

翔太と洋が戻ってきた。

「ひひひ。

 こっちは美味いかもしれないぜ」

転んでもただでは起きない

という表現が

この場合相応しいかわからないが、

俺は改めて、

子供の逞しさに舌を巻いた。

翔太と洋は科学の実験さながらに、

何度も試行錯誤を繰り返しながら、

「これは美味しいね」

「大人の味だぜ」

と最終的に、

ウイスキーをコーラーで割って、

それを満足そうに飲んでいた。

一方。

茜はいつの間にか赤ワインを片手に、

紫煙を燻らせていた。

そして。

俺は2本目の缶ビールを空けた。

アルコールには

かなりの耐性があったはずだが、

子供の体である今の俺は、

すでに酔いが回っていた。

おまけに。

朝からの疲れも相まって、

若干瞼が重かった。  

そんな俺とは対照的に、

3人は元気一杯だった。

俺はソファーに横になって、

はしゃぐ3人をぼんやりと眺めていた。

気が付けば。

窓の外は

真っ黒な闇が支配していた。


「花火があるから、

 これからビーチに行こうぜ」

若干顔の赤い洋がそう提案すると、

翔太も茜も歓声をあげた。

夜の海は危険だと俺は反対したが、

3人はまったく聞く耳を持たなかった。

「民主主義では多数決に従うんだぜ」

と洋がこれまた夏期講習で覚えた

台詞を口にすると、

「海で花火をすることに

 賛成の人は手を挙げて下さい!」

と翔太が決を採った。

間髪を入れずに、

3人は一斉に手を挙げた。

「私達の勝ちね!」

俺は大きな溜息を吐いてから、

ゆっくりと体を起こした。

さすがに。

子供達だけで、

海へ行かせるわけにはいかない。


3人は花火と煙草を、

俺は缶ビールを持って、

夜のビーチへと繰り出した。

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